その13 ムネユキ殿下ご乱心(2)
結論から言って、ヨウスケはこの王都クロイツナフト、ノエリオール宮へとやってくることになった。例によってかの無骨顔の男はかなりの難色を示したのだったけれども、ほかならぬ小ムネユキの熱望とあって、ユウヤのほうが一も二もなく了承し、かの男を説得までしてくれた結果である。
当のヨウスケはと言えば、彼も赤子のころから面倒を見てきたムネユキの望みと聞いて、ただただ喜んでくれたようである。そんなわけで《黒き鎧》の通信をおこなってから程なくして、彼らはこちらへとやってきた。
「小ムネ! わあ、久しぶり!」
「陛下から話には聞いていたけど、ほんっと大きくなったねえ……!」
いまやあちらの年齢で十四、五歳ほどになったヨウスケと、その兄たるユウヤは、《鎧》の開いた《門》を通ってこちらの宮に現れたとたん、ムネユキを見て喜びの声をあげた。
ちなみに今の彼らは「ナツヤスミ」とやらいう、あちらの世界における学問所の長期休暇中であるらしい。
ヨウスケは、現フロイタール王ヨシュアのかつての姿ととてもよく似た少年へと成長していた。やさしく茶色い瞳に、茶色がかったやわらかそうな髪。身長はムネユキとさほど変わらないぐらいだろうか。
「ご無沙汰をいたしておりました、ユウヤ様、ヨウスケ様」
きりりと背筋ののびた一礼をしてそう言ってから、ムネユキは改めて彼らの背後に立つ男に向き直った。
「わざわざのお運び、まことにありがとうございます、アキユキ様」
彼の面前に立った男は、やや機嫌の悪そうな表情ではあったものの、同様の一礼をきちんと返した。
「ムネユキ殿下。こちらこそ、ながらくご無沙汰ばかりしておりまして申し訳ございません。ご健勝そうで何よりにございます」
要するに、今回はヨウスケのみならず、その兄ユウヤとその恋人たる男、アキユキまでが同道してきたというわけである。
背後に《門》の閉じる音を聞きながら、人払いをした応接の間でサーティークは皆をひとわたり見回した。異界からの客人たちは、いつものように珍妙な服装のままである。このまま王宮内をうろつかれると目だってかなわないため、着替えそのほかも事前にこちらに準備を整えさせてあるのだ。
「ヨウスケ殿も、もういいお年であろう。こちらではそろそろ元服していて良い時期だぞ。斯様に立派な男子たる者に、保護者が二人もついてくるというのは、ちとやりすぎではないのかな」
嫌味をたっぷりとまぶした口調で水を向ければ、案の定、アキユキの瞳に険が宿った。
「……ご冗談を」
もちろんサーティークには、彼の懸念することの大部分は説明されるまでもない。
ヨウスケが来るというなら、ユウヤも間違いなく来たがるのに違いない。そしてユウヤがこちらに来るなら、彼がサーティークから余計な手出しをされることを憂慮して、この男とて来ないわけにはいかなくなるのだ。アキユキにとって以上のことは、もはや自明の理ということになるらしい。
すでにあちらの世界でもとっくに成人を迎えて、この二人も今ではひとつ屋根の下で暮らすまでになった関係のはずだというのに、ここまで心配の種は尽きないものだろうか。
まあサーティーク自身、隙あらばいかようにも、ユウヤを我が寝室に引きずり込むに吝かではないし、幾通りにもその手管を持ち合わせているのは事実だが。
そんな調子で父が相手の男と沈黙のうちに冷たい火花を散らしながら視線のみの応酬をしている間に、息子はちゃっかりと目的の人物の手など握っていた。
「ヨウスケ様、さ、疾くお着替えをなさいませ。その後ゆるりと、自分の部屋にておもてなしをさせて頂きたく存じますゆえ」
ヨウスケがそんなムネユキを見返して、感心したように目を丸くしている。すこし頬が赤いようだ。
「うわ、ほんと大人になっちゃってるんだね、小ムネ。大きくなったのはもちろんだけど、話し方がすっごく大人っぽい。なんか僕、完全に負けてるなあ……」
「左様なことは。……さ、こちらへ」
黒いマントを翻し、若々しいいでたちの息子がさりげなくヨウスケを衝立の向こうへと誘導する。
「でも、あの、小ムネ……?」
「は」
遠慮がちなヨウスケの声を受け、ムネユキがぴたりと足を止めた。
「あの、ごめん……。気を悪くしないでほしいんだけど」
「……はい」
神妙な様子になったヨウスケを見て、ムネユキも怪訝な顔になり、改めて彼に向き直った。
「ちょっと、堅い……かな? いや、そういう話し方もかっこいいとは思うんだけど。でも僕はもっと、その……」
ヨウスケはちょっと頭を掻き、言いにくそうにもごもごと言葉を探す様子である。
「もっと、普通にしてくれたら嬉しい……かな? 呼び方も、『さま』とか『殿』とかいらないよ。前みたいに『ヨウスケ』って呼んでくれたら――」
彼が言い終わらないうちに、ムネユキは再びさっとその手を握っていた。表情はさほど変わったわけではなかったが、父にははっきりと見て取れた。息子がその胸いっぱいに喜びをあふれさせたのだということが。
「……ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます。……いや、もらう。これでいいのか? ヨウスケ」
「うん! そのほうがやっぱり、小ムネらしいよ。王子様っぽくて、かっこいいなあ」
ぱっと明るい顔で微笑む様子が、なんとも初々しくて可愛らしい。
ユウヤよりはどこかきりっとした佇まいの弟だけれども、純な心根や優しさなどはそのまま兄譲りであるようだ。
(なるほど。ムネユキもなかなか、見る目があるな)
内心そんなことを考えながらふと見れば、隣に立つ件の朴念仁は、何かの懸念を抱いたような顔でちらりとこちらを見たのだった。




