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その2 伯父バカ将軍


「は〜。やああ〜っと来られたあ……!!」

 内藤はう〜うっと伸びをして、久しぶりのその国の空気を、胸いっぱいに吸い込んだ。

 いや、正確には「その惑星ほしの」、いや「その世界の」と言うべきだろうか。

 頭上には、真昼の空に赤っぽい太陽が浮かび、視界の隅には白っぽく、巨大な惑星の影が仄見えている。季節はどうやらこの世界の、秋口にあたるようだった。



 なんとかかんとか、無事に懸案の大学受験も終わり、どうにかこうにか志望校の末席に滑り込んで、ようやく「鬼の家庭教師」兼「護身術の師匠」兼、あまりおおっぴらには言えないが一応「お付き合いのお相手」でもある強面の男からの許可も出て、晴れて内藤はここ、ノエリオール宮にやってきたのだ。

 因みに、あちらでは優に一年半が過ぎ去ったのであるが、こちらではまだ、内藤とその「強面の相棒」がもとの世界に戻ってから、ほんの数ヶ月が過ぎ去ったのみである。


「わあっ! 小ムネ! やっと会えたああ!!」

 そしてもう、滂沱の涙を流さんばかりにして、子守担当の女官から受け取った、その小さな王太子をおくるみごと抱きしめる。

「会いたかったよお、小ムネえええ!」

 目の覚めるようなオレンジ色の髪をした赤ん坊は、もうきゃっきゃと声をたてながら内藤の頬を小さな両手でぺちぺち叩いて、大いに喜んでいる様子だった。

「さすがはユウヤだ。一瞬にしてその笑顔を引っ張り出すとは」

 内藤の隣でその様子を見ていた精悍な立ち姿の黒の王が、にやりと笑ってその横を見る。

「……で? どうしてまた、そなたまで此処へ? 『兄上殿』」

 「別にお前は呼んでいないが」と言わんばかりの迷惑そうな顔を、まったく隠そうともしていない。というか、とんでもなくわざとらしい顔だった。

所謂いわゆる、『危機管理』というものでしょう」

 憮然とした顔で腕組みをしたまま答えたのは、その王にそっくりの、長身で短髪の青年である。

「あの内藤のことですから。下手に放っておくと、もとの世界に戻れないなどという仕儀にもなりかねませんので」

「……ほう?」

 サーティークが顎に手をあて、意味ありげに口角を引き上げる。

「意外と心配性だな? 兄上殿」

 「兄上殿」と呼ばれた青年が、ぎろりとその顔を睨み返した。その目は明らかに、「一体だれのせいだ」と目の前の王をなじっている。

 因みに内藤とこの佐竹は、今は向こうの服装そのままである。内藤はピンクのパーカーにジーンズ姿、佐竹はVネックのニットと綿パンだ。


 一同はそのまま、王宮内の廊下を進んで、小ムネユキの部屋を目指した。

 あちらこちらで、国王と王太子、それにその一風変わった「賓客」の青年二人をみつけては、慌てて礼をする武官や文官、召し使いたちとすれ違う。

 と、ムネユキを抱いた内藤が、歩きながらちょっと心配そうな顔でこちらを向いた。

「陛下、あの抱き枕って、ちゃんと役に立ってます? 結局俺、においとかつけてやれなかったけど……」

 そうすることを阻止したのは、勿論、隣を歩く強面の男である。内藤のその発言を受けて、彼は一瞬、剣呑な視線で自分の恋人を睨みおろした。

「ああ、あれか。その節は世話になった」

 サーティークはさきほどとは打って変わって、内藤には底意のない笑顔を向けた。

「無論、お前ほどの威力はないが。それでもどうやら、ムネユキのお気に入りではあるらしいぞ。毎晩あれがないと、なかなか眠ってくれんらしい」

「そうなんですか! 良かったあ……」

 へへっと笑って、また小ムネユキをあやし始めた内藤を、ちょっと眉間に皺を寄せて佐竹はじっと見つめていた。



 と、廊下の向こうから、一見して凛々しい出で立ちの、見覚えのある青年が現れた。

 長めの亜麻色の髪に、明るく碧い瞳。白い軍服に黒いマントを流した、いつもの姿だ。

「おお、ムネユキ! こんな所に!」

 青年将軍、ヴァイハルトだった。相変わらずの美丈夫で、爽やかな笑顔も変わりない。だが今は、どうやらその整った容貌が、少し崩れ気味のようにも見えた。

 サーティークが彼を見て、一瞬にして不快げな顔になる。

「なんだ、お前か。戻っていたのか」

「戻って悪いか。仕事が一段落ついて、自分の甥っ子に会いにくるのは当然だろう。な〜? 小ムネ?」

 せっかくの美々しい相貌が、もはや台無しなほどに甘く崩れているのは、ほぼ間違いなく、内藤の腕の中にいるこの赤子が理由であるようだった。

「何を自慢げに。仕事そっちのけでこうしていたら、即、降格だ。このバカ伯父が」 

 吐き捨てるような言いざまで、サーティークは冷ややかに言い放つ。


 どうやらこのヴァイハルト、妹の子であるこの小ムネユキに、すでに盛大に骨抜きであるらしい。しかし、内藤が彼に赤子を抱かせた途端、ご当人はあっという間に、火のついたように大泣きをし始めた。

 元気な赤子の泣き声が、王宮の廊下に響き渡る。

「やめんか、貴様! お前が抱いても無駄なんだと、何度言ったら分かるんだッ!」

 即座にサーティークが言いはなって、赤子を「伯父バカ」から奪い取ると、すぐに内藤の腕に戻した。

 廊下には再び、静寂が戻る。


「何故だ! 何故なんだっ、小ムネ! 私はお前の、母上の兄君なんだぞっ! こんなにもお前を愛しているのに、どうして私が抱いても泣き止まないんだああッ!」

 ヴァイハルトが、もう憤慨して頭を抱えた。

「やかましい! もうその伯父バカ、大概にせんかッ!」

 サーティークがその隣ですかさず怒号を上げた。

「何を! 伯父が伯父バカで何が悪い!」

 ヴァイハルトは、どうやらもう既にすっかり、この件については開き直っているらしい。内藤は、ちょっと呆然とその美々しい横顔を見上げてしまった。佐竹に至ってはその隣で、もはや完全に二人を無視するていだ。


 サーティークも負けじと言い返す。

「自分の立場をわきまえんか! 最近はもう、目に余るわ! あまり酷いといい加減、本気で地方に飛ばすぞ、貴様ッ!」

「はあ!? やれるもんならやってみろ! いくら国王陛下とはいえ、当然の理由もなしに将軍を左遷などすれば、人心の離れるは必定だぞっ! いかな唐変木とうへんぼくの貴様でも、そのぐらいの頭はあろうが!」

「唐変木だと? 言うに事欠いて、この男……!」

 がしっと、同時に互いの胸倉を掴みあう。

 なにかもう、今すぐにも目の前で、殴り合いの喧嘩が始まりそうな勢いだったが。


「やめてくださいっ!」

 鋭く叫んだその声で、ふたりの拳はぴたりと止まった。


 見れば、ちょっとひくひくとぐずりだしそうな顔になった小ムネユキを抱いたまま、内藤が半分泣きそうな顔になって、二人を睨みつけていた。

「なにしてるんですか、二人ともっ……!」

 ふるふると、本当にもう今にも涙が零れそうだ。

「お父さんと伯父さんが、こんな小さい子の前で殴りあいとかっ……、俺、絶対、許しませんからねっ……!」

 その隣では、腕組みをして半眼になった佐竹がもう、完全にあきれ返ったという視線で二人の青年を見つめている。


「あ。すまんな、ユウヤ――」

「悪かったね、ユウヤ殿――」

 単にいつものスキンシップだったらしいのだが、二人はあっさりと、互いの胸倉から手を離した。

「泣かんでくれ。な? ユウヤ」

 ぽすぽすと、以前のようにその頭を叩こうとしたサーティークの腕を、しかし、佐竹の腕がぐいと掴んだ。

「…………」

 見れば、その目が相当の殺気を放って据わりきっている。サーティークは「ははん」という目になってにやりと笑った。

「……なるほど。つまりはそういう『危機管理』というわけだな? 『兄上殿』」

「…………」

 ぺいっと国王の腕を放り出し、佐竹は無言のままそっぽを向いた。


「は? なに? どしたの? 佐竹……」

 まだ涙目のままの内藤が、やっぱり何も分からないという顔で、瓜二つの二人の男の顔を見比べている。

 その隣ではヴァイハルトが、これまたいかにも楽しげに、美々しい笑顔を振りまいていた。

「ははは! これはどうやら、しばらく楽しいひと時が過ごせそうだね? お三方――」


 爽やかな青年将軍の高笑いが、ノエリオール宮にこだまする。

 内藤の腕に抱かれた小さな赤子が、あぶう、と心地よさげな欠伸をこぼした。



なんだかんだ、すぐ書いてるし…(笑)。

お楽しみいただけたら幸いです!

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