09.魔法と魔術
「さて、これからのことだが……」
「そんなことより!さっきのやつはなんだ?!なんで今は言葉が通じているんだ?!」
ノルディアの言葉を遮るように、ハインが一気にまくし立てる。
先ほど目にした“魔法”への興味を、もはや抑えきれない様子だった。
「ちょっとアンタ!今、室長が話してるでしょうが!」
「うるさいぞ、おチビちゃん!僕は気になって気になって仕方ないんだ!」
「おチビちゃんじゃなくてラフィよ!そんなの後で聞きなさいって言ってるの!」
たちまち、ハインとラフィが言い争いを始める。
そこへ、ノルディアが軽く咳払いをして場を制した。
「二人とも、そこまでだ」
静かな声だったが、不思議とよく通る。
「ハインリヒ君、だったかな。君たちの前で“魔術”を使うのは、これが初めてだったね。先ほど使用したのは翻訳魔術だ。君たちのペンダントに、翻訳機能を付与した――そう考えてくれればいい」
「……あの、すみません」
俺は手を挙げて口を挟む。
「その“魔術”というのは、魔法とは違うんですか?」
ノルディアは少し嬉しそうに目を細めた。
「いい質問だ。“魔術”というのは、魔法技術の略称だ。君たちがここへ来る途中、農夫が魔法を使っているのを見ただろう?あの時、彼は何か道具を使っていたかい?」
道中の光景を思い返す。
確かに、農夫の周囲には特別な道具は見当たらなかった。
「俺の見た限りでは、何も使っていませんでした」
「その通り。魔法というのは、基本的には詠唱によって発動できる。だが、その魔法をより使いやすく、効率的で、安定した形に落とし込んだもの――それが魔術だ」
ノルディアは自分の胸元からペンダントを見せる。
「君たちに渡したペンダントに刻まれているもの、それが魔術回路だ。今回は翻訳の魔法を、常時発動できるよう調整してある。ハインリヒ君の疑問に答えるなら――先ほど行ったのは、翻訳魔術を起動するための詠唱だった、というわけだ」
「ほう!面白いな!」
ハインの目が輝く。
「ということは、城壁や扉に走っているあの光の筋――あれは全部、魔術回路ってことか!」
「その通りだよ。さきほど謁見の間で、陛下のお言葉は理解できただろう?あれも、君たちのペンダントに使われている翻訳魔術と、基本は同じだ」
「“基本は同じ”ってことは……何か違いがあるのか?」
ハインが身を乗り出す。
「謁見の間の翻訳魔術は、部屋全体に効果が及ぶ。その場にいる者すべての言葉を、双方向で翻記・翻訳する仕組みだ。陛下が君たちの言葉を理解し、君たちが陛下の言葉を理解できたのは、そのためだよ」
ノルディアは一拍置いて続ける。
「一方、君たちのペンダントの翻訳魔術は一方向のみだ。着用者が“聞いた言葉”を、自身が理解できる言語へ変換する。話し手側には影響しない、簡易型と言っていい」
「一つ、疑問があります」
俺は手を下ろさずに言った。
「双方向に翻訳できる魔術があるのなら、最初からそれだけで十分なのではないでしょうか?」
その問いに答えたのは、ノルディアではなく――
対面に座るセシリアだった。
「いくつか問題があるんです。一つ目は、あの部屋全体にかけられている翻訳魔術には、より大きな魔術回路を刻む必要があるという点です」
セシリアは一度言葉を切り、続ける。
「石に刻むには、さらに小さく、細かく書く必要があるのですが……現在の我々の技術では、それが難しいのです。二つ目は、魔力の消費量が非常に多いことです」
「魔力?」
「魔法を使うための力、とでも言いましょうか」
セシリアは頷きながら説明を続ける。
「我が国の人々は皆、魔力を持っています。その力を使うことで魔法を使うのです。魔力には個人差があり、量が多いほど、より多く、あるいはより強力な魔法を使うことができます」
「なるほど!影響範囲が広いから、その分魔力消費も激しいってわけか!」
ハインはすぐに理解したようだ。
「その通りです。一方で、個人用の翻訳魔術であれば、魔術回路も無理なく刻めますし、必要な魔力も少なくて済みます。そのため、ペンダントに刻んであるのは個人用の翻訳魔術なのです」
「ふむふむ!この翻訳魔術は、最初の発動の時だけ魔力が必要なのか?」
その問いに、ラフィが即座に答えた。
「そんなわけないでしょう!発動中はずっと魔力が必要よ」
ラフィは胸を張る。
「あなたたちには魔力がないから、こうして私たちが魔術を発動してあげてるの。今、言葉が通じているのも私たちのおかげなんだから。感謝しなさいよね」
「おチビちゃんのおかげだったとは!見かけによらず、できるやつじゃないか!」
「“見かけによらず”は余計よ!
それに、おチビちゃんって言うな!」
「フハハハハ!僕がそう呼んだら君はおチビちゃんなんだ!」
ハインとラフィは、またもや言い争いを始める。
そこへ、レインハルトが冷静に口を挟んだ。
「なるほど。君たちの魔力によって、この翻訳魔術は維持されているのだな。感謝する。だが、それは君たちの負担にならないのか?」
「心配はいらないわ」
ラフィは肩をすくめる。
「影響範囲が狭いから、魔力消費はかなり少ないの。そうね……一日中発動し続けて、食事一回分の魔力回復が必要になるくらいかしら」
「それに、今回の技術交流に合わせて試作したものだから」
少し得意げに続ける。
「より良い材料を使ったり、魔術回路を改良すれば、もっと魔力の消費量は減らせるわ」
「ただし」
ノルディアが口を挟んだ。
「我々からの魔力供給が途切れれば、魔術は停止する。あまり離れすぎないよう、注意してくれ」
「どのくらいの距離まで大丈夫なんだ?」
「今のペンダントなら……この王城内にいる限りは、問題ないだろう」
ノルディアは一呼吸おき、まるで何でもないことのように――爆弾を投下した。
「そのため、今後君たちには同じ部屋に住んでもらうことになっている」
「えっ?!」
ノルディアを除いた五人の声が、見事に重なった。セシリアとラフィも、明らかに聞いていなかった様子だ。
「部屋分けは、ペンダントに魔力供給を行う組み合わせだ。つまり、私とレインハルト。ラフィとハインリヒ君。そして
――セシリアとハルフォード君だ」
「こいつとだけは絶対にイヤなんだけど!」
ラフィが、即座にハインを指さして叫ぶ。
「僕は全然かまわないぞ!むしろ興味深い!いろいろ教えてくれ!」
「というか!私の部屋に、他人が住むスペースなんてないわよ!」
「ラフィ。この間の引っ越しで、単身者用ではなく、家族向けの部屋を与えられていたはずだが?」
「……そういうことだったの?!」
ラフィが頭を抱えて騒ぐ一方で、セシリアは言葉もなく、その場に固まっていた。
――いきなり、異国の男と同じ部屋で生活しろと言われたのだ。
無理もない。
「その……ルミナリエさん。急な話で驚かれているところだとは思いますが、今後よろしくお願いします」
俺がそう声をかけると、セシリアは一瞬、はっとしたように顔を上げた。
「……す、すみません。少し、ぼーっとしてしまって」
慌てて姿勢を正し、軽く頭を下げる。
「こちらこそ、よろしくお願いします。ハルフォードさん。それと……私のことは、セシリアと呼んでいただいて構いません」
「ありがとうございます。俺も、気軽にエドモンドと呼んでください。改めて、よろしくお願いします。セシリアさん」
こうして――
急遽、異国の地での“異性との二人暮らし”が決まったのであった。




