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前編

 日が落ちたところで魔法協会エンドリア支部の支部長のガガさんが桃海亭にやってきた。先月のタンセド公国の件で話があるので、店が終わった後、ムーと2人でエンドリア支部まで来て欲しいというのだ。珍しくトラブルがなかった依頼だったので、不思議に思いながらオレは了承した。

 エンドリア支部は国に比例したような小さな支部だ。木造2階建てで1階に受付と事務部門があり、2階に会議室と支部長室がある。オレとムーは2階の会議室に案内された。

「夜遅くにすまない」

「どうしたんですか?タンセド公国の方から何か言ってきたんですか?」

 タンセド公国はエンドリア王国に隣接する小さな公国だ。先月タンセド公の館に隣接する魔法研究所で火事が起きた。研究所の魔術師が作ったオリジナルの魔法だったために、魔法でも水でも砂でも消火することができなかった。魔法協会から依頼されてムーがオリジナルの氷魔法で消し止めた。隣のタンセド公の館まで氷漬けになったが、前もって説明していたので苦情はなかった。

「それは、その…」

 ガガさんが口籠もった。

 オレとムーの後ろの扉が、音を立てて開いた。

「あとはそちらの方に聞いて欲しい」

 ガガさんが逃げるように扉から出て行き、代わりに背の高い男性がオレ達の前に座った。その男を中心に十数人の体格のいい男たちが狭い会議室に並んだ。

 厚手のローブに紋章の入った銀の胸甲、腰には銀のショートソード。魔法協会本部の戦闘魔術師だ。

「久しぶりだな。ウィル」

「お久しぶりです、ロウントゥリー隊長」

 ブライアン・ロウントゥリー。年は30歳と若いが協会本部の戦闘魔術師達を実質的に率いている凄腕の戦闘魔術師だ。今、会議室の壁に沿って一周するようにして立っている戦闘魔術師は十数人だが、実際は百人をこえる部隊のはずだ。

「まだ、生きているとは驚きだ」

「まだ、生きていたいので、店に帰っていいですか?」

 ロウントゥリー隊長いる場所は、常に命のやりとりがある場所だ。オレとムーは商品を届けた帰り道、偶然戦闘に巻き込まれたことがある。二度と関わりたくない人物だ。

「至急の依頼だ。今からザパラチ島に行ってもらいたい」

「引き受けられません」

「理由は?」

「ムーの就寝時間は午後10時なんです」

 時刻はすでに9時を回っている。

 ペトリの爺さんに10時前には絶対に寝かせるように言われている。小さい子供は睡眠が足りないと脳が発達しないというのがその理由だ。

「ボクしゃん、もう眠いしゅ」

 ムーが目をこすった。

「これがわかるか?」

 ロウントゥリー隊長がテーブルの上に置いたのは白いタイル。虹色に光る塗料で丸が描かれている。

「眠いしゅ。もう、ダメしゅ」

 ムーがテーブルにつっぷした。

「タンセド公の館の外壁に使用されていたタイルだ。先月の火災のあと、この落書きがみつかった。ただの落書きに見えるが、魔法でも薬品でも落とせず、タンセド公国は魔法協会に調査を依頼した」

 オレは首を傾げた。できるだけ、可愛く傾げたつもりだったが、ロウントゥリー隊長は事務的に話を続けた。

「タイルは、ムー・ペトリがピンクブリザード(仮)をかけた場所のすぐ近くの外壁にあった」

「ピンクブリザード(仮)って、なんですか?」

「ムー・ペトリが今回使用したオリジナルの氷系魔法の仮の名前だ。」

「オレは近くで見ていましたけれど、ピンクじゃなかったですよ。水色が混じったような白でした」

「ムー・ペトリが次々とオリジナル魔法を編み出すので、正式な名前が決まるまで、魔法の名前にピンクと(仮)をつけて区別することにした」

「その法則だと、ピンクファイア(仮)とか、ピンクアイス(仮)とかになるんですか?」

「その考え方で正しい。同じ系統のものができた場合は番号がつく。ピンクアイス(仮)2になる」

 協会本部の桃海亭に対する扱いが、どんどん適当になってきている気がする。

「説明ありがとうございます。折角の依頼なのですが、もう10時に近いので、帰らせていただきます」

「帰れると思っているのか?」

 唇に浮かんでいる笑いが、オレ達を部屋から出す気がないことを物語っている。

 ムーがテーブルから身体を起こした。顔で隠して書いた小さな魔法陣が現れた。

「バイバイしゅ」

 小型のトルネードが屋根を突き破った。オレはムーを小脇に抱えるとテーブルに飛び乗り、さらに割れた天井板に向かって片手で飛びついた。オレを止めようテーブルに乗った戦闘魔術師の肩を踏み台にして、屋根まで飛び上がった。

「こりゃ、ダメだな」

「ダメしゅ」

 薄曇りの夜空の下、連なる様々な屋根。その上に戦闘魔術師部隊の残りの90人が武器を構えて、オレ達を待ちかまえていた。

 浮遊魔法で、ムーがあけた穴からゆっくりと姿を現したロウントゥリー隊長が言った。

「さあ、話の続きをしよう」



「落書きをしたのはどっちだ?」

 テーブルの上のタイルをロウントゥリー隊長が指した。

「オレじゃないです」

 ムーはテーブルにまた突っ伏した。

「起きたまえ」

「10時しゅ、眠いしゅ」

 目をこする演技はなかなかだ。

 爺さんには寝るよう言われているが、オレはムーが10時前に寝たのを見たことはない。怪しげな研究をしていて徹夜することなどしょっちゅうだ。

「このタイルについている虹色の塗料を分析した結果、特殊な物質が検出された。ザパラチ島にしかない物質だ」

 そこでオレの目を見た。

 オレは黙っていた。

「何か言うことはないのか?」

「ええと、何を言えばいいんですか?」

 他にいいようがない。

「検出された物質に興味はないのか?」

「オレが知っている物質には思えないですけれど」

「そう言われればそうだな」

「ですよね。じゃあ、帰ってもいいですか?」

「物質の方を知らないのは本当らしいな。では、ザパラチ島はどうだ?」

「知っていますよ、狂い島ですよね」

 ザパラチ島。別名、狂い島。ルブクス大陸の南の洋上にある小さな島だ。かつては魔法協会本部や各地の魔術研究所が数多くの実験施設を建て、様々な実験をしていた。40年ほど前に大規模な魔法事故がおこり周辺の海域を含め、立ち入り禁止となった。

 狂い島と呼ばれるようになったのは、魔法事故のあとだ。魔法が狂う、ということから、そう呼ばれるようになった。島の中、または周辺の海域にいると魔法が正しくかからない。かからないだけでなく、かかっていた魔法も異常な動作を始める。魔法以外に磁気も狂っていて、近くを航行する船も方向を失うことから、一般の船舶も立ち入り禁止の区域だ。

「なぜ、ザパラチ島の物質がタンセド公国にある」

「オレに聞かれても」

「ムー・ペトリ。言いたいことはあるか?」

「ボクしゃん、眠いしゅ」

「ザパラチ島に魔術師が入った場合、理由のいかんを問わず、死刑と決まっている」

 ムーはテーブルに突っ伏したままだ。

「だが、こちらとしてもムー・ペトリをこのようなことで殺したくはない。そこで、ザパラチ島に行ってもらいたい」

 オレが手を挙げた。

「質問です」

「なんだ?」

「話がつながっていません」

「行ってもらいたい理由はこれから説明する」

「ザパラチ島に魔術師が行くと死刑。そうすると、ムーが前に行っていた、行っていないに関わらず、これから行ったら死刑ですよね?」

「そこは特例だ」

「今『理由のいかんを問わず』と、オレには聞こえました」

「これから説明するから、黙っていろ」

「あとひとつだけ。ムーがザパラチ島に行っていた場合、死刑なのはわかりました。でも、オレは一般人だから関係ないですよね?それなら、今回オレがザパラチ島に行く必要はないわけで、もう、帰っていいですか?」

「いや、行ってもらう」

「オレが行く理由がありません」

「理由など必要ない。強いてあげれば、きさまがウィル・バーカーだからだ」

 オレの首に、後ろからショートソードがあてられた。戦闘魔術師のひとりがオレの背後にピタリとついている。

「それとも、いま死ぬか?」

「横暴だ!魔法協会だからといって、何をしても許されると思っているんですか!」

「きさまがウィル・バーカーである以上、何をしても許される」

 首に当てられた剣が、わずかにくい込んだ。

 オレの抵抗はここまでのようだ。

 帰りたい。今日の夕食にシュデルはソーセージのポトフを作ってくれると言っていた。

 暖かいポトフ。

 ソーセージ、ソーセージ、ソーセージ…。

「何を考えている」

「ソーセージが食べたい」



 定食屋から取り寄せてくれた焼きソーセージを食べながら、オレとムーはロウントゥリー隊長の説明を聞いた。

 大型飛竜の事故が起きたらしい。

 王族などの特権階級のみが所有を許されている大型飛竜は、大型飛竜専用の空路を使用する場合に限り、通過する国の許可を得ることなく自由に飛ぶことができる。もちろん、降りるにはその国の許可がいる。高速で飛ぶことから移動時間が短縮され、非常に重宝されている。

 2日前、魔法協会本部所有の大型飛竜が魔法協会の上級魔術師を乗せて消息を絶った。すぐに飛竜を魔法で追跡した。正しい航路を外れ、ザパラチ島の方に向かっていた。航路を外れた原因が気象によるものによるものなのか、テロのようなものなのか、わかってはいないらしい。

「操舵手2名、上級魔術師5名、賢者2名が行方不明だ。ザパラチ島に不時着すれば生きている可能性がある。彼らの救出を頼みたい」

 9名の氏名が書かれたリストがオレ達の前に置かれた。

「その状況だとザパラチ島についているかわからないですよね。それに魔法協会の操舵手なら魔術師ですよね。つまり、いなくなったのは全員魔術師で、魔術師はザパラチ島に入ったら死刑と決まっているなら、放置していてもいいんじゃないですか?」

「ボクしゃんもそう思うしゅ」

「こいつとは仲がいいと聞いているが」

 ロウントゥリー隊長の指の先に書かれていた名前は、ルイーザ・ダップ。賢者ダップ様だ。

「特に仲がいいとは」

「悪いしゅ」

「毎週のように桃海亭にいりびたっていると聞いているが」

「それはオレの治療の代金です。金がないから、お茶を提供して代金に充てています」

 ついでにシュデル鑑賞もしていく。

「助けたいとは思わないのか?」

「もちろん、助けたいです」

「めちゃ、助けたいしゅ」

 オレもムーも、心から助けたいというように、ロウントゥリー隊長に目をキラキラさせた。

 万が一、ダップが助かったとき、オレ達に助ける気がなかったことを知られたら、オレ達の命が消えてしまう。

「わかった。わかったから、それはやめろ」

「それ、って、なんですか?」

「変な風に首を傾けたり、目をギラギラさせたり、吐きそうになる」

 オレのパフォーマンスはお気に召さなかったらしい。

「これがザパラチ島の地図だ。事故前のものだから、現在は変わっているおそれがある」

 ちらりと見た。かなり地形が違う。魔法事故は大規模のものだったらしい。

「違うのか?」

 オレの様子をうかがっていたロウントゥリー隊長が聞いた。

「何を言っているのか」

「なぜ、ザパラチ島に魔法研究所が多く作られたか知っているか?あそこでしか育たない植物があった為だ。その植物から抽出した物質がこのタイルについている虹色の…」

 そこで言葉をとめた。

 タイルが真っ白だ。先ほどまであった虹色の丸が消えている。

「ムー・ペトリ!!」

 耳が壊れそうな大音響で、ロウントゥリー隊長が怒鳴った。

「貴様、何をした!」

 ソーセージを頬張っているムーの襟首をつかんで、つりあげた。

「はふはふ」

「たぶん『ボクしゃん、ザパラチ島になんて行ってないしゅ』と言っているんだと思います」

 オレの通訳は火に油を注いだらしい。

 ロウントゥリー隊長はムーを頭より高く掲げると、勢いをつけてテーブルにたたきつけようとした。

 オレはムーの落下地点に地図の紙をはじいた。

「違っている」

 テーブルにぶつかる直前で、ロウントゥリー隊長は手をとめた。頭と背中は無事だったが、慣性の法則に逆らえず尻と足はテーブルにぶつかった。

「もちゃちょ!!!!」

 かなり、痛かったらしい。

「ザパラチ島に行ったことを認めるな」

「オレは行きました。ただ、隊長は勘違いしています。オレの場合もトラブルによる不時着です。帰りもトラブルで帰って来られました。もう一度同じ事しろと言われても、絶対にできません」

「説明しろ」

「断ります。説明できない理由はわかっているはずです」

 ロウントゥリー隊長がフッと笑った。

「それでこそ、ウィル・バーカーだ。ムー・ペトリがザパラチ島に行ったことについては、不問に付す確約を魔法協会本部からとってきてある。安心しろ」

 ムーを床に放りなげるとロウントゥリー隊長は席に着いた。

「人命がかかっている。時間が惜しい。ここからは駆け引きなしでいきたい」

 オレ達も死んで欲しいと思っているわけじゃない。正直言えば、帰ってきて欲しくない人は混じっているが。

「オレ達が行ったのは本当に偶然なんです。依頼先で変なモンスターに追われて、しかたなく、ムーのフライで逃げ出したんです。慌てていたんで、方向が少しずれてザパラチ島の上空を通過してしまい、海に落下したんです。死にものぐるいで泳いで島に上陸したわけです」

 カナヅチのムーがオレの背中にしがみついた。遠泳中、何度も死ぬかと思った。

「この地図とは全然違いますね。あっちこっち吹っ飛んでむき出しの地面が露出していました。建物もいくつかありましたが、どれもボロボロに壊れていました。実験動物だったのかな、奇妙な動物を何種類か見かけました。植物もみたことがないものばかりでした」

「不時着していた場合、生きていると思うか?」

「他の人はわかりませんが、ダップ様は生きていると思いますよ」

 暴力賢者という呼び名が付くだけあって、腕力も並外れている。深緑の塔では高笑いしながら素手で凄腕の傭兵たちをぶっ飛ばしていた。

「食べ物は?水は?眠れる場所は?彼らが自力で帰る方法はあるか?」

「動物はいましたから、あれを狩れば飢えはしないと思いますよ。水は建物の廃材が大量にありましたから、蒸留すれば飲める水がつくれると思います。眠る場所はいくらでもありますけれど、熟睡して朝生きている保証のある場所はオレには見つけられませんでした。自力で帰る方法はオレには想像もつきません」

「君たちはどうやって帰ってきた」

「魔法がうまく働かないんで、ムーが切れて『島を壊すしゅ』と喚いて、特大のクエイクを地面にかけたんです。そうしたら、すごい突風が吹いて、オレもムーも島の外に吹っ飛ばされたんです。島の影響圏外だったんで、フライで飛んで帰ってきました」

「舟のようなものを作れたら帰ってこられるか?」

「無理ですね、島が岸壁に囲まれていて、舟をつくっても海面に降ろせません。それから、波の動きが異常です。海面では島に向かう流れしかありません。岸壁の下でUターンして戻っていくわけですが、水面下では猛烈に渦巻いていて、魔法が使えなければあの渦巻きは抜けられません」

「異次元召喚は使えないのか?」

「ダメでした。召喚魔法自体が発動しません」

 ロウントゥリー隊長が考え込んだ。

 おそらく、オレと同じ事を考えている。

「ウィル、頼めるか?」

「イヤです」

 行く方法はある。だが、無事に帰る方法がない。

「なんで、オレなんですか?隊長の元には優秀な戦闘魔術師がたくさにるじゃないですか」

「方法があれば、我々だけで行っている。死ぬとわかっているミッションに部下を送り出すわけにはいかない」

「だったら、隊長が行ったらいいじゃないですか」

「もちろん、そのつもりだ。今回は現地に行ってから帰る方法を探すことになる。そのときに君たちの力を借りたい」

「だから、オレは古魔法道具屋の一般人で」

「きさまがウィル・バーカーである以上、その言い訳は通用しない」

 オレの名前を条件にしないで欲しい。

 床に転がっていたムーが、ピョンと飛び起きた。

「ボクしゃん、行ってもいいしゅ」

「本当か?」

 ロウントゥリー隊長が懐疑的な眼差しを向けた。

「条件があるしゅ」

「言ってみろ」

「エスリラの独り占めしゅ」

「何を…」

 ロウントゥリー隊長が驚いている。

「間違えたしゅ、ボクしゃんが島から持ち出したエスリラはボクしゃんのものにしてしゅ」

「エスリラの木は滅びたと聞いている」

「木は全滅しゅ。でも、粉があったしゅ」

「本部が抽出した粉か?」

「この間は、チビッとしから持ち出せなかったしゅ。今度、持ち出せたら持ち出した分はボクしゃんのものしゅ」

「それは無理だ」

「なら、やらないしゅ」

 ロウントゥリー隊長が部下をひとり呼んだ。小声で何か話している。うなずいた部下がでていった。

「いま、本部に許可を取っている。少し待て」

 隊長は眉間に縦ジワが寄っている。

 逆にムーは、うきうきご機嫌だ。

 オレは小声でムーに聞いた。

「ムー、エスリラって、なんだ?」

「魔法薬の材料しゅ」

「魔法薬といっても病気の薬じゃない。ドラッグに類するものだ」

 ものすごく不機嫌なオーラを出したロウントゥリー隊長が教えてくれた。

「飲むと気分が良くなるんですか?」

「使用者の魔力が一時的にあがる」

「それって、すごいことじゃないんですか?」

 魔力は作れない。

 だから、魔力不足に悩む魔術師が多いと聞いたことがある。

「使ったら廃人になる」

「そんなもの必要なんですか?」

「魔力があるモンスターの実験に使用すると、結果がでやすいらしい」

 実験動物用の魔法薬。

「ムー、いったい何に使うつもりなんだ?」

 魔力は余っている。

 使ったら廃人になる魔法薬は必要ない。

「ふふふっ、しゅ」

「ろくなことじゃないんだな」

「ろくなことしゅ」

 部下が戻ってきた。隊長に耳打ちしている。

「本部は了解した。ムー・ペトリが持ち出した分はムー・ペトリのものとする」

「わかったしゅ。ボクしゃん、行くしゅ」

「気をつけていけよ」

「お前も一緒に来るんだ」

「オレが行くなら、シュデルも連れて行っていいですか?」

「シュデル・ルシェ・ロラムのことか?魔法道具は島の影響を受けないのか?」

「いや、受けます」

「ならば、連れて行く意味がない」

「長期戦になったとき、美味しい飯が必要です」

 ロウントゥリー隊長がちょっと考えた。

「まさかと思うが、コックとして連れて行きたいということか?」

 オレとムーがうなずいた。

 最近のシュデルの腕はプロ並だ。

「ロラムの王子に調理をさせるのは……まさかだが…いつもさせているのか?」

 オレとムーがうなずいた。

「なんということを」

 驚いている。

「隊長、オレとムーの作った飯を食いたいですか?」

「いや、遠慮する」

「だったら、シュデルを連れて行きましょう」

「冗談はやめろ」

「シュデルがいれば、ダップ様の暴走を押さえられますよ。ダップ様、美形が大好きです」

 ロウントゥリー隊長はため息をついた。

「ダメだ。認められない」

「オレ達の飯はまずいですよ」

「シュデルの美味しいしゅ」

「用意はできている。これから、ザパラチ島に向かう」

 何かを振り切るように、毅然とした態度で隊長が言った。



「やっぱり、これですか」

「すぐに用意できるとなると、これ以外に方法がない」

 大型高速船を操船しているロウントゥリー隊長が言った。

 乗っているのは、隊長とオレとムーだけ。

 併走している大型船は何台かあるが、ザパラチ島の影響範囲に入る前のところで停船して、オレ達の帰りを待つ予定だ。

「気象は安定している。まもなく、問題区域にはいる。舵を固定して、最高速度でつっこむから、何かにつかまれ」

「やっぱり、それですか」

 船の後部に魔法円がいくつも浮かび上がった。併走している船に乗っている魔術師達のブースト系の魔法だろう。

 加速度をつけて、海流も潮流も無視して、島まで船を運ぶ。船の形をした弾丸のようなものだ

 オレはムーを手早く縄で縛った。縄の端をオレが握る。

「何をしている?」

「カナヅチなんで、ザパラチ島の海域で海に落ちると死にます」

「それだと、ウィルが手を離したら確実に溺死するだろう」

「オレはムーを離したりしません」

 きっぱりと言った。

 縛った本当の理由は、オレがムーにしがみつかれて泳ぎたくないだけだ。前回の遠泳では泳いでいる途中に何度も首を絞められ死にかけた。

「そろそろ、加速するぞ」

 ロウントゥリー隊長が舵にしがみついた。

 オレは加速の重力を和らげるために、大きなクッションを背中にあてて、ゆったりとした船長の席に座ってシートベルトで固定した。

「準備はOKです」

「そのクッションはどこからあらわれた?」

「エンドリア支部にあったのを持ってきました」

「ウィル」

「はい?」

「しぶとく生き残るだけあるな」

 そういうと、隊長は大きく口を開けてハハッと笑った。




「生きているか?」

「死んでいます」

 岩場に横たわっているオレとムーのところにロウントゥリー隊長は近づいてきた。さすが、戦闘魔術師。無傷のようだ。

「怪我はしていないようだが」

「死んでいるんで、放っておいてください」

「死んでいたい理由は、崖の上のあれか?」

「わかっているなら、放っておいてください」

 オレ達が乗っていた高速艇がザパラチ島に激突する直前、隊長もオレも外に飛び出した。背中にグルグル巻きのムーを乗せて、島まで泳いだときに崖の上に人影を見た。

「お前達が言ったように、ダップは生きていたな」

「早くダップ様のところに行ってください。オレ達はその間に場所を移動します」

「そうはいかないようだ」

「大丈夫です。急げば間に合います」

「何が間に合うんだ、道具屋」

 聞き慣れた声。

 オレは渋々起きあがった。

「元気そうで何よりです」

「シュデルはどうした?」

「店に…」

 オレが吹っ飛んだ。

 空中で半回転して足から着地する。

「オレは連れてくるよう言いました。そこの隊長さんが…」

 ダップの裏拳を隊長が両腕で防いだ。

「悪いな。さすがに王子を連れてくることはできない」

「くっそ!この島にいるのは、ジジイとババアと不細工だけだぞ。オレの美しい目が腐りそうだ!」

 どうやら、全員無事のようだ。

「ダップ様。無事に帰れば、シュデルを見られます。帰るのを手伝っていただけますでしょうか?」

「手伝う?手伝うのはお前らだ」

「すでに何か脱出の準備が進んでいるのでしょうか?」

「ついてこい」

 ほぼ垂直の崖をジャンプで軽快に登っていく。ロウントゥリー隊長も体重を感じさせない軽々としたジャンプで、ダップの後をついて行く。

 オレとムーは2人を見上げた。

「逃げるしゅ」

「オレも逃げたい」

 相手はダップとロウントゥリー隊長。ムーが魔法を使えない現状では逃げられるはずがない。

 ムーはオレの背中によじ登り、オレはのろのろと崖を登り始めた。




 崖の上に着くとムーはいなくなった。おそらく、エスリラを回収しにいくのだろう。オレはダップと隊長の後について歩き始めた。

 大規模な魔法事故は地形もおかしくしている。土がむき出しになったところから、いきなり原生林になったり、枯れ木の山になったりする。

 首が2本ある奇妙な鳥が甲高い声をあげてオレ達の上空を横切った。

「飛竜の前方にいきなり渦巻くような気流が発生して流された。羽に怪我をしたのに飛竜が頑張ってくれて、なんとか島の中心部に着陸できた。怪我人もいない」

 先を歩くダップが隊長に経緯を説明している。

「魔法は一通り試した。まともに発動した魔法はない。法則性もない。狂っているという言い方がぴったりだ」

 海水に浸かったせいで、身体がベトベトする。ズボンが足に張り付いて、歩きにくい。

「この先に野営している場所がある。そこで、これからの予定を話す」

 ロウントゥリー隊長より背丈のある草をかき分けながら、ダップが言った。

 緑の草に混じって白い草や青い草がある。前に来たときは銀色の草も見た。

「こっちだ」

 草の壁が開けて、最初に目に入ったのは横たわった巨大な飛竜。

 怪我しているらしく、右の羽が大きな布で巻かれている。

「何をしていやがる!」

 ダップがジャンプした。飛んだ先にいた老人を蹴りで吹っ飛ばした。

「こいつには手を出すなと、いっておいたはずだ!」

 老人の手には血の付いたナイフ。

 状況からすると怪我をして横たわっている飛竜から、肉を切り取ろうとしていたらしい。

「食べ物がないんじゃ!」

 別の老人が言った。

 どちらも高位の魔術師を示す豪華な首飾りをしている。

「オレが取ってきただろう!」

「この島のものなど怖くて食べられん!」

 ダップに吹っ飛ばされて転がっている老人、文句を言った老人、怯えたような顔でダップを見ている老人、身体を寄せてぼんやりと座り込んでいる老女が2人。この5人が偉い魔術師達らしい。全員白を基調としたローブに豪華な首飾りをしている。

 飛竜の頭のところにいる2人の若い男が操舵手だろう。白いローブの上に淡い緑の騎乗用コートを着ている。老人に傷つけられた場所を痛ましそうに見ていた。

 オレは操舵手のところに近づいた。

「竜用の傷薬をもっていないか?」

「何を」

「痛そうだから塗ってやろうと思って」

「しかし」

 偉そうな魔術師達を見た。

 彼らの立場からすると、許可なく塗ることはできないらしい。

「間違えた。オレ様は強盗だ。死にたくなかったら竜の傷薬を出せ」

 すぐに傷薬を渡してくれた。

 傷つけられたところに行って塗ろうとすると、ダップに文句を言った老人がオレにも文句を言った。

「それを塗ったら、肉が食えなくなる」

 オレは指にたっぷりつけて傷に塗り込んだ。竜が苦しそうに鳴いた。かなり染みる薬のようだ。

 また文句を言おうとした老人の前にロウントゥリー隊長がひざまずいた。

「サルゼード様、食料をお持ちしました。皆様でお召し上がりください」

 背負っていた背嚢をおろした。中から水とパン、焼いた肉と煮た野菜をいれた容器を取り出した。

 操舵手の若者の1人がやってきて、それを受け取った。もうひとりは、大きなバスケットから食器を取り出した。5人分に分けて食器に盛りつけ偉い魔術師達に配っていく。

「これだけか」

 サルゼード老がロウントゥリー隊長にまた文句を言った。

「食料を届ける手配をしております。少々お待ちください」

 オレ達の乗ってきた高速艇に食料をつめた箱をかなりの数のせておいた。どれも海水が入らないように密閉しており、浮き輪がついていた。

 海中に沈むとダメだろうが、海面に浮かんでいれば、波に運ばれて、いつかはこの島にたどり着く。

 草が動いた。何かが近づいてくる。

 ダップと隊長が身構えた。

「攻撃しないでくれよ、私だ」

 手をふりながら、黒いローブを着た魔術師が現れた。

 30歳くらいの男性で、隊長をこえるほどの長身だ。黒いローブには灰色と白の線が入っている。

「助けが君だとは心強いな。よく来てくれた。ありがとう」

 ロウントゥリー隊長とは顔見知りらしい。握手をかわしている。

 そこでオレに気がついた。

 隊長がオレを手招きした。

「彼は桃海亭のウィル・バーカーだ。脱出の手伝いをしてくれる」

「エンドリア王国で古魔法道具店をやっています、ウィル・バーカーといいます。よろしくお願いします」

 おじぎをした。

 相手の魔術師は、オレを見た。次に隊長を見た。隊長がうなずいた。次にダップを見た。ダップがうなずいた。

「このさえない少年がウィル・バーカーなのか?」

 ついに口に出した。

 隊長がなぐさめるように肩をたたいた。

「有名だからといって、必ずしも格好がいいわけじゃない」

「桃海亭のシュデルが美形というのも嘘なのか?」

「あれは美形だ。最高級の鑑賞品だ」

 ダップが断言した。

「それならば、いいか」

 オレのことなど忘れたかのように笑顔でダップに言った。

「ウィル、彼はラルフ・リミントン。北方に住む賢者のひとりだ」

 隊長がオレに教えてくれた。

「そうだ、シュデルはどこにいる?」

 振り向きざまにオレに聞いた。

「桃海亭です」

「なんてことだ!!」

 両手で頭を抱えた。

 大げさな人だ。

「もしかして、君の相棒も桃海亭なのかい?」

「オレの相棒?」

「ムー・ペトリのことに決まっているだろ」

 普段は否定するが、賢者リミントンにはしないことにした。

 下手なことを言うと、面倒なことになりそうな気がする。

「この島に来ています」

「どこにいるだい?」

「島を探索中です」

「もしかして、相棒くんの捜し物はこれかな?」

 ローブのポケットから小さなガラス瓶を出した。白い粉が半分ほど入っている。

「2日間かけて島中の研究所から集めた。もう、ないよ」

「その粉は何ですか?」

「知らないのかい。エスリラの粉だよ」

 ムーの捜し物で、間違いない。

「ムー・ペトリはこれが手に入らないとわかったら、どんな顔をするのかなあ」

「それは何に使うんですか?」

「魔力増幅剤」

「リミントンさんは魔力が足りなんですか?」

「まさか、これは…」

 そこで言葉をとめた。

「危ない、危ない、引っかかるところだった。ボッしているようで、やるね、君」

 軽い、賢者と思えないほど軽い。

 逆にダップもロウントゥリー隊長も、苦虫を噛み潰したような顔だ。ムーの時にも隊長は不機嫌な顔をしていた。

 2人とも、エスリラの別の使い方に心当たりがあるようだ。

「あれ、私の食事はないのかな?」

 老人達の食事風景にきがついたリミントンが操舵手に聞いた。

「すみません。いらっしゃらなかったものですから」

 ものすごく恐縮している。

 オレは周りを見回した。

 前回来たときに食べたものがいくつか目に入った。

「大丈夫か保証はできませんけれど、食べられるものでいいならありますよ」

「頼む」

 ロウントゥリー隊長が笑顔で言った。

 戦闘部隊を率いているだけあり、サバイバルには慣れているらしい。

 背の高い草の根元にある、握り拳ほどの岩のような物をいくつかむしって隊長に投げた。

「皮をむくとうまいです」

 地面から直接生えているサボテンのような植物だ。

 油分が多くて塩味がわずかにする。

 腰のショートソードで手早くむくとかぶりついた。

「これはうまいな」

 オレは食べている間に、そばに生えている木に登った。

 枝の間にはえている着生植物の蕾をむしりとった。20センチほどのそれを木の上から隊長に投げた。

「飲み物です」

 蕾の中は甘い樹液で満たされている。

「オレにもよこせ」

 ダップが手をさしのべた。

 すばやくむしって、放り投げる。

「私も、もらっていいかな?」

 リミントンがどこか腰がひけた様子で言った。

「どうぞ」

 上から2つほど投げた。

 慌てたようで、何度か手の上ではねさせたが、それでもなんとか受け取った。

 オレは木の上で素早く飲んで、下に飛び降りた。

 隊長とダップは、樹液を片手に岩サボテンをうまそうに食べていた。

「うまい肉はないのか?」

 ダップがリクエストをした。

「うまい肉は見つかりませんでしたが、うまい卵ならありますよ。濃厚で目玉焼きにしたら最高でした」

「どこにある?」

 オレは上を指した。

 オレ達の上空を首が2つある奇妙な鳥が横切った。

「あの鳥の巣があっちの方にあって、まあ、取るのは命がけになりますけど」

「あとで取りに行くか、案内しろ」

 リミントンが「え、行くの?」と驚いている。

「こいつが飛べるようになるまで、もう少しかかるだろうからな」

 ダップが飛竜を目で指した。

「飛竜で脱出する方法があるんですか?」

 大型飛竜は普通の飛竜と違い、身体が大きく大人数を背負うことで離陸時に魔法を使うと聞いたことがある。もし、離陸に魔法を使っているなら、ここからの脱出に使えない。

「飛竜を使うつもりはねえよ」

「優しいんですね、ダップ様」

 飛んできた拳を紙一重で避けた。

「あ、先に行っておきますが、モジャに期待しないでください。この空間はモジャの範囲外みたいで、探査も侵入もできません」

 前にオレ達がここに1週間ほど閉じこめられたとき、モジャはムーがいないと大騒ぎをしたらしい。シュデルが何かのトラブルですぐに帰ってきますと必死でなだめたらしい。今回はガガさんにここにいることをシュデルに伝えてくれるよう頼んである。

「道具屋」

「はい」

「お前だったら、どうやって逃げる?」

「オレには想像もつきません」

「もう1度死んでみるか?」

 つき合いが長いから気心が知れている。

 容赦なくオレに仕事を割り振ってくる。

「オレに考えつくの3通りくらいですね。1つめ、魔法が狂った元凶をつきとめ、魔法を使えるようにして帰る」

「魔法が使えない現状では、元凶を探すのが難しそうだな」

「2つめ、島から大陸まで海底トンネルを掘る。安全確実です」

「その前に全員老衰で死ぬな」

「3つめ、魔法を使わない方法で陸地まで帰る。ダップ様が考えている方法です」

「できると思うか?」

「いまの案では無理です」

 オレは再び上空を指した。

「ダップ様は気球のようなものを使って、ここから逃げようとしていませんか?廃材はたっぷりあります。大型飛竜の客室部分を利用して、この島から浮いて脱出する。魔法が狂っている区域を抜ければ、魔法が好きに使えます。ほんのわずかな時間、どこの方向でもいいから島から離れればいい、違っていますか?」

「だいたいあっているな」

「青い空がひろがっていますけど、この海域は10メートル以上の高さになると島に向かって強風が吹いているんです。オレとムーも同じ事を考えたんですけれど、どうやっても風が抜けられなくて断念しました」

「さっきから気になっていたんだが、おまえ達、いつ来たんだ?」

「先々月かな、ちょっと迷い込んじゃって」

 オレはできるだけ明るくハハハッと笑ってみた。

「どうやって帰れたんだ?」

「ムーが、魔法がうまくかからないことに切れて、地面に特大クエイクをかませたんです。そうしたら、突風に飛ばされて魔法が使用可能なところまでいったので、フライで帰りました」

「道具屋、よく生きているな」

「自分でもそう思います」

 ロウントゥリー隊長がオレを手で呼んだ。

「食品を回収する。手伝ってくれ」

「わかりました」

 操舵手の2人も来たそうだったが、偉い人の許可がないと動けないらしい。様子からすると許可を自分から申し出ることもできなさそうだ。

 しかたなく、隊長の後ろをついていった。

 背の高い草が茂った野原をぬけたところで、リミントンがあらわれた。離れてついてきていたらしい。

「何をもってきてくれたのかな」

「お前は帰れ」

「そういうなよ、秘密の相談に混ぜてくれよ」

「エスリラを全部渡したら混ぜてやる」

「ええっー!」

「渡さないなら帰れ」

 そういうと隊長は走り出した。岩だらけの荒れ地を、平地を走るような早さで走っていく。オレも追いかけたが、引き離されないようにするだけで精一杯だ。

「置いていかないでくれよー」

 リミントンが叫んだが、当然無視された。

 隊長は海に向かっている。回収は本当のようだ。

「聞かないのか?」

 エスリラのことだろう。

「聞いたら教えてくれますか?」

「さて、どうするか」

「じゃあ、教えてください。大型飛竜って、何を食うんですか?」

 隊長が足を止めた。

「たぶん、ダップ様が餌をやっていると思うんですけれど、あの大きさだと足りていないでしょう。オレで用意できるものなら、持って行ってやろうかなと思って」

 隊長は少し黙った。

「気にならないのか?」

「そっちはムーに任せています」

「相棒を信じているんだな」

「あれは相棒ではなく居候です」

 隊長はまた走り出した。オレも追いかける。

「柔らかい葉なら何でも食べるそうだ。うまそうなのを探してやれ」



「もっと見つけられなかったのか」

「申し訳ありません」

 サルゼード老が隊長を怒鳴っている。

 箱は2つ見つけた。

 水とパンと肉と野菜が入っていた。9人でも多すぎるくらいだったが、操舵手が調理して偉い5人だけが食べた。他の6人はダップと隊長とオレが取ってきた島の産物を食べた。

「おいしいしゅか?」

 オレとムーはオレが取ってきた柔らかい葉を飛竜にあげていた。やはり足りてなかったらしく、すごい勢いで食べている。

 操舵手の感謝の眼差しが心地よい。

「エスリラは見つかったか?」

「なかったしゅ」

「やっぱり、あの賢者が全部持っているのかな」

「たぶん、そうしゅ」

 エスリラを他の男に取られたというのに、ムーの機嫌は悪くない。

「手に入らなくてもいいのか?」

「大丈夫しゅ、あの男、明日には死体になっているしゅ」

 おそろしいことを言い出した。

「ちょっと、待ってくれ。私を殺す気か」

 リミントンがオレ達のところに駆け寄った。

 飛竜の頭のところに、オレとムー。

 少し離れたところの敷物の上に偉い人5人。そこから少し離れた土のところに操舵手2人と隊長とダップとリミントンがいたが、オレ達の会話を聞いていたらしい。

「たぶん、死ぬしゅ。でも、殺すのはボクしゃんじゃないしゅ」

「誰が殺すんだ」

 青ざめている。

「考えればわかるしゅ。ボクしゃんのような小さな子供に聞いちゃだめしゅ」

「教えてくれ。頼む」

「ダップ様、わかっているしゅ」

 今度はダップのところに飛んでいった。

「教えてくれ。誰が私を殺すんだ」

「自分で考えろ、アホ賢者」

「私が殺されてもいいというのか」

「いいんじゃねえの。いったて、なんの役にも立たねえんだから」

 ダップ様はどこにいてもダップ様だ。

「ロウントゥリー隊長」

「残念だが、私にはわからない」

「私を守ってくれ」

「もちろんだ。ただし、君は優先順位からすると7番目だから、そこは忘れないように」

 殺人者が偉い人5人とダップの6人の中にいた場合は、見殺しにすると言われている。

「ええと、ええと…」

 指を折って数えている。

「ダメだ。殺される」

 殺人者が、オレか操舵手でなければ殺されることに気がついたようだ。

 今度はオレのところに飛んできた。

「守ってくれ」

「すみません。オレ、道具屋なんで」

「有名なウィル・バーカーなんだろ」

「オレって、何で有名なんです?」

 一応、確認してみた。

「そりゃ、破壊と破滅と滅亡……ダメだ、ダメだ。近寄るだけで、不幸がうつるんだった」

 必死に隊長のところに駆け戻っていった。

「どうしよう。ウィル・バーカーと話してしまった。殺されてしまう」

「エスリラを持っていることで狙われているのなら、エスリラを手放せばすむのではないかな」

「そうか、そうだよな」

 ポケットから小瓶を出した。

 ダップの前に差し出す。

「預かってくれ」

「イヤだね」

「半分あげるから」

「そんなもん、いらねえよ」

 小瓶をもってうろうろしていたが、決心がついたのかムーのところにやってきた。

「半分あげるから、預かって」

「ボクしゃん、ムー・ペトリしゅ」

「ええと、ムー・ペトリだと預かってくれないのかな」

「本物なら預かるしゅ」

「えっ?」

「命は大事にするしゅ」

 ムーがニコニコと笑い、リミントンは自分が持った小瓶を呆然と見ている。

「チビに迷惑かけるんじゃねえ。オレが預かってやる」

 ダップに怒鳴られて、駆け足で戻っていった。

「頼むよ。半分あげるから」

「だから、いらねえよ」

 受け取った小瓶を無造作にローブのポケットに入れた。

 日は西に傾いているが、沈むにはもう少しかかりそうだ。

「ロウントゥリー隊長」

「なんだ」

「オレ、疲れたんで少し寝ます。何かあったら起こしてください」

「わかった」

 オレはゴロリと横になった。

 できれば、起こされないといいよなと思いつつ、眠りに落ちた。


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