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ちらほらと一年生が集まってくる中、ツバキ・ベルベットはノルン・グラシャス=リヒテンラーデに出会った。
入学試験順位1位。フラウ・カッサンドラ・ルージュを抑えて堂々トップの青年である。
ライラ校長の孫でもある。
順位1000位のツバキは、まったく物怖じせずに自己紹介をした。
「天才ツバキ・ベルベットです。入学順位は1000位です。よろしく」
青年ノルンは、一瞬なんと答えていいかわからなかった。
校長室で我が物顔で本を読む女性が、いきなり自称天才、しかも入学順位は最下位である。
面食らうのも仕方がないだろう。
校長の孫である自分でも、校長室に入り浸ることなどできない。
「……あ、どうもよろしく。ええと、ライラ様はいるかな」
「今は休憩中です。おそらくは食堂の方でしょう」
「あ、ああ。ありがとう。じゃあ僕は、ここで待たせてもらっていいかな」
「失礼ですが、貴方はどなたでしょうか?」
ここに来て初めて、ノルンはまだ自分が自己紹介をしていないことに気付いた。
「ごほん。失礼しました。僕はノルン・グラシャスです」
「ああ、学年1位の」
「そうです。ついでにいうとライラ様の孫ということになります」
「わかりました。留守を預かる身で恐縮ですが、持てなせるだけのことはしましょう」
「ああ、いえ、おかまいなく」
ノルンの目の前で、慣れた手つきで紅茶を入れるツバキ。
その空気に押され、つい余計なことを言ってしまう。
「その……美しい方ですね、貴女は」
「ありがとうございます。いきなり口説かれた経験は私もあまりありません」
「あ、いや、そういう意味じゃなくて……いや美しいのは確かなんだけど……その、祖父とはどういった関係で?」
「簡単にいえば教師と弟子です」
錬金術に関してはライラが教師でツバキが弟子である。
だが、古代魔法に関してはツバキが教師である。
教師と弟子という関係は、極限まで「簡単にいった」場合だ。
そこまで詳しく言うつもりはないので、この程度でも大丈夫だとツバキは考えた。
ノルンもそれに納得したようだ。
しばらくして、休憩を終えたライラと、付き添っていたフラウが戻ってきた。
「おお、ノルン。久しぶりだ。元気だったかね」
「はい。お久しぶりですお爺様。いえ、校長先生」
「なあに、まだ学校は始まってもおらん。しばらくは普段通りでいい」
「そうですか。では、ライラお爺様。聞くところによると、直弟子を取ったらしいではないですか。驚きましたよ」
「まあちょっと、な。紹介しよう。そちらにいるのがツバキ・ベルベット君。そして、こちらがフラウ・カッサンドラ・ルージュ様、美しく育っただろう?」
「お久しぶりです、ノルン様。ご一緒させていただき光栄です」
「いえ、こちらこそ……フラウ様。お久しぶりです。ツバキさんとは、お知り合いで?」
「ええ、親友ですわ。……ツバキさんがわたくしのことをどう思っているかはわかりませんが」
「畏れ多いことですが、私も親友だと思ってよろしいのですね、フラウ様」
「もちろんです!」
「ノルン、ツバキ君とは、もう話したかね。馬鹿げて頭のいい子だよ」
「恐縮です」
校長室に二つの花が咲いたことで、一種の華やかさがそこにあった。
藍色の花と、金色の花だ。
ノルンは、自分が場違いな気がしてきた。
「そ、それでは僕はこのあたりで。お爺様にも会えましたし、失礼致します」
「まあまあ、そう慌てるでない。錬金術について一緒に講義を受けてみないかね、ノルン」
「そ、そうですね。ではそうします」
「……なにか緊張するようなことでも?」
ツバキがスッと手を伸ばし、ノルンの首筋に当てる。
「脈が早い」
「あら、本当」
フラウが腕を取り、手首に触れる。
「ほっほ。青春だな。だが二人とも、15歳の少年をそこまでいじめることはないだろう」
「おふざけが過ぎましたか」
「気をつけるんだぞ。このくらいの年頃はコロリといってしまうからな」
「それは困る。フラウ様は王女ですからね」
「わたくしではなくツバキさんに参ってしまうのではなくて?」
「はっはっは。そんな馬鹿な。まあ、先程いきなり彼に口説かれましたが」
「え、それはどういうことですの!?」
「初対面なのに、美しい方だと言われました。悪い気はしませんね」
「そうですわね。ツバキさんは美しい方ですわ」
「フラウ様の方がお美しいですよ」
「まあ。お上手」
「ふふふ」
「ほほほ」
一通りノルンをからかい終わった後で、錬金術についての講義が始まる。
知識について、ツバキとフラウは既に一年目の学習を終えようとしていた。
「では今日は、爆発物について学ぼうと思う。これは大変危険なものであるが、うまく使えば効果は抜群、しかも汎用性がある。鉱石の採取や魔物への攻撃などだな」
「お爺様、その内容は一年の内容ですか?」
「まあ、さわり程度なら一年でもやるからいいだろう。それに、一年生を相手として教えられることがもう少ないのだ、お前さんらは。特に、ツバキ君だな。下手に教える手順を間違うと、勝手にどこまでも進んでしもうてハラハラする」
「そういえば先日、毒薬と睡眠薬を作っていましたわ。効果は試していませんけど」
「毒薬、というより強心薬です。薄めて効果を弱めましたから、故意に大量に飲まなければ問題ありません」
「もうそこまで行っていたのか。いや、危ないところだった。はやく正しい知識を身につけないと、何があるかわからんな。どこでその作り方を習ったのだ?」
「それが【初等錬金術講座】を読めば自然とわかる、とおっしゃいまして」
「あの本は実に興味深いです。素材の関係から全てを作るわけにはいきませんが、可能な限り作ってみたいと思いまして」
「なんと! あの本でそこまで辿りつくか。ノルン、お前にもわかるかね?」
「今の僕にはわかりますが、それでも【初等錬金術講座】でたどり着けるものではありません。強心薬というと『オーガの血』でしょうか。あの赤い液体ですかね。【錬金医療学説】に載っていました」
「赤! ツバキさんが作っていらしたものと同じですわ」
「それにしても『オーガの血』が毒薬として使えるのは知りませんでした」
「いや、あれはもともとが毒薬だったのだ。本には、それを薄めた効果とレシピのみを載せてある」
薬は、その多くが毒効作用を持つものである。
どれだけ強力なポーションをつくろうとも、それを身体が受け付けなければ、ただの毒でしかない。
不老不死の薬が、錬金術をもってしても不可能と言われる所以である。
不老不死の薬そのものは作れる。だが、人間の肉体ではその薬効に耐え切れずに死んでしまうのだ。
「いかん、話がそれたね。さて、爆弾についてだが……実際のところ、皆は火薬や爆弾の製法についてどれくらい知っている?」
「火薬を爆発させる、ということは分かりますが、それ以上はわかりません」とノルン。
「そもそも、火薬とは何でしょうか。何故、爆発が起きるのでしょうか」とフラウ。
「火薬には、熱や振動によって大きく燃焼する物質を使う。容器の中で火薬が燃焼すると、内圧が高まり周囲のものを吹き飛ばす。それが爆弾。これは火精霊や風精霊の力を借りる事で代用できるが、火薬そのものは自然界のものでも作れる。また、ガス圧を用いる場合もあるが、これも内圧が外壁を押し出すことから爆弾と言える。例えば、クオリの実は一定時間が経つと内部のガス圧によって種が周囲に飛び散る仕組みになっているが、これも爆弾の一種である。それらとは別に、大量の燃焼体を短時間で発火させれば、外壁がなくても空気の壁を突き破る衝撃波が発生し、爆発という現象が起こる」とツバキ。
「……作ったことがあるのかしら?」
「いいえ。商家で取り扱っていたことと、本で得た知識です」
「……とまあ、爆弾とは一概に言ってもいろいろと種類がある。既にツバキ君は知っているようだが、まあ大体はそういうことだ。錬金術では、主に事故を起こさない爆弾の作り方について学ぶことになるだろう」
「自然界で作られた爆弾は、物質であるがゆえに、予定通り爆発しないことがあります。それが非常に危険なのだと習いました」
ちなみに、学習元は冒険小説【冒険者のわくわく洞窟探検】である。
「その通りだ。だから、我々は爆弾に魔力を込める。条件を満たさない限り爆発しない安全な爆弾を」
「魔力が爆弾を爆発させてしまう場合は?」
「そうしないための錬金術であり、レシピだ。君たちの学ぶ錬金術は、多くの試行錯誤と犠牲の上に立っている。そのことを知ってほしい」