深海で、私は遅れて気づいた
それは、匂いだった。
何かを吸い込んだ、という感覚だけが残っている。
花の匂いだったのかもしれない。あるいは、海そのものの匂いだったのかもしれない。確かめようとする前に、思考が、にゅるりと滑った。
何が起きたのか、わからなかった。
理解しようとした瞬間、その「理解」は形を保てず、どこかへ落ちていった。言葉にしようとすると、指の間からすり抜けていく。私は、どこかにいる。けれど、その「どこか」が場所なのか、状態なのかも判然としなかった。
触れられている気がする。
だが、どこを触れられているのかがわからない。
足元なのか、背中なのか、それとも私という輪郭そのものなのか。境界が曖昧で、自分の身体がどこから始まってどこで終わっているのか、確かめようがなかった。
沈んでいるはずなのに、沈んでいない。
支えられている感覚はある。ただ、それが何によるものなのかを考えることができなかった。考えようとするたびに、思考は途中で途切れ、別の方向へずれていく。
時間の感覚も、頼りなかった。
どれくらい、こうしているのかがわからなかった。
一瞬なのか、長い時間なのか、その区別がつかない。数えようとする発想自体が、なぜか浮かばなかった。
苦しさは、ない。
息をしているのかどうかも、はっきりしない。それでも、足りない感じはなかった。胸の内側は静かで、波立つものがない。
私は、考えていた。
何について考えていたのかは、はっきりしない。
ただ、考えなければならない気がしていた。その理由を探そうとして、うまくいかない。探す対象が、見つからない。
そして、少し遅れてようやく気づいた。
考える対象が、先に失われていたのだ。
私は、空腹を感じていなかった。
いつから感じていないのか、わからない。感じなくなった瞬間を思い出そうとしても、そこには何も引っかからなかった。気づいた時には、すでにそういう状態だった。
満たされている、という感覚でもない。ただ、欠けていない。欠けていないから、欲する理由がない。その単純な構造だけが、すとんと落ちてくる。
それが異常なのかどうかを、確かめようとした。
けれど、その「確かめる」という行為自体が、どこか古いもののように思えた。以前の私が使っていた癖を、形だけなぞろうとしているような感覚。
以前の私は、空腹を不安だと感じていたはずだ。
今は、そうだったという事実だけが残っている。感情は伴わない。ただ、知識のように置かれている。
私は、自分が変わりつつあることを、事実として受け取った。
良いとも、悪いとも思わない。戻りたいとも、留まりたいとも思わない。判断そのものが、必要なくなっていた。
どこまでが私で、どこからが私でないのか。
その問いは、いつの間にか意味を失っている。境界は、もう確かめる対象ではなかった。
私は、
元の状態を、正確には想像できなくなっていた。
そして私は、変わってしまった自分を確かめる必要すら、感じていなかった。




