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【断罪】解体作業

「これがいいかな……」


 カーバンクルは棚から業務用の電動グラインダーを手に取った。


 直径15センチの切断砥石。毎分12000回転の高速回転が鉄骨すら切り裂く。

 本来は建設現場の友だが、今この瞬間、それは死刑執行の斧へと姿を変えようとしていた。


 ――ヴィィィィン!!


 スイッチを入れる。モーターが低い唸りを上げ、不吉な風切り音が空気を震わせる。


「うっ、く……!」


 ヴァンはチェーンに拘束されたまま、脂汗の浮いた顔でそれを見上げた。


 右腕は壊れ、左腕と胴体は縛り付けられている。

 だがその目にはまだ、最後の悪あがきのような光が残っていた。


「ハッ……何をする気だ? 脅しのつもりか?」


 彼は血の混じった唾を吐き捨てる。


「俺は強化人間だぞ。そんな安物の工具で俺の装甲が切れると思ってんのか? バカじゃねえの!?」

「…………」


 カーバンクルは答えず、静かにヴァンの隣へ膝をついた。

 無表情で、まるで壊れた玩具を修理するかのような手つき。

 回転する砥石を、拘束された左腕へと近づける。


「次は左腕」


 事務的で、温度のない声。


「はっ、やってみろよ! 火花が散るだけだ! 俺のボディは――」


 カーバンクルは迷わず、砥石を左肘の関節駆動部へ押し当てた。


 ギャリリリリリリリッ!!

 爆発的な火花と、鼓膜を切り裂く高周波音が炸裂する。


「ぐ……おおぉッ!?」


 ヴァンの余裕が霧散した。

 砥石は装甲の継ぎ目、最も薄い部分を正確に捉え削り取っていく。

 摩擦熱が瞬時に融点を超え、装甲板が赤熱する。


「熱ッ……おい、待て! やめろ! マジで切れる! 神経接続が焼ける!!」


 義体化された左腕が痙攣する。

 システムがエラーを吐き出し、フィードバックされた痛覚信号が脳を焼き焦がす。


「やめろって言ってんだろォォォッ!!」


 カーバンクルは体重を乗せ、さらに深く押し込んだ。


 ――キイイイイイイイイ!!


 人間の悲鳴と機械の断末魔が混ざり合い、地獄の和音を奏でる。


 装甲を貫通し、内部機構へ。

 油圧チューブが破裂し、人工筋肉の繊維が弾け飛ぶ。

 焼けたオイルとオゾンの悪臭が充満する。


「ぎゃああああああああッッ!! 痛いッ! 痛い痛い痛い痛いッッ!!」


 ヴァンは涙と鼻水を垂れ流し、恥も外聞もなく絶叫した。


 もはや企業の殺し屋としてのプライドなど欠片もない。

 ただ痛みに泣き叫ぶ、無様な肉塊。


 ガキンッ、と鈍い音が響いた。

 主軸が切断された音だ。


 ヴァンの左前腕がゴロリと床に落ちる。

 切断面からは黒煙が上がり、溢れたオイルが水たまりを作った。


「あ、あ……フーッ、フーッ……!」


 ヴァンは焦点の定まらない目で、失われた自分の腕を見つめ泡を吹いて痙攣する。


 カーバンクルはグラインダーの電源を切り、無造作に床へ放った。

 立ち上がり、壁のハンマーラックへ向かう。

 選んだのは五キロの大型ハンマー。コンクリート解体用のスレッジハンマーだ。


 華奢な腕でそれを持ち上げる様は不釣り合いに見える。

 だが彼女は最適な重心移動で、事もなげにハンマーを扱う。


 彼女はハンマーを軽く振り回し、風切り音を確認する。


「頭蓋骨が割れる音が最高なんだって?」


 冷徹な声が、意識の混濁したヴァンの耳に届く。


「つ、次の武器はそれか……? 舐めんなよ……! 俺は、そんなチンケなモンで死なねえぞ……!」

「へぇ」


 カーバンクルはハンマーを頭上高く振り上げた。

 重力のエネルギーと、全身のバネを使った渾身の一撃。


「試してあげる」


 ――ガゴォォン!!


 重厚な破壊音が轟く。

 狙いは右膝だった。鋼鉄のヘッドが関節を直撃し、皿ごと粉砕する。


「ぐぎゃああああああああッッ!!」


 ヴァンの体が魚のように跳ね、チェーンが激しく揺れた。

 右脚があり得ない方向に曲がり、内部フレームが皮膚を突き破って露出する。


「次、左」


 間髪入れず、二撃目。


 ガゴォォン!!


「――!!!」


 左膝が砕け散る音。今度は悲鳴すら出なかった。

 ヴァンは口をパクパクと開閉し、酸欠の金魚のように喘ぐだけだ。

 痛覚の許容量を超え、脳が処理落ちを起こしている。


 カーバンクルはハンマーを下ろした。

 静寂が戻る。聞こえるのはヴァンの湿った呼吸音と、オイルが滴る音だけ。


 両腕を切断され、両脚を破壊され、鎖に繋がれた男。

 それはもはや脅威ではなく、単なる産業廃棄物だった。


 だが、その濁った瞳にはまだ生の色が残っている。恐怖と怒りに染まりきった生の灯火。


 カーバンクルはそれを見つめ、無機質に呟いた。


「まだ生きてるね」


 カーバンクルはスレッジハンマーの柄を握り直し、床に転がる鉄屑の山を見下ろした。


「あなたは一晩で12人の人間を殴り殺したとか言ってたね」


 静謐な声が、廃材置き場のような空間に落ちる。


「弱い人たち。抵抗できない人たち。借金を返せなかった家族。企業に逆らった労働者」


 ヴァンは濁った血反吐を吐きながら、カーバンクルを睨み返した。


 全身を駆け巡る激痛で思考は焼き切れそうだが、それでも彼の根源にある獣性は死んでいなかった。


 彼はサウス区の伝説だ。

 その拳で幾多の頭蓋を砕いてきた、生粋の破壊者だ。

 こんな人形のようなガキに、俺が終わらされるわけがない。


「ハッ……だから、どうした……」


 ヴァンは痙攣する喉から、嘲笑を絞り出した。


「たかがハンマーだろ……そんなもんでこの俺が、死ぬとでも……?」


 口の端を無理やり吊り上げる。

 顔面は鼻血とオイルで汚れ、その表情は道化のように滑稽だった。だが瞳の奥には昏い殺意が燻っている。


「俺は何十回、何百回と人を殴り殺してきた……! お前みたいなガキが……調子に乗るんじゃねぇぞ……!」


 恐怖を怒りで塗り潰す。それが彼の生き方だった。

 相手を威圧し、己を鼓舞する。そうやって生き延びてきた。


「12回で殺してあげるよ。一撃ごとに死に近付く」

「あ……?」


 カーバンクルの言葉がヴァンの咆哮を断ち切った。

 彼女はハンマーを構える。

 その所作に迷いはない。ただの事務処理を行うような冷徹さだ。


「まずは一撃」


 ヴァンの目が僅かに揺らいだ。

 脳裏に5年前の記憶がフラッシュバックする。


 ――雨の降る路地裏。命乞いをする労働者。

 その顔面に拳をめり込ませた時の、ぐしゃりという感触。快感。全能感。


「はっ、バカか……俺は仕事でやっただけだぞ……!」


 ハンマーが振り上げられる。死神の鎌のように高く、高く。


「殺しを楽しんでたんでしょ? あの人たちみたいに、あなたも楽しめばいい」

「――待て」


 ヴァンの虚勢に亀裂が入った。

 これは「痛み」を与えるための拷問ではない。

 「破壊」するための解体作業だ。この女の目には慈悲も、躊躇いもない。


「ま、待て……金だろ? いくら欲しい? 俺の隠し口座を――」

「いらない」


 風切り音。

 一撃目。


 ゴギャァン!!


 重い打撃音が炸裂し、ヴァンの右肩――残骸となっていた義体の接続部が完全に粉砕された。


「ぎゃああああああッ!!」


 絶叫。虚勢が霧散し、純粋な苦痛だけが残る。


「二撃目」


 左肩。切断面を正確に叩く。

 衝撃で体が跳ね、頭をコンクリートに打ち付ける。


「やめ、やめろおおおッ!! 痛ッ、痛えええええッ!!」


 三撃目。右脇腹。

 バキリ、と肋骨がへし折れる音が響く。

 肺から空気が強制的に絞り出され、血の泡が舞った。


「すま……、すまんッ! 謝る、謝るからぁ……!」


 プライドなど一瞬で消し飛んだ。あるのは生物としての生存本能のみ。


「嘘つき」


 四撃目。左脇腹。

 内臓を守る檻が砕け散る。ヴァンの喉から、ヒューヒューという掠れた呼吸音が漏れる。


「た、助け……カイル……誰か……!」


 誰も来ない。広いホームセンターに彼の悲鳴だけが虚しく反響し、吸い込まれていく。


 五撃目。右大腿部。

 装甲ごと肉が潰れる音。ヴァンの瞳から光が消えかけ、焦点が合わなくなる。


「あ、あぁ、あ……ぁ……!」


 喉が潰れ、もはや悲鳴すら上げられない。

 涙と涎で顔中を濡らし、ただ痙攣するだけの肉塊。


 カーバンクルは手を止め、冷ややかにその様を見下ろした。


「あと半分」


 ヴァンは微かに首を振った。

 ……もう無理だ。許してくれ。殺してくれ。


 その目は懇願していた。かつて彼が殺した者たちと同じ目で。

 だがカーバンクルは、無慈悲にハンマーを振り上げる。


 六撃目。左大腿部。

 七撃目。胸骨。

 八撃目。腹部。


「ぐぼっ……! ごっ……!」


 打撃音がリズムを刻む。それは壊れた機械をスクラップにする作業音のようだった。

 ヴァンの体は人形のように跳ね、床の血溜まりを広げていく。


 九撃目。右鎖骨。

 十撃目。左鎖骨。

 十一撃目。下顎。


「ガペッ……!」


 顎が砕け、歯が散弾のように飛び散った。顔の下半分が形を失う。


 ヴァンはもう動かない。

 ただ痙攣する指先だけが、まだ死んでいないことを告げている。


 カーバンクルは最後に、ハンマーを真上へと構えた。

 重力の頂点。


「さて。それじゃあ聞かせてもらおうかな。頭蓋骨の音とやらを」

「――――!!」


 十二撃目。

 ドパッ――鈍く、重く、決定的な音が響いた。


 頭蓋が陥没し、ヴァンの体が一瞬硬直。そして糸が切れたように脱力した。

 見開かれた目は何処も見ておらず、ただのガラス玉と化していた。


 静寂。

 排気ファンの回る音だけが聞こえる。


「……ふう」


 カーバンクルはハンマーを床に置いた。カラン、と乾いた音が弔鐘のように響く。

 彼女は自身の手を見る。返り血は一滴もない。完璧な作業だった。


「くだらない」


 足元には、かつて「ヴァン」と呼ばれた産業廃棄物。


 手足をもがれ、鎖に繋がれ、自らの血とオイルの海に沈んだ残骸。

 犠牲者たちが味わった絶望を、その身に刻み込んで死んだ。


「こんな音、もう千回は聞いたよ」


 少女は呟き、踵を返す。


 工具売り場を出ようとしたカーバンクルの足が――ピタリと止まった。


 殺気を感じたわけではない。音を聞いたわけでもない。

 ただ、背筋を撫でる冷たい風のような違和感。

 歴戦の戦闘者のみが持つ第六感が、不可視の銃口を感知していた。


「動くな」


 低く、温度のない声が背後から響く。


 カーバンクルはゆっくりと振り返った。

 7メートル後方、通路の闇に溶け込むようにカイルが立っていた。


 ヴァンとは対照的な、研ぎ澄まされた刃のような男。

 その右手には大口径の自動拳銃が握られ、銃口はカーバンクルの眉間を正確に捉えている。構えに一切のブレがない。


「囲まれている最中に悠々と嬲り殺しとは。余裕だな」


 カイルの口元に冷笑が浮かぶ。

 彼は足音も立てずに間合いを詰め、死角を完全に封鎖した。


「12回もハンマーを振るう時間があったんだ。俺が来ることくらい、計算できたはずだが?」


 彼の視線が一瞬だけ、ヴァンの残骸に向けられた。

 鎖に繋がれ、肉塊と化した元同僚。

 しかしカイルの瞳に動揺の色はない。あるのは状況を分析する冷徹な観察眼だけだ。


 彼は見ていたのだ。物陰から、ヴァンが「解体」される一部始終を。


「なぜ止めなかったの?」


 カーバンクルの問いに、カイルは肩をすくめた。


「簡単だ。お前の手札が見たかった」


 彼は銃口を微塵も揺らさずに続ける。


「ヴァンは所詮バカだ。挑発に乗って突出した時点で死んだも同然。なら、せめて最期に斥候の役割くらい果たしてもらわないとな」


 仲間を捨て駒として使い、その死すらデータとして収集する。

 それが傭兵カイルの流儀。感情ではなく、損得だけで動くプロフェッショナルの残酷さ。


「それで? 分析結果は」

「まずまずだ」


 カイルの笑みが深くなる。


「環境適応能力、即興での武器作成、そして異常なまでの執着心。お前はただの暗殺者じゃないようだな」


 彼は銃口をカーバンクルの心臓へと下げた。より確実に、致命傷を与えられる位置へ。


「だが、観測は終了だ。これからは俺のターンだ」


 カーバンクルの赤い義眼が微かに明滅する。

 脳内CPUがフル回転し、弾道予測と回避ルートを弾き出す。


 カイルの重心、筋肉の収縮、引き金にかかる圧力……だが、カイルはその思考すら読んでいた。


「無駄だ。俺はヴァンみたいな素人じゃない」


 カイルの左手が霞み、腰のホルスターから二丁目の拳銃が抜かれた。

 クロスドロー。二つの銃口が、回避不可能な十字砲火を形成する。


「クライアントの要望は生け捕りだが、四肢の欠損までは許容範囲だ。……まずは、その生意気な足を貰うか」


 カイルの指がトリガーを絞る。殺気の密度が臨界点に達する。


 工具売り場には、2人のプロフェッショナルだけが対峙していた。

 一方は二丁の銃、もう一方は素手。戦力差は絶望的だ。


 だが、カーバンクルは動じなかった。

 赤い瞳はカイルを見つめ、瞬き一つしない。そこにあるのは恐怖ではなく、パズルを解く時のような静謐な思考の光。


 カイルは微かに眉をひそめた。

 違和感。

 なぜ怯えない? なぜ動かない? 


 まるで、この詰みの状況すらも盤上の一部だと言わんばかりの態度。


「……まさか」


 カイルの脳裏に、ある可能性が閃いた瞬間――。


 頭上で、何かが弾ける。

 何かが降ってきた!

できる始末屋のカーバンクルさんはDIYもできる

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