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その14 ムネユキ殿下ご乱心(3)



「どういうおつもりか。サーティーク公」

 皆がこちらの衣装に着替え、さらに子ども二人が別室へ去ったのを見はからったように、早速アキユキが剣呑な目でサーティークを詰ってきた。

「はて。どういうつもりとは?」

 応接の間の中央に据えられた大きなテーブルの上には、かれら客人をもてなすための茶菓子などが置かれている。それを挟んで正面に座ったまま、ユウヤが困ったような顔でサーティークとアキユキを見比べていた。


「今回は、俺の意向は関係ないぞ。言ったであろう? 小ムネユキ(あれ)がそなたらに感謝の意を伝えたいゆえ歓待することを望んだのだ。そのほかの意図などない。これっぽっちもな」

「ご冗談を」

 アキユキはすっと目を細めるようにして、サーティークの韜晦とうかいの言をばっさりと斬り捨てた。

「父君である貴方さまが、ご子息の様子に無頓着であるなどということはありますまい。先ほどの小ムネユキ殿下のお顔をわざわざ見せておきながら、左様なごまかしは通用しませんぞ」

「……ふむ」


 サーティークはまた、にやりと笑った。

 あの《鎧》を通じて声でのやりとりはしてきたが、こうしてこの男と直接顔を合わせるのは久しぶりだ。

 アキユキもユウヤも、あれからあちらの世界で八年の歳月を過ごしてきた。彼らもあちらではすっかり「大人」と目される年になっているということだ。言葉遣いが多少大人びているのも頷けるというところか。

 とはいえユウヤに関しては、不思議に成長を感じない。というのも、もともとサーティークが彼に最初に会ったとき、ちょうど今ぐらいの年齢の姿であったためだ。そのときのユウヤの体は、今ではあのフロイタール国のもと国王、ナイトのものとなっている。

 当のユウヤはと言えば、先ほどから陶製のカップを手にして首をひねり、妙な顔をしているばかりだ。


「あの……佐竹? なに言ってるのかちょっと俺、よく分かってないんだけど……」

「わからんのか」

 アキユキは盛大に眉間に皺をよせ、己が恋人を見やる。

「先ほどのあれが、単に赤子の頃に世話になった少年に対する感謝の念ばかりだと思うのか? 少し鈍すぎるぞ、貴様」

「え、えええ……??」


 やっぱりユウヤは分からない顔だ。

 アキユキが軽くため息をついたようだった。


「……内藤家の今後の存続という意味で、いま現在、お前も非常に危機的状況にあるのだがな。しっかりしろ。兄だろう」

「えええ? 何いってるの、佐竹……」

「洋介がどうこたえるか次第ではあるがな。明らかにムネユキ殿下は()()()()お気持ちであられるようだぞ」

「そ、……そそ、そういうって、どういう――」


 ここへきて、さすがの「鈍い兄上殿」も次第に分かってきたらしい。ユウヤは口をぱくぱくさせて、縋るような目でこちらを見やった。


「ちょっと、陛下……! 嘘ですよね? そんなこと、ないですよねっ……?」

「さてな? 単に『そんなこと』と言われても、俺には皆目わからんのだが。曖昧な表現はそちら世界の十八番おはこのようだが、多用するのは問題だ。そのうち身を滅ぼすぞ」


 惚けた顔でにやにや笑って、手もとの焼き菓子をぞんざいに口に放り込む。

 アキユキの視線がさらに鋭さを増した。


「冗談ごとではありませんぞ。自分が申すのもいかがかとは思いますが、内藤家には内藤家の事情というものがございます。お父上は、今後の洋介の行く末をそれはご心配されておりますし」

 それを聞いて、思わすサーティークは吹き出した。

「は! どの口が言うか。男の身でその親父どのから大事な息子をかっさらった張本人が」

「…………」

 アキユキが剣呑な顔で黙り込む。これには一言もないはずだった。 


「へ、陛下……!」

 ユウヤが真っ赤になってこちらを睨むようにした。いや、睨むといってもせいぜいが、小さな犬っころが必死に威嚇するような可愛いものに過ぎないが。

「ほんと、嘘ですよね? 小ムネが洋介のことを、なんて……。だって、二人ともまだ子どもですよっ……?」


 サーティークは再びせせら笑った。


「子供だ? あれのどこが子供なのだ。そちらの世界ではいざ知らず、こちらでは成長期を終えた子供は早々に元服、つまり成人の儀を済ませるものだぞ。ムネユキに関してはその儀はまだだが、それもこれから良き日を選び、数ヶ月の後にはおこなわれることが決まっている」

「ええ……?」

「そうすれば、あれも立派な大人の男の仲間入りよ。その後は本格的に婚儀の話も出るであろうし、側妾を置くなどもできる身分となる。それこそ、暢気なそちらとは事情が違うのでな」

「で、でも……!」


 遂に、がたんとユウヤが立ち上がった。


「なんか、俺が言うのも変なんですけどっ。い、一応、洋介だって男ですからね? お妃さまとか側妾とかって、そもそも女の子がなるもんでしょ? そんなの、洋介がなれるわけないんですしっ! まったく、なに言っちゃってるんですか、陛下ってば……!」

 その瞬間、サーティークも席を蹴って立ち上がると、テーブルを回って風のようにユウヤのもとに迫り、彼の胸倉を掴みあげた。

「う、わ……!」

「サーティーク公……!」

 アキユキがすかさずこちらの腕を掴みに来るところを片手で制する。

 彼の険しい顔をじろりと見やって、サーティークはまたユウヤに目を戻した。


「そちらとは事情が違う、と言ったはずだ。こちらは正妃のほか、望めば幾人でも妃を持てる。そして更に言うならば、別にその相手が男だからとてさほど文句を言う臣下はおらん。要は、きちんと王子さえ儲ければよいのよ。それはどの女からの子であっても基本、困らん。一応、初めからそれなりの身分の女を侍らせることにはなっているしな」

「そ……、そんな――」


 ユウヤがサーティークの手に掴みあげられたまま青くなる。

 周囲で控えていた召使いらが、硬直したようになってはらはらとこちらを見つめている。

 彼らとアキユキをちらりと見て、サーティークはくくっと笑うと、あっさりとユウヤの胸元から手を離した。


「ま、とは言えアキユキの申すとおりだ。すべてはヨウスケ殿のご意向次第」

「へ、……陛下……」

 ユウヤが呆然と見上げてくるのを、微笑んだままの顔で見下ろした。


「良いではないか。()()()()アキユキに返したのだ。もしヨウスケ殿が『うん』と言うなら、兄としてそのぐらいのわがままは許してやるのが筋であろうが。……なあ? ユウヤ」

「そ、……そんな――」


 ユウヤの震える声を最後に、応接の間にはしばし、重い沈黙が下りたのだった。




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