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 草原の中、一人の冒険者が立っていた。

 四方にはモンスターが彼を囲む。

 手に鈍器を持ち、醜い顔した小人の様な姿はゴブリンのものだった。

 四匹のゴブリンが彼に向けて威嚇する。


 前から駆け出して来たゴブリンに向けて、彼が手に持った短槍を投げつける。

 それと同時に前方へと身体を投げ出した。

 一瞬前まで彼の立っていた場所に背後から迫ったゴブリンが鈍器を降り下ろしている。

 転がるようにして、立ち上がる勢いのまま下から掬い上げる様にもう一度背後へ向けて短槍を放った。

 短槍は真っ直ぐにゴブリンの胸を貫く。


 残った二匹も彼へと向かって走り出した。

 彼はそれを空中へと飛び上がりかわす。

 しかし、ゴブリンは勢いを止め、落下してくる彼へと体制を整えた。

 そのまま、彼の下りる地点とゴブリンの鈍器が交差する直前、彼は空中を蹴り、落下地点を変更させる。

 地に足が着くなり、短槍を投げ入れ、寸分違わずゴブリンを二匹共に貫いた。


 全てのモンスターが塵に帰り、彼……ヒロは危なげ無く戦闘を終えた。


 覚悟を決めた日から三日が経っていた。

 彼はあの日、直ぐ様ログインすると草原を真っ直ぐに次の目的地へ向けて駆け抜け出していた。

 途中のモンスターを時には倒し、時には他のプレイヤーが真似出来ないような動きで飛び越え、ただ、ただ進んで行く。

 だがしかし、そう上手くはいかなかった。

 彼のキャラクターには、他のプレイヤーの様なヒットポイントが無かったのだ。

 一度は防具が防ぐが、二度目には死が待っている。


 たったの二発にしか耐える事が出来ない。


 この制限は予想するよりも遥かに障害としてヒロに立ち塞がっていた。

 どれだけ弱い敵だろうと二発喰らってしまえば、街の入口へと戻される。


 しかし、ヒロは走り続けた。

 やられては、走り。

 そしてまた戻されては走る。

 その作業はまるで機械のように、そして繰り返される度に洗練されていった。


 三日がたつ頃には、次の目的地である第二の街まで残り半分程まで足を伸ばせていた。


「ここまでは、楽に来れるようになったな……」


 誰にともなく呟く。この三日で独り言を呟く回数も増えていた。


 もう既に、彼の行動は知れ渡っており、誰一人として彼と関わろうとするプレイヤーはいない。


「モンスターの数が少ないか……?」


 気が付けば、いつもなら倒してもキリが無い程湧き続けるモンスターの影が無くなっている。

 そして、その理由はすぐ判明した。

 ヒロから少し離れた位置を横切って行くプレイヤーの姿があった。その後ろにモンスターの集団を引き連れて。

 所謂、トレインと呼ばれる行為。

 移動しながらモンスターを集め、まとめて倒す事で経験値を稼ぐ場合やそれを人に擦り付けてMPKと言われる行為など、あまり好まれる行いでは無い。

 プレイヤーの様子から見るに、逃げ損ない振り切れずにモンスターを集めてしまっているようだった。


『こっちだ!』


 広域ボイスでヒロが叫ぶ。

 先頭を逃げる少女が声の聞こえた方へ顔を向けるが、その声に気を取られて足を縺れさせた。

 少女に一番接近していた犬型のモンスターが飛び掛かる。

 しかし、その牙が少女に届く前に身体に短槍を二本生やしていた。

 そして、その勢い止まらずに後続の集団へ向けて短槍が雨の様に降り注ぐ。

 見る見るうちにモンスターはその数を減らしていく。

 ヒロが少女へと追いつく頃には全てのモンスターが殲滅されていた。


「大丈夫だったか?」


 立ち上がらない少女へと声を掛ける。

 彼女の装備から察するに、彼女の職業は《僧侶ディコン》。

 そして、その装備は最初にキャラクターを作った時に支給される初期装備だった。

 攻撃能力の低い《僧侶ディコン》なら、殲滅力……所謂、火力不足によってモンスターを貯め込んでしまった、というのも想像出来る。


「あー……、なんだ、あまりそんな風にモンスターを集めるのは良くない事だと思うぞ?」


 なるべく、角を立てない様にトレイン行為について注意を促そうとヒロは言うべき言葉を考えながら話す。


「……あたし、その、ごめん、なさぃ……」


 少女は俯いたまま消え入りそうな声で答えた。


「まあ、ほら、とりあえず立った立った」


 不快感を懐かせ無いように、笑顔を浮かべてヒロは言う。


「ソロで狩るにしても、モンスターを抱え込まないようにな。お兄さんとの約束な!」


 少しおどけて見せるが、少女の影を指した表情は変わらない。


「……一人じゃここのモンスターと戦えなくて……」


「は?」


 自分のレベル以上の相手と戦うという狩り方もMMOではよくある事である。

 ただ、それが成せるだけの用意があって、初めてそれは成立する。

 闇雲にモンスターに突っ込んで しまえば、逃げるに逃げられず先程の様な自体に陥ってしまうのも当然の事であろう。

 そこから更に、それに巻き込まれたプレイヤーが二次災害、三次災害となってしまう危険性があるのがトレインと呼ばれる行為だ。

 

 だがしかし、彼女は望むべくして高レベルのモンスターへと挑んだ訳では無かった。


「あたし……、パーティーから、捨てられたんです……」


 なんとか立ち上がらせた少女から事情を聞くに、今いるこのエリアまでは街からパーティーで来たのだと言う。

 構成は《戦士ファイター》が二人、《魔術士ソーサラー》が二人に、そして《僧侶ディコン》が二人だったのだと。

 このエリアで暫く狩りをしたのち、彼女はパーティーから外され、置き去りにされた……と。


「何やっても、鈍臭くて……要領が悪くって……。邪魔にしかならないから……。あたし、現実でも一緒なんですよ」


 彼女はそうやって力無く笑って見せた。


(……だからって、勝手に死に戻れってか……?)


 ヒロはやるせない気持ちになる。

 移動時間短縮の為に自ら死んでセーブポイントへと戻る行為はMMOの中ではよくある事である。

 けれど、彼らのやっているのはVRMMOだ。

 よりリアルを追求されたゲームはそれ相応の恐怖もまた含まれている。

 ヒロのようにかすり傷さえ致命傷になるようなら、恐怖を感じるよりも早く街へと帰れるだろう。

 だが、普通にプレイしている状態でリアルな死に向かって行くというのはどれ程の恐怖だろうか?

 ましてや、彼女のような少女が……。

 現に、先程まで逃げていた彼女の表情は必死そのものだった。


「とにかく、一度街まで戻ろう。俺も付いていくから」


 そう言って、ヒロは街へと向けて歩を進めた。


 会話、というよりも、やや一方通行気味な話し方で二人は街へと向かう。

 そうやって話す内に分かったのは、彼女がリコという名前とこのゲームを始めて間もないという事。

 普段からこういうゲームはやった事が無かった事など……。

 移動中の戦闘はヒロが殆どこなした。

 近付かれる前にサーチアンドデストロイで。

 モンスターの数が減り、敵の強さも下がってきた所で二人で攻撃を仕掛けてみる。

 そうする事でリコの欠点がヒロには見えてきた。


(これは、最初にちゃんと打ち合わせしてたかどうかってのもあるだろうけど……)


 リコは、モンスターが現れるや否や我先に飛び掛かっていた。

 敵が低レベルである為にそれでも戦闘は問題無く済むが……。


(っても、俺がまともにプレイ出来ない以上上手く説明なんて出来るかどうか……)


 ゲーム初心者である、リコに説明するのは骨が折れたが……、なんとか普通にパーティーでプレイする上で必要な事は伝える事が出来た。


「……と、まぁ、そんな風に役割に応じて敵との距離を取ったり、位置を入れ替えたりしながら戦うんだ。君みたいに《法術士ディコン》だとそれに回復や支援も加えてね」


「そうだったんですか……」


「結局の所、何を優先して行動するか予め決めて置いた方がいい。一番最初にパーティーを組んだ時にね」


 彼女が組んだパーティーのメンバーは他での経験が各々にあったのだろう。

 だから即席で組んだ所で各々がそれなりの連携を図れた。

 けれど、彼女だけを責めるのも間違いではないか? 彼女は知らなかったのだから。

 知らない事を分かれというのも無理であろう。

 ましてや、それを原因でパーティーから除外するなど……。


「……ん、もうここまで来れば平気だろう。街も見えてるし、ここらの敵なら一人でだって問題無い」


 街から少し離れた位置で彼女に別れを告げる。


「戻って、もう一度パーティーを探すも良し、ソロで暫くレベルを上げるも良し」


 ヒロはそう言って踵を返した。

 街まで一緒に戻らなかったのは、彼の噂のせいだ。

 このまま自分が彼女と一緒にいる場面を見られれば……それだけで彼女の評判まで下がってしまうのでは無いかとそんな風に考えてしまったから。


「……あの!」

「ん?」

「よかったら、……一緒にパーティーを組んで貰えませんか……?」



「……それは、無理だ」


 そして、それ以上にパーティーから拒絶された彼女に対して……この、ゲームの中から拒絶された自分とのシンパシーを一方的に感じてしまっている自分がヒロは許せなかった。


「ここに着くまでに見ていたと思うけど、俺は普通のプレイが出来ないんだ」

「でも、色々教えてくれたじゃないですか……?」


「さっき話してたのは一般的なパーティープレイの話さ。残念だけど、俺はその中に含まれていない」


 歯痒さが込み上げる。

 自分だって、出来る事ならばその一般的な楽しみを共有したかった。


「どうしても、……ですか?」


「ごめんな。出来る事なら、君にはこの『フロンティア・オンライン』を普通に、当たり前に楽しんで欲しい」


 彼女を突き放す。


「俺には、出来ない事だから……」


 その声はまるで慈悲を求めているようだった。

 彼女へと背を向けてヒロは歩き始める。


「せめて……!」


 もう、歩く足は止めない。


「友達になって貰えませんか……?」


 顔を俯かせて、初めて聞いた時と同じような消え入りそうな声で彼女は呟いた。


「……色々、口煩いかも知れないぞ?」


 彼女が顔を上げた先には、少し困った様な、諦めた様な顔をしたヒロの姿があった。


「また、色々教えて下さいっ!」


 この日、ヒロはこの拒絶されたゲームの中で初めて友が出来た。


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