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致命的な欠陥

 眩しかった光が収まっていく中、ヒロは先程まで感じる事の無かった地面の感触を足の裏に感じた。


「おぉ……!」


 目の前に広がる光景に言葉が出なかった。

 何処までも青く澄み渡る空に中世を思わせる石畳の道。噴水から立ち上る水に光を反射して煌めく水飛沫。

 ゲームのなかとは思えないような景色がそこにはあった。

 ヒロが現在立っている場所は、ゲームスタート時に送られる第一の都市の真ん中、中央広場。

 辺りにはヒロと同じようにゲームにログインして直ぐのプレイヤーが同じようにして立ち尽くしていた。


「えっと、最初は城でチュートリアル聞くんだっけ……」


 周りの景色を一通り見終えたヒロはゲームを開始して最初に訪れるべき場所の情報を思い出す。

 これは、公式のホームページで推奨されていたもので、初めに広場から北に見える城へと行き、操作や冒険についての基礎を説明して貰うようにとアナウンスされていた。その工程を終わらせる事で序盤の冒険で役に立つアイテムの取得出来る事なども含めて。

 基本的にそれを行わずにスタートするプレイヤーは少ない。広場の近くにいるNPCもまた同じようにその内容を促しているし、何よりもその工程を無視してスタートするメリットが無い。

 既に必要なアイテムを揃えているか、知り合いを待たせているなどの理由で先を急いでない限りは……。


「……やっぱ、それよりも外だなっ!」


 ヒロは数少ない内のプレイヤーの一人だった。ただし、上記の内容では無く、ただこのゲームの中の世界を見たいというだけで。

 夢にまで見ていた世界を自分の足で歩き回れるという状況にヒロは落ち着く事が出来なかった。


 広場を離れ、城門を抜けて街の外へと出る。

 目の前に広がるのは草原。緩やか下り坂になっており、吹き抜ける風に沿って緑が揺れている。


「これだよ、これ!これが見たかったんだ!」


 遠く離れた場所まで続く緑は、途中で森となりその向こうの山まで続き、そして波を打って空との境目を引く。


「綺麗だ……」


 暫くの間、ヒロはそうやって呆けていた。


『臨時パーティー募集!定員残り二名!』


 スピーカーが鳴るような広域ボイスが聞こえた。

 ゲームの中である為、どれだけ大声だろうと聞こえるのは自分を中心に精々五メートルの範囲と狭められてしまうのだが、広域ボイスという機能に切り替える事でその距離を十倍にする事が出来る。

 気が付けば、街への入口から少し横にずれた場所で人だかりが出来ていた。

 その場で集まった者達でパーティーを組むためだ。

 この『フロンティア・オンライン』では一度に六人までパーティーを組むことが出来る。

 それ以上になるとギルドを立ち上げなければいけないが……、その為のアイテムや資金が序盤では足りない。


 ヒロもその集団の中へと近付いて行った。


「どもっス、パーティーいいですか?」


「お、これで六人集まったな」


 一番近くにいた背の高い男性へと声を掛けた。先程広域ボイスで話していたのと同じ声だった。


「ヒロです。クラスは《戦士ファイター》。宜しく」

「俺はトモ。俺も《戦士ファイター》だ。後は……」


 ヒロは周りにいたメンバーを見渡す。


「咲よ。職業は《僧侶ディコン》宜しくね」

「シルフィだよー、《魔術士ソーサラー》ね!」


 それ以外のメンバーは《斥候スカウト》の男性と、《戦士ファイター》の女性だった。

 前衛に片寄ったパーティーだと思うが、序盤では気にすることもないだろうとヒロは思った。

 何よりも、ヒロは早くこの世界を楽しみたくて仕方が無かった。


 前衛と中衛、そして後衛と大体の動き方を決めてから草原へと向かう。

 ヒロとトモは前衛。二人でまずモンスターの足止めをし、数に応じて中衛の《斥候スカウト》と共に攻撃をしていく作戦だ。

 余裕がなければ《魔術士ソーサラー》のシルフィも攻撃を加え、後衛の《戦士ファイター》と咲が周りを警戒する。

 辺りにいた集団も疎らになり、各々に旅立ったようだった。

 ヒロ達も街から離れて、近くの集団の邪魔にならない距離で進んで行く。

 今回のパーティーの目的は街近辺の散策。この『フロンティア・オンライン』がどんなものか体感してみようという事になった。


 ヒロは心を弾ませていた。


「おし、居たぞ」


 隣に立つトモがモンスターを見据える。

 犬型のモンスターが二匹、目の前に立ち塞がった。


「一人一匹ずつで抑えて行こう」


「了解」


 初めての戦闘だ。前から走り近付いて来た一匹目に向かってトモが攻撃を合わせた。

 飛び掛かった瞬間に、両手に握った剣を振り払う。斜めに首元へと打ち付け地面へと叩き落とした。

 その後ろから二匹目がトモへと迫る。


「お前はこっちだって……!」


 ヒロがその二匹目へと近付いて手に持った槍を向けようとすると、その槍がヒロの意思とは関係なく手から離れていく。


「え……」


 真っ直ぐに二匹目に突き刺さる槍。しかし、ヒロは手放したつもりなどなかった。

 横からの攻撃に身を崩した二匹目がヒロへと矛先を変える。

 その身体には槍など刺さってはいなかった。

 そしたついさっき手放した筈の槍はヒロの手の中へと戻っていたのだった。


「あれ……今さっき、え?」


 目の前の出来事に混乱するヒロ。


「何やってんだ!」


 最初の一匹目を打ち倒したトモが叫ぶ。

 その声に顔を向けたときには、ヒロの直ぐ側に二匹目が飛びかかっていた。


「あ……」


 正面から体当たりを喰らうヒロ。そして、後ろへと尻餅を着きながら倒れる。


「おらっ!」


 駆け付けたトモが二匹目へと剣を打ち付けて止めを刺した。


「何遊んでんだよ」

「いや、急に武器が手から離れて……」

「武器?それよりもその格好だよ」


「格好?」


 自分の身体を見下ろして見ると、ヒロはパンツ一枚で草原へと座り込んでいた。


「は?いや、え?何これ?」

「知らんよ。自分で外したんだろ?」

「んな訳ないって! 勝手に――」


 トモが座り込んだままのヒロの肩に触れると、ヒロの服装が最初のものへと戻る。


「――脱げ……た」

「戻ってるじゃないか」


 もう一度見下ろして見ても服装はちゃんと最初と同じように戻っていた。


「ショートカット登録か?」

「いや、本当に何も……!」


 特定の動作で装備品を入れ替えが出来るような、ショートカットと呼ばれる機能が『フロンティア・オンライン』には付いていた。


「ゲーム開始早々でネタに走るってのもどうなんだ?」


 トモは苦笑いを浮かべながらヒロを見る。


「あぁ、魔〇村か」


 トモが納得したような顔を見せる。


「違うって!普通に装備が外れたんだって!」

「ボケるにしても、魔界村ならせめて名前をアーサーにしてからの方が良かったんじゃないか?」


 シルフィは笑っていたが、他のパーティーメンバー、特に女性陣の様子は冷ややかなものだった。


 それからも何度か戦闘を繰り返すが、攻撃が当たる度にパンツ一枚になるヒロにメンバーも呆れ果てていた。


「……もういいって、せっかくパーティー組んでる訳だし、普通に楽しまないか?」


 トモがヒロへと話し掛けた。


「だから!何度も言うように俺の意思じゃないんだって!」


 何度かの戦闘でヒロが分かった事は、攻撃を向けると手に持った武器が飛んで行く事と、それが当たった瞬間に消える事。敵の攻撃を受けると防具が砕けて消える事と、誰かに触れるとその服が戻る事が分かった。


「……今すぐにその格好を戻さないと、流石にパーティーから外さなきゃならん」

「俺のアイテムの中にも防具が無いんだよ!」

「そこまで拘ってネタをやり続けるのは関心するし、俺自身は嫌いじゃない。けど、パーティーの中には女性もいるんでな……」


「わざとじゃなくて……」


 アイテムなど機能の中身を探しながら、一つの項目に目が止まり言葉が詰まった。


「それじゃ、また機会があれば遊ぼう。俺は歓迎するよ」


 パーティーから外され、他のメンバーも声をかけ離れて行くが……ヒロの耳には入っていなかった。


 ヒロは自身のステータスの画面を見ながら固まっていた。

 本来なら、様々な項目のパラメータがあり、現在の装備している物の名称。そして、自分がどの職業についているのかの項目があるのだが、ヒロが見ているものにはそれが全て無くなっていた。パラメータの数値では無く、項目そのものが消えていたのだった。

 たった一つ、職業の項目を除いて。


 そこには一言、


《アーサー》


 そう記されていた。


「……バグだ……」


 余りにも致命的過ぎるバグ。

 バグというよりも、もっと根本的な部分に問題が生じていた。


「バグにしたって、有り得ないだろ、こ――」


 突如、横からの衝撃にヒロの視界がブレる。

 最後まで言い切る前に、その身体が吹っ飛ばされていた。


 それも、粉々に。


 最後に視界に映ったのは自分を吹き飛ばしながら突き抜けて行く犬型のモンスターの姿だった。



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