11.初めての買い物
少しだけ休憩したあと、俺たちは部屋を出て街へ向かった。
部屋を出るとき、セシリアはまたドアに向かって何かを呟く。
そうして階段を降りたところで、ふと気が付いた。
「部屋に鍵はしなくていいんですか?」
「鍵なら、かけましたけど……」
いつの間にか鍵をかけていたようだ。
まったく気が付かなかった。
「あっ……私たちの国では、鍵の魔法があるので、それを使っているんです」
鍵まで魔法なのか……。
「そうなんですね。ん……ということは、もしかして俺はセシリアさんと一緒じゃないと、部屋に出入りできないのでは?」
「そう……なりますね。しばらくは私と一緒に行動することが多いと思いますが……慣れてきたら困りますよね。少し考えてみます」
そう言って、セシリアは顎に手を当てながら考え始めた。
「まあ、時間もありますし……とりあえず買い物に行きましょうか」
王城の周囲に広がる市街地は、昼下がりということもあって人通りが多い。
商人の呼び声、行き交う人々の笑い声、どこかで鳴る金属音。
活気に満ちた光景に、異国に来たのだと改めて実感する。
「まずは何を買いましょうか?」
歩きながら、セシリアが問いかけてくる。
「寝具と、洗面用具ですね。それと……食器類も足りなさそうです」
「そうですね。……あ、あと」
セシリアは少し言い淀み、視線を泳がせた。
「その……エドモンドさんの、部屋着とかも……」
「あ」
確かに、持ってきたのは仕事用の服と最低限の着替えだけだ。
「助かります。そこまで考えていませんでした」
「い、いえ! 当然のことですから!」
そう言ってから、セシリアは小さく咳払いをした。
最初に入ったのは、布製品を扱う店だった。
店内には色とりどりの布や衣類が並び、柔らかな香りが漂っている。
「いらっしゃいませー」
店主の女性が、俺たちを見るなりににこりと笑った。
「新婚さん?」
一瞬、頭が真っ白になる。
「――っ!?」
「ち、違います!」
セシリアが慌てて声を上げる。
「え、あ、違うの?」
店主は少し驚いた顔をする。
「その……とある事情で、同じ部屋に住むことになっただけで……」
セシリアがしどろもどろに説明する。
「へえ、そうなのねぇ。でも並んで歩いてるとお似合いよ?」
「そ、そんな……!」
セシリアの耳が、見る見るうちに赤くなっていく。
「……とりあえず、寝具を選びましょう」
俺が話題を切り替えると、彼女はほっとしたように頷いた。
寝具売り場で、セシリアは真剣な顔で布の質を確かめている。
「これは肌触りがいいですけど、少し魔力の通りが悪いですね……」
「寝具にも魔力の通りが関係するんですか?」
「はい。睡眠中の魔力回復効率が変わるんです」
なるほど、合理的だ。
「でも、俺は魔力を持っていないですよ」
「魔力を持っていないかどうかは、まだ調べていないのでわかりません。持っている場合を考えると、なるべく良いものにしておきたいです。エドモンドさんは、硬いのと柔らかいの、どちらがいいですか?」
「どちらかというと、硬めのほうが……」
「じゃあ、これですね」
即答だった。
「……慣れてますね」
「研究室では仮眠が多いので」
「なるほど……」
妙に納得したように頷く。
「そういえば俺、この国のお金を持っていないんですけど……」
「そのことなら、エドモンドさんが馬車に荷物を取りに行っている間に、室長から多少のお金を預かっているので大丈夫です」
「じゃあ、お会計しましょうか。えっと、店員さんは……」
「エドモンドさんが喋っても、店員さんは言葉を理解できませんよ。私が代わりに会計してきます」
「お手数をおかけします……」
その後も、洗面用具、簡単な食器、日用品と買い物は続いた。
気がつけば、荷物はそこそこ増えている。
「重くないですか?」
「大丈夫です。……あ」
そう言った瞬間、袋の持ち手が指に食い込んだ。
「ちょ、ちょっと持ちます!」
セシリアが慌てて袋に手を伸ばす。
その拍子に、指先が軽く触れ合った。
「……っ」
一瞬、二人とも動きを止める。
「す、すみません!」
「い、いえ!」
同時に視線を逸らした。
少し気まずい沈黙が流れる。
「……あの」
先に口を開いたのは、セシリアだった。
「街、どうですか?」
「活気がありますね。人の生活と技術が、ちゃんと結びついている感じがします」
「それは……嬉しいです」
彼女は少し誇らしげに微笑んだ。
その横顔を見て、俺は思った。
――この人となら、確かに、いい研究ができそうだ。
そして同時に。
――この同居生活、思った以上に気が抜けないな。
そう感じ始めている自分に、少しだけ苦笑するのだった。




