18.騒がしい隣室
耐久試験の成功に、セシリアと俺はまだ軽い高揚感を残したまま作業台を片付けていた。
石柱の表面に刻まれた新しい回路パターンは、予想以上に安定した光を放ち続けている。
セシリアがノートに最後のメモを書き終え、ふっと息を吐いた。
「……本当に、すごかったです。エドモンドさんの指摘がなければ、ここまで短時間で改善できなかった」
「セシリアさんの応用力があったからですよ。回路の再刻印、指先の動きが速すぎて追いつけませんでした」
彼女が照れくさそうに笑う。
同居を始めてまだ2日目。
昨日は買い物と夕食とルール決め、今日は朝のぎこちない「おはよう」から研究室での初試験まで。
すべてが急ぎ足で進んでいるのに、セシリアの隣にいる時間が、すでに自然に感じ始めていた。
ちょうどその時、廊下の奥から――
バチッ、という小さな火花音と、続いて低く唸るような魔力の振動が響いてきた。
「……!?」
セシリアの表情が一瞬で引き締まる。
俺も反射的に身構える。
音の方向は、隣接する実験室からだ。
「何か……トラブルか?」
「行きましょう」
セシリアが先頭に立ち、俺はすぐ後ろについて廊下へ出る。
振動は徐々に強くなり、魔力の匂いが鼻を突く。
実験室の扉が半開きで、中から派手な光の揺らめきが漏れていた。
「ちょっと!ハイン!勝手に触らないでって言ってるでしょ!!」
聞き覚えのある甲高い声。
ラフィだ。
中に入ると、予想通りの光景が広がっていた。
中央の大型魔術装置――おそらく魔力循環試験機――の前に、ハインが仁王立ち。
彼の右手には、どこからか持ってきたらしい工具が握られ、装置の側面パネルが外されている。
装置の回路が不安定に明滅し、時折小さな火花が飛び散っている。
「いやー、これ面白いな!この循環路、水路みたいに勾配つけたらどうなるかなって思ってさ!」
ハインが無邪気に笑う。
「だからそれが危ないって言ってるのよ!魔力の流れを物理的に曲げたら、逆流して爆発する可能性が――」
ラフィが必死にハインの腕を引っ張っているが、力では敵わない。
彼女のツインテールが、苛立ちでぴょんぴょん跳ねている。
俺とセシリアが入ってきたのに気づき、ラフィが振り返る。
「あ、エドモンド!セシリア!ちょうどいいところに来た!この馬鹿がまた――」
「フハハハ! 君たちも見てくれ! これ、絶対面白い結果になるぞ!」
ハインが装置のレバーを握りかける。
「待て!」
俺が即座に声を上げ、前に出た。
「そのレバー、引いたら魔力の逆流が起きるんじゃないか? 装置の基部が石材製なら、衝撃でひびが入る可能性が高い。今、回路の明滅が不規則――負荷がかかりすぎてるように見える」
俺の言葉は、土木技師としての直感から出たものだ。
魔術の詳細は分からないが、構造物の振動や負荷のかかり方は、プレストの現場で何度も見てきた。
ハインの手が止まる。
セシリアがすぐ隣に並び、装置の表面を素早く観察する。
「エドモンドさんの言う通り……魔力の流れが乱れてる。このままレバーを引くと、循環路の第3ノードで過負荷が発生して、装置全体がショートするわ。……ハイン、工具返して。すぐに安定化回路を重ねるから」
セシリアの声が、研究者モードに切り替わった瞬間だった。
彼女の指先が装置に触れ、空中に光の線を描き始める。
俺は基部の石材を軽く叩き、ひびの有無を確認する。
「基部に微細な亀裂が入り始めてるみたいだ。魔力で補強するなら、今すぐ均等に流さないと……危ないな」
「了解。……ここに補助回路を追加して、負荷を分散させるわ」
二人の動きが、自然に噛み合う。
セシリアが魔術を刻み、俺が物理的な安定性を確認し、互いに短い言葉を交わす。
「もう少し左寄りで」
「了解。……これで流れが均等に」
ラフィが呆然と見つめ、ハインが目を丸くする。
「……おいおい、息ぴったりすぎだろ!まだ出会って2日目だぞ?」
ハインの無邪気な爆弾発言に、ラフィが即座にツッコミを入れる。
「今さら言うな!あんたが勝手に暴走したせいで、二人に助けてもらってるんでしょ!……ってか、確かに息ぴったりすぎるわね。ここまで連携できるなんて、ちょっと怖いくらい」
部屋の隅にいた他の研究員たちが、小声で囁き合う。
「ルミナリエさんとハルフォードさん……本当に息が合ってるな」
「距離感も近いし……あれ、絶対なんかあるよね?」
セシリアは気づいていない様子で、装置の記録をノートに書き込んでいる。
俺は基部の亀裂を指でなぞりながら、彼女の横顔を見た。
集中しているときの、少し唇を噛む癖が、また見えている。
ラフィが俺たちに近づき、小声で呟く。
「……二人とも、なんか……自然すぎるわね。まだ2日なのに、もうこんなに」
彼女の視線に、うっすらとした察しと、微かな羨望が混じっている。
ハインが大声で笑う。
「よし!これで僕たち四人、正式にチームだな!次はもっとでかい実験やろうぜ!」
セシリアが苦笑し、俺も小さく頷く。
四人が同じ場に立ち、互いの視線が交錯する。
魔法技術研究院の一室で、プレストとソロンの技術者が初めて揃った瞬間だった。




