【断罪】マジレスアサルトライフル
ヴァイスは裏路地を抜け、セントラル区の薄暗い側道へ出た。
表通りの騒ぎが遠く聞こえる。だが、ここにも視線はあった。
数人の市民が、壁際で端末に見入っている。
画面から漏れる青白い光が、彼らの顔を幽霊のように照らしていた。
ヴァイスが血を滴らせながら歩いてくると、一人の中年女性が顔を上げた。
「……あなた、市長?」
驚愕と、軽蔑。
「なんてことを……あんな酷いことを!」
女性は反射的に端末を掲げた。
カメラのレンズが、黒い眼窩のようにヴァイスを捉える。
「説明してください! なぜ子供たちを殺したんですか!」
ヴァイスの足が止まった。
カメラ? 録画? 拡散?
安全な場所から石を投げつける、無責任な正義の眼差し。
「……貴様もか」
ヴァイスの瞳孔が開く。
「貴様も、私を裁くつもりかァ!!」
「えっ」
ドッ!
女性が悲鳴を上げる間もなかった。
一瞬で間合いを詰めたヴァイスの拳が、端末ごと女性の顔面を粉砕した。
鼻骨が陥没し、女性は人形のように壁際へ崩れ落ちる。
「ひっ、お、おい……!」
近くにいた男性が腰を抜かす。
ヴァイスは血走った目で彼を睨みつけた。
「何も理解しようとしない愚民が……!」
「た、たすけッ」
逃げようとする男性の首根っこを掴み、コンクリートの壁へ叩きつける。
ゴッ、と鈍い音が響く。
「私は! お前たちを救おうとしたのだ! なぜそれが分からない!」
ギリギリと首を締め上げる。男性の手足が痙攣し、やがてだらりと垂れ下がった。
ヴァイスは死体をゴミのように投げ捨て、再び走り出した。
■
セントラル区とイースト区を隔てる検問所。
警備員たちが厳戒態勢を敷いていたが、それは無意味だった。
ヴァイスは地下下水道を経由し、すでに境界を越えていたのだ。
「はぁ、はぁ……クソ……! この私が……!」
汚水と悪臭の中を這いずり、イースト区の工場地帯へ出る。
内臓の痛みが限界を超えている。チタンの骨格がなければ、とっくに体がちぎれていただろう。
工場の裏手で、夜勤明けの若い労働者が休憩していた。
彼が見ている端末からも、ニュース速報の声が聞こえてくる。
『市長、市民を殺害して逃走中……』
「マジかよ、イカれてんな……」
若者が呆れたように呟いた背後。
ヴァイスは無言で近づき、その頭蓋骨を鷲掴みにした。
「だまれ!!」
ベキリ。
悲鳴すら上げさせず、一撃で絶命させる。
今の彼にとって、市民は守るべき対象ではなく、ただの障害物だった。
■
さらに南へ。サウス区の境界。
無法地帯へ足を踏み入れると、空気の匂いが変わった。
腐敗臭と安酒、そして暴力の気配。
ここなら警察の手も届かない。
だが、情報の拡散はむしろ警察よりも速かった。
路上の巨大スクリーンが、ヴァイスの手配写真を映し出している。
「市長サマ、賞金首になったってよ」
たむろしていた数人のギャングが、血まみれの男に気づいてニヤついた。
「おいおい、噂をすればなんとやらだ。随分と派手にやったみてぇだな」
一人がナイフをちらつかせて近づく。
ヴァイスは虚ろな目で彼らを見た。
「賞金……? 私にか……?」
ふふ、と喉の奥で笑い、次の瞬間には突進していた。
「な!?」
ギャングが反応するより速く、中国拳法の絶招が炸裂する。
顎を砕き、喉を潰し、腕をへし折る。
洗練された殺人術が、チンピラたちを肉塊に変えていく。
「がはっ……!」
「いぎっ!!」
「ひぐぁぁっ!!」
全員が動かなくなるまで、数十秒とかからなかった。
ヴァイスは血の海に立ち尽くし、自身の両手を見つめた。
「ゴミどもが。人類の救世主たるこの私に、賞金だと……!?」
壊れたレコードのように救世主と繰り返しながら、彼は闇の奥へと消えていった。
■
そして、サウス区の最深部。
廃墟と化したカジノホテル。
サウス区の再開発の夢を抱きながらも、倒産した企業が手がけたものだ。
かつての栄華を誇った巨大なホールは、今や瓦礫と埃に埋もれている。
天井のステンドグラスは割れ落ち、そこからドーム都市の人工月光が青白く差し込んでいた。
ヴァイスは壁に背を預け、ズルズルと座り込んだ。
「ハァッ……ハァッ……!」
限界だった。
内臓からの出血が止まらない。呼吸をするたびに肺が焼け付くようだ。
高級だったスーツはボロ切れになり、チタンの骨格だけが辛うじて肉の形を保たせている。
「くそ……こんな……こんな……!」
彼は割れた天井を見上げた。
偽物の夜空。偽物の月。
この閉じた世界を誰よりも憎み、そして変えようとした。
「私は……正しかったはずだ……」
その時。
瓦礫を踏む、静かな足音が響いた。
「……!」
カジノの入り口に、小さな影が立っていた。
水色の髪。白いパーカー。
カーバンクル。
傍らにショウの姿はない。一人だ。
その手には、銀色の.357マグナムが握られている。
ヴァイスは彼女を見て、血に染まった唇を歪めた。
「来たか……私の、最高傑作」
彼は壁に手を突き、軋む体を無理やり立たせた。
「君一人か?」
カーバンクルは何も答えない。
ヴァイスはふらつきながらも構えを取った。
古流中国拳法の型。
「いいだろう……。最期の相手が君なら、悪くはない」
ヴァイスは血反吐を飲み込み、カーバンクルを睨みつけた。
「だが、どうするつもりだ?」
彼は半身に構えたまま、挑発的に問う。
「先ほどのようにリミッターを解除するか? だが、それは無理だろう。短時間に二度もオーバークロックを行えば、君の脳は完全に崩壊する」
科学者としての冷静な分析。
カーバンクルは無言のまま、手にしていたリボルバーを下ろした。
ヴァイスは口端を吊り上げた。
「理解しているようだな。今の君はリミッターをかけたまま、つまりスペックを制限した状態で戦うしかない。それでは私の技術とチタンの肉体には勝てない」
彼は両手を広げ、余裕を見せる。
「チェックメイトだ、No.021」
「……そうだね」
カーバンクルは静かに肯定した。
「リミッターありの徒手空拳じゃ、あなたには勝てない」
「ならば――」
「でも」
彼女は足元に置いてあった黒いボストンバッグに手を伸ばした。
闇に紛れて見えなかった、大きな荷物。
「……なんだ?」
「リミッター解除は、武器がない時の緊急手段」
ジッパーが開く音が、乾いた空気に響く。
「相手が武術の達人で、しかもチタンの化け物だと分かってるなら――」
彼女がバッグから取り出したのは、鈍く黒光りする長物だった。
軍用フルオートアサルトライフル。
拡張マガジン装着済み。
「わざわざ同じ土俵で戦ってあげる義理はないよね?」
「……はっ?」
ヴァイスの表情が凍りついた。
「ま、まさか……!」
カーバンクルは手慣れた動作でライフルを構えた。
安全装置を解除し、銃床を肩に押し当てる。
その所作はカンフーの達人ではなく、冷徹な兵士のものだった。
「待て! 待て、オイ!」
ヴァイスは後ずさりながら叫んだ。
「ひ、卑怯だろう! 私は素手で戦おうと――」
「卑怯?」
カーバンクルは小首を傾げた。
「この体格差で肉弾戦をするほうが卑怯じゃない?」
「グッ……!」
ヴァイスは言葉に詰まった。反論できない。
「私は404号室の始末屋。始末に、決闘のルールはない。あるのは『依頼の完遂』だけ」
彼女の指が、トリガーにかかる。
「ファイア」
「――ッ!!」
ヴァイスは地を蹴った。中国拳法の歩法で射線から逃れようとする。
だが――
ダダダダダダダダッ!
轟音がホールを揺るがした。
毎分800発の鉛の雨だ。
ヴァイスの動きは速かったが、当然弾丸はそれより速い。
カーバンクルは冷静に銃口をスライドさせ、動く標的を追い詰めていく。
脳内の弾道計算データが、未来位置を正確に予測していた。
数発が、脚を捉える。
バシュッという音とともに血が噴き出す。
「がっ……!」
ヴァイスの体勢が崩れる。
その隙を逃さず、さらに数発が胴体へ吸い込まれる。
チタンの骨格は弾丸を弾いたが、その衝撃と破片は肉を削り、内臓を揺らす。
「くそっ、くそぉぉぉ!」
ヴァイスは転がるようにして、壊れたルーレット台の裏へ飛び込んだ。
木片とチップが弾け飛び、火花が散る。
カーバンクルは表情一つ変えず、瞬く間に弾倉を交換した。
隙を見せないクイックリロード。熟練の兵士の技だ。
彼女は遮蔽物を迂回するように歩を進め、再び射撃を開始した。
ルーレット台が蜂の巣になり、崩壊する。
隠れ場所を失ったヴァイスが立ち上がろうとした瞬間、とどめの連射が襲った。
胸部に三発、腹部に二発。
「ぐぁっ……!」
ヴァイスの体が仰け反り、背後の壁に激突した。
ずり落ちるようにして床へ崩れ落ちる。
カーバンクルは射撃を止めた。
銃口から昇る硝煙が、青白い月光に揺らめいている。
ヴァイスはピクリとも動かない。
血だまりが広がり、高価な靴を濡らしていく。
カーバンクルはライフルを構えたまま、慎重に距離を詰めた。
胸がわずかに上下している。
まだ生きている。
チタンで守られた心臓と強化臓器が、ギリギリで死を拒絶していたのだ。
「……か、は……っ……」
ヴァイスの口から泡混じりの血が溢れる。
焦点の合わない目が、虚空を彷徨っている。
カーバンクルは冷ややかに見下ろした。
「さすが、頑丈だね。まだ死んでないんだ。……でも、もう動けないみたいだね?」
彼女はライフルを肩から下ろし、代わりに腰の.357マグナムに手をかけた。
「始末はこれからだよ」
ヴァイスの目がわずかに見開かれた。
痛みによるものではない。
本当の恐怖を悟った者の目だった。
「コバヤカワの仇を。『民意』と『正義』とやらで裁いてあげる――」
これから、最後の仕上げが始まる。
コバヤカワの無念を晴らすための。
廃墟のカジノに、再び静寂が戻った。
月光の下、始末屋は動き始めた……。
Q.全身チタン骨格でしかもカンフーとCQCの達人の大男がいる。どうやって倒す?
A.アサルトライフルで撃ちます
パ ァ ン




