10.セシリアの部屋
「さて、今日はここまでにして、明日以降は実際の魔法について一緒に研究していくこととなる。今日から同じ部屋に住んでもらうことになっているから、二人とも部屋まで案内してあげてくれ」
ノルディアがそう口にする。
「ほんっとに最悪なんだけど」
「こっちだな!さあ行こう!」
「ちょっと!勝手に行かないでよ!」
どうやらハインは、すでにラフィとの接し方を決めたらしく、相変わらず傍若無人にふるまっている。
王城を出たところで、俺は改めてセシリアに声をかけた。
「セシリアさん、すいません。馬車に荷物を置きっぱなしにしているので、取ってきますね」
そう言って馬車へと駆けていく。
持ってくる荷物を少なくしておいて正解だった。
この量なら、自分一人で十分に運べそうだ。
近くでは、ハインがラフィに荷物運びを手伝わせようとしている。
「さあ!僕の荷物を運ぶのを手伝いたまえ!」
「自分の荷物くらい自分で運びなさいよ!」
「僕はすでに荷物を持っているぞ。君は手が空いている。つまり、君も荷物を運べるということだ」
「なんなのよ、その理屈!」
そう言いながらも、ラフィは小さく何かを呟き、荷物を持ち上げた。
その小さな体からは想像もつかないほどの量だ。
「君、意外と力持ちなんだな!」
「そんなわけないでしょ!魔法よ、魔法!」
「そんな魔法もあるのか!これは俄然、研究するのが楽しみになってきたなぁ!」
そんなやり取りをしながら、ハインとラフィは街の方へと消えていった。
「お待たせしました。行きましょうか」
「私も荷物、持つのを手伝わなくて大丈夫ですか?」
「俺の荷物は少ないので、お気になさらず。それより、持ってくる荷物を減らした分、生活に必要なものを買っておきたいのですが……」
「そうですね。今の部屋には、私一人分のものしかありませんから……。部屋に荷物を置いてから、街に買い物に出かけましょうか」
「そうしていただけると助かります」
「私の部屋は、ここから南に少し歩いたところにあります。そこまで頑張ってくださいね」
そう言って、セシリアは歩き始めた。
荷物を持っているせいか歩く速度はややゆっくりだが、俺のペースに合わせてくれているようだった。
しばらく歩いたのち、王城の南側に並ぶ居住区の一角で、セシリアは足を止めた。
「ここです。……私の部屋は、この二階になります」
そう言って指し示された建物は、五階建ての集合住宅だった。
外観は質素だが、きちんと手入れが行き届いている印象を受ける。
セシリアが先行して階段を上り、部屋の前にたどり着く。
彼女は小さく何かを呟き、ドアを開けた。
――鍵は、かかっていないのだろうか。
「部屋の中を片づけるので、少し待っていてください」
そう言って、セシリアは部屋の中にするりと入り込んだ。
ドアが閉まる音を背に、俺は廊下で荷物を置いて待つ。
――いきなり同居、か。
王の命とはいえ、彼女にとっては負担だろう。
十五分ほどして、控えめな音とともにドアが開いた。
「……どうぞ」
「失礼します」
部屋に入ると、ほのかに甘い香りが鼻をくすぐった。
花というより、乾燥させた薬草と香油が混ざったような匂いで、不思議と落ち着く。
部屋はリビングキッチンと、奥に個室が二つある構造のようだ。
広くはないが、整然としている。
木製の机と本棚、壁際には魔術具と思しき道具が几帳面に並べられていた。
生活感はあるが、無駄なものは一切ない。
「すごく……セシリアさんらしい部屋ですね」
「そ、そうでしょうか……?」
少し照れたように視線を逸らし、セシリアははにかんだ。
「とりあえず、荷物はこの辺に置いてください。……個室については、今は両方とも研究と保管で使っているので、明日には片づけて使えるようにしますね」
「了解です。お気遣いいただきありがとうございます」
言われた通りに荷物を置きながら、俺は改めて部屋を見回した。
――ここで、これから一緒に生活するのか。
そう意識した瞬間、部屋の空気がわずかに変わった気がした。
「……あの」
先に口を開いたのは、セシリアだった。
「急な話で、戸惑っているとは思いますが……。私も、いきなり知らない方と同じ部屋で暮らすことになって、少し緊張しています」
「……正直に言うと、俺もです」
「ですよね……」
小さく笑ったあと、セシリアは一度、深呼吸をする。
「でも、技術交流のためですし……それに、エドモンドさんは落ち着いた方ですから。その……よろしくお願いします」
そう言って、丁寧に頭を下げた。
「こちらこそ。生活の邪魔にならないよう、気をつけます」
「いえ、邪魔だなんて……! あ、えっと……その……最低限のルールは、後で一緒に決めましょうか」
「そうですね。それがいいと思います」
一瞬、沈黙が落ちる。
その沈黙に耐えきれなくなったのか、セシリアは少し早口で続けた。
「えっと、部屋の備品は基本的に私の私物なので……必要なものは街で買い足しましょう。寝具とか、洗面用具とか……」
「了解です。俺も最小限しか持ってきていないので」
「で、では……少し休憩してから、街に出かけましょうか」
「はい。そうしましょう」
こうして俺たちは、“同居初日”という、どこか落ち着かない時間を迎えたのだった。




