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フラウ王女殿下ファンクラブ『ルージュのくちづけ』の根回しの甲斐もあり、パーティには大ホールといくつもの教室が貸し出されることになった。
意外なことに、教員からも是非協力させてくれと申し出があった。
これは、ライラ校長がパーティ賛成派を指揮したからである。
「こうして準備が整っていくのを見るのは、感慨深いものがありますわね」
「ええ。最大の問題となっていたアカデミー総員によるパイ投げ合戦も、これなら無事に執り行えるでしょう」
「は? パイ投げですって?」
「はい。なんでも王国北部の風習にそのようなものがあるとかで」
「……それは中止にしなさい」
「畏まりました」
なんで親睦会でパイ投げをやるんだ馬鹿じゃないのか、とフラウは思った。
世界は広い。
「さて、パーティですが、表向きはライラ校長にも説明したとおり、あくまでも学業推進の為のものです。酒や料理は振舞われますが、錬金術における新発見の発表会や、新たに開発した道具のおひろめの場でもあります」
「それがどうしたというの?」
「『ルージュのくちづけ』メンバーが火薬の使用許可を求めています」
「は!? なんでそうなるんですの?」
「花火を作ったので是非とも王女殿下にご照覧いただきたい、とのことです」
「ああ、なるほど……思ったよりまともな理由でしたわ」
ツバキに付き合っているため、フラウは無意識で爆薬=破壊の図式が成り立っている。
「それで、危険はないんですの?」
「私が見たところ大丈夫です。念のために教員にも確認を取りましたが、話をした途端教員自ら花火を打ち上げると息巻いておりましたので、大丈夫かと」
「……貴女の交友関係、いささか火薬好きが多くありませんこと?」
「類は友を呼ぶ、という格言もありますし、致し方ありません」
もちろんツバキは火薬が大好きだった。
破壊は新たな創造の始まりだと思っている節がある。
無為な破壊を好むわけでは断じてないのだが。
「さて、スケジュールですが、まずは料理を囲んでの錬金術討論会、そしてフリータイム。楽団が呼ばれますので、ダンスタイムまでとってあります。残念ながらパイ投げは中止になりましたが」
「よくここまで用意できましたわね。というか、やりたかったんですの、パイ投げ?」
「いえ、特には。まあ、貴族方の協力に感謝ですね。おかげで私たちが出す資金の予定額を大幅に下回りました。これは、パーティが終わったら残額はフラウ様名義でアカデミーに寄付という形にすることで、また教員方を味方にするのに利用させて頂きました」
「まあ、当然ですわね。それにしても順調だわ。なにか見落としていることはないかしら」
「お酒が振舞われるので風紀の乱れを心配するところもありますが、自警団を構成することで対処します。各学年から何人か、適切そうな人物を選んでいます」
「真面目な方だといいですわね」
「一年生からはノルン様をリーダーとして幾人かが選ばれています。彼は腕も立ちますし、ライラ校長の身内相手にそう強く出る人もいないでしょう」
「へえ、彼、強かったんですの。意外ですわ」
アカデミー内での暴力行為は禁止である。これは、ライラ校長が厳格に定めたルールだ。
下手に殴り合いの喧嘩でもしようものなら、未来のエリートコースが不意になる。それを分かっていてあえてやるほどの愚か者は、アカデミーにはいない。
「ところで、わたくしも実は剣術を習っておりましたの。そうそう負けることはない、結構な腕前なのでしてよ」
フラウは、秘めた野心によりいずれ戦場に出る覚悟を持っていた。
そのため幼少の頃より馬術、剣術などの修練を欠かしたことはない。
剣術を教えたのは当時の騎士団達だったので、練度も申し分なかった。
「披露いたしますか? それでしたら、パイ投げの予定だった時間が余っておりますので、模擬試合を組むことなら造作もありません」
「お願いしますわ。ふふっ、久しぶりに腕がなりますわ」
フラウは、心底嬉しそうに笑った。
一日が終わり、寝室に戻った二人。
いつもは自主研究をするところだが、その日は勝手が違った。
ツバキが「眠い」とひとことつぶやき、ベッドに沈み込む。
程なくして、寝息。
「……珍しい。いえ、それも当然ですわね」
パーティの補佐、という名目で、連日ツバキは走り回っていた。
試算も、段取りも、すべて彼女の仕事だ。
天才ツバキ・ベルベットとて人間。疲れもするし、限界はある。
ただ、彼女はギリギリまでそれを人に見せることはない。
弱みを人に見せることは、ない。
見落としていたこと。それはツバキの疲労。明らかに過分な仕事量だった。
ツバキの寝顔を覗き込み、フラウは呟いた。
「貴女は、どうしてここまで頑張れるのかしら。わたくしは、貴女にふさわしい主人になれるかしら。弱気でごめんなさい。でも、貴女は天才すぎる。これでもわたくし、精一杯頑張っていますのよ?」
優しく唇を頬に落とし、フラウは微笑んだ。
明日もまた早い。いや、パーティにいたってはこれからが本番だ。
気を引き締める必要があった。
だけど、そのまえに。
今は少しだけ、ツバキという一人の、十五歳の少女の寝顔を眺めていたかった。