05.いざ東方山脈隧道へ
翌朝。
まだ空が白み始めたばかりの時間帯だというのに、宿の前には既に馬車が用意されていた。
昨日よりも幾分か厳めしい雰囲気で、兵士たちが周囲を警戒している。
「この兵士たちは?」
「隧道までは兵を同伴しろと大臣からの指示だ」
「それにしても随分と早いな……」
「隧道の通過には時間制限があるそうだ」
レインハルトがそう答える。
「日の出から正午まで。その間に通過を終えなければならない。安全確保と、あちら側との取り決めらしい」
「そんな面倒臭いことしてるのか!行きたい時に行かせろ!」
ハインのワガママが発動している。
簡単な身分確認を受け、馬車は動き出した。
街を抜け、山の麓へと近づくにつれて、周囲の空気が明らかに変わっていく。
空気が冷たい。
音が少ない。
そして――圧迫感がある。
「……これが東方山脈か」
目前にそびえる山々は、まるで巨大な壁のようだった。
人の侵入を拒むかのような断崖と、切り立った岩肌。
この山脈を越えることが長年不可能だった理由が、一目で理解できる。
やがて、山肌の一角にぽっかりと口を開けた巨大な穴が見えてきた。
「あれが、東方山脈隧道だ」
人工物であるはずなのに、どこか自然の一部のようにも見える不思議な構造だった。
石壁は分厚く、入口付近には監視塔と関所が設けられており、扁額には《東方山脈隧道》と刻まれている。
馬車が止められ、兵士が近づいてきた。
「身分証などはあるか」
レインハルトが無言で、例の石のペンダントを見せる。
兵士は一瞬だけ目を見開き、すぐに姿勢を正した。
「……確認いたしました。ご通行ください。ただし、この先通行できる兵士は通行証を持つ兵士だけですのでご理解ください」
馬車を操っていた兵士と我々3人だけが隧道内へ通される。
重厚な門が軋む音を立てて開き、隧道の内部が姿を現す。
中は思った以上に広く、馬車がすれ違えるほどの幅があった。
本来、この隧道は山脈の反対側で育てた作物をこちらへ運ぶためのものだ。
そのため、幅にはかなりの余裕が持たされている。
排水溝の位置、天井のアーチ構造、路面の勾配。
どれも長期使用を前提とした堅実な設計だ。
「意外と……普通だな」
「土木屋としては、かなり優秀な仕事だと思うが?」
さすがは国家主導で何十年と進められてきた計画だ。
馬車に揺られてどのくらい経っただろうか。
尻が痛くなってきた頃、馬車を操っていた兵士の声が響いた。
「出口が見えてきました。準備をお願いします」
入口と同じようにこちら側ではソロン魔法王国による関所が設けられているらしく、身分証の確認が行われた。
兵士たちは会話をしているようだが、俺には相手の兵士は理解できなかった。
隧道を抜けた瞬間、思わず息を呑んだ。
「……なんだ、ここは」
景色が、まるで違う。
山は同じはずなのに、岩肌には苔や草が多く、空気は瑞々しい。
色が濃く、世界そのものが鮮やかに見える。
「感動するのは構わんが、周囲を見ろ」
隧道出口の先、広場のように開けた場所に人影があった。
全員が揃いの外套を身にまとい、その中央に立つ人物が一歩前に出る。
銀色の髪を後ろで束ねた、痩身の男。
年齢はレインハルトと同じか、やや若いくらいだろう。
彼は胸に手を当て、こちらに向かって一礼した。
『遠路はるばる、ようこそお越しくださいました――』
言葉は分からない。
だが、敵意がないことだけは、はっきりと伝わってきた。
馬車を操っていた兵士の通訳を介し、レインハルトが一歩前に出る。
「プレスト王国、新技術調査室室長、グラーフ・レインハルトだ。こちらこそ、迎えに感謝する」
固い握手。
その瞬間、胸元のペンダントが、わずかに温かくなった気がした。
――ここから先は、国と国、技術と技術、そして価値観そのものが交わる場所なのだ。
こうして俺たちは、魔法の国ソロン魔法王国へと、正式に足を踏み入れた。




