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勇者と旅立ち

 今朝方ぶりに帰ってきたアルムント家の玄関をくぐり、俺はリビングにある椅子に腰掛けていた。

 机を挟んで対面の席にはアルクさんが座っている。


「で、なぜこの街に魔王軍の幹部がやって来たのか……アルクさんは知っているんだろ?」


 俺は気になっていた疑問をアルクさんにぶつけた。

 商店街では話を先送りにされたが、あのときのアルクさんの口調からしてかなり重大なことに違いない。


「そうじゃな……話は少し長くなる」


 そう言って、アルクさんは話し始めた。


「この世界には大きく分けて魔族と人間族の二種族が存在するのはもちろん知っておるな?」


 もちろん知らない。

 が、そうなのだろうと首を縦に降る。


「大昔、魔族の長である魔王は、この世界を自らの支配下に置こうと企て人間族に戦争を仕掛けた。魔族は魔力と身体能力がともに非常に高く強大な力を持つが、いかんせん人間族に比べ数が圧倒的に少ない。それに対し、人間族は一人一人の魔力や身体能力は魔族に遠く及ばないが、数で魔族に対抗した。その結果、どうなったと思う?」


「人間族と魔族の戦いが拮抗状態に陥った……か?」


 俺は答えた。


「そうじゃ」


 アルクさんが俺の答えに肯定の頷きを返す。


「魔王軍の放つ攻撃は人間たちが団結して作った強力な結界を破れず、逆に人間たちの攻撃は魔族に軽く跳ね返された。そうして、人間族と魔族との戦いに決着はつくことはなかった」


 人間族は知恵を用いて、そして魔族は力を用いた。

 その結果、両者の戦力は互角になったってわけか。


 アルクさんは続ける。


「多くの人間たちにとって、長年の拮抗状態は平和なものじゃった。もちろん魔族からの攻撃は時々あったし、魔王が作りすぎた魔物たちが野生化したりしたが、どれも拮抗前と比べると些細なことじゃった。じゃが、おそらくその仮初めの平和な状態はもう終わっておる」


「それってどういう……」


 険しい顔をして聞き捨てならないことを言うアルクさんに、つい疑問の声が口から漏れた。


「この世界には禁忌と呼ばれる術式魔法が一つある。この魔法を使えば、魔族を滅ぼし、この仮初めの平和を真の平和へと導くことができるかもしれないという強力な魔法じゃ」


「魔族が滅ぼせるのならば、なぜこれまで使わなかった」


 俺は当然のようにその疑問を口にした。

 だが、アルクさんもまた当然のように俺の疑問に答えた。


「禁忌と言ったじゃろう? 過去に一度、当時の国王がこの魔法を編み出したとき、魔王を倒そうと城内で使用したのじゃ。じゃが、魔法を使った瞬間、街が吹き飛んだ」


「待て。街が吹き飛んだ? 仮にも城がある街なんだろ? そんな街なら……」


「そうじゃ。当時その街はこの国で一番栄えていたと言っても過言ではない」


 俺の考えを読んでいたかのように、そう口にするアルクさん。


 ……規模がデカすぎる。

 ベリアルとの戦闘で落雷やら爆発やらと、衝撃的な光景を目の当たりにしたが、それすらもまだ可愛く思えるレベルだ。

 全く想像が及ばない。

 どんなことがあったとしても、まず俺の元いた世界では街が吹き飛ぶなんて考えられないからな。




「あの魔法は次元を歪ませる危険性を伴うのじゃ。しかも、もし仮に、術式魔法を次元を歪ませることなく使用できたとしても、魔族を倒せるかもしれないだけで、必ず倒せるとは限らない。あまりにもリスクが大きく、絶対に使ってはならない禁忌の魔法とされたのじゃ。そして、その術式方法は本に記され、城の地下に厳重に封印された」


 驚きを隠せないでいる俺を置いてアルクさんは話を続けた。


「じゃが、おそらく、その禁忌とされている術式魔法はここ最近で使用された。幸い、過去のような大規模な次元の歪みは発生しなかったようじゃがな…………魔法を使用したのは現国王のクランクじゃろう。封印部屋の鍵は代々国王が保持しておるからの」


「なるほどな。ベリアルがこの街を襲ったのも、その禁忌の魔法が使われたという情報を、どこからか手に入れた魔王軍からの早急なアプローチだったってわけだ」


「そういうことじゃ」


 アルクさんはそう言って首を縦に振った。


「確かに筋は通ってる。が、この話に確証はあるのか? 他の可能性というものもあるだろう」


 今の話はあくまでアルクさんの推測だ。

 実際には、禁忌の魔法は使用されておらず、魔王幹部がこの街に来たのも何かしらの他の理由があったからかもしれない。


「儂は、こう見えても少し前までは国に仕える大魔法師だったのじゃ。それなり、現国王とは面識を持っておる。クランクは魔族と睨み合っている今の状況について芳しく思っていなかったようじゃからの…………奴ならやり兼ねん」


「ふむ。可能性はかなり高いというわけか……」


 アルクさんの話を聞く限り、禁忌の魔法が使用されたという理由で魔族が動き出していると考えるのが一番理にかなっている。

 だが、俺は詐欺師だ。

 人を騙すにあたって、逆にまた人を疑うことも重要だ。

 今の話だけでは、やはりまだ俺の中で確信には至らない。



「ん?」

 と、俺はふと思い至る。

 なんで俺はこんなに深く考える必要があるのだろうか。

 と。


 そうだ。

 俺がこの情報を知って何になる。

 人間と魔族が戦争を起こそうが、それは国家レベルの問題だ。

 俺がどうこうできる問題じゃないし、たとえできたとしても、わざわざこんな来たばかりの世界のために俺が何かをしようとは思わない。

 ベリアルを倒したのも、たまたま鉢合わせ、自分の身を守るためにしたことであって、それ以外の理由などない。


 つまり、禁忌がどうだの、国王がどうだのと、わざわざ真剣に考える必要など俺にはないのだ。


「ユウリさん。どうかしたかの?」

「いや、なんでもない。話を続けてくれ」


 そんなことを考えていると、アルクさんが不思議そうな顔で俺を見てきた。

 この話について俺が真剣に考える必要はないと言ったが、途中でアルクさんの話を聞くのをやめるというのも失礼にあたる。

 話を振ったのは俺だしな。


「で、これからどうなるんだ? やはりまた戦争が始まるのか?」

「いや、しばらくはまだお互いそう大きくは動かないじゃろう。戦うにあたっていろいろと準備が必要じゃし、なんて言っても魔族側にとっては情報が圧倒的に足りんからの。ベリアルもおそらく情報収集のための派遣だったのじゃろう」


「情報って、その魔法のか? そういえば、その禁忌の魔法とやらは一体どんな魔法なんだ?」


 俺は何気なくそう聞いた。

 とてつもない威力の爆発魔法だったりするのだろうか。


「まだ言っとらんかったかの? その魔法は魔王を倒すことのできる力を持った『勇者』を召喚する魔法じゃ」


 だが、アルクさんは俺の予想とは全く異なった答えを口にした。

 勇者を召喚、ねえ………………ん? 召喚?

 その答えに俺は少し嫌な予感を感じた。


「次元に穴を開け、この世界とは全く異なる世界から強大な力を備えた人物を勇者としてこの世界に召喚する。これが禁忌の魔法、転移魔法じゃ」


 そういうこと、か……

 やっと謎が解けたってわけだ。

 できれば知りたくなかったが、もう遅い。

 それにしても、ここに来て面倒なことばかりだ。


 全く異なる世界から召喚だと?








 そんなの俺のことじゃないか…………




 国家レベルの問題? 人間と魔族が戦争を起こそうが俺には関係ない?

 むしろ大いに俺に関係している。


 本当に面倒なことになった。

 だが、不本意だが、アルクさんの推測がだいたい正しいことは分かった。

 そして、大事なことがもう一つある。


「その召喚された勇者ってのは元の世界に帰ることができるのか?」


 俺はアルクさんにさりげなく尋ねる。

 予想だと、召喚と同じ原理で元の世界に帰ることもできるはずだ。

 この世界で暮らすことも考えていたが、帰ることができるのならすぐに帰りたい。


「召喚に成功したんじゃったら、もちろん勇者を元の世界に帰すこともできる。じゃが、それができるのは召喚した者だけじゃ」


 つまり、現国王のクランク……だったか?

 そいつに会わなければいけないってことか。

 だったら善は急げだ。


「アルクさん。すまない。すぐに旅に出なければならなくなった」


 この街に心残りがあるといえばリナのことについてだが、リナはまだ帰ってこない。

 まあ、リナのことだ。

 短い付き合いだったが、あいつはなかなか芯の通ったやつだったし、なんだかんだ言って大丈夫だろう。


 俺は勢いよく席から立ち上がった。


「国王の住む城はここからずっと北にあるアルベレンの街にある」


 しかし、アルクさんはそんな俺に驚くそぶりも見せずにそう告げた。


 さりげなく聞いたつもりだったんだが、どうやら気付かれていたみたいだ。


「儂もユウリさんに説明しながら、つい先ほど気付いたよ。儂は別に魔王を倒してくれとは言わん。ユウリさんが帰りたいならそれで良い。むしろ儂はこの仮初めの平和の方がよっぽど平和だと思ってあるからの」


 ほっほっほ、と笑いながらそう優しいことを言ってくれるアルクさん。


「ありがとう。礼を言う。それとリナの事だが」

「ああ、リナにはちゃんと伝えておくよ」

「すまないな。それじゃあ、俺はこれで失礼するーーー」


 アルクさんにそう告げて、俺は玄関の扉を開けた。

 と、





「リナーー」


 扉の先には大きな荷物を抱えたリナの姿があった。


「おお、リナ! 突然だが、ユウリさんがーー」

「旅に出るのですよね」


 リナはまるで知っていたかのように、そう言った。

 さっきのアルクさんとの会話を聞いていたのか……?


「ベリアルがいなくなって、街周辺の魔物の数が減ったようだったので、ユウリさんは旅を再開するだろうと思ってました」


 どうやらアルクさんとの会話を聞かれていたわけではないようだ。


「リナ。寂しいが、ユウリさんに別れの挨拶をしておきなさい」


 アルクさんがリナに向かってそう言った。

 だが、リナはなかなか別れの言葉を口にしようとせず、斜め下の方を向き、何かを躊躇っているように見える。


「…………リナ?」


 そんなリナを不思議に思ったのかアルクさんがリナに声をかけた。

 心配そうなアルクさんを見て、何か決心でもついたのか、リナはアルクさんをじっと見つめた。


「おじいさま。ごめんなさい…………!!」


 そして、そんな言葉とともに突然リナがアルクさんに頭を下げた。


 急な展開に驚きながら、アルクさんの方を見るとアルクさんも不意を突かれたように目を丸くしていた。

 再び、リナの方に目をやると、顔を上げたリナは今度は俺の方に向き直り、俺の目を見ながら言った。




「ユウリさん…………その旅に、私も連れて行ってくださいっ!!」

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