志保美と希代乃の往復書簡
四月。希代乃から志保美へ
親愛なる西条志保美さまへ
入学式の写真、有り難う御座います。早速引き延ばして壁に貼っています。笑わないでね。
一緒に添付されていた総一郎さまの総代挨拶は何度見てもニヤニヤが止まりません。試験で負けて悔しがっていると言う貴女の親友にも宜しくお伝えください。
五月。志保美から希代乃へ
メールに添付された写真を見ました。私も似ていると思います。でも総ちゃんの父親は死んだと聞いています。そこに何か事情が有るのでしょうか?
五月。希代乃から志保美へ
前略
先にEメールにてお送りしましたが、当校の新生徒会長となった速水真夏さまが、総さまにそっくりな件について。
速水さまはご両親ともご健在。しかも妹さんがあって、私たちより一級下で十月生まれ。二月生まれの総さまとは八ヶ月違い。同母の兄弟ではそもそもあり得ません。やはり他人の空似でしょうか。
直ぐにでもお声を掛けようかと思ったのですが、なかなかに難しい事情が有ります。速水さまの父秀臣様と言うのがかつてわたくしの母と婚約寸前まで行ったお方。家付き娘であった母は婿養子を望み、速水さまは名字を変えることを受け入れることが出来なかったのです。
それだけならまだしも、速水秀臣さまが代わりに選ばれたのが御堂江利さま。神林に匹敵する御堂の二女で母とは親友同士だったのです。以来神林と御堂は互いを不倶戴天の宿敵と見なすようになりました。
願わくは私と真夏さまが、その確執にけりをつけられれば良いのですが。
某月。志保美から希代乃へ Eメール
親友永瀬矩華さんと些細なことから仲違いしてしまいました。女同士の友情と言うのは間に男が入ると難しいですね。
十月。志保美から希代乃へ Eメール
国体の水泳競技を総ちゃんと観戦に行ってきました。
私のお目当ては美少女スイマー野田なゆたちゃんだったのですが、総ちゃんは年上の方が好みだったようで。
十月。希代乃から志保美への返信 Eメール
野田選手なら、神林系列のスポーツ用品メーカーでスポンサーになると言う話が有ります。私の父も元競泳選手なので、大会前のパーティーで、ご一緒しました。
その時の写真を添付します。
三月。希代乃から志保美へ
既にご存じかと思いますが、あの野田なゆた選手がしぃちゃんの高校に入ることになりました。
実は私の父が南高校のOBで、彼女のために室内プールが建設できるように多額の寄付をしていたようです。
六月。志保美から希代乃へ
昨日お送りした生徒会長選挙の結果をお知らせします。
大方の予想通り総ちゃんは負けました。が、その票差があまりに僅差なので、負けた総ちゃんはさばさばとして、勝った永瀬の方が不満そうだったのが印象的です。
私は生徒会新執行部から風紀委員長を拝命しました。総ちゃんが提案し永瀬が乗っかった例の制度を実際に運営するの役がこの私に回ってきたのです。もし総一郎が勝っていたら、私が副会長になって永瀬にその任を負わせていた筈なのですが。
副会長になった総ちゃんは、就任当日に申請書を持ってきました。それを受理する私は良い面の皮です。
八月。希代乃から志保美へ
しくじりました。せっかくお膳立てをしてもらったのに。
私が行ったとき、総さまはちょうど休憩中で。偶然を装っての再会はやはり無理があったのでしょう。
十月。希代乃から志保美へ
真夏姉さまの妹真冬さんの誕生会に招かれて行ってきました。
その顔を見てびっくり。こちらは母親似。いいえ、恐らくは有名な御堂顔。つぶらな瞳とコケティッシュなアヒル口。
誕生会にはもう一人、二人の従妹の不破瞳さんが来ていました。眼鏡を掛けている以外は真冬さんに良く似ています。瞳さんのお母様はいわゆる御堂三姉妹の末の映見さま。父はK大の教授だそうです。
本来は仇敵である私は三人から温かく迎えられました。
「こちらに神林を恨む理由は有りません。あるとすればそちらでしょうからね」
と真夏姉さまは言ってくれました。
いつの日か、私が神林を背負って立つ頃には両家の確執は過去のものになっていることでしょう。
三月。希代乃から志保美へ
速水真夏さまは外部進学でT大に入られました。父の跡を継いで速水を背負って立つお覚悟の様です。でも裏を返すと御堂の跡継ぎになる事を諦めたとも言えます。
御堂の現当主は長女の恵美さまですが、婿養子を早くに亡くし、お子様がいらっしゃいません。つまり後継者となりうるのは二人の妹が産んだ三人の女子だけ。最年長の真夏姉さまは最有力だった筈なのに。
他所の家の事はこの際どうでも良いのです。私は神林の一人娘として跡継ぎを産まなければなりません。でも総さまは神林の婿養子にはなって下さらないでしょうね。
まだ先の話をくどくどと書いてしまいました。
五月。志保美から希代乃へ
総一郎が永瀬となにやら賭けをしたようです。
詳細は教えて貰えませんでしたが、今回は総ちゃんが勝ったようです。
六月。志保美から希代乃へ
例の賭け以来二人の間がギクシャクしているようです。
今がチャンスかも。
六月。希代乃から志保美への返信
二人の関係の悪化を利用して、間に割り込む様なことはしたくありません。
別に立派なんじゃ有りません。ただ、永瀬さん抜きの総さまを手に入れても仕方がない気がするのです。
六月。志保美から希代乃へ
生徒会の任期が終了しました。
私も総ちゃんもこれで制度が終了すると思っていたのですが、後継政権が存続を決定。奇妙なことになってきました。
制度終了と共に瀬尾総一郎と永瀬矩華の関係も以前の状態に戻る筈だったのですが、二人はこの制度における理想のカップルとして認識されており解消が許されません。総ちゃんは任期中、二人分のお弁当を作って生徒会室で昼食デート(二人は認めませんが)をしていたのですが、生徒会室が使えなくなってその事実が広く知れ渡ることとなったのです。
永瀬は今まで通りにクールに振る舞っていれば良いのですが、弁当を作ってくる総ちゃんの方は複雑です。いわば仮面カップルなのですが、それが破綻しないのは、結局お互いに好き合っているから。まったくもって素直じゃ無い二人です。
十二月。志保美から希代乃へ
進学か就職かで揺れていた総ちゃんも進学と決まり、推薦が取れそうです。順番が逆で推薦が貰えるなら行くと言うのが本人の談。
奨学金の申請も通りそうなのでほっとしています。
永瀬は少し不満げです。彼女は国立の難関校を目指していますが、総ちゃんとは離れ離れになってしまいます。滑り止めで総ちゃんと同じ大学も受けるようですが。
「男のために志望校を下げるなんて、俺の(知ってる)永瀬じゃない」
と言われ発奮しています。
進学を強く勧めていたのが永瀬なので、その当人が妥協するわけには行きません。
一月。志保美から希代乃へ Eメール
総ちゃんと近くの神社に初詣に行きます。
「永瀬とじゃなくて良いの?」
とからかうと、
「あの人は神頼みするタイプじゃ無いだろう」
との事。
二人の関係が良く見えません。
一月。希代乃から希代乃への返信 Eメール 写真添付
駄目元で神社に行ってみました。
総さまとしぃちゃんの二人連れは良く目立つので確認できました。人が多くて声を掛けるほど近くには行けませんでしたが。
一月。志保美から希代乃への返信
こちららも確認できましたよ。黒服に囲まれたお嬢様が。総ちゃんは今のきーちゃんを知らないから気付かなかった様ですが。
今年こそ再会のチャンスが来ると良いのですが。
三月。希代乃から志保美へ
卒業式の写真有り難う。私の方は持ち上がりで内部進学なのであまり感慨も沸きませんが。
五月。希代乃から志保美へ
昨日、T大に行ったまなねえさまの誕生会が有りました。新歓コンパの写真を見てびっくり。あの永瀬矩華さんが写真に写っているのです。私が彼女の名を姉さまに話したことは有りません。勧誘をしていた姉さまの顔が総さまにそっくりだった所為で引っ掛かった様です。
永瀬さんに気付いたのも私では無くて、瞳ちゃんでした。彼女は今年から高校一年生で、しぃちゃんたちの後輩になります。
まなねえさまも瞳ちゃんも誰も私と永瀬さんの微妙な関係は知りません。面白いのでしばらく黙っていようかと思います。
十月。志保美から希代乃へ
母校の校友会に行ってきました。あの永瀬も元生徒会長と言うことで参加していましたが、私の目的は不破瞳さんに付いてです。
瞳さんのお父上不破清彦教授は私がかねてから敬服していた方で、どうにかお近づきになりたいのです。幸いにも昔の担任戸倉翼先生が出席していました。先生の受け持ちクラスに瞳さんもいるようです。
不破瞳さんと言うのはかなり出来の良い生徒の様ですね。入学式の総代を努め、その後の試験でも首席を維持しているとか。なんだか、昔の永瀬を彷彿とさせます。
十月。希代乃から志保美への返信
実は私の父もOBとしてその校友会に参加していたようです。但し結婚前の旧姓を名乗っていたので意外に気付かれなかった様です。
目当ては総さまだったようですが、永瀬さんが一人だったので残念そうでした。
永瀬さんは例の制度について質疑応答に追われていたようですね。
五月。志保美から希代乃へ
私が設計したマンションが施工されることになりました。と言ってもうちが契約している設計士さんのチェックを受けてその方のお名前で世に出るのですけど。
その代わり、完成したら一部屋貰えるそうなので、その時はきーちゃんを招待しますね。
六月。志保美から志保美へ
二十歳の誕生日おめでとう。きーちゃんが私より半年もお姉さんと言うのはいまだに納得行きませんが。
家の事情とか色々とあるでしょうけど、成人を迎えたことですし、次の誕生日が来る前に二人を引き合わせるように計画を練りたいと思っています。
本当は誕生祝いに総ちゃんを連れていければ一番良いのですけど。
九月。希代乃から志保美へ
今日、まなねえさまが訪ねてきました。何故か総さまについて調べておられた様です。
近いうちにしぃちゃんを訪ねて行くかと思います。黙っていてね、と言われたので知らない振りしてね。
九月。志保美から希代乃へ
貴女のまなねえさまと会いました。
間近で見ると本当に総ちゃんそっくりで、その謎も本人の口から語られました。もしやと思っていたのが大当たりで、ちょっと拍子抜け。
詳細な事情は聞きませんでしたが、速水秀臣氏が総ちゃんの実の父親だった様です。つまり総ちゃんと真夏さんは異母姉弟だったのです。
世間って広いようで狭いですね。
十月。志保美から希代乃へ
予定変更です。本当は来月の私の誕生日に招待するつもりだったのだけど。
十一月。希代乃から志保美へ
まなねえさまの母速水江利さまが、亡くなりました。以前から体調が悪いとは聞いていたのですが。
江利さまは、秀臣氏の唯一の男子である総一郎さまを速水の跡継ぎにしたいと希望されていたようですが。まなねえさまの調査もその為のようです。
正直言って混乱しています。総さまが速水を継いだら私と結ばれる可能性は無くなるでしょう。神林家にとって速水秀臣の名は、禁句なのです。
三月。志保美から希代乃へ
総ちゃんの母みさきさんが亡くなりました。
みさきさんの遺言に従ってハーレム計画を始動させます。最後の課題だった財政面も、速水氏の登場で解決しました。きーちゃんに出して貰うことも考えたのだけど、それだと総ちゃんのハーレムにならないので。
ハーレムに迎える候補者のリストを作っているので、きーちゃんの写真を一枚送ってください。
それと、ひとつごめん。先に味わってしまいました。でも私が総ちゃんの初めてでは有りません。それについては本人に聞いてくださいね。
それと、総ちゃんのとんでもなく大きいので覚悟しておいてください。
五月。希代乃から志保美へ
総さまと約束の日を明日に控え、両親に総さまとの話をしました。
お母様は動揺していましたが、
「私は内向きの事については一切口を挟まない約束だ」
とお父様に突っぱねられて逆に腹をくくった様です。
「貴女の人生なのだから、貴女の好きなようにしなさい」
と言ってくれました。
過去篇として書いたものですが、主人公不在なのでこちらに纏めます。