その12 ムネユキ殿下ご乱心(1)
※注意:本来、本編ラストから5年後に「鎧」が破壊されるという設定を
まるっと無視しております。
本編ラストより7、8年後の設定だと思ってお進みくださいませ。
一人息子がそんなことを言い出したのは、あの急激な成長期が終わってまもなくのことだった。
「なに? かの世界の、ヨウスケ殿を……?」
「はい、父上」
成長期の終わったムネユキは、すでにサーティークの胸のあたりまでの身長になっている。もともとその髪が燃え上がるような夕日の色をしていること以外、その父たるサーティークにそっくりの王太子である。
もっともサーティークは黒髪を長く伸ばした姿なので、短髪のままを好むこの王子はむしろ、かの世界より来たったサタケという男のほうにより似ていると言えるだろう。衣服にしても同様で、サーティークが赤や黒を基調とした軍装を好むのに対し、彼は落ち着いた紺や深緑のものを好むようだ。
ともあれ今この王が眉間に皺を入れているのは、そのサタケに関することではない。いや、その恋人たる男の弟の話なのだから、まったくの無関係とも言えないが。
「かの者をこちらへ呼びたてて、いったいどうしようと言うのだ。《鎧》はそなたら子どもの遊びに使うような代物ではないのだがな」
「無論、左様なことは先刻承知にございます」
声変わりが終わったとはいえ、まだまだ青臭い少年としての声で息子が賢しらに抗弁する。
「とはいえ、父上。自分は幼少のみぎり、多分にかの方々の世話になったと聞き及んでおります。こうして無事にここまで成長できましたのも、言ってみればその方々のお陰。この姿をご覧いただき、わずかなりとも感謝の意をお伝えしたいというのが、さほどに無体な話にございましょうか」
サーティークは自分の執務机の前で鼻を鳴らした。持っていた羽ペンを放り出し、机に肘をついてぎろりと息子を睨めつける。
「無駄に言葉を玩弄するな。目的を言え」
ずばりと斬り込むと、案の定、息子は息を呑んだようだった。それはその心に、なにがしかの後ろめたさのある証だ。
「そもそも『世話になった』と言うならば、まずはサタケであり、ユウヤであろう。ユウヤの弟君ヨウスケ殿は、当時まだ七つかそこいらの少年だった。そなたを抱いてあやしたり、遊んでくださったりはしたけれども、世話になった云々とわざわざ呼びたててもてなしたり感謝を述べるまですることかよ」
「…………」
黙りこくってしまった息子を見やり、サーティークはにやりと意地の悪い笑みを浮かべて見せた。
「そなた、まことあのサタケに似ている。もう少し、己が欲望に素直になってもいいのではないか」
「……は? 父上――」
戸惑ってこちらを見返した息子の瞳を、サーティークはまっすぐに見据えて言った。
「お前も俺も、あのサタケに瓜二つの身だ。愛でる者の好みも相当に似ておろう。このところのヨウスケ殿は昔のユウヤにそっくりにお育ちだからな。気持ちはわからんこともない」
にやにやと笑いながら鎌を掛ければ、息子はさっと顔色を赤くしたようだった。
「良かろう。が、数日待て。政務を滞らせるわけには行かんゆえな」
「……は。有難うございます、父上」
ムネユキが気をとりなおしてきりりと一礼する。
息子はあの伯父バカ将軍に鍛えられて、最近では剣の腕も相当なものになっている。鍛えられた体幹のほどが、その挙措を見るだけでもはっきりとわかるほどだ。
(……さてさて。義兄上どのはどう出られることやら)
かの男の仏頂面をすでに明瞭に脳裏に描いておきながら、サーティークはくすくす笑い出しそうになるのをどうにか堪え、部屋を出てゆく息子の背中を見送った。
こちらのような急激な成長期のないあちらの世界の人々は、一年ごとに少しずつ大きくなるのだという。ということは、かのヨウスケという少年は、今ではムネユキとせいぜいひとつかふたつほどしか年の離れていない姿だということであろう。
(なるほど、釣り合いは取れるということか。面白い――)
ぶくくく、と拳の下でさらに含み笑う。
あの、自分に容姿のそっくりな、しかし朴念仁きわまりない男の反応を想像して、サーティークはひとしきり愉快の虫を腹の中で遊ばせたあと、おもむろに執務に戻ったのだった。




