後編
足音に目覚めた。
ロウントゥリー隊長がオレを見下ろしている。
日は沈んだらしく、雲の合間から月の光がさしこみ、辺りを照らしている。
オレは立ち上がって、熟睡しているムーを背負った。
歩き出した隊長の後をできるだけ音を立てないようについていく。音を立てないためか草の生えている道をできるだけ避けて、木が密生している方に進んでいく。森の中の開けたところについたところで、足を止めた。
オレ達の前方にダップが姿を現した。
「道具屋、何かいうことはあるか?」
「ダップ様、もしかして、予定外の乗客ですか?」
「わかるか?」
「そうしないと、色々とつながりません」
「大型飛竜がオレの行く方向に飛ぶと聞いたんで、乗らせてもらった」
脅したのか、力づくか、わからないが、拒否しているのを無視して乗り込んだのだろう。
「お前はこれからどうするつもりだ?」
ロウントゥリー隊長に聞かれた。
「人殺しをする予定はありません。オレ達を巻き込まないでください」
なぜ、部下を連れてこなかったのか。オレやムーより、絶対に役に立つはずだ。
その理由が偉い魔術師を密かに葬るためと考えれば、納得ができる。
「その様子だと、読めたようだな」
「エスリラの回収。ダップ様をのぞいた全員が仲間で、大型飛竜を使って取りにくる予定だったんでしょう。ダップ様が乗り込んだこと、飛竜が怪我をしたこと、このふたつで予定が狂ってしまった」
「大型飛竜では島に来られないことを知らなかったようだ。島にこられたのは偶然だ」
「魔法協会本部の指令は、8人の殺害ですか?」
「そうできれば楽なのだが、生きて連れ帰れと言われている。部下を連れてこなかったのは、エスリラを粉の関係だ。あれには少々やっかいない物でな」
「エスリラの粉?賢者リミントンが集めていたあれですか?」
「エスリラの木の全滅は魔法事故の時に確認されている。粉がまだあるとわかったのは、ムー・ペトリが持ち出した為だ」
「あのタイルについていた塗料ですか?」
隊長がうなずいた。
「本部で調べた調査結果がどこからか漏れた。粉を手に入れようと6人の魔術師が計画して、大型飛竜の操舵手を丸め込み、この島を目指した」
操舵手も仲間なのは、飛竜の羽の手当がされていたことから予想がついた。すでに怪我の手当をしているのに、サルゼード老は「薬で食べられなくなる」と言った。肉を切り取ろうとしていたのはオレ達に見せる為のパフォーマンスだったのだろう。
「集めたエスリラはダップ様が預かっていらっしゃいましたよね?」
「リミントンがオレに渡したやつのことか?偽物にきまっているだろ」
「本当に偽物なんですか?賢者リミントンの様子では本物と信じているようでしたが。それとも、賢者リミントンは演技力のある切れ者の賢者なんですか?」
ロウントゥリー隊長が苦笑いをした。
「長身の黒魔術師だから勘違いされやすいが、リミントンは研究専門の魔術師だ。気のいい奴だが、少々浅薄なところがあってな、今回のことも深く考えず、エスリラが手に入ると舞い上がって島についてきたのだろう」
背中のムーがもぞもぞ動いた。目を覚ましたらしい。
地面におろすと足をのばしてペタリと座った。まだ、ねぼけている。
「本物エスリラは誰がもっているんですか?」
「そりゃ、アホ賢者だ」
「えっ?」
「チビが言っただろ。明日の朝には死体になっている」
「ええと、まさか、ああっ」
勘違いしていた。
「エスリラの粉といっていましたけれど、もしかして、いまの状態は」
「そういうことだ」
ムーが魔法協会エンドリア支部で粉があったと言っていた。
リミントンが白い粉を小瓶に入れていた。
だから、オレは勘違いしたのだ。
「もしかして、賢者リミントンを仲間にしたのは」
「たぶん、それだろうな」
「賢者の称号が腐るぜ」
それが真実ならば、急いでやらなければならないことがある。
「誰が言うんです?」
「その前に、一仕事ありそうだ」
隊長が楽しそうに言った。
森の中から魔術師と操舵手が姿を現した。偉そうな魔術師5人と操舵手2人。
リミントンの姿だけない。
「やはり、読まれておったか」
偉そうな爺さんの1人が言った。
「この島では魔法は使えません。おとなしく捕縛されていただきたい」
「使えないのではない。正しく発動しないのだよ」
「それではランダム発動の魔法戦でもやりますかな」
余裕のロウントゥリー隊長。
「それくらいの準備はしてきておるわ」
2人の操舵手が前に出た。手に持っているのは小型のボウガン。
「ヒュドラの毒を矢に塗っておる。かすっただけでも死ぬぞ」
「本気でやる気か、爺さん」
ダップも余裕だ。
「白魔法の達人でも、解毒の魔法を今は使えぬぞ」
「うまく当てろよ。失敗したら、オレに殴り殺されるからな」
ククッと笑うダップに、操舵手のひとりが数歩下がった。
「怖じ気づくな。虚勢をはっているだけだ」
爺さんが叱咤したが、ボウガンを握る手は震えている。
「そこの少年」
「オレ?」
「我々の側につかないか?」
「ええと、ですね、オレはただの道具屋でして」
「つくのか、つかないのか!」
「つきません」
「なぜだ!」
「死にたくないので」
隊長はともかく、ダップが許してくれるとは思えない。あの重い蹴りで吹っ飛ばされるのも、強烈な肘うちを食らうのも、オレとしては遠慮したい。
「我々が負けるとでもいうのか!」
「負ける確率がほぼ100パーセントかと」
オレの言葉に衝撃を受けている。
絶対に勝てると思っていたわけではないだろうが、オレのような素人に断言されると思わなかったのだろう。
「やれ」
操舵手がボウガンを構えた。狙いは隊長とダップだ。
「うるさいしゅ」
ねぼけているムーが文句を言った。
「ボクしゃん、まだ、眠いしゅ」
指をピンと弾いた。
オレはムーを小脇に抱えて、森に飛び込んだ。木に身体を寄せる。
「うわぁあーー!」
「ひょえー!」
「助けて!」
「なんとかしろ!」
広場に残された7人は、突然落ちてきたファイアボールに逃げまどっている。
「何をしたんだ」
オレの隣にいる隊長が聞いてきた。
「たぶん、サイレントをかけたんだと思います。まだ、半分寝ているので」
「それで、これかよ」
オレの逆隣にいるダップが、慌てふためいている7人を楽しそうに見ている。
ムーが使用した魔力が大きすぎて、ファイアボールがとまらない。そろそろなんとかしないと、火傷だけではすみそうもない。
「隊長、お仕事しなくていいんですか?」
「しないとまずか」
面倒くさそうにいう。
7人とも広場を走り回っていないで、森に逃げ込めがいいのだが、パニックにおちいって冷静な判断ができていない。
「3人、任せる」
「え、オレは素人です。1人にしてください」
「オレが5人やる」
「ダップ様はこちらでお待ちください」
「オレにもやらせろ」
「捕縛ですので」
「殺さないから、やらせろ」
「怪我をさせないなら、お任せします」
「なら、やらない」
ふてくされて、オレが地面に置いたムーの背中を蹴飛ばした。
「痛いしゅ」
少しは目が覚めたかもしれない。
「3人やれよ」
そう言って、隊長が広場に飛び出した。
しかたなく、オレも続く。
隊長は偉い老人を次々と気絶させて、森に運び込んでいる。
パニックに陥っている操舵手が、オレに向かってヒドラの毒のついたボウガンを振りかざしてきた。
「あっちがいいよな」
オレは振り下ろされたボウガンを、身体をずらして避けると、腹に拳をたたき込んだ。ボウガンを手離して、地面を転がり回っている身体を引き起こして当て身を入れて担いで森に運んだ。
「あと2人」
近くに老人が倒れている。オレはすばやく森に引きずり込んだ。ファイアボールを背中と足に当てたようだ。軽く首にチョップをいれて眠らせる。
「あと1人」
ファイアボールが降り注ぐ中、血走った目でボウガンを構えている操舵手が残っている。
「隊長、オレには無理です」
「さっさと、捕まえてこい」
「オレは素人で」
尻を蹴飛ばされた。蹴ったのはダップだ。
オレは広場によろめいて出た。オレにボウガンが向けられる。
操舵手の瞳孔は大きく開いている
「うわぁーーー!」
獣のような声で叫ぶと、オレに向かって矢を放った。
オレは上着の裾をもって広げた。上着の脇の部分に矢が刺さる。
「えっ」
矢が服を突き抜けなかったことに驚いた操舵手に隙ができた。足を払って、前のめりにしたところで、腹にアッパーを打ち込んだ。のたうっていたが、そのまま森に引きずり込んだ。
待っていた隊長に放り投げる。
「3人終わりました」
「ご苦労」
どこにもっていたのか縄で手早く縛り上げる。
「大変でしたので、特別手当をください」
「貧乏という噂は聞いているが、いきなり特別手当を要求するか」
「噂だと思いますか?」
オレは上着を広げて見せた。内側に矢がささったままだ。そこには穴を塞ぐために、シュデルが縫いつけてくれた絨毯の切れ端がある。
服の内側を近くで見た隊長は、それが何なのか理解したらしい。
同情のこもった目をした。
「考えておく」
隊長は7人を縛って転がすとオレに聞いてきた。
「脱出する方法を何か思いついたか?」
「ないです」
「本当か?」
疑われるようなことは何もしていないはずだ。
「オレからも聞いていいですか?」
「残念だが、私もまだ考えついていない」
「そっちじゃありません。オレの聞きたいのは」
隊長の目を見た。
「モジャのこと知っていましたか?」
「超生命体のモジャのことか?聞いたことはある」
「オレが聞いているのは、この島はモジャの探索範囲から外れるということです」
隊長が黙った。
「やはり、そうなんですね。そっちは勘弁してくれませんか」
オレ達を選んで連れてきたのは、前にきたことがあるからという理由は本当だろう。エスリラの関係で部下を連れてこられなかったことも本当だろう。
桃海亭には魔法協会の監視がついている。監視がついているのは店だけで、オレやムーが依頼で他のところに出かけても、ついてはこない。
おそらく、ムーがいないと騒いだことから、モジャの探索範囲外が存在することを知ったのだろう。オレ達の移動した場所を追えば、そこがザパラチ島あたりだと見当はつく。
隊長がフッと笑った。
「安心しろ。ムー・ペトリを殺す予定はない」
「本当ですか?」
「今回は探索範囲外が存在するのかの確認と場所の確定だけだ」
「いつかは、この場所でムーを殺すとか」
「しないという約束できないな」
「約束してくれませんか。色々と面倒なことになるんで」
「どうせ、帰ったらモジャ殿に報告するのだろ?約束してもしなくても、変わらないだろ」
「そっちじゃないんで」
話を続けようとしていたオレ達の前に、長身の影が現れた。
「あれ、誰もいないと思ったら、どうしたの?」
リミントンが近寄ってきた。
「なんで、みんな、縛られているの?」
「賢者リミントン。あなたも捕縛の命令がでています。腕を出してください」
「えっ、なんで?」
「エスリラの持ち出しは禁止です」
「まだ、持ち出していないよ」
「ザパラチ島に入っただけで死刑だというのは知っていましたか?」
「特例で入れると聞いたけど」
老人達の方をみる。
「このアホ。だまされたんだよ」
吐き捨てるようにダップが言った。
「ええーー!」
「死にたくないなら、ローブを脱いで腕を出せ」
「イヤだよ。捕まるならエスリラはいらない」
「いらないなら、さっさと脱げ」
「えっ?」
「その黒いローブにエスリラが染み込ませてあるんだよ。表面に浮き出てきた粉をうっかり吸い込むと廃人だぞ」
ムーがエスリラは粉であると言ったこと。そのあと、リミントンに白い粉をみせられたこと。それでオレが勘違いをしたのだ。
最初に見せられたタイルの塗料は虹色。虹色が本当の色かはわからないが、エスリラの粉には色がついているのだ。粉で持ち出すとエスリラだとわかるので、溶かして布に染み込ませて密かに持ちだそうとした。ところが、5人の魔術師のローブは白が基調だ。色がついた魔術師を仲間にする必要があった。選ばれたのが、黒の魔術師、賢者リミントン。
「もう、だまされないぞ。ずっとこのローブを着ていたんだ。染み込ませることなんてできない」
魔法なんか使わなくても、眠り薬を食事に入れれば、ぐっすりだ。その間に細工をすればいい。
「てめぇ、アホ賢者のくせして、オレ様の言葉を疑うのかよ」
ダップが切れそうだ。というか、いつも切れているから、もっと切れそうと言うべきか。
オレはダップの肩をたたいた。
「やはり嘘はいけません」
「道具屋、何を…」
「ここは本当のことを言います」
オレの考えを探るかのようにダップが目を細めた。
「桃海亭にいるシュデルはダップ様が保証するように美形です。稀に見る美少年です」
リミントンが不思議そうな顔をした。
オレは語気を強めた。
「そして、賢者リミントン、あなたはシュデルが好きなタイプなんです」
「えっ?」
「すらりとした体型、知的で思慮深い風貌、どれもシュデルの好みです。黒の賢者様。どうか、シュデルにあなたのローブをプレゼントしてくれませんか?」
ダップがあきれた顔をしている。
ダップが言うようにシュデルは鑑賞品としては文句ない。あくまでも、問題がないのは鑑賞品としてだけだ。色々と色々と、これが知られたら、恐ろしいことになるくらいは問題がある。
「オレからあなたのことを話します。きっと、あなたのローブを抱いて毎晩眠ることでしょう」
「そんな、私のローブなど……でも」
こんな手に引っかかるか疑問だったが、アホ賢者のアホは伊達ではないらしい。照れたようにモジモジしている。
「大丈夫です。代わりのローブはすぐに用意できます」
ダップがさっそく偉い魔術師様から高そうなローブをひっぱがしにかかっている。
「あれはイヤだな」
「それでは、あれではどうでしょう?」
操舵手も短めだがローブを着ている。
「あれなら、いいかな」
隊長が手早くむいた。騎乗用のコートと下着だけになったが、それほど寒くないし、風邪は引かないだろう。
リミントンが着替えると、オレは黒いローブを受け取った。
「ありがとうございます。シュデルはきっと喜びます。本当に美しい少年なんです」
リミントンがダップをみた。
「美しい、美しい、綺麗すぎるほど、綺麗で、あれをみた後は、道具屋がカピパラに見える」
ダップが棒読みで言った。
カピパラの部分がひっかかるが、とりあえず、エスリラの回収には成功した。
「賢者リミントン、申し訳ないが手首に縄をかけさせてもらう」
隊長が縄を巻いた。
「もう少し緩くしてくれないか?」
「すこしだけ辛抱していただきたい」
「私は悪くないのに」
ぶつぶつと文句を言っている。
オレはローブを畳んで小さくして、上着の内ポケットに入れた。少し膨らんだ形になったが、放置はできない代物だ。
隊長が近寄ってきた。
「それについては、また、あとで相談したい」
「わかりました」
ダップが近づいてきた。にやにやと笑っている。
「おい、黙っていて欲しいか」
「お願いします」
シュデルを餌にローブを巻き上げたと知ったら、夕食のスープが塩水になる。
「ようっしぃ、貸しな」
「いや、貸しはなしで」
「貸しがイヤなら、代わりに支払える物があるのか?」
ちょっと考えた。
「シュデルに何かつくらせます。お好きなものをリクエストしてください」
「ロッククッキー。たくさん作れよ」
即答するところをみると好きなクッキーなんだろう。それにしても、肉の調達に苦労するほど貧乏なのをわかっていて、材料費がさらにかかる菓子をリクエストするとは。
オレの知らないクッキーだが、もし岩のように硬いなら手が滑ったふりをして、ダップの後頭部にぶつけるのもいいかもしれない。
「ふんぎゃあ!」
腹を押さえたムーが転がってきた。
指の間から太い針が見える。
「だから、困るんですよ。こういうことは」
オレはムーが押さえている針を抜いた。
針に血が付いていないことにロウントゥリー隊長が驚いている。
オレがダップに気を取られている隙をねらって、ムーをニードル銃のようなもので撃ったのだろう。
「オレにも色々事情があるんです」
「そうか」
ようやく、ムーが無傷のからくりに気がついたようだ。
「チェリースライムがいるのか」
なぜか、ムーのポシェットに入り込んでオレ達についてくる。針が刺さる前に腹を覆ってくれたのだろう。
オレは針をひらひらさせた。
「これくらいでムーを殺せるなら、100回くらい死んでいます」
「一筋縄ではいかないというわけか」
「そっちがその気なら、オレも反撃させてもらいますよ」
「私と戦うのか?道具屋のお前が」
隊長が嘲笑した。
オレは後方に飛びさすった。
「賢者ダップでも味方に付けるのか?」
ゆっくりと近づいてくる。
「ダップ様に助力を願うと高くつきますから、もう少し安い方法で」
「安い方法?」
隊長が歩みを止めた。
「こんなのはどうでしょう?」
オレは上着を開いた。
矢が一本、上着の内側に刺さっている。
「ヒュドラの毒のついた矢で、私と戦うのか?」
「違います。これは、こうするんです」
オレは側にいた偉い老人のひとりの肩に、矢をつきつけた。
「脅す気か?それを刺せば死ぬ。お前に人殺しができるのか?」
「試してみますか?」
オレは矢をブスリと肩に刺した。
ものすごい悲鳴を上げた。
激痛らしい。悲鳴を上げながら転がり回った。
隊長が呆然としている。
本当に刺すとは思っていなかったのだろう。
「あと4人もいますけど」
「やめろ!」
「やはり、偉い魔術師は連れて帰らないといけなんですよね」
組織に属している以上、上からの命令は絶対なのだろう。
「わかった。ムー・ペトリには手を出さない。約束する」
「さっき、そういったばかりでしたよね。信じろという方が無理です」
そういいながら、オレは残り4人の位置を確認した。刺す必要はない。わずかな傷でいい。
隊長がオレを止めるために、突進してきた。オレは最小限の動きで、矢の先で4人に傷を付けた。
隊長がオレのところについたときには、すでに4人とも苦痛でうめいていた。どれも、かすり傷だが相当痛いらしい。
「なんということを」
「ムーを殺すのは失敗。エスリラはオレの手に。上級魔術師の5人は死亡。さて、どうしますか?」
隊長がショートソードを抜いた。
「まずは、お前を殺してエスリラを回収しよう」
左からの斬撃を身体をそらしてかわし、ほぼ同時の左足の旋風脚を身体を沈めてかわし、交差するように放たれた右足の蹴りを身体を回転させて避け、体勢が崩れたところで頭に振り下ろされた剣を首をそらして避けた。
「しぶといな」
隊長が苦笑した。
「そろそろやめませんか」
「私はエスリラを回収しなければならない」
「それなら、ちょっとだけ休憩しませんか。あっちも休んでいることですし」
オレとロウントゥリー隊長が戦いはじめて30分近くが経過している。
リミントンは、最初はオレ達の戦いを見て「すごい、すごい」と喜んでみていたが、あきたらしく木によりかかってウトウトしている。
ダップはどこからか枯れ草集めてきて、その上で爆睡している。
操舵手2人は縛られた状態で地面に転がっている。疲れたような顔をして目を閉じている。
偉い魔術師5人は痛い痛いと地面を転がり回っていたが、いまは誰も動いていない。
動いているのはムーだけだ。
チェリードームの中で地面に何か書いている。チェリースライムは前回の時もオレ達と一緒にいたが特に変わったことはなかった。元々自然界にいるモンスターだし、魔法を使えるわけでもない。いつもと変わらず、物理攻撃と魔法攻撃を防いでくるので、眠るときテントになってもらっていた。
「ウィル・バーカーが死体になってくれれば、私も少しは休めるのだな」
高速の突きがいきなり来た。ほとんど勘でよける。
「前に出会ったとき、見事な逃げっぷりだと感心したが、いざ殺すとなると面倒だな」
「オレを殺すのをやめにすればいいじゃないですか?」
「エスリラを渡してくれれば考えよう」
隊長への警戒をおこたらず、オレはチェリードームの側に行った。
「ムー、どうする」
「決まっているしゅ」
「やっぱり、それかよ」
オレは上着の内ポケットからローブを取り出した。
そして、チェリードームの方に差し出した。
チェリーが器用に穴をあけ、ムーが受け取った。すぐに穴が閉じる。
「何を」
「オレはエスリラが何か知らないんですよ。知っている人間に渡すのが当然でしょ」
「渡せば命だけは助けたものを」
ショートソードが光った。オレは後ろに飛んで避けた。
「いまさら、オレを殺しても意味ないですよ」
できるだけ平静を装っているが、逃げ回るのもそろそろ限界だ。息があがってきている。足も動かなくなってきている。
「お前を殺せば、ムー・ペトリも死を免れまい」
「へっ?」
「チェリースライムに守られていても、飢えは防げはしないだろう」
「隊長がダップ様を殺せば、そうなるかもしれませんけど、殺せます、ダップ様」
隊長に構えがゆるんだ。
「賢者ダップがムー・ペトリを助ける必要はないはずだ」
「助ける?ダップ様はそんなことしませんよ」
「何を言っている」
ダップが飛び起きた。
「でかい獲物は自分でしとめるから楽しんだろ」
ゆっくりとオレと隊長の間に歩いてきた。
「道具屋、どうするつもりだ?」
「道に迷いました」
「道しるべはいるか?」
「高いですか?」
「ブラウニーだな」
何かわからないけれど材料費がかかりそうな名前だ。
体力の残りと金庫の残高を秤に掛けた。
「…お願いします」
「エスリラには本来の魔力増幅とは違う使い道がある。植物の種に注入すると突然変異を起こすんだ。新種が簡単にできる。こいつがアホ賢者の欲しがる理由だ。色々とつくると有益なものもできるし、危険なものもできる。だから、島という閉ざされた空間で行っていた。
ところが、種くらいでやめておけばよかったのに、40年前にモンスターの胎児に注入したバカ魔術師がいた。強力な魔力を持った異常な形態をしたモンスターが生まれた」
「40年前…」
「そうだ。この島の魔力事故というのは、そいつが暴れ回って引き起こした。魔力は強力だったが、モンスターだから知性がほとんどなかった。島中を暴れ回ってすぐに死んだ。狂い島になったのは、モンスターが各地の研究所が壊して、研究途中の魔法薬や実験薬などが大量に漏れた結果だ。当時いた研究員がほとんどモンスターに殺されたから、どんな研究をしていたのかがわからなくなり、魔法協会は狂い島を元に戻すことより放棄することを選んだわけだ」
「ええと、ですね、すると5人の魔術師の方は」
「魔力をもつ生物の研究者だ」
「まさかですけれど……」
「ま、そうだろうな」
頭が痛くなってきた。
知性の低いモンスターをやるのが危険ならば、知性がある生き物。
人を対象とした突然変異の実験。
「魔法協会としては絶対に外部に漏れないよう、隊長だけで魔術師とエスリラを回収させようとした。だが、ひとりだと色々と難しそうなのがわかった。そこで、前に行ったことがあるオレとムーをつけた」
「魔法協会にはチビの能力と知識を活用したい派閥とチビを殺したい派閥に別れている。今回は殺したい方の派閥が殺せるようなら殺してこい、って命令したってところだろ?」
隊長は黙っていたが、唇に浮かんでいる笑みが、真実であることを物語っていた。
「それなら隊長が5人を殺してもよかったんじゃないですか?」
「道具屋、いきなり5人もの高名な研究者が消えて見ろ。何かあったのはバレバレだろう。エスリラはもうない。魔法協会は、これで通すしかないんだよ」
「じゃあ、ムーにくれるっていうのは」
「嘘に決まっているだろ」
チェリードームの中のムーはまだ地面に何かを書いている。エスリラが染み込んだローブは、ゾウさんのハンカチにきちんと包まれて、ポシェットに突っ込まれている。半分以上、はみでているが。
「道具屋、道しるべはやったぞ、あとはどうする?」
「疲れたので店に帰ります」
シュデルの作ったうまいスープが飲みたい。ソーセージやベーコンが入っていたらうれしい。
もう少し、欲をいうと、可愛い女の子が作ったシュデルレベルのおいしいスープがいい。微笑んで『美味しい?』とか聞いてもらいたい。
「その前に始末はしておけ」
「はいはい、わかりました」
オレは倒れている5人の魔術師を指した。
「痛みで気絶しているだけです。たぶん、生きていますから、回収してください」
隊長が近くの魔術師に駆け寄った。
息を確認している。
「……どういうことだ」
怖い声で言われた。
「オレは毒には詳しくないですけれど、ヒュドラの毒のついた矢をいつまでも上着の内側にぶるさげてはいませんよ。死にたくはないですからね」
隊長の表情がやわらいだ。
矢の出所がわかったようだ。
隊長が7人を縛っているときに、ヒュドラの毒のついた矢は地面に埋めて始末した。
魔術師達を傷つけるのに使った矢は操舵手の矢筒からこっそりといただいたものだ。作りのいい上等な矢だったので、古道具店に売ることができたら、屋台の串焼きくらい食べられた。
上着の内側に刺しておいたのは、見つかったとき前の矢と思わせるためだ。前の矢と同じような感じに絨毯にくっつけた。もちろん、ヒュドラの毒が刺さったところは、先にはぎ取って矢と共に埋めておいた。
「どうやって、苦しませた」
「あれは竜の傷薬ですよ。竜ですら痛がるくらいですから、人でしたら悶絶ものでしょう」
「あれもくすねたのか」
「ちょいとお借りしているだけです」
まだ、ズボンのポケットに入っている。
「ムーを殺すのはついでですよね。それなら、5人を生きて渡したのでこのあたりで許してもらえませんか」
「エスリラを渡せば考えてやる」
「おい、ムー」
「イヤしゅ」
相変わらず地面に何かを書いている。メモのようなもので、魔法陣ではないようだ。
「だめだそうです」
「返事が早いな」
「まあ、ムーですから」
「落としどころがなくなったな」
「エスリラはもうなくなったということにして、終わりにすると言うのはダメですか?」
「回収が私に受けた命令だ」
「だそうだ。ムー、どうする?」
「もうちょい、待つしゅ」
「待って欲しいそうですが、隊長はどうされます?」
隊長はオレを見て、動かない。
ムーを待つ。なにが起こるかわからない。
オレを再び殺しにかかる。オレを殺してもムーを殺すには、ダップという壁がある。
「……待ってみるか」
「いいんですか?」
隊長がニヤリとした。
「それのほうが面白そうだろ」
ムーがチェリードームから出たときには20分ほど経っていた。
ロウントゥリー隊長の前にトコトコと歩いていった。
「提案するしゅ」
「なにをだ?」
ロウントゥリー隊長は明らかに現状を楽しんでいる。
「ボクしゃん、今、このエスリラを無害にするしゅ。それを隊長しゃんに渡すしゅ。隊長しゃん、魔法協会に持っていくしゅ。無害とわかったら、ボクしゃんに返すしゅ」
ムーの提案は悪くない。
島から持ち出されたエスリラは、実験には使えないものになっている。
隊長は命令通りにエスリラを魔法協会本部に持って帰ることができる。
ムーはエスリラを手に入れることができる。
そこまで考えて、おかしなことに気がついた。
「おい、ムー」
「なんでしゅか?」
「ムーの手に入るのは無害になったエスリラだろ?研究に使えるのか?」
「使えないしゅ」
「それでいいのか?」
「実験は、前に持ち出したエスリラでしたしゅ」
実験をした。
「どこでしたんだ?」
「桃海亭しゅ。ウィルしゃんの許可をもらったしゅ」
オレが許可した?
「あ、あれか」
「そうしゅ」
先月、ムーが薬草の育成壺をひとつ欲しいと言ってきた。
危ないものを作るといけないので、オレの目の前で種を植えさせた。
同じ種を3粒植えて2粒から曲がりくねった変な茎がでた。葉が開いたところで枯れた。1粒だけは変哲もない薬草になった。
「あのとき、1粒だけ普通に育ったよな」
ムーがうなずいた。
「ボクしゃん、発表されているエスリラ関係の研究レポートや論文は全部読んでるしゅ。昨日、壊れた研究所に残っていたデータからも確認済みしゅ」
ムーが胸を張った。
「ボクしゃんが考えた、エスリラの無害化の方法は完ぺきしゅ」
「チビ、無害化エスリラは何に使う気だ」
ダップの目が鋭い。
「耐久性のある顔料になるしゅ」
「顔料?」
「とってもとっても綺麗な虹色の絵の具が作れるしゅ。色落とし専用魔法以外では、水でも石鹸でも絶対おちない、頑丈な塗料ができるしゅ」
「水でも石鹸でも落ちない虹色の絵の具…」
タンセド公の屋敷に外壁のタイル。虹色の丸。
「やはり、落書きの犯人はお前だったんだな、ムー!」
「いま気づいたしゅ?」
「気づいていたけど、わかりたくはなかったんだよ。なんで、タンセド公の屋敷になんて描くんだよ!」
「耐久試験しゅ。火事で熱でアッチチ。そのあと、氷でカッコーン!変色も退色もしなかったしゅ、ばっちりしゅ」
「その落書きのせいで、オレは、オレは」
「無害化したエスリラを、この島に残っていたエスリラの粉だと証明できるのか?」
ロウントゥリー隊長が話しに割り込んだ。
「魔術本部は虹色の塗料がエスリラから作られたこと特定しているしゅ。あれはボクしゃんが無害化したエスリラから作ったものしゅ。大丈夫しゅ」
「オレも証言しよう。それならば、いいだろ」
「わかった。それでいこう。無害化してくれ」
「はいしゅ」
ムーがゾウさんのハンカチに包まれたローブをオレに投げた。
「なんで、オレに渡すんだ?」
「やるのはウィルしゃんだからしゅ」
「はあ?」
「ウィルしゃん以外、全員魔力があるしゅ」
飛竜の乗員乗客9人は魔術師、隊長も戦闘魔術師、ムーも魔術師。
「なんで魔術師ばかりなんだよ。エンドリアだと魔力がない方が普通だぞ。魔術師なんて珍しいんだぞ」
「あきらめろ」
隊長が笑っている。
「わかったよ、やればいいんだろ、やれば」
ほとんどやけくそだ。
「ボクしゃんたち魔術師がいない遠いところで、燃やしてきてくるしゅ。灰は必要だから全部回収するしゅ」
「燃やすだけでいいのか?」
「はいしゅ」
「いちおう聞いておくが、燃やすときに魔術師がそばにいるといけないんだよな?それは何でなんだ?」
「燃やすときに無害化されていないエスリラが肺に入ったら大変だからしゅ」
「入るおそれがある、ってことだよな?」
「はいしゅ」
「オレの肺に入ったら、廃人だよな?」
「たぶん、大丈夫しゅ。エスリラは魔力に作用するしゅ」
「たぶん、だよな?」
「たぶんの、たぶんしゅ。前にやったときは大丈夫だったしゅ」
「前にやった?」
「前に持ち出した粉はウィルしゃんに焼いてもらったしゅ」
「オレが、焼いた?」
「ダイメンで野宿したとき、ウィルしゃん、沼の島で焼いたしゅ」
「あれか!」
依頼の帰り、道に迷い、人気のない森の奥地で野宿した。そばには濁った大きな沼があり、その沼にある小島で焼いてきて欲しいとムーに頼まれた。小指の先ほどのキャンディの包みで、失敗した魔法生物の残骸だと説明された。よく頼まれるので、気にもしなかった。ただ、灰を回収して欲しいと言われたことが、いつもと違うなと思ったくらいだった。
「今回は量が多いしゅから、たぶんの、たぶんしゅ」
オレはローブを放り投げると、森の外に向かって走り出した。
まだ、廃人にはなりたくない。
「あきらめろ」
追いついてきた隊長が笑っている。隊長の片手にはゾウさんのハンカチに包まれたローブがある。
「見逃してください」
「エスリラとして使われてもいいのか?」
「その言い方は卑怯です」
「やってくれるなら、特別手当は無理だが、上着くらい買ってやる」
「廃人に新しい上着はいりません」
「上着に、ソーセージを100本つけてやる」
オレは立ち止まった。
隊長がオレの腕にハンカチを包まれたローブを乗せた。
「ソーセージは分割でもらえますか?」
「10本を10週間プレゼントしよう」
ローブの上に火打ち石が置かれた。
「頑張って焼いてこい」
「終わったのか?」
戻ったオレにロウントゥリー隊長が聞いてきた。
「終わりました」
ハンカチに包んだ灰を隊長に放り投げた。
「どのようにやった?」
「服を全部脱いで」
「変態だ、変態だ」
腕を縛られたままのリミントンが指でオレをさした。
「海の中にある小島まで行って、燃やしてきました。灰はそのハンカチに全部入れてあります。残りカスは海水で流しました。多少あとが残っているかもしれませんが、満潮になれば波が洗い流してくれると思います」
「こいつをやるよ」
ホイとダップから手渡されたのは、直径30センチをこえる巨大な卵。
2つ首の鳥の卵だ。前に目玉焼きにして食べたときには涙が出そうになるほど美味しかった。
「いいんですか」
「チビに聞いて取ってきてやった。食っていいぞ」
ダップの足元には卵の殻が3個分転がっていた。ムーのところにも殻が1個ある。
「私も食べたいな」
リミントンが寄ってきた。
「あげません」
「ええー!」
リミントンは寝て、起きて、また、寝て、いま起きたところだ。
オレは、起きて、操舵手と魔術師を捕まえて、隊長と戦って、海を泳いで、ローブを燃やして、海を泳いで戻ってきたところだ。
活動量が違う。
「美味しいんだろ?」
「あっちにいってください」
卵を持って逃げようとしたオレにリミントンが追いすがった。
「うわぁっ!」
つまずいてオレに激突。長身のリミントンの頭が卵に直撃した。
「ああーー!」
割れた卵にリミントンの頭が突っ込んでいる。
「卵が、卵が」
大切なタンパク質が流れ出てしまう。
早く頭を抜いて欲しいのに、リミントンが動かない。
気絶でもしているのかと心配になったところで、音が聞こえた。
ズズゥーーーー。
卵をすすっている音。
「オレの卵を飲んでいる!」
なんとかリミントンを振り払おうと卵を左右に振ったが、卵に突っ込んだ頭もついてくる。
ようやく、リミントンが顔を上げたときには、卵の中身は空っぽになっていた。
「オレの卵がぁーー!」
嘆くオレの隣で、顔中卵だらけにしたリミントンが「すごく、美味しかった」と言った。
オレは卵の殻を投げ捨てた。
「それでも賢者だ。この状況で殴ると処罰されるぞ」
隊長が笑いながら教えてくれた。
「ソーセージ100本の代わりに一発殴らせてください」
「ダメだな。認められん」
「ムーを使うならいいですか?」
隊長が不思議そうな顔をした。
隣のダップが爆笑した。
「やれやれ、オレが許す」
「じゃあ、いきます」
オレはムーのところまで駆けていき、きょとんとしているムーを抱きかかえた。そのまま、走っていき勢いをつけて、ムーをリミントンに向かって投げた。
「卵の恨み、思い知れ!」
「ひょえぇーーー!」
「わぁーー!」
ムーの頭突きが炸裂する瞬間、リミントンが縛られた手を前に突きだした。
ムーの頭はリミントンの手によって防がれ、ムーは地面に転がった。
リミントンの手はムーの頭で跳ね上げられ、空をむいた。
「リフレクション!」
放たれた魔法が上空に広がる。
「あっ!」
「アホ」
天空では雲が集まり始め、雷鳴が響きはじめた。
オレはムーを拾い上げて、木陰に退避した。
隊長は手際よく縛った7人を木陰に移動させている。ダップもリミントンも葉の茂った木陰にはいった。
すぐに豪雨がやってきた。
水が足下を流れ、気温をさげていく。
「ムー、リフレクションって、魔法を反射するんじゃないのか?」
「はいしゅ」
「物理攻撃はダメだよな」
「はいしゅ」
リミントンは空をみあげて「早くやまないかなあ」と言っている。
魔法を使用するのが危険なこの島で、平気で魔法を使って、それを気にしている様子もない。
「大丈夫かな」
「ダメかもしゅ」
賢者リミントン、予想外の危険因子かもしれない。
「あとはこの島を脱出するだけだな」
ロウントゥリー隊長がたき火に枯れ木を放り込んだ。
「何か考えついたか、道具屋」
ダップはオレが教えた岩サボテンを美味しそうにかじっている。
「ええと、それもオレの仕事ですか?」
「そのために、ここに来たんだろ」
「来たというか、無理矢理連れてこられただけで」
岩サボテンが頭に直撃した。
「痛いです、ダップ様」
「永遠に口をきけなくしてもいいんだぞ」
ロッククッキーを店に食べに来た時、クッキーを後頭部に思いっきりぶつけてやるとオレは誓った。
「ダップ様、飛竜での脱出は無理ですか?」
「大型飛竜は最初の浮上に魔法を使わないと飛翔できない。あきらめろ」
「取り付けた座席とか全部取り払って、背中に直接乗る状態なら浮きませんか?」
「無傷の飛竜ならば浮くだろうが、いまは羽が大きく傷ついている。無理だな」
オレはロウントゥリー隊長の方に向き直った。
「隊長、船を待たせてありますよね、あそこまで何キロくらいですか?」
「船の安全も考え、20キロらいのところに待たせている」
「20キロですか」
2キロくらいなら、無茶すればたどり着けそうだが、20キロとなると、それなりの方法を考えなければ無理そうだ。
20キロ。
ひっかかった。
「隊長、地図見せてくれませんか」
「事故の前のしかないがいいのか?」
「それでいいです」
地図を見た。
オレの予想は当たっていた。
確認のため、隊長に聞いた。
「隊長、この島は珊瑚礁ではなく、火山の噴火でできた島ですよね」
「そうだが」
オレは地図のある場所を指した。
「ここが火口ですよね」
今は、木がまばらな平坦地だ。
「おそらく、そうだろう」
「オレ、ちょっと、ムーと見に行ってきます」
「わかった。私も行こう」
「隊長がいなくなると、ここは…」
その先は言わなかった。
だが、隊長もわかったようだ。
「賢者ダップ。監視をお願いできますか?」
「イヤにきまっているだろ。オレが道具屋と行く」
オレは隊長に小さく首を横に振った。
隊長も怖いけれど、ダップはさらに怖い。
火口に溶岩があっても、オレを平気でたたき落とす。
「賢者にもしものことがあっては…」
「ロウントゥリー、見張りはお前の仕事だろ。オレが行く」
先に立って歩き出した。
オレは逃げようとしたムーを捕まえて小脇にかかえると、隊長に恨みの視線を送ってからダップの後を追った。
隊長は笑顔で見送ってくれた。
そして、なぜかVサインをした。
「ここのようだな」
「そのようですね」
地図と照らし合わせると、オレ達がいま立っている場所が火口になる。
「なにもないな」
「まあ、あるかわからないものですから。あったとしてもモンスターが暴れたとき、壊れたかもしれません」
岩と土がむき出して、木が数本立っている平坦な場所だ。
「とらえず、探してみるか」
ダップが飛び跳ねるように地面を移動した。
オレはムーを脇に抱えて、地面の表面を観察しながら歩き回った。
探しているのは溶岩洞。溶岩が流れ出たあとにできた洞窟だ。もし、それがあれば、人力で掘らなくても、地下深くまで降りることができる。
ムーが足をばたつかせた。
「おろしてしゅ」
「逃げるだろ」
「逃げないしゅ」
「本当だな」
「本当しゅ。ボクしゃんを信じてしゅ」
ムーを地面におろした。
脱兎のごとく走り出した。来た道を必死で走って戻っていく。
オレが追いかけようとしたとき、オレ達が来た道をやってくる姿があった。
「わぁっ!」
「イタしゅ!」
ムーと正面衝突をしたのは、手を縛られたままのリミントン。
「なぜ、ここにいるんです?」
「ロウントゥリー隊長にトイレに行くって言って、追いかけてきたんだよ。ねえ、どこに行くの?」
話は聞いておらず、オレ達が出て行くので追いかけてきたらしい。
「ちょっとした捜し物です。どうぞ、ロウントゥリー隊長のところに戻ってください」
「おい、道具屋、こっちだ」
タイミング悪く、ダップが声をかけてきた。
「そっちに何かあるの?」
笑顔でダップの方にリミントンが駆け寄った。
「なんで、アホ賢者がいるんだ?」
「オレ達を追いかけてきたみたいです」
オレは転がったムーを捕まえて、また、小脇に抱えた。ムーは足をじたばたさせている。
オレが考えた計画が何なのか予想がついているようだ。もし溶岩洞が見つかれば、ムーが絶対に必要がなる。
「とっとと帰れ、足手まといだ」
「そんなことを言わずに、私も仲間に入れてくれよ」
そういうとダップの足元を見た。
「なんか、小さな穴があいているよ」
「いいから、帰れ」
「へえ、深そう…わぁーー!」
リミントンの姿が消えた。
「だから、くるなといったんだよ」
ダップの足元にポッカリと穴があいた。直径50センチ弱。人の体が縦になってようやく入るほどの穴だ。下に向かって急勾配で続いている。
穴の奥から「助けてくれよ」と声が響いてきた。オレは「穴は続いていますか?」と聞くと「暗いからよくわからないけど、続いているみたい」と返事が返ってきた。
「こんなしょぼい火山でも、溶岩洞があったか」
危険な地下探検なのに、ダップは楽しそうだ。どこからか調達してきたタイマツに火をつけた。
オレはムーが逃げないように太い縄で胸と腹をグルグル巻きにした。手足は自由だが、簡単には逃げられない。ムーが恨めしそうにオレを見ている。
「道具屋、いくぞ」
穴に飛び込んだ。
オレも渋々飛び込んだ。
「はいはい、オレとムーでお供いたします」
「へぇー、こんな風になっているんだ」
リミントンが洞窟内を見回した。
開けた空間があったので、休憩をとった。
開けた空間といっても3メートルほどの空間で、高さは1メートルそこそこ。チビのムーですら立てない。
細くうねった縦穴を張り付くように降りてきた。おそらく地下10メートルくらいにはきている。
危険なのでリミントンの手首の縄は外した。
「ダップ様、このあたりでよいかと」
「ムーより、あいつの方がよくないか?」
「大丈夫でしょうか?」
「腐っても賢者だからな」
ダップもオレの計画を読んでいるようだ。そして今、その計画の要の実行役の変更を提案してきた。
「ほんとうによろしいんですか?」
「魔力制御不能のムーよりは危なくないだろ」
「それはそうですが」
何も知らない賢者を使うのは心がとがめる。ダップがやってくれるのが一番いいのだが、絶対に引き受けてくれないのはわかっている。
オレはリミントンの側に行った。
「あの賢者リミントン」
「なあに?」
「実はそろそろタイマツが切れそうなんです。ちょっと、明かりをつけていただけますか?」
「いいよ」
手をひろげると「ライト」と、つぶやいた。
オレは素早く、あとずさった。
「わあぁーー!」
手が凍っていた。
「大丈夫ですか!」
「冷たい、冷たい。冷たい」
ダップがチョップで氷を割った。柔らかい布で挟み込むようにしてマッサージをする。
さすが一流の治癒系の白魔術師。魔法が使えなくても、治療の手際がいい。
「大丈夫だ。どこにも異常はない」
「はあ、びっくりした」
「すみません、オレが頼まなければ」
「いいよ、いいよ。誰にもうっかりはあるさ」
笑顔で言われると、心が痛む。
「ほら、いくぞ」
ダップがさらに地下へと降り始めた。オレもリミントンも続く。数メートル降りたところで、ダップが言った。
「さっき凍った手の具合はどうだ?」
「大丈夫そうだよ」
「ちょっと、動かしてみろ」
「ほら、大丈夫」
「魔法はでるか?」
「ファイア、うわぁーーー!」
「また、凍らせな、このアホ賢者!」
氷を壊して、マッサージしている。
「ごめんよ」
「手間とらせるな」
見ていて、心がジクジクと痛む。
「ほら、もう、大丈夫だ。行くぞ」
繰り返すこと5回目。
「ブリザード、あ、本当に凍っちゃった。冷たい、冷たい」
正常に魔法が発動した。
地下50メートルほどの場所だ。
「いい加減にしろ、このアホ賢者」
ダップが怒っている。
オレは縄の先にいるムーに頼んだ。
「頼む」
「やっちゃうしゅ」
逃げ損なったムーは、目が完全に座っている。
「やっちゃえ、やっちゃえ」
ダップは相変わらず、イケイケだ。
「え、何を?」
リミントンだけは何がするのか、まだわかっていない。
「距離は20キロ。一回でいくか?」
「やってみるしゅ」
この深さになれば、周囲は海ではなく、海底の土の部分だ。掘っても水はこない。もし、急に深くなっていて水の部分にあたっても、魔法さえ使えれば何とかなる。
「できるだけ、でかいトンネルにしろよ」
「わかっているしゅ」
魔力調節が苦手なムーは町中にトンネルを掘るのは不可能だが、巨大なトンネルを掘るということならば、誰にもひけは取らない。
「いくっしゅ」
ムーの手から放たれた魔法が壁を直撃した。そこに巨大な穴が出現した。土が崩れてくるだろうと身構えていたオレは少々拍子抜けがした。「上も忘れるなよ」
ムーが上に向けて同じ魔法を放った。直径10メートルほどの穴が開き、穴の向こうに青い空が見えた。
上に穴が開いたことで、ここではもう魔法が正常に働かないかもしれないが、横穴はすでに開いている。次に魔法を使うのは、かなり離れた場所だ。
ダップが肩をたたいた。
「あとは船に当てないよう、上に穴をあけるだけだな」
「水が流れ込んでくるので、命がけですけれどね」
「気をつけていけよ」
ダップは満面の笑みで、逃げようとしているムーの襟首をつかんでいる。
「忘れ物だ」
オレにムーを投げつけた。
「行くか」
「行くしゅ」
オレとムーは暗くて長いトンネルを、トボトボと歩き始めた。
「約束のものだ」
ロウントゥリー隊長がオレを訪ねてきてくれたのは、オレとムーが島から脱出して2週間ほど経った頃だった。
「覚えていてくれたんですね」
2つの包みをカウンターに置いた。
「あけてもいいですか?」
笑顔の隊長がうなずいた。
上着は上質ななめし革でつくられていて、ポケットがいくつもついている。
「ありがとうございます。冬も暖かくすごせます」
「冬にはそれだと薄いだろ」
「いいえ、これほど厚ければ、真冬でも大丈夫です」
隊長の頬が微妙にひきつっているように見える。
もうひとつの包みには、ソーセージが20本。
約束は10本のはず、と、思ったところで気がついた。
「あれは2倍ということだったんですね」
「なんだと思ったんだ」
「Vサインだと」
隊長が爆笑した。
「いらっしゃいませ」
来客用の茶をもってシュデルが現れた。
隊長が手を差し出した。
「会うのは初めてだな。本部に勤務しているブライアン・ロウントゥリーだ。今回はウィルに世話になった」
「シュデル・ルシェ・ロラムといいます。店長が大変お世話になりました」
握手をしたあと、奥に戻っていった。
「あれか」
「あれです」
「賢者ダップが騒ぐのもわかるな」
ダップは先週やってきて、約束のロッククッキーとブラウニーを受け取った。オレは投げつける機会をうかがっていたが、皿に山盛りになったクッキーとブラウニーをひとつずつ味見した後、シュデルに全部袋に詰めさせて持って帰った。投げつけるどころか、オレもムーも味見すらできなかった。
「いいのは外見と料理の腕だけですから」
「大変そうだな」
隊長がどことなく楽しそうだ。
「大変です。いきなり、わけのわからない島に連れて行かれたりもするので」
長いトンネルを歩いたオレとムーは20キロを過ぎたあたりで、上に向けて穴をあけた。水が流れ込んでくるのはわかっていたので、魔法を撃った直後にチェリーに空気ごと包み込んでもらい、あけた穴から海面に脱出。待っていた船に助けて貰った。
魔法協会本部は、オレ達がつくった巨大トンネルを利用して機材を搬入。飛竜も含め穴から全員を脱出させた。
「今回は助かった。エスリラを完全になくすことができたのもウィルのおかげだ」
「そう思うなら、二度とオレに関わらないでください。オレは店で日向ぼっこをしながら平穏な毎日を暮らしたいんです」
「まだ早いだろう」
「一生分の冒険はもうしました」
隊長がまた笑っている。
「ソーセージはあと10週間届けるように手配してある。元気でいろよ」
「隊長もお元気で」
扉をぬけるとき、隊長が振り向いた。
「また、くる」
「来ないでください!」
オレの叫びを背に、隊長は笑いながら店から出ていった。
「もう、帰られたのですか?」
シュデルが店に現れた。
「約束のソーセージだ。あと10回届くはずだ」
「それはよかったです」
よかったと口では喜んでいるのに、どこか不機嫌だ。
「なにかあったのか?」
「いま持ってきます」
奥に入ったシュデルが手に包みを持って戻ってきた。
「店長、僕にこのようなものが送られてきました。心当たりがありませんか?」
包みを開くと黒いローブが3枚ほど入っている。
ローブの上にはピンクのメッセージカード。
【愛しいシュデルへ
私のローブを毎日抱いて寝ていることだと思う。そろそろ匂いが薄くなったかと思い、私が使っているローブを送る。どうか、私のことを忘れないで欲しい。 ラルフ・リミントン】
シュデルの視線が異常に冷たい。
そういえば、隊長とオレが戦っている間にリミントンは眠ってしまい、オレがローブを焼くことになったいきさつを知らない。焼いたあとは起きていたが、ローブを焼いたという話はしなかった。だから、ローブが焼けてもうないことを知らないのだろう。
だからといって、こんなものを送りつけてくるとは。
恐るべしアホ賢者リミントン。
「店長、この方は誰ですか?」
冷や汗がとまらない。
せっかく手に入れたソーセージが手から、いや口からすり抜けていきそうだ。
オレは言い訳を必死に考え続けた。