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1-2

それは、フラウのほんのささいな言葉で始まった。


「ここ、専用のお風呂がないのね。困ったものだわ」


その言葉に、ツバキは怪訝そうな顔をする。


「なければ作ればよろしいのでは?」

「どうやってよ。場所も、お湯もなにもないのよ」

「お湯など、火と水の魔法が使えれば簡単に手に入るでしょう」

「はあ? そんなわけないでしょう。反属性を組み合わせたら打ち消し合って消えるだけよ」


こんな当たり前のことを知らないのか、とフラウは思った。

成績最低者とはいえ、かりにも錬金術アカデミーに合格した者が、そんな初歩の初歩を知らないのか、と。

だが、ツバキは違った。


「火と水の調和はそれほど難しくない。それに、場所も必要ではない。私が手本として入浴してみますので、やってみてはいかがでしょうか」


おもむろに服を脱ぎだすツバキ。十五歳相応の、少女から女性になりつつある丸みを帯びだしたしなやかな肉体があらわになる。


「……貴女、羞恥心ってものはないの?」

「女性同士ではありませんか。それに、王女様は従者などに身体を洗ってもらうものではないのですか?」

「何時の時代の話ですか、それは。身体くらい一人で洗えますわ」

「書物で得た知識が実際とは違う場合もある、とは本当ですね。私は王族とはそういったものだとおもっていましたので」

「昔はそうだったのでしょうし、今でもそうしている貴族はいるでしょうけどね」

「では、フラウ様は違うのですね。なんだか急に恥ずかしくなってきました」


すべての衣服を脱いだツバキは、顔を赤らめて局部を隠した。


「……なんだかわたくしまで恥ずかしくなるから、やめなさいよ。早く服を着なさいな」

「まあ、これから風呂を作るのですから」

「さきほども言ったけれど、本気? 部屋を水浸しなんかにしては嫌よ」

「はて。魔法で作った水は何かを汚したりなどしませんが」

「はあ? エーテル水でもあるまいし、貴女一体何を……」


フラウが言い切る前に、ツバキの力は発現していた。

右手には身体を覆うくらいの水のヴェールを生じさせ、左手には暖かな光を放つ球。水精霊と火精霊の顕現だった。

左手と右手が重ね合わせられる。ツバキにとってはただ温度の調整をしているだけに過ぎないが、それは水のエーテルと火のエーテルの混合であった。

そうして出来上がった火と水の合成エーテル……ツバキの言う『風呂』は出来上がった。

大きな球形のお湯の塊が、地面に張り付いている。

身体に当てて被るようにすると、お湯が身体を濡らす。だが、不思議なことに地面や壁には溶け込まない。

ツバキの身体以外との接触面の見た目はゼリーのような、不思議な質感であった。


「……嘘。ありえないわ」

「はて。何がですか?」

「無詠唱で火と水のエーテルを創りだして、あまつさえそれを合成させるなんて。宮廷にいた錬金術師ですらこんなこと不可能よ。貴女一体、何ものですの?」

「不可能といっても、こうして実際に出来ていますから。そう難しいことでもありませんし」

「難しくないわけがないじゃない! あなた、エーテルを直接操作できるの? おかしいわ、絶対におかしい!」

「フラウ様にはできないのですね。成績二位なのに。よろしければ私の持ってきた本で勉強しますか?」


いけない、差し出がましかったかもしれない、それにちょっと卑屈な言い方をしてしまった。とツバキが思ったのもつかの間。

フラウが先ほどまでツバキが読んでいた本――【聖なる血をサバトの贄に】【聖騎士グランマーズ物語】に目を向ける。


「この二つ? ただの娯楽小説とお伽話じゃありませんの」

「それは誤解です。その本には隠された真意があります。それがなければ私は魔法を使えず、このアカデミーに入学もできなかったでしょう」

「中を見てもいいかしら」

「ええ、もちろん。ですがその前に……お風呂に入りませんか?」

「……一緒に?」

「フラウ様がそれを望むなら」

「……別々がいいわ」

「それは残念です」

「あなたと話していると疲れますわ」

「善処しましょう」

「そういうところが……いえ、もういいですわ」


ツバキはエーテルを操作し、水の塊を解除する。

エーテル塊は、霞のようにゆらぎ、そして消えた。

同時に、ツバキの身体も乾く。

実物ではないエーテルは、特別な術法で作り出さない限り、その姿を留めない。

その術は錬金術師の秘術なのだが、ツバキはそれを知らない。


「あら、消してしまうの」

「ええ。新しく作ったほうが清潔でしょう?」

「入浴のたびに新しいお湯だなんて、なんだか、最高級の贅沢をしているようですわね」

「まあ簡単な魔法ですから」

「だから絶対それは簡単じゃないですわ……では、脱ぎますけれど。なんというか、その……」

「素晴らしいおっぱいですね。それにくびれ。おしりもとてもいい。これでまだ成長期だなんて」

「無表情なのにそのオッサンみたいないやらしい目付きはやめてくださいませんこと!?」

「これは失敬。これから毎日この肢体を拝見できるかとおもうとぐへへへへ」

「無表情なのにゲス笑い!? わたくし、あなたのことがわかりませんわ!?」

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