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天才ツバキ・ベルベットは悩んでいた。

己の才能ゆえの悩みである。

流行性感冒、つまり風邪に効く薬を生成できるようになったツバキは、即座に量産体制に入った。

あとは学友をだまくらかすなり何処かから人を雇うなりすれば、貴族のみならず平民にすら薬が行き渡る。

だが、それでは今まで薬師として働いてきた人物はどうなる?

職を失い、路頭に迷うのではないか。

すぐに薬が浸透するとは思っていないが、近い将来確実に起こることだった。

そしてそれは、ツバキの望むことではない。

風邪薬程度なら問題ない、と思うなかれ。

一般の薬師における最大の収入源は、風邪に罹患した人たちなのだから。


「さて、どうしましょうか。今までは市場を破壊するつもりなどはなかったが、これは危険な薬です」

「効果の程は?」

「効果がある時間帯は元気がみなぎり、体調不良などを気にすることはなくなります。ほとんど万能薬ですね、これは」

「いつもいつも思うのだけど、どうして貴女はそんな薬を作ってしまえるのかしら?」

「飽くなき探究心の結果です」

「……それで、問題というのは?」

「原材料費の安さに比べて、効果が高すぎるんですよ。それこそ飛ぶように売れるでしょうね。それまでの市場を鑑みることなく。ちなみにこれは、疲労回復ポーションと傷薬の薬効成分を抽出することで得られます」


それは高等錬金術の範囲だった。

薬と薬の掛け合わせに、大きくアレンジを加えて作った飲み薬。

天才ツバキ・ベルベットのオリジナル薬品である。


「それで、実際にどうするおつもり? 貴女のことだから、そこまで考えているのでしょう?」

「ええ、まあ一応。一番手っ取り早いのは、フラウ様の王女としての威光を知らしめるために、フラウ様経由で薬を売ってもらうことです。なんなら無料で施しを与えても構いません」

「まるで聖女ね」

「まあ、そういうことです。これはそれほど強い効果の薬ではありませんが、それでも病気の8割程度はこの薬で対処できるでしょう。原材料のおかげか薬効も強すぎることはないので、飲み過ぎて毒になるということもありません。栄養剤、強壮剤としても使えます」

「聞けば聞くほど万能薬ね」

「だから困っているのです。私のマッド・サイエンティストとしての魂は、これを流通させるべきだと考えている。ですが理性的に考えて、それは危険すぎます。最悪の場合暗殺対象までありますよ」


優秀すぎる人材は、そこに存在するだけで危険なのである。

自称天才ツバキ・ベルベットはまさにそれだった。


「……それなら、薬師ギルドに持ち込んでみてはどうかしら。製法と共に」

「アカデミーが許すでしょうかね」

「校長はそういうことに開放的らしいですわよ。薬師ギルドに持ち込むなら、それまでの薬師が路頭に迷うこともありませんし、パテント代も入って一石二鳥ですわ」

「使い切れないくらいのお金が手に入る可能性がありますね。お金というものは一箇所に集まってもろくなことになりません」

「それなら、安く売ることを徹底させましょう。お忘れですか? わたくし、これでも第一王女なのですよ。権力の使い方ならお手の物です」

「それは頼もしい。それでは、その線で行きましょう」


薬の名前については、フラウ王女殿下から名前をいただき、フラウの祝福ということにされた。


「なんだか、まるで聖女様みたいな扱いで気恥ずかしいですわね。それに、これを作ったのは貴女でしょうに」

「ネームバリューを考えたものです。それに、民衆を味方につけておくのは今からでも早いということはないでしょう。そのうち、フラウ様のお名前を借りた発明をまだまだ作るつもりですので」

「それでは、一応薬の出来栄えをライラ校長に見せに行きましょうか」

「ええ、そうですね」


校長ライラ・グラシャスは、その薬を見た途端眼の色を変えた。

「こ、これはいったいどのような製法で生まれたものですかな?」

「私のオリジナル調合です。『フラウの祝福』と名付けました。とはいえ原料も調合も大したことはしていませんので、安価に供給できます。こちら、この薬の詳細レポートになります」


紙の束をライラに渡すツバキ。

事細かに、数字や薬品名が踊っていた。

そもそも原料となる傷薬からしてツバキのオリジナルであるため、紙束は結構な分量になっている。


「量産すれば市場を崩す可能性もある薬です。ですから、わたくしたちはこれを製法ごとギルドに売り渡そうとおもうのです」

「おお、なんということだ。これは私も知らない、全く新しい薬だ。本当に、これを市場に乗せるのですか」

「不安なのは、臨床実験をしていないということですね。一応自分で飲んで害がないことは確認しましたが、病人にどの程度効くかは定かではありません。ほぼ十中八九大丈夫だとは思いますが」

「それはまあ、薬師ギルドの仕事でしょう。使い物にならなかったら放置されるでしょうし、効果があるならわたくしの名で大々的に売り出すことも可能です」

「いや、このレポートに書かれていることが本当なら、効果は確実にあるでしょう。分かりました。アカデミーの総力をあげてでも、薬師ギルドに売り込むことにしましょう」

「まあ、そう肩肘をはらずに。気楽でいいんですよ、気楽で。ダメ元くらいの気持ちで行きましょう」

「いえ、交渉は私もお供させて頂きます。これは一大事業です。それに、そもそも王立錬金術アカデミーは、こういった発明品を世に提供するのも義務の一つなのです」




交渉は上手く進み、ツバキとフラウも薬師ギルドと繋がりが出来た。


「さて、本日はどうしましょうか。これから私とデートでも如何ですか?」

「ええ、デートというのはともかく、この陽気ですしそれもいいですわね。それにしても、お腹がすきましたわ。はしたない事で申し訳ありませんけれど」

「では、以前訪れた酒場にでも行きましょうか」

「あそこの料理は美味しかったですわね。ぜひそうしましょう」




そして酒場『金の羊亭』にやってきた二人。

まずは依頼などを確認するツバキ。大きくは変わらず、探索パーティの募集や、アイテム買取などが貼りつけられていた。


「……樽」

「た~る」


偉大な錬金術師になるためのおまじないも忘れない。


「よう、お嬢ちゃんたち。待っていたぜ」


酒場のマスターが話しかけてくる。

何故か申し訳なさそうな仕草だった。


「どうかしたんですか?」

「いや、以前傷薬と爆弾を買い取っただろう。だが、あれは本来の価値よりずっと安く買い叩いてしまったらしくてな。俺の目利きが曇っていた。まずはそれを謝ろうと思ってな」

「というと?」

「あんたらから買い取った商品は、対価として6500シリングを渡していたよな。だが、あれの価値はそんなもんじゃない。粉の傷薬の効力といい、爆弾の性能といい、桁がひとつ違っていたな」


さて、面倒な事になった。とツバキは思った。

正当な報酬を受けることは、信頼関係を築く上でも大切な事であり、不当に安く売ったりしてはいけないことは商家の娘であるツバキは知っている。


「それで、騎士団はまた同じものを求めている。報酬は前回の五倍。傷薬がひとつ1500シリングで、爆薬が3000シリングだ。俺はそれでも安いと思うんだがな。値段交渉するなら、倍にできると思うぜ」

「いえ、値段はそれで結構です。今回は傷薬5、爆弾5を売らせてもらいます」

「あいよ。ええと、22500シリングだな」


金貨22枚と、銀貨50枚が渡される。


「ところでお願いがあるのですが、私の金貨を20枚ほど預かってはいただけないでしょうか」

「あん? なんでまたそんなことを」

「仕事を依頼したいのです。材料調達に。私たちは王立錬金術アカデミーの生徒なのですが、欲しい材料が手に入らなくて困っているのです」

「ほう! あんた、アカデミーの人間か。どうりで質のいいものを納品すると思ったぜ」

「依頼料は斡旋する貴方に任せます。ですが、後で目録と原料のだいたいの価値を書いた紙を渡しますので、適切な金額で報酬としてください。手数料についてはまたいずれ」


王立錬金術アカデミーは、王国の最高教育機関である。

その名に秘められた権威は、かなりのものであった。


「……商談はまとまりまして? わたくし、そろそろお腹が減って死にそうなのですけれど」

「おう、こりゃすまなかったな、美人の嬢ちゃん。特別に手をかけてやるから、もうちょっと我慢してくれや。なあに、すぐできるからよ」


ちなみに、フラウが第一王女フラウ・カッサンドラ・ルージュ殿下であることは、一応秘密にしている。

まさかこんな酒場に王女がいるとは誰もおもうまい。




お酒に酔ったフラウが服を脱ごうとするハプニングがあったものの、その一日はつつがなく終わった。

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