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市民のための魔法工学  作者: 青山省吾


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14/20

13.初めての夕食

部屋に戻ると、外の涼しさとは対照的に、室内にはほんのりとした暖かさが残っていた。

昼間に開けていた窓を閉め切ったせいか、買い物袋から漂う布と紙の匂いが、部屋の中に柔らかく広がっている。

セシリアが玄関で小さく呟くと、天井の隅に埋め込まれた魔術灯が、ぱちりと音もなく灯った。

淡い琥珀色の光が、朝の白っぽい明るさとは違う、落ち着いた色合いで部屋全体を包み込む。

壁の魔術回路がそれに呼応するように、ほんのわずかに脈打つのが見えた。


「……この灯り、夜になると色が変わるんです。疲れた心を休ませる色に、自動で調整されるんですよ」


セシリアが説明しながら、買い物袋をテーブルのそばに下ろす。

俺もそれに倣って、袋を床に置いた。

布製品、食器、日用品。

袋を開けて一つずつ並べていくと、部屋の風景が少しずつ変わっていくのが分かる。

さっきまでセシリア一人の生活空間だった場所に、俺の存在が刻まれていく。


「……本当に、増えましたね」


セシリアがぽつりと呟く。

その声は、驚きと、どこか嬉しさが混じったような響きだった。


「ですね。さっきまで、俺の物はなにもなかったんですけどね」


冗談のつもりで言ったのに、セシリアは一瞬だけ目を丸くして、それから小さく笑った。


「……もう、ありますよ」


その言い方が妙に自然で、胸の奥が少しだけ熱くなった。

彼女の視線が、俺の置いた荷物袋にそっと落ちる。

まるで、そこに俺の“一部”が確かに存在していることを、確かめるように。

荷ほどきが一段落したところで、セシリアがキッチンの方を見た。


「夕食……どうしましょうか?」


「外で食べてくるという選択肢もありますが……」


「今日は少し疲れましたし……簡単なものでよければ、作りますけど」


「お願いします」


即答してしまった。


「……え?」


セシリアが少し驚いた顔をする。


「いや、その……セシリアさんの料理、気になりますし」


言った直後に、少し言い過ぎたかと後悔する。

だが、セシリアは一瞬だけ目を伏せて、それからふっと頰を緩めた。


「……簡単なものですよ?」


そう言いながらも、彼女はどこか嬉しそうに袖をまくり、エプロンを腰に巻いた。

長い金髪を後ろで軽くまとめ、首筋が露わになる。

その仕草が、妙に新鮮で、俺は思わず視線を逸らした。

キッチンは二人で立つと、少しだけ狭い。

だが、窮屈というほどではない。

肩が触れそうで触れない、絶妙な距離。


「じゃあ……エドモンドさんは、野菜を洗ってもらえますか?」


「了解です」


流しでトマトと葉野菜を洗いながら、横目でセシリアの動きを見る。

包丁の扱いは慣れていて、無駄がない。

玉ねぎを薄くスライスする手つきは、まるで研究ノートに線を引くように丁寧だ。


「料理、よくされるんですか?」


「研究が長引くと、外に出るのが面倒で……自然と」


「研究者あるあるですね」


「エドモンドさんも?」


「はい。工事現場で泊まり込みとか、珍しくないので。簡易キッチンでスープ作ったり、パン焼いたり」


「へえ……意外と家庭的」


セシリアが小さく笑う。

その笑顔が、魔術灯の柔らかな光に照らされて、いつもより優しく見えた。

鍋に油を熱し、玉ねぎを炒め始める。

じゅう、という小さな音と、香ばしい匂いが部屋に広がる。

セシリアがハーブの小瓶を開け、指先でつまんでパラパラと振り入れる。

指の動きが細やかで、思わず見入ってしまう。


「……こうして誰かと並んで料理するの、久しぶりです」


セシリアが、独り言のように呟いた。


「俺もです」


一瞬、沈黙。

だが、昼間の街中での気まずさとは違い、今の沈黙は悪くない。

むしろ、心地よい。

鍋から立ち上る湯気と、野菜を煮る音と、互いの呼吸だけが部屋に満ちている。


「失敗したら、ごめんなさい」


セシリアが、鍋をかき混ぜながら少し不安げに言う。


「その時は……一緒に反省会ですね」


俺がそう返すと、セシリアはくすっと小さく笑った。


「反省会……いいですね。メモを取って、次に活かしましょう」


「研究者らしい提案だ」


「エドモンドさんも、土木技師らしいですよ。失敗をデータにするって」


そんな他愛もないやり取りをしながら、鍋にトマトを加え、煮詰めていく。

セシリアが最後にチーズを削り入れ、火を止める。


「できた……かな」


彼女が皿に盛り付け、テーブルに運ぶ。

俺もフォークとナイフを並べ、パンを軽く温めて添えた。

小さなテーブルに向かい合って座る。

窓の外はもうすっかり夜。

魔術灯の光が、二人を優しく照らしている。


「では……いただきます」


セシリアが小さく手を合わせ、俺もそれに倣う。

一口食べると、トマトの酸味とハーブの爽やかさ、チーズのまろやかさが口いっぱいに広がった。

火加減が絶妙で、野菜の甘みが生きている。


「……美味しい」


素直に感想を口にすると、セシリアの顔がぱっと明るくなった。


「本当ですか? よかった……!」


彼女は自分の分もフォークで刺し、頰を緩める。

その笑顔が、魔術灯の光に照らされて、まるで宝石のように輝いて見えた。


「エドモンドさんの野菜の切り方、均一で綺麗でした。味が均等に入ってる気がします」


「そんなに褒められると、照れますよ」


「本当のことです」


セシリアが真剣な目で言う。

その視線に、俺は思わず胸が熱くなった。

食事が進むにつれ、会話は自然と深くなっていく。

プレスト王国の雪解け水の話、セシリアの研究室での徹夜の話。

互いの日常を、少しずつ共有していく。


「エドモンドさん」


セシリアが、フォークを置いて、静かに言った。


「今日、買い物に行って……一緒に歩いて……そして今、こうしてご飯を食べていて……」


彼女は少し言葉を探すように、視線を落とした。


「……なんだか、すごく幸せです。こんな気持ち、初めてかも」


俺は、胸の奥が熱くなるのを感じながら、ゆっくりと言った。


「俺もです。セシリアさんと一緒にいると……この国に来てよかったって、心から思います」


彼女の瞳が、俺をまっすぐに見つめた。

その視線に、言葉はいらない。

俺たちは、ただ静かに微笑み合った。

夕食はゆっくりと終わり、皿を洗う音が部屋に響く。

セシリアが洗い物をしている横で、俺は布巾で拭きながら、ふと思う。

この小さなキッチンで、

魔法と土木の境界線が、少しずつ溶けていく夜だった。

そして、きっと――

この夜は、まだ始まったばかりだ。

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