その15 ムネユキ殿下ご乱心(4)
しかし。
ことは、意外な展開を見せた。
「じゃあ、小ムネ。宿題も残ってるし、僕、そろそろもとの世界に戻るね?」
すべてはヨウスケのその台詞が決定づけたのだ。
ユウヤはあからさまにほっとした顔だったし、その隣に立つアキユキも、顔にこそ出さなかったが胸をなでおろしたのに違いなかった。
「また来て下さいますね……いや、来てくれるな? ヨウスケ――」
名残惜しさに少し眉をひそめるようにしながら息子が言う。
対するヨウスケはと言えば、完全にあっけらかんとしたものだった。
「うん! もちろんだよ。来年は受験だし、今度はできたら冬休みか春休みがいいかなあ。それまで元気でいてね? 小ムネ。大好きだよ……!」
にこにこ笑って、ぎゅうっとムネユキを抱きしめたりなどしている。なかなか罪な少年だ。サーティークはぴくりと片眉を動かした。
「わ、……私もだ」
ムネユキは少し震える声でそう言って、しっかりと彼を抱きしめ返した。
「うん、この間も言ってくれたよね。嬉しかったよ、小ムネ!」
(『この間も言った』……か)
サーティークは父として、そんな息子を見るのは少々複雑な気分だった。
これは、あれだ。ムネユキはそれなりに、きちんと気持ちは伝えたわけだ。しかし、相手にそういう意味では受け取ってもらえなかった。
それは飽くまでもヨウスケの中で、「年の離れた弟が兄に対して抱く感情としての好意」だと理解されてしまったのだろう。
(……未熟者め)
要するに、「そちらの意味での好意ではない」というところまで伝えきれなかった、そこはムネユキの幼さであろう。
なんと言っても、彼はまだこの世に生きて八年しかたたぬ身なのだ。詰めが甘いと言わばそれまでのことなのだが、その青さ、若さが可愛いといえばいえなくもない。
《鎧》の中に開いたあの《門》が、訪問者たちを飲み込んで閉じていったあと、息子ははっきりとその黒いマントをまとった肩を落としたように見えた。
「父上――」
「言うな。泣き言など、王の子にふさわしいとは言えん」
ぴしゃりと言い放つと、息子はきゅっと唇を引き結んだ。
「……はい」
さらに肩を落とした息子を、サーティークは片頬をにやりと上げて見下ろした。
「まあ、良いではないか。お前にはまだまだ、時間があろう」
「……は?」
「なにも、一度ぐらいのことで諦める必要はない。なにしろあちらには、こちらの意図は伝わっておらんのだろう。そちら方面の手練手管であれば、不肖ながらこの父が手ほどきしてやらんこともないしな」
むしろ慰めるつもりでそう言ったというのに、息子は変な顔をした。
「……お言葉を返すようですが、父上」
「なんだ」
「こう申し上げては何ですが……。父上も、かのユウヤ様をアキユキ殿に奪われたっきりでいらっしゃるのでは」
ごん、と鈍い音がして、気がつけばサーティークはわが子の頭に鉄拳を振り下ろしたあとだった。
「父上――」
少し顔をしかめながら、息子が恨めしげに見上げてくる。
それを睨みおろしながら、サーティークは今度は自嘲の笑みを浮かべた。
「……まあ、そうだな。そなたの言に間違いはない」
ばさりとマントを翻し、《鎧》の操作盤に指を走らせ、サーティークは新たな《門》をその場に出現させた。
これは王宮の一室に直接につながる道である。
「ならば、見せてみよ。そなたらには幸い、まだまだ時間があるではないか。なんと言ってもヨウスケ殿には、まだ決まった相手もおられぬはずだ」
「……はい」
「ともかくも、そなたの真心と手練手管の限りを尽くし、なんとしてもヨウスケ殿をお落としするがいい。俺は全面的に応援するぞ」
「父上……」
「お手並み、しかとこの目で見届けさせてもらおう程に。では、行くぞ」
そう言うなりサーティークは、真っ黒なまるい《門》に飛び込んだ。すぐにムネユキがあとに続く。
大股にその真っ暗な道をゆきながら、サーティークは若者の、ゆくてに広がる未来の多さを多少の羨望をもって眺める気持ちになったのだった。




