03.新技術調査室とは
扉が開き、大臣室へと通される。
部屋の周囲はすべて本棚になっており、技術書や研究論文と思しき書物がびっしりと詰め込まれていた。
部屋の中央には一つの大きな机が置かれ、その上にも書類が山のように積み重なっている。
その奥に、白髪の初老の男性が座っていた。
ヴァイス・クラウゼン。
プレスト王国の現土木大臣だ。
まさか、この目でお目にかかる日が来るとはな……。
「よく来た。中に入れ」
衛兵を下がらせ、扉が閉まったことを確認すると、大臣からの説明が始まった。
「諸君らを集めたのは、新技術調査室の立ち上げに関する件だ。その内容には極秘事項が含まれる。当然だが、今回聞いた話を他言することは一切許されない」
他言無用――そう釘を刺され、背筋に冷たいものが走った。
情報が漏れたら、命はないかもしれないな……。
そんなことを考えながら、俺は話を聞いていた。
「今回、新技術調査室を立ち上げるにあたっては、東方山脈隧道の貫通が大きく関係している。諸君らも知っての通り、東方山脈隧道は二年前に貫通した。しかし、その後の進展について何も公表していないのには理由がある。――東方山脈の反対側に、人の住む国が存在していたからだ」
「……人の住む国、ですか……?」
レインハルトが聞き返す。
「そうだ。その国はソロン魔法王国と名乗っており、この二年間、双方の国の間で話し合いが重ねられてきた」
話し合い……言葉は通じる、ということか?
「話し合いを進める中で、我がプレスト王国とソロン魔法王国が、似た状況にあることが分かった」
「……と、言いますと?」
「我が国が北と東を山に囲まれ、西と南には複数の大国が存在しているのと同様に、あちら側の国も北と西を山に囲まれ、東と南には大国が鎮座しているそうだ。ただし、我が国は冬になると山に雪が積もり、雪解けの時期には大量の雪解け水が平地を襲う。一方、あちら側の国では雪は降らず、我が国と比べると水が非常に貴重らしい。そして何より大きな違いが――“魔法”の存在だ」
魔法。
現実の会話に出てくる単語だとは、どうしても思えなかった。
おとぎ話でしか聞いたことのないそれが、どのようなものなのか、まるで想像がつかない。
少なくとも、この山脈のこちら側の国々で、魔法などというものを使う人間を見たことも、聞いたこともない。
「我々には扱うことのできない力を、彼らは一定の法則性をもって運用しているようだ。我が国にはそれを正しく表現できる言葉が存在しなかったため、便宜上“魔法”と呼んでいる。例えば、彼らは火を使わずに光を生み出し、それを何の支えもなしに宙へ浮かせることができる」
レインハルトは、完全に言葉を失っていた。
新技術調査室の立ち上げ理由を聞いていたはずなのに、想像も理解もできない話が次々と飛び出してくるのだから、無理もない。
……俺も同じなのだが。
ソロン“魔法”王国と言っていたのは、聞き間違いではなかったのか。
ハインは事前に知っていたのか、特に驚いた様子もない。
もしかしたら、一部の貴族にはすでに知らされていたのかもしれないな。
「一方で、彼らにも我々に比べて劣っている点がある。それが土木技術だ。彼らの国では、大雨や大規模な地崩れといった自然災害があまり多くないうえ、魔法という手段がある。何か問題が起きても、魔法を使えば大抵のことは解決できてしまう。その結果、土木技術が発展してこなかったようだ」
「……魔法を使って解決できるのであれば、それこそ土木技術など不要なのではないですか?」
レインハルトがそう質問した。
彼の質問は最もだ。
仮に、何か起こっても対応できる力があり、あるいはそもそも問題を発生させない力があるのであれば、我が国のように土木技術を磨く必要はない。
我が国が土木技術を磨いてきたのは、ただ単に、そうしなければ生き残れなかったからなのだから。
「その通りなのだが、魔法というのは、かなり個人依存の技能であるらしい。魔法を扱う力――魔法力とでも言えばいいか――それがなければ効果が弱まったり、そもそも魔法が使えなかったりすると聞いている。そして、その魔法力は遺伝する。結果として、魔法力の強い人間は貴族に多く、大半の平民は生活に必要な魔法を使うことで精いっぱいらしい。現状では、何か起きた際には貴族が対応することで問題を解消しているが、あちらの国も周囲を大国に囲まれているため、余力が少ない状況だということだ」
「そのため、我が国のように自然の力を受け止め、流し、あるいは利用するといった土木技術に強い関心を持っている。また、水が貴重なため、水資源の豊富な我が国から融通してもらえないかと、協議の中で打診を受けたのだ」
「……なるほど、承知いたしました。しかしながら、今のお話と、新技術調査室を立ち上げるという件とのつながりが、まだ見えてこないのですが……」
「その話はこれからだ。協議を重ねる中で、ある事実が分かった。それは、彼らの魔法が、我が国においても同様に使用可能である、ということだ。彼らが実際に我が国を訪れ、目の前で使ってみせたのだから、これは間違いない。そこで、魔法技術を求める我が国と、土木技術および水資源を求めるソロン魔法王国との間で交渉が成立した。互いの技術交換、ならびに技術調査を目的として、特使を派遣することになったのだ。それこそが、君たちの新技術調査室を立ち上げた理由だ」
その言葉を聞いた瞬間、胸の中で何かが噛み合った気がした。
「……つまり、我々はソロン魔法王国へ赴き、土木技術を教えると同時に、魔法を学んでこい、ということですか!?」
「その通りだ。貴殿らには、ソロン魔法王国に住んでもらうことになる。独身であることは確認済みだ――問題あるまい?」
「……拒否権は、ありませんものね。承知いたしました。不肖、このグラーフ・レインハルト、大役を務めさせていただきます」
こうして、我ら新技術調査室の面々は、誰一人として想像できない未来へ向かい、ソロン魔法王国へ旅立つこととなった。




