プロローグ
最後の岩盤は、思っていたよりも脆かった。
何年も掘り進めてきた山の芯。
花崗岩と頁岩が層を成す、逃げ場のない壁。
それが――
ひと振りの槌で、あっけなく崩れた。
「……空だ」
最初に異変に気づいたのは、坑夫だった。
岩の向こうから、
風が吹き込んできた。
湿った坑道の空気を押しのける、
乾いて、澄んだ風。
「止めろ! 全員、下がれ!」
主任技師の号令で作業が止まる。
だが、崩れた岩の隙間は、
ゆっくりと、しかし確実に広がっていく。
瓦礫を取り除くと、
そこには――闇がなかった。
松明の光が届く前に、
淡い明るさが、向こう側から流れ込んでくる。
「……外、だな」
誰かが、確信をもって言った。
隧道は、貫通した。
だが、次の瞬間、
誰もが言葉を失った。
岩壁の向こうに広がっていたのは、
山の裏側にあるはずの、
同じような岩肌ではなかった。
視界が、開けている。
隧道の出口の先には、
緩やかな平地が続き、
そのさらに向こう――
街があった。
「……は?」
低い建物が、いくつも並んでいる。
だが、王国の街とは、何かが決定的に違う。
屋根の上。
道の脇。
広場の上空。
そこかしこに、
光が浮かんでいた。
灯火ではない。
煙も、揺らぎもない。
まるで、
光そのものが、
そこに“置かれている”かのように。
「……陽、か?」
だが違う。
こちらは山脈の西。
夕刻のはずだ。
それなのに、
向こう側は、明るい。
空気が違う。
光が違う。
そして――
匂いが違った。
土と石ではない。
微かに、甘く、
どこか金属にも似た、説明できない匂い。
松明の炎が、
出口付近で、わずかに伸びた。
風に煽られたのではない。
燃え方そのものが、変わっている。
「……主任」
若い技師が、喉を鳴らして言った。
「……向こう、
人が、住んでますよね」
答えは、見れば分かる。
街道がある。
石畳が敷かれている。
人のために作られた道が、
確かに、そこに続いている。
「……記録しろ」
主任技師は、
震えを隠すように、低く言った。
「隧道は、本日――
王国歴三五八年、
東方山脈を完全に貫通した」
一拍、置いてから、続ける。
「そして……
山の向こう側には、
我々の知らない都市が存在する」
その瞬間、
隧道は、ただの土木構造物ではなくなった。
山を越えるための道ではない。
世界を越えるための穴になったのだ。
この日、
プレスト王国は、
初めて“外”を知った。
そして、
向こう側の世界もまた――
知られることになった。




