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フリーワンライ

ドSとドSの話

作者: 千葉 某

*使用お題「お面」「本気の遊びを楽しんで」


 どうしてこうなったのだろう。

「ねえ委員長ってさ」

 人気のない放課後の教室。揺れるカーテンと開いた窓から聞こえてくる運動部の掛け声。外は雲一つない晴れ空。せっかくだから帰りに公園のベンチに座ってぼうっとしていたかったのに、先生からの頼まれごとと、目の前のクラスメイトの謎の行動によって私はなかなか帰れずにいた。

「本棚の整理の邪魔なんだけど」

 本棚に背中を押しつけられ、いわゆる壁ドン状態にある私は目の前の彼、筒井くんを睨み付けた。それにひるむことなく、おお怖いと彼はちゃらけた。

「委員長ってお人好しだけど、実はすげえドSだよね」

 どっちかはお面だったりするわけ?と筒井くんの目が光る。彼はちゃらけているが、クラスで、いや学年の間でなかなかの人気者で、周りの女の子に言わせれば、この状況はとてもおいしいのだろう。しかし、今の私からしてみれば、教室の本棚の整理を終わらせるというタスクの邪魔をされ、いつまでも帰れない状況にいらだちしか覚えない。

 第一、私がドSというのも理解できない。

「それ、いまどうでもいいよね。もしかして頭沸いてる?」

「ほら、そういうところ」

 くつくつ、筒井くんが声をかみ殺して笑う。

「だからなんなの」

「お面だったらおもしろいなって」

「意味わからないこと言うのね。委員長に仕立て上げたのはあなたたちでしょ」

 数か月前、4月に委員会決めをしたとき、なんだか似合いそうだからと勝手に学級委員に推薦したのは、筒井くんやその友達のような、いつもふざけているような人たちだった。本当は図書委員会がやりたかったのだけれど、最終的にクラス全員から推薦されては、その本音を言い出すこともできなかった。

「まあ、そうだね。じゃあどっちも本当なわけか。へえ、おもしろい」

「それで十分?ねえ早くどいてくれない?」

 いつまでも解放してくれないので仕事がはかどらない。いらいらしてその肩を突き返そうとしたら、右手を掴まれた。声を出す前にぐっと顔を近づけられる。

「ねえ委員長、俺と付き合おうよ」

「……ごめんなさい、どの流れでそうなったのかまったくもって理解できない」

「俺さあ、Sっ気のある女の子好きなんだよねえ」

 5倍に返してドMにしてあげたくなる。そう耳元で囁かれては、さすがに気持ち悪さに鳥肌が立った。

「……気持ち悪」

 思わず思ったことをそのまま口に出せば、吹き出してけらけらと笑われた。

「いいね、最高」

「第一あなたなら付き合ってくれる女の子くらいそこらじゅうにいるでしょう」

「やだね、ああいう始めから従順なのってつまらないんだよ。警戒して噛みつく獣を少しずつ教え込むのが楽しいんじゃん」

「あなた性格最悪ね」

 第一それって私が獣ってことじゃないか。失礼な。

「それにさ、クラス一ちゃらけてる俺と、クラス一くそまじめな委員長、付き合ってるって話になったらおもしろいことになりそうじゃね?」

「あ、ちゃらけてる自覚はあるんだ」

「いまその話ししてねえよ」

 するり、顎を撫でられる。ぞわりと鳥肌が立った。

「触らないで気持ち悪い」

「あー、それ最高。力ずくで押さえつけてるのに……やべえすごいぞくぞくする」

「変態」

 きっと睨み付ければ、ぎらりと光るそれと視線が合う。

「なあ委員長、遊ぼうぜ」

「は?」

「期間は4か月、年度末まで。それまでにお前が俺に堕ちて従順になったら俺の勝ち。おまえが落ちずに俺が折れたらお前の勝ち。どう?」

「それ私にメリットあるの?」

「ないけど」

 あっけからんと言われて思わずため息をつく。そんな条件を飲む女がいるとでも思っているのだろうか。

「いや、委員長なら飲むね」

 ため息の中身を見透かしたように、筒井くんは笑う。

「なんたってお人好しなんだから」

 ね、頼まれてくれるよね、委員長?

 世間一般ではきれいだといわれるらしいその顔に微笑まれて頼まれれば、ぐうの音も出なかった。たった4か月、私が奴の策略に堕ちなければいいだけの話だ。そんな言い訳をしているくらいには私はお人好しなのだろう。

「……受けて立とうじゃないの」

「いい目してるじゃん。最高」

「変態」

 交渉成立ね、と楽しそうな声とともに、唇にやわらかい何かが押し付けられる。頭が真っ白になった。

「……あんたいまなにした」

「やだなあ、キスくらいで何動揺してるの?初心だね」

「ちょっと……っ」

 つかみかかろうとしたら、またその手を押さえつけられて、一言。

「言っておくけど、俺たち一応“恋人同士”だからさ……それ相応のこともするから、頑張ってついてきてね?」

 前途多難な予感しかしないこの本気の遊びに、思わずめまいがした。

「……最低」

「ま、本気の遊びだから。……楽しもうね、みやこ」


 このゲームに勝ち目など初めからなかったことに気付くのは、もっと後のこと。






*おまけ*

 次の日、なぜか家の前で待ち構えていた“彼氏”にぞっとしながら無理やり手をつながされ、一緒に登校すれば、あっという間にうわさは広がった。いくらなんでも女の子たちの反感を買いそうだなあとこっそりため息をつけば、その日の朝のHRのあと、しれっと筒井くんは言ってのけた。

「俺さあ、委員長のこと年度末までに落とさなきゃいけないんだよねえ。……だから男も女も邪魔すんなよ。5倍にして返してやるから」

 彼のそんな言葉に女の子たちは色めき立ち、数人の男の子たちはなぜか青ざめ、私は一瞬の硬直ののち、思わず声を上げた。

「ちょっとなんてこと言ってるの!?」

「誰が賭けのこと内緒にするなんて言った?」

 残念でした、と口角を上げる彼はやっぱり性格が悪い。

 じわじわと外堀を埋められ始めている、そんな彼の計画にも気づかず、私は机に突っ伏した。

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