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その6 伯父バカ再び

 その日は、唐突にやってきた。


 内藤が自分の部屋に置いたベビーベッドに、やっと眠ったムネユキをそうっと下ろしたその瞬間、部屋の中に例によって、あの《暗黒門》が開いたのだ。

 バチバチとあのプラズマの音をたてるその円盤の中から、いきなり現れたのはヴァイハルトだった。いつもの、白い軍服に黒いマント姿。爽やかな美貌も健在である。


「おお! ムネユ――」

 両手を広げ、ほとんど涙目で大声を上げそうにする美丈夫の将軍の口を、しかし内藤は速攻でダッシュをかけて両手で塞いだ。

 バスケ部の練習試合のときですら、ここまで俊敏に動いたことはなかっただろう。

 やっと眠った赤ん坊の傍で怒鳴る奴がいたらそれはもう、間違いなく全世界の母の敵だ。いや、まあ内藤は「母」ではないのだけれども。

「ムッ? ムムムム……!」

「シーッ! いま眠ったとこですから……!」

 内藤の必死の形相を見て、ヴァイハルトがふがふがいいながらも首を縦に振る。

「だから言ったろうが、この粗忽者が」

 その「伯父バカ将軍」の後ろからぬっと現れた黒い姿は、これ以上ないほど剣呑な顔をした「黒の王」その人だ。こちらは正真正銘、紛れもなく赤子の父だ。

「うっわ、陛下まで――」

 内藤は呆れかえる。

 見れば、何故かサーティークの片腕には、あのひつじの抱き枕が抱えられている。


(なにぞろぞろ、二人してこっちの世界に来てんだよ――??)


 ということは、向こうで《鎧》の操作をしているのは、あの宮宰マグナウト翁なのだろうか。まったく、ご老体をこんなことにこき使って、まことにお気の毒な話である。

 もう本当に、あの「過去にあまり干渉するのは」云々の台詞を返上してもらえないだろうか、この王様。

 物凄くかっこよかったのに、そして佐竹にはもちろん内緒だけれども「ちょっと惚れそうかも」とか思ったのに、これではイメージの崩壊は免れないぞ。

 そして、何よりも。


(ここは、家ん中だっつーの!)


 まったく、何べん言ったら分かるのだろう。

 どれだけ言ったら、この人たちは日本の習俗に慣れてくれるのやら。

 眠っているムネユキを起こさないよう、内藤が身振り手振りでそのことを伝えると、男二人はしばしきょとんと目を見合わせた。その目線が足元に下りて、やがて「ああ!」とばかりに二人で頷きあう。

 そしてさも面倒くさげに、内藤のベッドに二人で腰掛け、ごそごそと履いていた長靴ちょうかを脱ぎ始めるのだった。


(ほんっと、勘弁してくんないかなあ……。)


 内藤はそれを見ながら、肩を落として溜め息をついた。



○●○●○●○


  

 内藤宅のリビングで腕組みをした佐竹の目が、二階からぞろぞろ降りてきた三人を見てこれ以上ないほど細められた。


「……どういうおつもりですか、お二人とも」

 

 因みに馨子はと言えば、苦々しい顔をした実の息子からの「いい加減、真面目に仕事をせんか!」という厳しい()()を受け、今は不満たらたらのうちにも、地球の裏側へ舞い戻ってしまっている。

 この点については内藤も、実は内心ほっとしていた。

 それは勿論、あの馨子を、この黒髪の王に会わせるのは非常にまずい気がしていたからだ。下手をしたら、本当に歴史改変なんていう恐ろしいことにもなりかねない。


「どういうつもりもこういうつもりもあるかっ!」

 ヴァイハルトが早速、しかし二階で寝ている可愛い甥のためにやや声は潜めて、「青年の主張」ならぬ「伯父バカの主張」を始めている。 

「こちらではほんの数日のことかもしれんが! あちらではすでに、ひと月も経ってしまっているのだぞ! こんな長期間小ムネに会えないなんて、この私に耐えられるわけがなかろうが!」


(いや、長期間って……。)


 内藤は脱力する。

 気持ちは分かるが、もうこのヴァイハルト、毎日一度はあの赤ん坊の顔を見なければ夜も日も明けぬという可愛がりようらしい。少し、度を過ぎてはいないだろうか。

 それに、いつのまにやらこの将軍、一応は臣下として「小ムネユキ殿下」とお呼びせねばならないところを、すっかり内藤に感化されて「ムネ」と呼びならわしてしまっているようだ。


(いいのかよ? ほんとに……)


「ともかくも!」

 内藤の心中を知ってか知らずか、隣で冷たい目で見やってくる義弟の国王のことも完全に無視して、ヴァイハルトは言い放った。

「小ムネはいますぐ連れ帰るッ! 誰がなんと言おうとだっっ!」

 そしてすかさず、隣の黒髪の男にびしりと人差し指をつきつけた。

「無論、貴様の言うことも含まれてるぞ!」

「…………」

 サーティークは非常に不快げな顔で、眉をぴくっと吊り上げたが、何もいわずに内藤の方を見た。

「『伯父バカ、ここに極まれり』だな。まったく――」

 そしてにこりと、無駄に素敵な笑顔で笑う。

「義兄が迷惑を掛けてすまんな、ユウヤ」


(いやいやいや。あんたもだって――!)


 内藤は、心密かに盛大につっこんだが、もちろん言葉にはしなかった。

 まったくこの王、何を人のせいにしてるんだか。

 

「ともかくも。まずはお座り下さい、お二方」

 静かな、しかしドスの効いた声で佐竹がそういいながら、内藤家のキッチンへ入って勝手に茶など淹れ始めている。

 この男、なんだかんだいいながら、この男たちを一応はもてなす気でいるらしい。いや、それは単なる「日本男児」としての習い性なだけかもしれないが。


 やがて、コーヒーではちょっと驚かせてしまうかという気遣いからか、佐竹は盆に緑茶の準備をしてリビングのテーブルまで運んできた。あちらの世界の国王と将軍は、内藤家の客用スリッパなど履いて、それぞれソファに座り込んでいる。

 スリッパはもちろん、亡き母の趣味であるため、パステルカラーでかわゆいネコだのウサギだのといった少女趣味なデザインだ。そしてサーティークの隣には、先ほど彼が持参したひつじの抱き枕が鎮座している。


(……ああもう。どうしよっか、この絵ヅラ――)


 やっぱり彼らには、彼らのイメージというものが――。


 内藤がそんな事を思いながら頭を抱えているうちにも、佐竹は彼らに茶を出している。

「……どうぞ」

「あ、これはかたじけない」

 佐竹から茶托に乗せた茶を差し出されて一礼され、思わず毒気を抜かれたのか、そもそも育ちがいいからなのか、ヴァイハルトは素直にそれに返礼した。

 サーティークは勿論、そこで腕組みをしてふんぞり返ったままである。こちらの育ちは、また違う意味で()()()()のだろう。

 佐竹は佐竹で、無言のままにもそんな「狂王」を半眼のまま睨み据えている。


 と、話を始めようかとしたその時に、家の中が妙に騒がしいのに気がついたのか、自分の部屋から洋介が現れた。

「佐竹さん、あの、これ……」

 春休みの宿題でも聞こうと思ったのか、手にはドリルと鉛筆を持っている。

 が、洋介はリビングの入り口までやってきて、ぴたりと止まった。

 中の異様な雰囲気と、ソファに座り込んでいる見慣れない装束のでかい二人の男を見て、その場に固まっている。

「おや、これは――」

 途端、ヴァイハルトがにっこり笑う。サーティークもその横で、ちょっと興味深げにその内藤にそっくりの少年を見つめた。洋介は、Tシャツに半ズボン姿である。

 ヴァイハルトがすいっと立ち上がって、洋介の目の前で片膝をつく。いかにも手馴れた、大人の流麗な動きである。貴婦人に対して結婚の申し込みでもするかのように見えるのは、内藤の気のせいなのだろうか。


「やあ、初めまして。ええっと……確か、ヨウスケ殿、だったかな?」

「…………」

 洋介は、よく分からない言語でいきなりにこやかに挨拶してきたその美丈夫の青年を見て、やっぱり口をぱくぱくさせて動けないでいる。

「ああ、ごめんな洋介――」

 内藤は慌てて、洋介のそばまで行って自分もしゃがんだ。

「小ムネの伯父さんのヴァイハルトさんだよ。んであっちが、お父さんのサーティークさん」

 自分の名前の部分だけは聞き取れたらしく、二人の男はそれぞれに少年に向かって軽く会釈した。

「なんかやっぱり、小ムネを引き取って、向こうに戻りたいっておっしゃっててさ――」

「えっ! そうなの?」

 それを聞いて、途端に洋介は悲しげな顔になった。

「や、……やだよ。僕、もうちょっと、小ムネと一緒にいたい……」

 もっていたドリルを胸に抱きしめるようにして、もうその顔がひくひくし始めている。

「洋介……」

 内藤も、その顔を見てちょっと困ってしまう。

 末っ子の洋介にとって、小ムネは丁度、弟でもできたみたいで嬉しかったのだろう。

 ここのところ、洋介は洋介なりに、小ムネをお風呂に入れたりミルクを飲ませたり着替えさせたりと、色々と楽しげに「子育て」を手伝ってくれていたのだ。

 佐竹では小ムネがやっぱりギャン泣きしてくれるため、洋介はこれで結構頼りになる「お兄ちゃん」でいてくれていた。そうこうするうち、すっかり情が移ってしまっていたのだろう。


 言葉は分からないながら、洋介のその様子を見て、異世界の二人の男も話の流れは理解したようだった。

「よし。ではヨウスケ殿もあっちに行くか?」

 あっけらかんとサーティークがそう言った。口角はやっぱりにやりと、悪戯っぽく引き上げられている。

「え〜っっ?? ちょっと、陛下――」

 内藤は、わが耳を疑った。


(洋介を、あっちの世界へ連れて行くって? マジなに考えてんだ、この王は――!)


「どうせ、『ガッコウ』とやらは休みなのであろう? あまり長くではまずかろうが、十日やそこら、問題あるまい――」

 サーティークはこともなげにそう言うと、さっと立ち上がり、何もない空間に向けてちょっと手を振った。途端、あっという間に天井付近に、あの《まなこ》がぎょろりと現れた。それを見て、洋介がぎょっとして凍りついた。

 どうやらあちらの世界からマグナウトが、あの《眼》を使ってこちらの顛末をそっと見ていたらしい。


《いかがされましたか、若》

 懐かしいあの老人の声が聞こえてくる。相変わらず、温かくて落ち着いた優しい声だ。

 サーティークが即座に言った。

「聞いての通りだ、じい。手筈どおり、合図をしたらここに《門》を開け。ユウヤとムネユキを連れ帰る」

《畏まりましてござりまする》


 内藤は度肝を抜かれた。

「え、えええ〜っ? そんな、いきなりですか!? いやあの、洋介も行くとなったら、お泊まりの準備とか、なんとかっ……!」


(まずは歯ブラシに、タオルに着替え。あと、帽子と水筒と――)

(あっ、常備薬や絆創膏なんかも要るよな?)

(んで、ちょっとはおやつも持たせないと――)


 と、頭の中がまるっきり、遠足前日のお母さんの思考に早がわりする。


 が、内藤が慌てふためくのを綺麗に無視して、サーティークはいつものように、ただ楽しげにしれっと言い放った。

「何を言う。お前とて、身ひとつでこっちへ来たのだろうが。なに、不便などかけさせんわ。ヨウスケ殿のことも任せておけ」

「や、で、でもっ……」

「ではユウヤ、すぐに準備だ。小ムネユキを連れてきてくれ」

「え、え、えええ〜〜〜っっ!?」

 少しは人の話を聞こうという気はないのか、この男。

「ああそれと。今度はそなたは来なくていいからな? 『兄上殿』」

 びしりと指差す先はもちろん、先ほどからずっと腕組みをして仁王立ちしている佐竹である。


(え、いや、ちょっと……!)


 やめてくれ。

 これ以上佐竹を怒らせたら、俺、このあとどーなるかわかんないし!


「ご冗談でしょう」

 佐竹の方でもすでにこの上なく剣呑な顔のまま、毅然と否やを言い放った。

「自分も当然、同行させていただきます」

 「文句があるか」と言わんばかりの眼光で、異世界の国王を睨み返す。

「おやおや、これは――」

 サーティークが片頬をにやりと上げた。

「しばらくぶりで、こちらの言語をお忘れになったと見えるな、『兄上殿』?」

 一見笑っているようにも見えるが、勿論その目はそうではない。

「『丁重にお断りする』と申し上げているのよ。お分かりか?」

 わざとらしいまでにゆっくりと言い放つ。

 内藤は次第に、心臓がばくばくいいだした。


 その皮肉満載のもの言い、もう少しどうにかならないのか。

 「火に油」とは、まさにこれだ。


「…………」

 沈黙のまま、一気に佐竹の周囲の空気が冷え込んでゆく。

 内藤家のごく庶民的なリビングで、二人のでかい男が向かい合い、びしばしと目に見えるほどの火花を飛び散らせ始めた。それを見た洋介が、ひいっと小さく悲鳴を上げる。

 内藤は、慌てて二人の間に割りこんだ。

「だ……、だっから! ちょっと、子供の前でやめてくれます? 佐竹も、もうわかったから! またついて来たらいいからさ……!」

 ただ一人、ヴァイハルトは、一同のそんな様子を眺めて顎に手をあて、にやにやと楽しげに頷いているだけだった。

「うんうん、分かるよ、ユウヤ殿。あんまりもてすぎるというのも、いやはや、なかなか大変だよねえ……?」

「意味わかんないっスから! ヴァイハルトさん!」

 内藤はもう涙目だ。


 なんとかしろ、このバカ将軍。

(ってか、こうなってるのはあんたのせいだろ!)


「『もてすぎ』ってなんだよ、もう。勘弁してよ……」

 と、これは頭を抱えての独り言だったのだが。

「もて、すぎ……? ってなに? 兄ちゃん」

 洋介が、「本当にわからない」という純粋な目で、きょとんと自分を見上げてきて、内藤は瞬間的に、ざーっと顔から血の気が引いた。慌ててぱしっと、口許を手で覆う。


(し……、しまった俺。声に出してた――?)


 見れば、佐竹が向こうから、殺気のこもった恐ろしい視線でこちらを睨んでいる。いやもう本当に、それだけで心臓が止まりそうだ。

 内藤はさらに真っ青になり、だらだら冷や汗をかき始めた。


(うああ……。まずい、まずいよ――!!)


「や、え、ええっと……だだ、だからっ――」

 内藤はもう、完全にしどろもどろだ。


 だから、子供の前でそういう話をするなと言うのに。

 少なくとも洋介の前では、これまでまったくそんな話もしなければ、佐竹とそんな雰囲気になることも注意深く避けてきたというのに!

 全部こいつらのせいだ、絶対そうだ。

 佐竹と自分の関係は、まだ小学三年生の弟にするにはさすがに早すぎる。まだ洋介は、二人を「単なる友達」だとしか思っていないのだ。

 それなのに。


(ああっ、もう……!)


 この場合、洋介があちらの世界についてきたとしたら、多分、一番の貧乏くじをひかされるのは自分であるに違いない。

 あとの面子メンツはみな、絶対にずっとこんな調子に違いないのだ。

 そのしわ寄せは全部、ほとんど腹芸のできない自分に来ることは間違いない。


(うああ、最悪……。)


 今から気が重くなりながら、内藤はひとり、肩を落として溜め息をついた。



○●○●○●○



 そうして。

 それでもどうやら、小ムネユキのためにと購入した紙オムツをはじめとするベビー用品に加え、それぞれが医薬品やら着替えやらといった諸々の大荷物を抱えて、一同は再び、その《暗黒門》を抜け、「弟星」のノエリオール宮へ戻る運びとなった。


 ちなみに、小ムネユキが眠っているのをいいことに、ヴァイハルトはちゃっかりとベビーカーに赤子を乗せて、うきうきとそれを押し、《鎧の産道》を闊歩かっぽせんばかりに歩いて渡っていったのだった。

 いつもは大変爽やかなその美貌が、もはや崩れそうなにこにこ顔だったことは言うまでもない。


(ったく、先が思いやられるよ……。)


 内藤は頭を抱え、リュックサックをしょった洋介の手を引いて、肩を落としてそれについて歩いていった。



ああ、どんどんアホな展開になってゆく……。

そしてキャラ半分崩壊してるかも(苦笑)。

ほんともう、怒らない人だけついてきてくださいね^^;

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