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ツバキとフラウは、企画書を携えて校長室に訪れていた。
「ふむ。パーティか。情報の共有化や自由な交流を目的とし、学年を問わず議論を行う場を設けるのを目的としたものである……と。なかなか面白い事を考える。これを考えたのはツバキ君かね?」
「いいえ、フラウ様の立案です。ある事情により上級生方と触れ合う機会がありまして、その折に考えられました」
既に秘密結社『ルージュのくちづけ』では、学年や身分の垣根を超えた合同研究を実行している。
そこから着想を得たということについては、特にいう必要も無いので黙っていた。
「思うにアカデミーは、個人主義、秘密主義の温床となっています。わたくしたちはそこに新しい風を吹き入れたいと考えているのです」
「晩餐会の形式を取るつもりなのでアカデミーの授業の邪魔はいたしません。それに、アカデミーは生徒の自主性を尊重しているのでしょう。今回のことも、その一環と考えることはできませんか?」
ラウラ校長は、自らの立派なひげに手を当て、考える。
「ふむ。確かにそうかもしれないね。アカデミーの生徒たちは皆エリートと言えるが、そのプライドが邪魔をして本来の力を発揮できていない生徒たちもいる。そういった生徒たちに、他の人と触れ合う機会を与えるのは悪くないかもしれぬ」
「では、ラウラ様はパーティに賛同してくださるのですか?」
「私個人としては、面白い企画だと思っておりますよ」
ラウラ校長の言い方に、ツバキは考えを巡らせる。
賛成でも反対でもない、どっちつかずの様子だ。これは一計を案じる必要があるかもしれない。
「そうですか。所で最近、画期的な育毛剤の開発が教師と生徒たちの共同研究によりもたらされたことは記憶に新しいですね」
「ふむ……? 確かにそうだが、なぜツバキ君がそれを知っているのかね」
「私もあの開発に一枚噛んでいるからです。そして、ライラ様がそれをご使用なさっていることも知っています。あの育毛剤は、到底単独の研究者によって作りだされるものではありませんでした。いや、開発には大変な苦労を要しました」
「あれは見事な功績だったね。道を同じくする者として、敬意を表するよ」
「それに、噴霧器で弱い毒霧を放射し、害虫を駆除する仕組みの製品も、最近出来たものです。ガス圧を利用することに長けた三年生の研究者と、毒薬の専門家で知られる四年生の共同研究でしたが、結果は上手くいきました。他にも、最近は学年や身分を超えた共同研究の成果が多数上がっているはずです」
「ああ、最近はよくそういったことがあった……。まさかそれらの発明にもツバキ君が絡んでいるのかね?」
「いいえ、それらの発明は、すべてフラウ様を旗印とするあるグループによる発明です。ですから、それは私ではなくフラウ様の功績です」
もちろんそれらの発明は『ルージュのくちづけ』によるものである。
フラウ本人は直接関わっているわけではないが、フラウ王女殿下ファンクラブの功績なので結果的にフラウの功績と言っても過言ではない。
真実ではないが嘘ではない、まさにギリギリの詭弁であった。
「フラウ様は既にテストケースとして共同研究の場を作り、数々の功績を残しています。今度のパーティもその一環、いえ、これこそがフラウ様の本命といえるでしょう」
「ラウラ様。何卒お力をお貸しいただけないでしょうか」
「う、む。……わかりました。私にできることなら、力になりましょう」
「ありがとうございます。それでは本日は、これにて失礼致しますわ。詳しいことはまたいずれ」
最後にフラウが最高の笑顔を決め、校長室を後にした。
校長の確約を取り、部屋に戻った二人。
フラウは大きくため息を吐いた。
「……貴女、詐欺師の才能があるのではなくて」
「否定はしません」
「よくもまあ、ああもポンポン口からでまかせが言えるものだわ。尊敬しますわよ」
「それほどでもありません」
「褒めてませんからね!?」
「さて、では次の作戦に移りましょう。フラウ様、その服を脱いで、まずは盛大に着飾って下さい」
「……わかりましたわ。抵抗するだけ無駄ですものね」
「物分りが良くて助かります」
普段着としている服を脱ぎ、華美な装飾のついたドレスをフラウは手に取る。
何処に出しても恥ずかしくない、というより、何処に出ても恥ずかしい衣装である。
王宮のパーティなどに使われるそれは、シルクでできた最高級品だ。
コルセット等を含めて、一人では到底着れない複雑な衣装なので、ツバキに手伝ってもらう。
「胸、成長なされましたね。いいことです」
「黙りなさい」
五分ほどで着付けは終わった。
「それでは、次はこの香水をお付けください」
「なんですの、それは」
「『ルージュのくちづけ』の輝かしい発明品の一つ、惚れ薬です」
「ちょっと。どういうつもりですの?」
ある意味錬金術の秘奥とも言える一品である。
誰もが求め、偽物を掴まされてなお夢を追い続けるその効果。
「まあ、落ち着いてください。そんな直接的な効果があるわけではなく、少し異性が魅力的に見えたり、匂いを嗅ぐと知らないうちに軽く興奮する程度のものです」
「えらい効果じゃないの!?」
「大丈夫です。ここに拮抗薬があります。フラウ様にはこれを飲んでいただき、耐性をつけてもらいます。誘惑する必要があるのは、あくまでも相手ですから」
「そういう事なら……なんだか姑息な気がしますけれど、致し方ありませんわね」
拮抗薬を飲み、香水を振り掛けるフラウ。
何処から見ても素晴らしい淑女の完成である。
「あら、この香水。とてもいい匂いですわね」
「……フラウ様」
「なんですの、ツバキさん?」
「貴女はとても美しい。ああ、できることなら貴女を独り占めしてしまいたい。そのように考える私をお許しください」
「ちょっと、いきなりいったいどうしたんですの!? ハッ、まさか!?」
そのまさかである。
ツバキは、惚れ薬に対する拮抗薬を飲んでいなかった。
フラウの身体にしなだれかかるツバキ。
なんとも異様な、桃色の空気が漂った。
「はやく貴女も薬を飲みなさい、このおばかー!」