【断罪】公開処刑生配信
――意識が浮上したとき、ヴァイスが最初に感じたのは、身体の自由が利かないという違和感だった。
「……何、だ、これは……」
ヴァイスは掠れた声で呻いた。
全身の激痛、内臓の軋み、口の中に広がる血の味。
それらを押しのけて、拘束の冷たい感触が伝わってくる。
視界がクリアになる。
そこは廃墟のカジノホール。朽ちたシャンデリア、カビ臭い絨毯。
そして自分は、かつて建物を支えていた巨大な鉄骨に括りつけられていた。
「ぐっ……クソッ……!」
工業用ワイヤーが、チタンの身体にくい込むほどきつく巻かれている。
胸、腹、両手、両足。完全な拘束。
そして足元には――鼻を突く揮発性の液体が撒かれていた。
(な、なんだ……!? この匂い、ガソリンか!?)
「おはよう、ドクター」
「!!」
カーバンクルの声。
見上げれば、数メートル先の瓦礫の上に彼女が座っていた。
無機質な瞳でこちらを見下ろし、その隣には小型のドローンカメラが浮遊している。
レンズが赤い光を放ち、ヴァイスを捉えていた。
「録画……か?」
「生配信だよ」
カーバンクルは手元のタブレットを操作し、空間にホログラムを投影した。
そこに映っていたのは、狂乱するコメントの奔流だった。
『うわマジで市長じゃん』
『ざまあああああああwww』
『顔色悪すぎワロタ』
『はよ殺せ』
『これガチ? 映画の宣伝とかじゃなくて?』
『視聴者数120万突破ww』
『トレンド1位だってよ』
ヴァイスは息を呑んだ。
画面右上の視聴者カウンターは1,247,893人を示し、秒単位で跳ね上がっている。
「……貴様、私を……」
「えー……初めまして」
カーバンクルはカメラに向かって淡々と語りかけた。
「私は404号室の始末屋。ホテルの404号室を予約すれば、誰でも依頼できる。悪人を始末するのが仕事」
コメント欄が即座に反応する。
『都市伝説マジだったのか』
『幻獣狩りとかいうやつの?』
『404号室、実在したwww』
『始末屋ちゃんかわいいいいいい』
「今日、この人――マーカス・ヴァイスを始末する。依頼者は、コバヤカワ・タクミ刑事。彼の、最後の依頼」
視聴者数が150万人を突破した。
『コバヤカワ刑事死んだってマジ?』
『やっぱあのあと市長が殺したのか』
『許せねえ』
「でも、今回は特別。あなたの処刑は、市民投票で決める」
カーバンクルが画面に二つのボタンを表示させた。
【生かす】と【殺す】。
「これは視聴者が投票できるボタン。過半数が『生かす』なら、あなたは助かる。でも、『殺す』が過半数なら――」
彼女は足元のガソリン溜まりを指さした。
「あなたには文字通り、『炎上』してもらう」
『ガソリンかよwww』
『ネット炎上からの物理炎上www』
『えっぐ』
『センスありすぎ』
「ぐっ……! き、貴様……ら……!」
ヴァイスは屈辱に震えた。
科学の粋を集めたこの肉体が、人類の叡智である自分が、顔も見えない衆愚どもの見世物にされている。
「ふざけるな……! 私を……私を娯楽にするつもりか!?」
「民意、だよ」
カーバンクルは冷ややかに返した。
「それに、あなたは50人の子供を実験動物にした。今日だって、何人も殴り殺した。全部、あなたの『理想』のために」
彼女は立ち上がり、ヴァイスを見据えた。
「今度はあなたが、誰かの娯楽として消費される番。公平でしょ?」
「貴様……ッ!」
「でも、チャンスは与える。これは民意による裁きだから」
現在の投票率が表示される。
【生かす:2.8%】【殺す:97.2%】。市民からの圧倒的殺意。
「5分あげる。その間、カメラに向かって演説していい。もし過半数をひっくり返せたら、解放してあげる」
ヴァイスは唇を噛んだ。97%。絶望的な数字だ。
だが、彼の頭脳は瞬時に計算を始めた。
生き残る道は一つ。この無知蒙昧な大衆に、真実を叩き込むことだ。
感情論ではなく、圧倒的に正しい論理でねじ伏せる――。
「……いいだろう」
ヴァイスは顔を上げ、市長としての威厳を取り戻そうとした。
「準備はいい?」
「始めろ」
カウントダウンが開始された。
残り5分。
「市民の諸君」
ヴァイスはカメラを睨みつけた。掠れた声に、可能な限りの力を込める。
「私の名はマーカス・ヴァイス。ネオ・アルカディア市長であり、この腐敗した世界を憂う科学者だ」
『知ってるわボケ』
『遺言乙』
『はよ燃やせ』
罵倒の嵐を無視し、彼は語り続ける。
「今日、君たちは私の告白を聞いたはずだ。人体実験、新人類計画。……そう、全て事実だ。そして私は、その全てが正義だと確信している!」
『開き直ったぞ』
『サイコパス乙』
『カス野郎』
「現実を見たまえ! この都市の人口は限界を超え、資源は枯渇し、外壁は老朽化している。我々は緩やかな死に向かっているのだ! これは感情論ではない、冷徹な数学的事実だ!」
視聴者数が170万人を超えた。
「このまま座して死を待つか、それとも犠牲を払ってでも未来を掴むか! 私は後者を選んだ。放射能に耐えうる新人類を作り、外界へ進出する! それ以外に人類が生き残る道はない!」
『言ってることは分かるんだけど……』
『人体実験はダメだろ』
「50人の子供の犠牲? それがどうした! 彼らは元々社会の底辺で死ぬ運命だった孤児だ。私が彼らに『進化』という価値を与えたのだ! 彼らは人類の礎となれたはずなのだ!」
『クズすぎワロタ』
『子供に選択肢なかったろ』
『本人たちの許可は得たんですかね……』
『選民思想きっしょ』
ヴァイスは苛立った。なぜ分からない。なぜこの単純な計算式が理解できない。
「君たちは理解していない! 個人の命よりも種の存続が優先される! それが生物としての摂理だ!
歴史を見ろ! あらゆる進歩は屍の上に築かれてきた! ワクチンの開発も、宇宙への進出も、すべて犠牲があったからこそ成し遂げられたのだ!」
残り2分30秒。
【殺す:98.5%】。数字はほとんど微動だにしない。
「私を生かせ! 私に計画を完遂させる機会をくれ! あと少しなんだ、あと少しで人類は鳥籠から解放される! 青い空、緑の大地は夢物語ではない。私の手で、現実にできるのだ!」
『……』
『外に出られるなら、まあ……』
『確かに今の生活も限界だしな……』
わずかに空気が揺らいだ。【殺す:98.2%】。0.3%の変動。
ヴァイスはそこに縋り付いた。
「倫理などという戯言を捨てろ! 倫理とは生存が保証された者たちの暇つぶしだ! 我々は今、生存競争の最中にいる! 50人の命で700万人が救われるなら、それは正義だ! 絶対的な正義なのだ!」
残り1分。
【殺す:95.0%】。少しずつ減っている。だが遅すぎる。
「頼む、私を殺さないでくれ! 私を殺せば人類の希望も死ぬ! 私以外にこの計画を成し遂げられる者はいない! 君たちの子供のために、孫のために、私を生かすべきだ!!」
残り10秒。
【殺す:92.0%】。
5秒。
【殺す:92.3%】。
数字が反転し、増え始めた。
「なっ……!?」
1秒。
【殺す:95.2%】。
ピピピピッ。
終了のブザーが無慈悲に鳴った。
最終結果表示――【生かす:4.8%】【殺す:95.2%】。
ヴァイスは呆然と数字を見つめた。
5%未満。20人に1人も、彼を支持しなかった。
「……たった、5%だと……?」
コメント欄が嘲笑で埋め尽くされる。
『ざまああああああ』
『結局誰も支持してねえww』
『口だけ番長』
『人類のためとか言って自分が一番かわいいだけ』
その文字の列を見た瞬間、ヴァイスの中で何かが崩壊した。
「……愚か者どもがァァァ!!!」
絶叫。
「お前たちは何も分かっていない! 私が何のために人生を捧げてきたと思っている! お前たちのような無知で、愚かで、救いようのない家畜どもを救うためだぞ!!」
『本性出たwww』
『やっぱ見下してんじゃん』
「お前たちは目の前の感情だけで判断し、論理も科学も否定する! そんな愚民どもが、私の生死を決めるだと!? ふざけるな! 私は選ばれた人間だ! 私だけが真実を見ていたんだ!!」
彼は血走った目でカメラを睨みつけ、唾を飛ばした。
「私を殺せば満足か!? 一時の感情で人類の未来をドブに捨てて満足か!? ああ!? 本当に愚かだ! お前たちは自分で自分の首を絞めていることにすら気づかない哀れな猿だ!!」
カーバンクルは無表情にタブレットを操作し、投票を締め切った。
逆ギレによる心象悪化で、最終的な【殺す】票は96.9%に達していた。
「結果が出たね」
彼女はポケットから、古びた金属製のジッポライターを取り出した。
「96.9%が『殺す』を選んだ。民主主義の決定だよ、市長さん」
カチン、と蓋が開く音がした。
「待て……ま、待ってくれ……!」
ヴァイスの顔から血の気が引いた。死の恐怖が、ようやく彼のエゴを凌駕した。
「本気なのか……? 本気で燃やすつもりか……!?」
「ネットで炎上したんだから、物理的にも炎上してもらう」
カーバンクルはゆっくりと近づいてくる。小さな炎が揺らめいている。
「やめろ! やめてくれ! わからないのか、カーバンクル! 私はお前の生みの親なんだぞ!」
「そのせいで、私は罪を背負わされて生きてきた」
彼女の赤い瞳が、冷たく彼を射抜く。
「……でも、それも関係ないか。あなたは依頼対象で、私はあなたの始末依頼を受けた。私たちの関係は今、それだけ」
「わ、私は人類のために……! 人類を救うためにお前を!」
「嘘つき」
カーバンクルは吐き捨てた。
「あなたは自分が神様になりたかっただけ。歴史の教科書に名前を載せたかっただけ」
彼女の手から、ライターが離れた。
スローモーションのように回転しながら落下し、ガソリンの海へと吸い込まれる。
「さようなら、マーカス・ヴァイス」
ボッ!
爆発的な燃焼音。
紅蓮の炎が柱となって立ち昇り、ヴァイスを飲み込んだ。
「ぎゃあああああああああああ!!!」
絶叫。
炎は衣服を焼き、皮膚を焦がし、チタンの骨格を熱し始める。
骨の内側からじわじわと焼かれる激痛。内臓が煮える感覚。
「熱い! 熱ッ……ぃぃ! 助けてくれぇぇぇ……!!」
断末魔の叫びが廃墟に木霊する。
コメント欄は狂喜乱舞していたが、一部には戦慄が走っていた。
『うわあああ』
『ガチで燃えてる……』
『これ放送していいのかよ』
『自業自得だけどエグい』
ヴァイスは暴れたが、拘束はびくともしない。彼は生きたまま焼かれる篝火となった。
やがて叫び声は喉が焼けて出なくなり、ただの風切り音のような喘鳴だけが残る。
カーバンクルは炎の前で立ち止まり、腰の.357マグナムを抜いた。
コバヤカワの形見。彼の魂。
「……これは、コバヤカワ親子からの最後の一撃」
もしここにコバヤカワがいたとしたら。もし彼が銃を持っていたら。
きっとこうしただろう。優しい彼は、たとえ親の仇だったとしても長く苦しむことを望まないから。
だからこれは、コバヤカワに代わっての、慈悲の一撃。
彼女は躊躇なく引き金を引いた。
重い銃声。
炎の中でヴァイスの頭が跳ね上がり、ガクリと垂れ下がった。
動かなくなる。
……カーバンクルは、硝煙の漂う銃口を下ろした。
「マーカス・ヴァイス。あなたはもう、|どこにも存在しない《404 Not Found》」
彼女はカメラに向き直り、深々と一礼した。
「これでマーカス・ヴァイスの始末は完了。投票、ありがとう」
プツン。
配信が切れる。
廃墟には燃え盛る炎と、黒焦げの死体と、少女だけが残された。
遠くからサイレンが聞こえてくる。
だが、もう何もかも手遅れだ。
独裁者は死に、その野望は灰となった。
カーバンクルはマグナムをパーカーのポケットに納め、出口へと歩き出した。
背中で爆ぜる炎の音を聞きながら。
コバヤカワ・タクミの最後の依頼は、ここに果たされた。
カーバンクルさん、配信者デビュー!
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