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パーティの盛り上がりは最高潮となり、いよいよ剣術大会が始まった。

開会セレモニーと共に、ルージュのくちづけメンバーによる花火が上がる。

これだけでも、この大会には大金がかけられていることが、見る目のある貴族には一目で分かった。

優勝賞品は名誉のみ。参加者はアカデミーの人員のみ。

それなのに、この大会にかけられた金額は、皇帝陛下の御前試合にすら匹敵する。


貴族たちによって拵えられた垂れ幕が降りる。


―フラウ・カッサンドラ・ルージュ武闘祭―


もちろん舞踏祭とかけているダジャレである。

このタイトルを、ツバキはフラウに伝えていない。

あるものは大いに笑い、あるものはついつい失笑してしまい、宴の空気に惹かれて、笑い声がホールに広がった。


フラウも表情はなんとか笑顔を維持しながら、発案者であろうツバキを睨んだ。

ツバキはいつもの無表情のままピースした。

確かにツバキの思い通りに場の空気は和んでいるので、フラウもそれ以上の追求はできなかった。




大会登録者は皆鎧を着こみ、刃を落とした訓練用の剣を手に整列した。

楽団のマーチも高らかに、第一試合の対戦者が発表される。



フラウ・カッサンドラ・ルージュ=ゲーハルト=エル=シ=ダリルバニア

ツバキ・ベルベット



いきなりの大放出に、会場の者は驚愕し、そして盛大に沸いた。

片や入学試験順位二位。ダリルバニア王国の第一王女。この大会の主催者。

片や入学試験順位最下位。しかも平民。だが誰もが注目する話題の女。

学内で現在最も有名なコンビでもある。


驚愕したのは何も観客だけではない。

フラウも、対戦相手のことは事前に知らされていなかった。

フラウがぽかんと口を開け、それからゆっくりと事態を飲み込む表情の動きを、ツバキは観察した。

そもそもフラウは、ツバキが大会参加者であることすら知らなかった。


試合表は、大会直前まで極一部の実行委員にしか知らされていない。

例えば、事前に対戦相手がわかったとすれば、その相手に眠り薬でも盛れば不戦勝になる。

そして、そのような事態が同時に複数起こったとしたら、とても大会どころではなくなる。

ここは錬金術アカデミーである。創意工夫ができない人物など一人も居ない。

そういった、いわゆるズルを防ぐための策である。


ツバキは実行委員のメンバー、それも中枢人物なので、もちろん試合表の仔細を知っている。

そもそも試合表はツバキが作ったものだ。

トーナメント形式ではあるが、誰が勝ち、あるいは負けてもいいように、可能な限り精密に仕組まれた代物である。

フラウも大会の中枢人物ではあるが、参加者ということで知らされていない。いや、ツバキに任せていた。

フラウの名前を冠した大会であるため、一番手になるだろうな、とは考えていた。

そして、一回戦では絶対に負けられないため、確実に勝てる相手が選ばれるだろう、ということもフラウには分かっていた。

だが、こうも堂々と、いつもの無表情でツバキ・ベルベットに対戦相手として出てこられると、文句の一つも言いたくなるのが人情というものであった。


二人とも、女性騎士が着る軽装鎧が驚くほど似合っていた。

フラウが身に着けている鎧は王族特注のカーディナルガーヴ。

朱にして赤の緋鮮色、王族と最高位の神官のみが身に付けることを許された禁色である。

フラウが赤を基調として飾り立てた炎ならば、ツバキは青を基調として飾り立てた水のようだった。

全てを包み込むかのような藍色のブレスト・プレートが、細い身体を強調させて見せた。


二人が舞台に上がる。

すぐには試合は始まらない。騎士の決闘には、必ず前口上があるものだ。

口火はフラウが切った。

実際、フラウとしてはツバキに何か一つ言ってやらなければ気持ちが収まらなかった。


「ツバキ・ベルベット! 我が剣の前に貴女をひれ伏させ、貴女の総てをわたくしに捧げさせますわ!」

「フラウ・カッサンドラ・ルージュ様。私の総ては既に貴女様の物。ですが所有者は気付くべきです。道具は扱い方次第で使用者の命を奪うことがあると」

「当然承知しておりますわ! ですが、貴女、もし手加減などしたら、その首を刎ねますわよ」

「望むところです。フラウ様こそ、ゆめゆめ手心など加えぬように。御自身の剣がその胸に刺さらないとは限らないのですから」

「上等です、隙が有れば何時でも刺しなさい! その程度のことを怖れながら貴女を使いこなそうなどとは思っていない!」

「その割には、フラウ様はまだまだ甘いところがおありです。本日はそれを教育してさしあげますが、覚悟はよろしいですか」

「覚悟? そんなものは、いつなんどきも、心から離したことなどありませんわ! 王族として生まれ落ちてから今まで一度たりとも!」

「結構。では、その思い上がり、正してみせましょう」


舌戦もまた、烈火と氷のように対照的だった。

お互い、一切の容赦無しに試合に臨む様子が、その会話から伝播した。

やらせではないか、と内心思っていた観客は静まり返った。

会場から一斉に音が消える。


「準備はよろしくて?」

「そちらこそ、よろしいのですか」

「ええ、先程も言いましたが、刺したければ何時でもどうぞ」

「では、遠慮なく」


フラウの視界から、ふっ、とツバキが消えた。

身を屈め、猛然と突きを繰り出したのだった。

フラウは一切の油断を捨てている。互いの剣を絡めるようにして力を捌き、ツバキの身体が逸れたところを袈裟懸けに斬った。

所詮ツバキはまったくの素人であり、フラウの敵ではなかったのだ。

ツバキの肩口から、鮮血が舞った。


「……えっ?」


フラウはぞくり、と肌が粟立つのを感じた。

剣は訓練用のものであり、刃がついてない。そのはずだ。だが、それならば流れる血は一体なんであろうか。

前のめりに倒れるツバキ。


「――救護班! 早く!」


実行委員の一人であるノルンが叫んだ。

すぐさま係りの者に運び出されるツバキ。

それを呆然と眺めるフラウ。


勝者、フラウ・カッサンドラ・ルージュ。




「……と、まあ。試合となれば色々と危険ですので、自分の剣も相手の剣も、ちゃんと確認を入れましょう。というデモンストレーションです」

「こ、このっ、このっ、大馬鹿モノ! 冷血漢! 何がデモンストレーションですか! 本気で、ほんっきで心配したんですのよ、貴女には、人の血というものが流れていないんですの!?」


救護室、ではなく実行委員会室にて、打ち身にシップを貼っただけのツバキに向かって、フラウは詰め寄った。


「ちなみに先ほど流れたものは鶏の血です。血糊袋に仕込む際、鮮度に気をつけました。色合いが違いますから」

「聞いていませんわよそんなこと!」

「ですが実際、驚いたでしょう。わりと苦労しました。ナマモノですからね」

「でーすーかーらー!」

「主演女優、王女フラウ・カッサンドラ・ルージュ。助演女優、天才ツバキ・ベルベット。私としては、どうしても迫真の演技が欲しかったので、台本を渡さなかったわけです。ただでさえ助演女優が大根役者なのですから。ああ、当然私以外の助演の方々にも台本など渡していませんよ。皆さんアドリブなのに良く動いてくれました」


ノルンの動きは迅速だった。

救護室のメンバーは最高の準備をしていた。

それを確認したところで、ツバキは演技をやめ、すべてを明かしたのだった。


ライラ校長は心臓が止まるかと思うほど驚いたし、秘密結社『ルージュのくちづけ』のメンバーは大半が救護室に駆けつけていた。

行動でそれを打ち砕くくせに割と人望のある女、天才ツバキ・ベルベットである。


「つまり、抜き打ちの最終チェックでしたのね。事故が起こらないように」

「そうです。ですが、実際、訓練用の剣が本物にすり替えられ、それがフラウ様に届かないとも限らない。どうです、あの試合の前口上ではありませんが、フラウ様には、どこか甘えがありませんでしたか」

「……心底ぞっとしましたわ。相変わらず、どこからあんな発想が出てくるんですの、貴女」

「それはもちろん、溢れ出す知性の泉、つまりひらめきからです」

「貴女は、錬金術師の道を選ばなければ詐欺師か戯曲家になっていたでしょうね」

「まあ、否定はしません」




「……ところであの前口上ですけれど。わたくし、どうしてもまだ、貴女がわたくしのものだという確証が持てませんわ。それどころか、貴女の言った通り、こんなにも鮮やかに胸を刺されてしまいました。あの時は怖れないといったけれど、本当は、とても、怖い。怖かった」


そっとツバキの手を握り、自分の胸に持っていくフラウ。

ツバキが血を流して倒れたあの時、実際に心臓が貫かれたかと思うほどの衝撃がフラウを襲った。

フラウは零れ落ちそうになる涙を堪えた。震える唇を噛み締め、ツバキを睨むように見つめた。

ツバキ・ベルベットの所有者として、甘えは一切許されない。たとえツバキが許したとしても、フラウは自分自身を許せないのだった。


「ツバキさん。いいえ、天才ツバキ・ベルベット。貴女を完全にわたくしのものにするためには、どれだけ強くならなければいけないのかしら」

「そうですね。では、フラウ様が成長を続ける限り、私はフラウ様のものでいましょう。当然私もまだまだ成長します。ですから、共に歩んでいきましょう」

「……わかりましたわ。約束、ですわよ」

「はい。フラウ様。私たちは一心同体です。……不遜だと思われますか?」

「……まさか。こちらからお願い致しますわ」


フラウはツバキの背に手を回し、その身を引き寄せた。

自分の半身を抱き留めるように。強く。

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