その7 君の名は
お久しぶりです。
相変わらずのアホ展開です^^;よろしかったらご笑納ください…。
「あらあら、まあまあ! ユウヤ様のお国には、本当に便利なものがございますのね。この『紙オムツ』、殿下のおしりも清潔に保たれて、べたつかなくて、本当に素晴らしゅうございますわ……!」
「いえいえ、この『おしりふきシート』こそ、優れものでございますわよ!」
「いえ、なんと申しましても『粉ミルク』と『哺乳瓶』でございましょう……!」
ちょっと興奮気味の女官さんたちを前に、内藤はずっと苦笑している。
「は、はは……。あ、有難うございます……」
ここは弟星、南の国。
クロイツナフト、ノエリオール宮。
後宮、小ムネユキのための部屋である。
先日、遂にあの「伯父バカ」に負けてこちらの世界に戻ってくることになった内藤は、ノエリオール宮の小ムネユキ殿下付きの女官たちと共に、小ムネの子育てに邁進中である。
勿論、女官がたは内藤や佐竹、それに洋介がまさか異世界の住人だなどとは知らないため、飽くまでも「故郷の国では子育てグッズが異様に充実してて」という、非常に適当な説明をしてあるだけだ。
当の小ムネユキ殿下は、いまは別室にて、ぐっすりおやすみ中である。
「寝てる時は入室禁止」と言い渡してあるので、さすがのヴァイハルトもこの時ばかりは王宮の他の仕事に従事してくれている。
というか、佐竹ではないけれども、いい加減どいつもこいつも、真面目に仕事をしろと言いたい。
(ってか、そっちがメインの仕事だろっつの!)
そんな思いは拭えないが、もうあの「甥っ子ダイスキー将軍」に掛かったら、王宮の重要な案件もいろいろと形無しなのだ。大丈夫なのか、この王宮。
佐竹はと言えば、基本、小ムネの側には近寄らないようにしているらしく、この王宮にいる間、間接的なサポートはしてくれつつも、ほとんど部屋には入ってこない。それをいいことにというか、あのサーティークは彼のスキルをあてこんで、こちらの王宮の書庫の仕事まで押し付けているようだ。
今は丁度、北の国フロイタールから親善使節として書庫管理の文官長ヨルムスが来ているということもあって、フロイタールでやっていた書庫の刷新と同様に、こちらの書庫でも膨大な資料の整理に当たっているということだった。
(なんかほんと、どこ行っても働きもんだよな〜、佐竹って。)
というか、勝手に周囲のほうで、彼をただ遊ばせておくことをよしとしない状況になってしまうのだろう。内藤がもし彼と同じ立場だったら、一人三役も四役も押し付けられて、とうにパンクしているに違いない。そしてもちろん、口から出るのは怨嗟と愚痴のオンパレードのはずだった。
それを佐竹は、ひと言の泣き言も言わず、顔にすら出さないで軽々とやりこなしてしまうのだ。もはや、人間業とは思えない。真面目に考え出すといろいろどかんと落ち込むので、内藤は近頃はもう、このぐらいで自分の思考をストップさせる技能を身につけつつある。
洋介は、小ムネが眠っている間、サーティークから与えられた部屋にこもって春休みの宿題などやった後は、佐竹について書庫の見学に行ったり、佐竹と剣道の稽古に励んだりと、結構楽しく過ごしてくれていた。
時々は、「気晴らしに」とあのサーティークやヴァイハルトも参加してくれるらしく、洋介はすっかり、この国の要人からも気に入られてしまったらしかった。
とはいえ基本、多忙な国王陛下は、仕事の合い間に小ムネユキと内藤の顔を見に来る以外はひたすら国事に忙殺されていらっしゃる。相変わらずの、お忙しい国王である。
と、隣の部屋からどうやらお目覚めになったらしい可愛い殿下の泣き声が聞こえてきて、内藤は「あ〜、はいはい、どうした、小ムネ〜?」と言いながら、慌てて隣の部屋に入っていった。
○●○●○●○
その男が現れたのは、小ムネが目覚めて、ものの数分もしないうちのことだった。
「小ムネ! おお、お目覚めだね、私の宝玉……!」
「……あ、ヴァイハルトさん……」
いやもう、その形容からして内藤はどん引きである。
最近この「伯父上」は、小ムネユキの「発育日誌」とでも言うべきものをつけはじめたらしく、片手に羊皮紙の小さな束と、携帯用のペンをいつも持参している。
それこそ、「あちらの世界」のマメなお母さんたちのように、「何をどれほど食べたか」「ご機嫌はどうか」「体温は」「体重は」「睡眠時間は」、果ては「日に何回笑ったか」とか「泣いたか」とか、とにかくこと細かに記録しまくっているのだった。
いやまあ、殿下の健康管理の観点から、それは決して間違いではないのだけれども。
(けどそれ、本来、女官さんたちの仕事だよなあ……?)
内藤があっちの世界から子守に来てしまった上、この「伯父バカ大爆発」の将軍がこんな仕事までこなしてしまったら、もはや子守担当の女官さんたちの立つ瀬がないのではないだろうか。
内藤もよく知っている通り、ノエリオール宮は質素倹約を旨とする、雇用形態の厳しい王宮である。もしこれ以上女官さんたちの仕事がなくなってしまったら、あのサーティークがこの人たちに、いつ「もう故郷へ帰れ」と言い出すか、知れたものではない。
いらぬ心配かとは思いながらも、内藤はヴァイハルトがこの部屋へ現れるたびに、なんだかひやひやするのだった。
今、小ムネユキは内藤に抱かれて、女官が準備しているミルクのできるのを待っている。お腹がすいていても眠たくても、とにかく内藤が抱いてさえいればご機嫌でいてくれるのは大助かりだ。今も、「だあ」「あぶう」とか言いながら、綺麗な黒い瞳でじっと内藤を見上げて小さなお手てで内藤の頬に触れてにこにこしている。
やがて。
「……う、……うーや」
(……え?)
内藤は耳を疑って、思わず赤子の顔を凝視した。
「き、……聞き間違い……かな?」
首を傾げて見つめると、小ムネユキはちょっと不思議そうな顔をしたようだった。
そして再度、同じことを言う。
「うー、や」
「な……」
内藤とヴァイハルトが、同時にその場に固まった。
いや、まさか。
こんな、まだ生まれて数ヶ月ぐらいの乳児が、言葉を発するなんてことがあるだろうか。
(いや、でも――)
もともと、この惑星の人々は地球の人類とは随分違う。この小ムネユキだって、りっぱなこの世界の住人だ。それが証拠に、彼の耳は赤子でありながらも少し尖っているのだから。
「うーやぁ、うーや!」
と、思う間にも、小ムネはその言葉を繰り返しては、じいっと内藤の顔を見上げるようにしている。どうやら、返事をしてほしいということらしい。
内藤は恐る恐る、本人に確認してみた。
「俺……のこと、なの? 小ムネ――」
きゃきゃきゃ、と小ムネが笑ってくれて、「やっぱりそうなんだ」と理解する。
(す、すごい……。さすが、佐竹のそっくりさん――)
まさかとは思うが、きっとこれは、自分の「ユウヤ」という名前なのだろう。
ふと見れば、隣でヴァイハルトが鬼気迫る顔をして、なにかぶつぶつ言いながら、怒涛のようにメモを書き散らしていた。耳を寄せてよくよく聞いてみれば、なんだかこんな言葉が聞こえた。
「うん、……やむを得ん。相手はユウヤだ。仕方ない、うん――」
「…………」
(待て。なんかものすごーく、イヤな予感しかしないんだけど。)
少し青ざめつつそう思ううちにも、女官が適度に冷ましたミルクを入れた哺乳瓶を持ってきてくれたので、小ムネにそれを飲ませ始めた。
と、遠慮がちに部屋の扉が叩かれて、洋介が入ってきた。今日のぶんの春休みの宿題が終わったらしい。
「兄ちゃ……あ、小ムネ、起きてたんだね。よかった〜」
にこにこしながら、こちらにやってくる。
洋介は、内藤の隣で何かショックを受けて言葉を失っているらしい美貌の将軍さまのことをちょっと怪訝な目で見たが、気を取り直してとことことそばまでやってきた。
着替えそのほかは一応持ってきたのだったが、あまり珍妙な格好でいるのも家臣たちの目がうるさいだろうからと、サーティークがこちらの世界の衣装を準備してくれて、洋介も今では、こちらの袷の長衣に帯をしめた姿である。内藤が着ている若草色とよく似た、萌黄色の長衣だ。結構気に入っているらしい。
と、近づいて自分の顔を覗き込んだ洋介を見て、小ムネが哺乳瓶から口を離し、ひとこと言った。
「……よー、ちゅけ」
「…………!!」
これにはもう、その場の全員が腰を抜かしそうになった。
ヴァイハルトは目をひん剥いてペンを取り落とし、女官の一人が慌てて、父上である国王陛下へ転がるようにして報告に走った。
「なっ……、なぜだ……! どうしてだあぁッ……!」
「ああ、やっぱり始まった」と、内藤はがっくり肩を落とす。
「ユウヤは分かる、ユウヤはわかるぞ、小ムネ! しかしッ……!」
なぜ、どうして先に洋介なのか、それはこの赤子に聞いて欲しい。
いやまあ、気持ちは分かるけど。
とかなんとか思っていたら、小ムネは澄ました顔で、哺乳瓶を見てこういった。
「……まんま」
(どひ――――!!)
もはや、場の空気が凍りつく。
やがて、女官の報告を受けてやってきたサーティークがそこに見たのは、困った顔で互いの顔を見合っている内藤とその弟、そしてその隣で完全に「真っ白な灰」になっている伯父バカ将軍だった。