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ツバキ・ベルベットの大いなる犠牲のおかげで、剣術大会はおおよそ平穏に進み、医療班の負担も当初の想定よりずっと軽いものになった。

フラウは、初戦の鮮烈さに印象付けられて相手が少し怯えていることもあり、順調に勝ち進んでいく。

……不本意でも、勝利は勝利だ。そして、相手がどんな実力、精神状態であろうと全力で相手をするのが礼儀だった。

獅子は兎を狩るにも全力を尽くす、という言葉にもある通り、フラウはまさに獅子奮迅の動きを見せ、容赦しなかった。

年上の男性が相手でも、軽々と、だが苛烈に攻め、勝利をもぎ取っていた。

その気迫は、つい先程ツバキと交わした約束も影響していたかもしれない。

強くなると誓ったのだ。自分自身の心と、天才ツバキ・ベルベットに。


一方ツバキは、参加者の一人であり、このパーティで知り合ったメリアに話しかけていた。


「流石はフラウ様です。この大会の参加者の中では群を抜いて強い。そうは思いませんか、メリア」

「ツバキ? 傷は大丈夫なのですか」

「ええ、大したことはありませんでした。フラウ様は医療班も最高のものを揃えられましたし、そこで治療を受けましたから」

「……よかった。大怪我ではなかったのですね」

「はい。それに、フラウ様の本気の一太刀を受けるのですから、そもそも多少の怪我は折り込み済みでした。骨を折る程度の覚悟はしていましたから、ずいぶんと軽傷ですんだ方です」


ツバキは、一切嘘は吐いていない。

ただ、意図的に相手を騙しているだけだ。

ちなみに、軽傷の打ち身にシップを貼った上から、さも痛々しく見えるよう包帯を巻いている。

実際に動けば傷は痛むので、切り傷を負ったと思われていても身のこなしに不自然はない。

これを指して、フラウはツバキのことを詐欺師と呼ぶ。


「私の怪我よりも、メリア。順調に勝ち進んでいるようですね。まずは、おめでとう」

「ええ、ありがとう、ツバキ」

「このまま行けば、決勝はフラウ様とメリアになりますね」

「……どうでしょうか。皆さんお強いですから、次こそはわたしが負けるかもしれません」

「それはないでしょう。私が事前に調べたところ、参加者のうち、正規の騎士団に鍛えられた者はフラウ様と、君だけでした。メリア・シルキー=リフトハイマン」


貴族は嗜みとして皆、戦う技術を学ぶ。しかし、従騎士の位を与えられ、正規の訓練を受けられるようになるのは、十五歳を過ぎてからだ。

それゆえ、正騎士の訓練を受けた者は、普通なら錬金術アカデミーには居ない。

だが、リフトハイマンは騎士団を統べる血筋だ。



「……でも、何も正騎士に鍛えられていないからといって、強くなれないわけじゃない」

「確かにその通りです。ですが、それでも騎士団の技術指導は圧倒的なものと聞きます。それも、現騎士団長の娘、前騎士団長の孫娘であるメリアなら、尚更鍛えられている。違いますか?」

「いいえ、わたしはリフトハイマンの出来損ない、なんです。あまり要領が良くなくて。わたしの入学順位、知っていますか? 999位だったんですよ」

「そうですか。ですが私はその下を行く最下位の1000位です。さて、この場合はどちらが勝者なのでしょうか」

「……ツバキは、実際には凄い人じゃないですか。知っていますよ。教員の方々の間でも有名です。わたしは物覚えが悪いから、よく補習をお願いしなくてはならないのですが、いつもツバキの噂ばかり聞かされています」

「爆弾魔とか、そういったことをですね。……確かに私は噂通りの、天才ツバキ・ベルベットです。自称ではありますが、名乗る前に天才と冠することをやめるつもりはありません」


それは、フラウにそう薦められてからずっと続けている言葉だった。

ツバキとフラウの間の、始まりの絆だ。


「……自分に自信が持てなくなるときは、だれにでもあることだと思いますよ。そうしたとき、人は道に迷います」

「ツバキも、迷うことがあるんですか?」

「さて、どうでしょう。何と言っても私は天才ツバキ・ベルベットですから」

「……強いんですね」

「それは違います、メリア。私は、ただ、弱くないだけです。強いというのは、フラウ様のような方のことを言うのです」

「それは、どういう意味ですか?」

「知りたければ、決勝戦でフラウ様と戦ってみてください。きっと、何か得るものがあるでしょう」

「わかりました。では、勝ってきます。この剣に掛けて」

「ええ、準決勝戦までは、私もメリアを応援します」


メリアが大会実行委員に呼ばれる。


「それでは、後ほどお会いしましょう。ツバキ」

「はい。それでは、メリア。次の試合も、必ず君が勝つでしょう」


入れ違いになるように、試合の終わったフラウがツバキに向かって歩いてくる。


「今の方、どなたですの?」

「フラウ様の決勝戦の相手です。リフトハイマンの末娘について、何か知っていることは?」

「……もしかして、今の彼女がそうなんですの? なぜ騎士団ではなく、錬金術アカデミーに入学したのかしら」

「どのような方か、フラウ様は御存知ですか」

「虎殺し。リフトハイマンの竜。そう呼ばれています」

「それは凄い」

「まだ若いのに、女性でありながらリフトハイマン歴代最強の剣士という噂を聞いたことがありますわ」

「ますます凄い」

「……本当に、彼女が決勝戦の相手なのですわね、ツバキさん」

「間違いありません。私は、決勝戦まではフラウ様と彼女のお二人が勝ち残ると信じています」

「わかりました。わたくし、覚悟を決めましたわ。必ずや勝ってみせます。彼女が虎を屠る竜だというのなら、わたくしはその竜を屠りましょう」

「その意気です。やはりフラウ様は、お強い方ですね。私の知る誰よりも」

「いつか貴女よりも強くなって見せますわ」

「……フラウ様は私よりも強いですよ。間違いありません」

「心の問題ですわよ?」

「ええ、心の問題です」




その後もメリアとフラウの二人は順調に勝ち続け、ついに決勝戦の時がやってきた。

もはや口上は、互いに一つしかなかった。


――この試合、自分が勝つ!


互いにそう宣言し、剣を構える。


まるで生きた竜が目の前に居るようだ、とフラウは相手の強さを肌で感じた。

これまでの相手とは格が違う。慎重に――慎重になって、その実力差のまま、負けるのか?

否。勝つと宣言した以上、たとえ相手がどれほど格上であろうと、絶対に負けたりはしない。実力差があるのならば気力で勝つ。気力で負ければ? 知ったことか。勝つと言ったら、勝つのだ。

踏み込みは鋭く、矢のような突きをフラウは繰り出した。




「……結局。負けてしまいましたわ。あれだけ大口を叩きながら情けない結果でしたわね」

「やはり、フラウ様は準優勝では満足できませんか」

「当然ですわ。次は勝ちます。……どうやって勝つかは、これから考えますわ。というかわたくし、実は、負けたことそのものよりも、許せないことがあるんですの」

「やはり、メリアには手加減をされましたか」

「ええ。ツバキさんにも分かっていたのね」

「実際にお二人の間にどれだけの力量差があるのか、私にはわかりませんが。それでも、技量はずいぶんメリアの方が上であるかと」

「上、どころではありませんわ。彼女が本気になれば剣も鎧も関係ない。一撃のもとにわたくしを斬り伏せることができたでしょう。巨人と赤子の戦いです。だというのに、あろうことか彼女は、どうやってわたくしを無傷のまま負けさせるかのみに腐心していましたわ!」


メリアはフラウの攻撃をすべて防ぎ、フラウのスタミナが切れるのを待った。

傍目には、凄まじい剣舞に見えただろう。火花散り、縦横無尽に弾ける剣戟に、楽団の演奏が加わり、盛り上がりはかつてないものになった。

だが、実際に戦ったフラウからしてみれば、まるっきり大人にあしらわれる子供のように感じられた。

どのような技を繰り出しても通じず、ただ鉄壁の剣の壁に防がれた。そして限界が訪れたところへ、重い一撃。

その一振りで、フラウは剣を取り落とした。

試合時間は十分と少し。間違いなく、本日最長の試合だった。


「おかげで、フラウ様には傷ひとつつきませんでしたね」

「これ以上ない屈辱です。いつか倒しますわ」

「まあ、落ち着いてください。今日のところは、これでいいのです」

「何もよくありませんが、貴女がそういうのなら、そうなんでしょうね。今度はいったい何を仕込みましたの?」

「種を。花開くのは、もう少し先になると思います。それでは閉会式に参りましょうか」

「まったく。相変わらずの秘密主義者ですわね。今度はわたくし、どのように踊ればいいのかしら」

「既にダンスの最中だとしたら?」

「構いませんわ。貴女がちゃんとリードしてくださるのでしょう?」

「その通りです。実際のダンスは苦手ですがね」

「そちらに期待はしていませんわ」




こうして、フラウ・カッサンドラ・ルージュ武闘祭は終わりを告げた。

同時に、パーティも終焉へと向かう。

閉会の言葉も厳かに、フラウは大会優勝者のメリアを讃え、パーティ開催に協力した貴族を讃え、場所を貸してもらった錬金術アカデミーとその校長ライラを讃え、楽団を讃え、裏方スタッフを讃え、とにかく讃えに讃えた。

まさに王族の仕事であった。

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