16.研究施設への初日
朝食を終え、身支度を整えた俺たちは、王城南の居住区から研究施設へ向かった。
セシリアが案内役で、俺は客人兼技術者として並んで歩く。
マリンの街路は朝の活気に満ち、商人たちの店開きや、魔法によって空気から水を集める光景が目に入る。
セシリアの歩調に合わせ、俺は周囲の建物を見回した。
壁に刻まれた魔術回路が、朝陽を受けて淡く輝いている。
「研究施設は、王城の東側にあります。魔法技術研究院の本部で、私の普段の職場ですよ」
セシリアの声は少し弾んでいる。
専門分野の話になると、彼女は自然と早口になる。
長い金髪を風に揺らしながら、饒舌に説明を続ける。
「ここは、ソロン魔法王国の魔法技術の中心地です。魔術回路の設計から、都市規模の魔法計画まで、すべてを扱ってます。例えば、あの街灯――見ての通り、魔術回路で光を制御してるんですけど、実は空気の魔力密度を感知して自動調整してるんです。朝は柔らかく、夜は強く……」
彼女の言葉が速くなり、俺は思わず笑みを浮かべた。
「セシリアさん、早口になってますよ」
「……あっ、ごめんなさい!つい、熱が入っちゃって」
彼女が頰を赤らめ、ペースを落とす。
周囲の研究者らしき人々が、俺たちをちらりと見て通り過ぎる。
一組の若い研究員が、俺たちを「自然に並んでいる同居人」みたいに微笑みながら囁き合っているのが見えた。
「この二人、昨日から同居だって聞いたけど……もう馴染んでるね」
「ルミナリエさん、珍しく楽しそう」
そんな声が、微かに耳に届く。
セシリアは気づかないふりをして、俺を促す。
「さあ、入りましょう」
研究施設は、王城に劣らない威容だった。
外壁に複雑な魔術回路が張り巡らされ、内部は広大なホール。
天井が高く、アーチ状の支柱に光の筋が走っている。
俺は土木の視点から、構造を観察した。
支柱の勾配、壁の厚さ――魔法で補強されているはずだが、基本は石材だ。
「このホール、魔術回路が構造体そのものに組み込まれてるんですね。荷重分散はどうしてるんですか?」
俺の質問に、セシリアの目が輝く。
「鋭い質問!実は、回路が魔力を流すことで、振動を吸収してるんです。地震や風荷重を、魔力波で分散させる仕組みで……」
彼女がまた早口になり、図面を広げて説明を始める。
周囲の研究者たちが、俺たちを囲むように集まってくる。
セシリアの饒舌さが、皆を巻き込む。
「プレスト王国の土木技術だと、地盤を固めて支えるんですけど……ここでは魔力がそれを代行してるんですね」
「そうなんです!でも、魔力の消耗が課題で……」
そこで、軽いすれ違いが生じた。
「魔力依存だと、個人差が出るんじゃないですか?俺たちの技術は、誰でも再現可能にするのが基本で……」
セシリアが一瞬、言葉を詰まらせる。
「……確かに。魔法は遺伝要素が強いから、平等じゃないかも。でも、それが私たちの文化で……」
気まずい空気が流れる。
だが、セシリアがすぐに笑顔を戻す。
「だからこそ、エドモンドさんの視点が必要なんです。土木と魔法を組み合わせたら、もっと安定するかも」
俺も頷く。
「そうだな。魔力を“補助”として使うなら、構造の耐久性が上がる」
そんなことを話していると、周囲の研究者たちが感心したように頷く。
「この二人、相性いいな……」
そんな声が聞こえ、セシリアの頰が少し赤くなる。
俺も、胸の奥が温かくなった。
恋愛めいたものは控えめだが、互いの信頼が、距離を自然に近づけている。
研究施設の初日は、そんな風に始まった。
技術の違いを認め合い、融合の可能性を探る一日。
セシリアの隣で、俺は改めて思う。
――この国、この人との出会いが、俺を変えていくのだろう。




