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「仕事を受けようと思う」
何気なく言ったその言葉が、どういった意味なのか、フラウにはとっさに理解できなかった。
「現金がなければ調合素材も本も買えない。家族からは融資をもらっているが、これに頼るようではいけない。だから、ポーションなどを市井に卸して金儲けをしよう」
「待ってください。そんなこと、アカデミーが許すかしら?」
「やってはいけないという規則はない。それに、数も量産できるわけではないので、酒場の依頼などを受けて地道に信頼を得ることから始めようと思う」
露天商などでは、信頼が全くない状態からの商売など売れ行きに不安があるし、各種ギルドから問題行為とされる危険性がある。
売上もないうちに商人ギルド等から接触をかけられても困るのだ。
それに、人脈を作っておくことは将来的に悪いことではない。
「……なるほど。流石は商家の娘というわけですわね」
「どうも」
「わかりました。わたくしも協力いたしますわ。それで、何を売るつもりなのですの?」
ツバキは既に医薬品、毒薬、爆弾などを生成できる。
だが、それとは別に、魔法(現代魔法の方である。最近学んだ)を使った護衛任務なども考えていた。
だから、こう答えた。
「まあ、身体を売ろうとおもう」
「……え!? ふ、不潔ですわ!? 貴女の美貌なら引く手あまたでしょうけど、そんなこと、わたくしが許しませんことよ!」
「いや、そういった意味ではなく、単に肉体労働しようというだけだ。迷宮探索の護衛とか、そういったものに」
「それはそれで危険ですわ!」
「なに、魔法も回復薬も使えるのだし、いざとなれば古代魔法でなんとかなるでしょう」
「まったく。止めても聞かないのですね」
「ええ、まあ。申し訳ありませんが」
「ならば、わたくしも付いて行きますわ。それが条件です」
「フラウ様、それはあまりにも……危険すぎます。一国の王女を危機に晒したとなれば、私の首が飛びます。物理的に」
「だから、危険を冒さないで住むような仕事だけを選んでください。それが、わたくしにできる最大限の譲歩ですわ」
「……わかりました。まあ、最初はポーション調達の依頼などを地道にこなすだけですから、危険は全くありません」
そして、そういうことになった。
「街を歩くなんて、新鮮ですわ。わたくし、実はこういったことが初めてですの」
「では、初デートですね」
「まあ! お上手ですこと……と言えばよろしいのかしら。でも、貴女は女性ですし、少し虚しくなってきますわね」
「ノルン様も連れてくればよかったですかね」
「そういうわけにはいかないでしょう。いっそ、校長先生に付いてきてもらったほうがマシですわ。ところで、アカデミーで作られた魔法薬なんて、販売許可は降りているんですの?」
「ええ。校長に打診したところ、遠い目をしながら昔を懐かしんでいるようでした。許可はいただけましたし、効力も大丈夫な筈ですよ」
ライラ校長は、過去、一時的に冒険者だったことがあった。
希少な材料を求めるため、自分で長旅をして材料を確保したり、冒険者を雇って共に戦った経験がある。
「では、私の実家が懇意にしている酒場がそこです。そう荒れてもいない、いい所ですよ」
確かに小奇麗にしてあり、王女が一般的にイメージしていた荒くれ者の集う場所という雰囲気は微塵も感じられない。
「へえ、なかなか良い雰囲気ですわね」
テーブルクロスは真っ白で、清潔感がある。これなら、ガラの悪い者に絡まれるといったこともないだろう。
ツバキはすたすたと店の奥に行くと、酒タルの前で一言つぶやいた。
「……樽」
「今のはなんですの?」
「偉大なる錬金術師になるためのおまじないのようなものです」
「はあ。まあ、深くは聞きませんが。それならばわたくしもやっておこうかしら」
フラウも樽の前に立ち、つぶやく。
「た~る」
「素晴らしい」
謎の儀式が終了した所で、二人はマスターのところに向かう。
「どうした、嬢ちゃんたち。ここはアンタらのような子供が来るところじゃないぜ」
「失礼な。わたくしたちは成人してますし、お酒だって飲めますわ」
「おう、そりゃ威勢がいいね。じゃあ、この一杯はおごりだ、飲んでみるかい?」
「当然です」
このダリルバニアでは、十五歳から成人であり、お酒も飲める。
ジョッキを呷るフラウ。
「おお、良い飲みっぷりだ。結構いい酒だろう? あんたみたいな綺麗所が常連になってくれたら、こっちとしても嬉しいねえ」
「このくらいの酒は飲み干せて当然ですわ。アルコール度数の低い果実酒でしょう。でもまあ、飲みやすくて、なかなか気に入りましたわ」
「そりゃよかった」
「ところで、私たちは依頼を受けに来たのです。一覧か何か、見せていただけますか?」
「おう、いろいろあるぜ。上はドラゴン退治から、下は薬草採取までってもんだ」
「疲労回復ポーションや、怪我を治す傷薬、それにハーブティーの葉の類や、爆弾を用意してきました。また、受注されてから作ることもできます」
「なら、丁度いい依頼があるな。どうやら騎士団が魔物討伐隊を集めてるらしくて、傷薬と爆弾は今のところ大歓迎だ」
魔物は人の領域を侵すことはないが、それは騎士団や自警団などが国を守っているからである。
「では、早速商談に移りましょう。この傷薬は打撲・切り傷に効きます。爆弾は、ここにあるピンを引きぬいて投げれば爆発します」
「ふむ。実際どれほどの効果があるかわからないから、そう高くは買い取れねえぞ。まあ、先行投資として諦めて貰うしかないんだけどな」
「実績もありませんし、仕方ありませんね。ですが、効果がよくあった時は次回訪れたときに追加報奨をいただくという形はどうでしょうか」
「まあ、それでいい。それで、値段だが……傷薬はひとつ300シリング。爆弾はひとつ700シリングだ。評判が良かったら、傷薬500シリングと爆弾1000シリングってところだな」
500シリングで、だいたい平民が一ヶ月働いて稼ぐ値段である。
そう考えると、破格な金額といえた。
「では、傷薬が10個と爆弾が5個、とりあえず売ることにします。6500シリングですね」
「おう。まあ騎士団は金払いがいいから、大丈夫だとは思うがな。この商売は信用第一だ。粗悪品を掴まされたら次から依頼を受けることはできなくなるし、好評ならどんどん値が上がる可能性もある。まあ、頑張るんだな」
「わかりました。さて、それではこれから先は、単なる客です。ワインと鳥の煮込み料理、それにウサギのソテーをお願いします」
「わたくしはじゃがいものチーズ焼きと、それから先ほどのお酒をもう一杯おねがいいたしますわ」
「おう、ゆっくりしていってくれよ!」
鳥の煮込み料理は肉が半ば溶けていくまでじっくりとソースに煮こまれていた、とても温かみのある味だった。
ウサギのソテーは、淡白な肉に濃いドミグラスソースが掛かっており、ボリューム満点である。口にした瞬間ほろりと溶ける。これも実にうまい。
じゃがいものチーズ焼きは、言うまでもなく酒によく合った。
「フラウ様、私の頼んだ料理も少しいかがですか?」
「ええ。とても美味しそうですわね」
「では、あーん」
「……えっ?」
「あーん」
「あ、あ~ん」
同じフォークを使うなんて、はしたない事ではないかしら。でも、ツバキなら別にいいか。そんなことを考える王女フラウ・カッサンドラ・ルージュであった。