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その8 イヤよイヤよも

「その7」のすぐ続きの場面のお話になります。あいかわらずお馬鹿です…^^;

「ユウヤ。ここにある燃え尽きた物体ゴミはいったい何だ」

 ノエリオールの国王、サーティークが部屋に入ってきての第一声は、これだった。

 いかにも不快げな声である。


(ひ、ひどっっ……!)


 ひどい。言うに事欠いて、曲がりなりにも彼にとっては亡き妻の兄である人を「ゴミ」呼ばわりか。そんな風には思いつつも、内藤がこの王に逆らうような発言などできるはずがなかった。

「えーっと……、済みません。ヴァイハルトさん、なんかものすごーく、ショックなことがあったみたいで……」

 小ムネユキを抱いたままソファに座り、へらっと笑いながらそんな返事をすると、相変わらずの長い黒髪に精悍な風貌の国王は、ずかずかとこちらへ歩いてきた。

 洋介はいま、内藤の隣に座り込んで、小ムネをあやしてくれている。小ムネは勿論、内藤と洋介に囲まれて超ごきげんだ。


「女官が慌てふためいて報告しに来たが。こやつが喋ったというのは本当か? ユウヤ」

 その黒い瞳は、「いくらなんでも早すぎよう」という、半信半疑の色をしていた。

 内藤も、ちょっと困った笑顔を浮かべる。

「あ〜……。まあ、赤ん坊の言葉ですから。『もしかして、こっちの聞き間違いかな〜?』なんて、思わなくもないんですけど……」

 でもあれは、かなりの確率で確かに「ユウヤ」「ヨーチュケ」「マンマ」だったとは思うのだが。

 サーティークは内藤の座ったソファの背側に立ち、我が息子の顔を見つめてしばし腕組みをしていた。

「ふむ。ともかくも、喋らせてみんことには何とも言えんな。先刻は、どういう状況で喋ったんだ?」

「あ、えっとですね……」

 先ほどの状況について、思いだせる限りの説明をしているうちに、気のせいか、サーティークが小ムネユキの顔を覗きこむようにして随分近くにやってきていた。ソファの背側から、上体を伸ばして内藤の肩口から赤子を見ている。


「……なるほど。まあ、お前の名を真っ先に覚えるというのは納得だな。二番目がヨウスケ殿、そして食事か。それも特には問題あるまい」


(……あれ? 意外だなあ)


 この王は、どうやらヴァイハルトほど息子の中での「優先順位」には拘らないものらしい。


(それもそうか。なんたって、この人、一国の王様だもんな。そんな小さいことに、いちいち拘るわけないか――)


 と、勝手に解釈して見直していたら、次にはとんでもない台詞がきた。

「俺の順序と大して変わらん。まあ、生きている者限定ではあるのだがな」

「……は?」

 どういう意味だ。

 怪訝な顔で振り向いたら、思った以上に彼の顔が近くにあって、内藤は驚いた。


(……うわ!)


 気がつけば、すでに肩など抱かれている。

 びっくりして内藤が身を固くした途端、腕の中から声が上がった。


「……や!」


「え?」

 見下ろせば、小ムネがなんだかむうっとした顔で、我が父の顔を見据えていた。

 赤子ながらも、さすがはその父と、佐竹によく似た眼光だ。ちょっと眉間に皺など寄せると、本当に怖いぐらいに目つきが似ている。

「……なんだ? 今のは」

 サーティークが何か不快げに内藤に聞いたが、「さ、さあ?」と答えるしかない。


(いや、もしかして、もしかするけど。)


 そんな風には思ったが、内藤にそう言えるはずもなかった。むしろ、その後の反動の方が怖い気がするので、ここは分からない振りをしておこう。そうしよう。

 内藤は、敢えてさりげなくそこから立ち上がり、小ムネを抱いたまま、まだそこで真っ白に燃え尽きている人の側へ歩み寄った。

「あの、ヴァイハルトさん。ほら、顔、見て上げてくださいよ。きっとすぐ、ヴァイハルトさんのことも呼んでくれるようになりますって!」

「…………」

 内藤の言葉に少し反応して、本来ならば大変な美丈夫のはずの将軍が、ゆっくりと小ムネを見た。内藤は本当に、その亜麻色の髪の毛からぱらぱら落ちる真っ白な灰を見たような気がした。


「『伯父上』とかはまだ、赤ちゃんには難しいと思いますから、なんか他の呼び方、考えたらいいかもしれませんよ? 『おいたん』とか、呼びやすいし、可愛くていいんじゃないのかなあ――?」

 内藤なりに一生懸命、励ましてみたりする。

「お、……『おいたん』……?」

 ヴァイハルトがようやく、じわじわと人間に戻ってきてくれたようだ。

「そ、……そうだな。有難う。さすがは小ムネの大好きなユウヤ殿だ。本当にお優しい――」

 サーティークも近づいてきて、義理の兄と一緒に息子の顔をちょっと覗いた。

「『伯父上』で難しいなら、『父上』も相当であろうな。やれやれ、これでは俺の名など、いったいいつになったらまともに呼べるようになるものやら」

「陛下はあれでしょ? 『パパ』にしとけば早いんじゃ?」

 内藤がそう言うと、洋介も側にやってきてにこにこ笑った。

「あは! 王様のこと、『パパ』って呼ぶの? かわいいね!」

 ちなみに洋介は、さすが子供だからなのか、こちらの言語であっても、もう簡単な会話ならこなせるようになっている。

「……なんだそれは」

 サーティークが呆れたように半眼になった、その時だった。

 内藤の腕の中から声がした。


「……ちー、え」


(……ん?)


 途端、場の空気が、一瞬にして凍りついた。


 内藤が慌てて下を見れば、黒い瞳をきらきらさせたムネユキ殿下が、二人の男を見比べるようにしながら、小さな口を動かしていた。


「ちーえ」


(って、えーと……)


 ちょっと血の気が引いてきながら、恐る恐る前を見ると、危惧したとおり、二人の男が黙って互いを睨み合っていた。


 口火を切ったのはサーティークだった。

「さすがはムネユキ、俺の子だ。早くも『父上』と言えるようになったとは!」

 勿論、ヴァイハルトも負けてはいない。

「何を言う。すっかり耳が遠くなったか? 今のは明らかに『伯父上』だろう!」

 二人とも盛大に笑っているが、目が全く笑っていない。

「耳に問題があるのは伯父上殿のほうではないのかな? 確かに『ち』から始まっていたぞ。なあ、ムネユキ?」

「お言葉だがな。『ち』はひとつしか聞こえなかったではないか。それは上手く『じ』と言えないだけのことに決まっているさ! なあ、そうだよなあ、小ムネ〜?」

 双方、まったく引く気がない。

 というか、その本気の殺気をどうにかしろ。


(こっ、ええ……!)


 内藤のほうが、とうに涙目になって後ずさりを始めている。洋介も怯えたように、慌てて内藤の背後に隠れた。

 と、その時。

 静かにうしろで扉が開いたようだった。


「……何をやってる」

「あっ、佐竹っ……!」

 現れた、紺の長衣トーガ姿の長身の友人に、内藤は急いで駆け寄った。

 佐竹は相変わらず、羊皮紙の書類を小脇に抱えている。いかにもまだ仕事の途中で、内藤や洋介の顔を見に寄ったという感じだった。

「いや、あの、ちょっと……」

 内藤ももう、冷や汗をかきつつ笑うしかない。

 洋介はもう早速、佐竹の後ろへ逃げ込んでいた。


 佐竹は目の前で今にも命の遣り取りを始めそうなこの国の王と将軍の姿を見ると、あからさまに嫌そうな目になった。口にこそ出さないが、「相変わらずだなこいつら」と思っているのが手に取るように分かる。

 わざわざ「どうしてこうなった」とすら聞いてこない辺り、相当うんざりしているのだろう。

「……そいつらは放っておけ。処置なしだ」

 彼自身の剣と同様、もはやすべてを斬って捨てている。

「う、うん……」

 と、内藤が少し佐竹の近くへ歩み寄った途端。


「……や!」


 今までで一番大きな小ムネの声が、部屋全体に響き渡った。

 見れば、きらきら光る黒い瞳を燃え上がらせるようにして、赤子は真っ直ぐに佐竹を睨み据えていた。

 燃えるようなオレンジ色の髪以外、本当に自分にそっくりに見えるその青年に向かって、小さな殿下は矢のような視線を放射しまくっている。


 そして明らかに、はっきりとこう言った。


「……しゃたけ、……や!」


「…………」


 部屋中に、恐ろしい沈黙がおりた。

 今の今まで睨み合っていた二人の男すら、一瞬、口を閉ざしたほどだった。


 そして。

 

 内藤は、たぶん、これまでの人生で、ここまで青ざめたことはなかったと思う。


 佐竹のその額には、

 今まで見たことのないほどの、

 剣呑な皺が刻まれていた。


「…………」


 彼はしばし、凄まじい眼光で、内藤とその腕の中のものを見比べるようにしていたが、そのまま無言で、音もなく部屋から出て行った。


「ぶ、っは……!」

 途端、肩から黒いマントを流した二人の男が、ほぼ同時に噴き出した。そしてそのまま、ほとんど涙を流さんばかりに、腹を抱えて爆笑している。

「きっ、……きき、嫌われたものよな、『兄上殿』……! さすがの奴も、赤子相手では形無しよ……!」

「いや、……お、お気の毒、なのだが、しかし……っ!」


(か、……勘弁してよ〜〜っ!)


 そしてただひとり、内藤だけが、真っ青な顔で小ムネを抱いたままおろおろしていた。

「なんっで、こうなるんだよ〜〜っっ!」


 もはや涙目の内藤の腕の中で、きゃはっ、と、小さな赤子が笑った。


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