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「結局今日は何もありませんでしたね」

「そうね。このアカデミーには遠方の人たちも来るのだし、しばらくは準備期間なのかもしれないですわ」

「なるほど。それはそうですね。もしかすると来月あたりまで授業らしいものはないのかもしれませんね」

「ええ、ありえますわ。ところで、この【聖なる血をサバトの贄に】ですけど……注釈が理解不能ですわ」


フラウはツバキから【聖なる血をサバトの贄に】を借りて読んでいた。

それにはツバキにより幾多もの書き込みがなされており、ところどころに魔方陣や○○ページ参照、などと書かれていてまるで訳がわからなかった。


「まずは何も考えずに物語を読んでください。それひとつだけですぐ魔法が使えるようになるわけではありません」

「魔法……簡単な魔法程度なら、わたくしにも使えます。でも、貴女には勝てる気がしませんわね。得意だと思っていたのだけれど」


言って、自分の創りだした光球とツバキの光球を見比べる。

夜の闇を明るく照らすそれは、夜に読書をするために必要なものだ。

鈍く光るフラウのそれに比べ、ツバキの光球は明らかに力強い。しかも、ツバキはエーテル量の調整によって光量を自在に調整できる。

フラウの作りだすものは、単一の光しか生み出さない。創りだした後で光度が適切でなければ、一度消してまた作りなおさなければならないのだ。

ツバキは、フラウに【聖なる血をサバトの贄に】を貸す代わりに、フラウの持ち込んだ本を読んでいた。

まずは【初等魔法講座】【初等錬金術講座】である。

それは、魔法を使う者にとっては本当に基本的なことしか書いておらず、応用も何もないものであったが、ツバキにとっては新鮮な代物だった。

ツバキは商家の娘だが、こういった『貴族専用』の本を読むのは初めてのことだ。

この世界の魔法と錬金術は、貴族たちが管理しているため、商家といえど手に入れる機会はまずない。


「ところでフラウ様。ものは相談なのですが」

「何かしら。この本、勇者と魔法使いが姫を助けてハッピーエンドだったわ」

「その本の解読に必要な、私のメモがこちらにたくさんあります」


羊皮紙だ。魔法を使えない平民たちにとって、白い紙は高級品である。

それが、たくさん積み上げられるほどあった。

ツバキは続けた。


「このメモと引き換えに、同量の紙をくださいませんか。この【初等魔術講座】は実に興味深い内容なので、考察なり何なり自分の考えをどこかに記したいのです。ですが、まさか借り物に字を書き込むわけにもまいりません」

「……ええ、いいですわよ。本当にその羊皮紙で貴女の魔法が学べるなら、本来なら同等の金貨を積んでもまだ足りないでしょうからね」

「はっはっは。大げさですよ」

「ほっほっほ。そう思うなら今のうちにそう思っていなさいな」


汚れた羊皮紙と、真っ白な紙がトレードされる。

そうして新しい紙を得た途端、ツバキは左手で本を読みながら、右手でペンをさっそく走らせていた。

右手は止まらない。


「ところで、一体何をしているの?」

「魔法とエーテルの関係について、私はこの本ほど詳しく書かれたものを読んだことがありません。ですから、自分の知識とすりあわせを行ったり、何が出来るようになるのかのメモを作ったり、ですね」

「ところでそれ、初等魔法の本なのだけれど」

「初等がわかればあとは応用と発展で高等までわかるものではないですか?」

「……いいわ。わかりました。ところで、明日わたくし、校長のライラ・グラシャス様のところにご挨拶に行こうと思うのですけれど。ご一緒してくださらないかしら」

「おや、私が行ってもいいのですか?」

「ええ、貴女を野放しにしておくのはこの学校にとっても良くないと思いますの」


古代魔法を自在に操り、向上心に富んだ天才。

それがフラウの、ツバキに対する評価である。

そして、世間知らず。いや、どこまで地かわからない。韜晦しているだけかもしれないのだから。

ただ、悪い人物ではないと思った。

手元の羊皮紙を見る。とても綺麗な文字で、非常に読みやすい。

しかし、フラウにとって何が書いてあるかはさっぱりである。

知的な構成の文であるにもかかわらず、発想の飛躍がそこかしこに見られ、読者を困惑させるようだ。

それも当然だろう。ツバキにとってそれは、人に見せるために書いたものではないからだ。

だが、フラウはそれに挑んだ。


目が回りそうだった。




「ねえ、貴女はどうして魔法を使えるようになったの? その……平民なのに。勉強する手段なんてなかったはずなのに。そして、どうして錬金術師になろうと考えたの?」

「簡単なことです。魔法を使いたかったからですよ。お伽話みたいに、ね。錬金術の方は秘密です。フラウ様こそ、どうして錬金術師に?」

「……ごめんなさい、それはまだ秘密だわ」

「そうですか。ふふっ」


ツバキは、フラウの前で初めて笑みをこぼした。

ずっと無表情だった彼女の笑顔に、フラウは一瞬見蕩れてしまった。


「……何がおかしいんですの?」

「いえ、一緒ですね。秘密。畏れ多いことですが」

「ふふっ、確かにそうね」


くすくすと少女が二人笑う中、宿舎での一晩は過ぎていった。

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