【404】始末屋たちの交流
「あー、やれやれ。雑魚が邪魔だな」
「ひいいいっ……!」
ショウは、路地に転がる男たちを面倒そうに一瞥した。
リーダーは失った手首の断面を押さえて呻き、大男は腹から血を流して意識を失っている。ショウは肩をすくめた。
「死にはしないだろ。手当が遅れれば別だけどよ」
「…………」
カーバンクルは赤い瞳で、値踏みするように目の前の少年を観察していた。
ショウは挑戦的な視線を真っ向から受け止め、不敵に笑う。
「なんだよ、その目は」
沈黙を破り、カーバンクルが静かに尋ねる。
「……なんで、助けたの?」
ショウは黒い義手を軽く振り、関節部からプシュ、と冷却用の蒸気を排出した。
高周波ブレードの強制冷却だ。彼は唇の端を歪める。
「面白そうだったからだ。それに……」
そこで一度言葉を切り、ショウの表情から軽薄さが消えた。
エメラルドグリーンの義眼が、高速でデータを処理するように明滅する。
「さすがのあんたでも、今のこの街は少しばかり厄介だろ?」
カーバンクルは反論しなかった。
ショウは左腕の義手を掲げ、その指先から青白いホログラムディスプレイを空間に投影する。
光の粒子が路地の闇を照らし、立体的なデータが浮かび上がった。
「見ろ」
そこにはカーバンクルも目にしたニュース記事に加え、一般には開示されていない情報が並んでいた。
作戦名「幻獣狩り」の部隊編成。
隊員の装備リスト。
そしてリアルタイムで更新されていくネオ・アルカディア全域の監視網データ。
ショウは指先で光の画面を操作し、サウス区の地図を拡大した。
無数の赤い点が、増設された監視カメラの位置を示している。
青い線は警備ロボットの巡回ルートだ。その網は蜘蛛の巣のように街を覆っていた。
「市長は本気だ。直属の特殊部隊が十二名。装備は軍用レベル。監視システムは完全に街全体を掌握してる」
ショウはさらに画面を切り替える。
そこには赤い認証コードと共に、作戦の基本方針が記されていた。
「で、面白いのがこれだ」
カーバンクルは、その一文に目を凝らした。
『対象の捕獲を最優先。 致死性兵器の使用は原則禁止』
ショウが義手の指先で、その文字をなぞる。
「どう思う? 普通、これだけの懸賞首なら『抵抗次第では射殺もやむなし』とくるはずだ」
彼はホログラムを消し、再びカーバンクルの目を見た。
「だが市長は、お前を『生きたまま』欲しがってる」
カーバンクルは視線をアスファルトに落とした。
風が吹き抜け、彼女の水色の髪を揺らす。長い沈黙の後、彼女は呟いた。
「……マーカス・ヴァイス」
ショウの眉がかすかに動いた。彼は一歩近づき、探るように尋ねる。
「知ってるのか?」
カーバンクルが顔を上げる。
「七年前。プロジェクト・カーバンクルの主任研究員」
彼女は短く息を吸った。
「そのカーバンクルってプロジェクトで私を造った男……らしい」
一瞬、ショウの表情から全ての感情が消える。
やがて彼は、低く口笛を吹いた。
再び空間に投影されたのは、ヴァイス市長の経歴データだった。
「なるほど、あんた人造人間だったワケ? 道理でちょっと強過ぎると思ったぜ!」
「まぁ間違ってはいないけど……人造人間とはちょっと違う。定義としては人造人間はDNAの段階から変更されているけど、私の場合は……」
「いいよ別に、人造人間の定義は。とにかく、それで『生け捕り』か。自分の傑作をもう一度その手に収めたいってわけだ」
カーバンクルは無言で頷くと、地面に置いたままだった食料の袋を拾い上げた。
中身が無事なことを確認し、それを抱え直す。
「……依頼が、来なくなったんだよね」
唐突な言葉に、ショウは首を傾げた。
「依頼?」
「404号室への依頼が途絶えてる。市長の命令で、誰もホテルに近づかないから」
彼女は袋を、まるで大切な何かのように胸元で抱く。
「このままじゃ、私の『仕事』ができない」
ショウの顔に、合点がいったという表情が浮かんだ。
「はは〜ん、なるほどな。予約禁止令のせいで、お前という都市伝説が機能不全に陥ってるわけか」
カーバンクルは頷き、言葉を続けた。
「それに……」
彼女は一度、視線を彷徨わせる。
「私は、ヴァイスに会わないといけない」
「会ってどうするんだ?」
「聞きたいことがある」
ショウの目が鋭くなった。
「私が何なのか。なぜ造られたのか。七年前に、あの施設で何があったのか……」
彼女の声は淡々としていたが、その奥には確かな熱がこもっていた。
「私の過去の記憶は壊れてる。けど、彼なら全てを知っているはず」
ショウは義手で顎を撫で、数秒間考え込んだ。
義眼の光が忙しなく明滅する。やがて彼は、再び不敵な笑みを浮かべた。
「つまり、目的は二つってことだ」
ショウは人差し指を立てる。
「一つ。お前が『始末屋』の仕事を続けられる環境を取り戻すこと」
そして、中指を立てた。
「二つ。ヴァイス市長に接触し、お前の過去を聞き出すこと」
カーバンクルが小さく頷いた。
ショウの笑みがさらに深くなる。
「面白くなってきた。いいぜ、この俺様が手を貸してやる」
彼は自分の胸を義手で叩いた。カーバンクルが、鳥のように首を傾げる。
「俺のハッキング技術があれば、この監視網はただの飾りにできる。敵の配置も動きも筒抜けだ。そんで、敵の兵隊をぶっ潰すこともできる」
彼は指を折り、拳を握りしめた。
「要するに、俺が『目』と『盾』になる。お前が仕事を再開できるように、完璧にバックアップしてやる」
カーバンクルは吟味するように、目の前の少年を見つめた。
……嘘や欺瞞の匂いはない。彼の目的は判らないが、今は利用できそうだ。
「……でも、なんで? 私に手を貸してもメリットなんてないと思う」
「いや、メリットはそりゃ……あるだろ。こう……何つったらいいんだ? そのー……」
先ほどまでの自信はどこへやら、ショウはいきなり口ごもり始めた。
バツが悪そうに目を逸らし、口を尖らせている。
「……?」
「いいだろ、とにかく! 俺はあんたの力になりたいんだよ!」
……よくわからない。だが彼女は短く息を吐いた。
「……わかった。手を借りさせて」
「へへっ、交渉成立だな」
ショウは満足げに笑い、義手を伸ばして彼女の肩を軽く叩く。
その時。
遠くから、甲高いサイレンの音が響いてきた。
ショウの義眼が緑に光り、即座に周囲の状況をスキャンする。
「おっと、まずいな。警備ロボットの部隊だ。到着まであと二分」
カーバンクルが袋を抱え直す。ショウは路地の奥を顎で示した。
「こっちだ。俺の隠れ家に行くぞ」
二人は物言わぬ死体と呻く男を残し、闇へと駆け出した。
サイレンの音が、壁に反響しながら徐々に近づいてくる。
カーバンクルは本能で監視カメラの死角を走り、ショウはリアルタイムのデータでそのルートを補完した。
二つの影は、サウス区の迷路のような路地裏に、あっという間に吸い込まれていった。
■
ショウに導かれ、カーバンクルはサウス区とウエスト区の境界を越えた。
途端に、街の空気が反転する。
サウス区の錆と混沌に満ちた空気が、ウエスト区の華やかで虚ろなネオンの光に塗り替えられた。
巨大な広告ホログラムが夜空に踊り、耳障りな音楽と人々の嬌声が四方から降り注ぐ。
すれ違う者たちの服装も違う。
汚れた作業着ではなく、発光素材や身体機能拡張型の衣服を身につけた若者たちで溢れていた。
ショウはそのきらびやかな表通りを避け、迷路のような裏路地を進んでいく。
やがて古びたビルの裏手、地下へと続く階段の前で足を止めた。
「ここだ」
階段を降りるショウの背中を、カーバンクルは黙って追う。
湿った空気、壁に殴り書きされたグラフィティ、剥き出しの配線。
地下深くへ降りると、重厚な金属製の扉が二人を阻んだ。
ショウが扉の認証パネルに義手を接続する。
電子ロックの解除音と共に、分厚い扉が静かに開いた。
中は薄暗く、天井の低いコンクリート打ちっぱなしの空間だった。
しかし、そこには不釣り合いなほど最新鋭の機器が所狭しと並んでいる。
冷却ファンの唸りを上げるサーバーラック、壁一面のマルチモニター、空間にデータを投影する装置。
ヘッドセットを装着した十数人のハッカーたちがそれぞれの作業に没頭していた。
「ここが俺の巣だ」
ショウは中に入りながら、少しだけ誇らしげに言った。
「企業の監視網も、市の行政システムも届かない。ネオ・アルカディアの地下水脈の一つさ」
カーバンクルが足を踏み入れた瞬間、何人かのハッカーが顔を上げた。
その中の一人が彼女の姿を認め、目を見開く。
「おい、ショウ……そいつ、まさか……」
水色の髪と、ルビーのように赤い瞳。
ざわめきが波紋のように広がっていく。ショウは冷たい視線で彼らを一瞥した。
「……おい。こいつは俺の客だ。指一本でも触れたら、お前らをデータごと消し飛ばす」
エメラルドグリーンに光る義眼の威圧に、ハッカーたちは慌てて自分のモニターに視線を戻した。
ショウはそんな彼らを鼻で笑い、奥のパーティションで区切られた一角へとカーバンクルを促す。
そこが彼の私的な作業領域だった。
壁という壁を埋め尽くす、少なくとも十二枚以上のモニター。
それぞれが監視カメラの映像、データベースのログ、暗号化された通信記録といった異なる情報を映し出している。
「ま、座れよ」
ショウが予備の椅子を引き寄せる。
カーバンクルは食料の袋を床に置き、静かに腰を下ろした。
「さて、と……」
自分の椅子に深く座ったショウがキーボードに指を走らせる。
「それじゃ、反撃の準備を始めようか」
彼の指の動きに呼応し、モニターの情報が次々と切り替わっていく。
最初に表示されたのは、作戦名「幻獣狩り」の全容だった。
特殊部隊十二名の顔写真と経歴。
元軍警察、サイバネ強化された傭兵、情報分析官。
誰もが一癖も二癖もあるプロフェッショナルだ。
装備リストには、対サイバネ兵装から非殺傷系の捕獲用拘束具まで、あらゆる状況を想定した機材が並んでいた。
「見ろよ。お前の首を狙う連中が動き出してる」
ショウが画面を切り替えると、ネオ・アルカディアの立体地図が表示される。
そこを移動する十二個の赤い点が点滅していた。
「こいつらが特殊部隊の現在位置だ。リアルタイムで追跡してる」
赤い点はサウス区に集中しているが、いくつかは既にウエスト区にも侵入している。
「十二人、全員がお前だけを探してる。大層な歓迎だな」
「嬉しくないけどね……」
ショウは別のモニターに、十二人全員の詳細なプロファイルを並べた。
専門分野や戦闘スタイル、過去の戦歴。
「元軍警が六人、サイバネ強化兵が四人、ハッカー兼分析官が二人。どいつもこいつも、お前みたいな規格外を捕まえるために集められた選りすぐりの猟犬だ」
彼はそう言いながら、カーバンクルの横顔を盗み見た。
彼女はただ黙って、画面の敵を見つめている。その表情からは何も読み取れない。
「……んんっ」
ショウは咳払いを一つして、メインモニターに市長執務室のライブ映像を映し出した。
「そして、こいつが例の市長……マーカス・ヴァイス」
映像の中の男は、書類に目を通している。
「全ての元凶だ。こいつの命令一つで、街中がお前の敵になったわけだな」
カーバンクルは静かに頷いた。ショウは椅子の背にもたれ、腕を組む。
「で、実際どうするよ? このまま街から高飛びするのが一番現実的だと思うけどな」
その問いに、カーバンクルはゆっくりと首を横に振った。
「逃げるつもりはない。私はまだネオ・アルカディアでやることがある」
彼女は画面の中のヴァイスを、射抜くような目で見つめた。
「彼に会って、この馬鹿げた作戦を取り下げさせよう」
その答えに、ショウの口元が面白そうに歪んだ。
「取り下げさせる、か。どうやって?」
「やり方はその時次第かな。けど、私の得意なやり方になる……」
彼女の赤い瞳が、怜悧な光を宿す。
「つまりは脅迫か。いいじゃねぇか!」
「それに、この男に辿り着けば話も聞ける。なぜ私を造ったのか。七年前に何があったのか」
ショウはモニターを眺め、しばらく何かを考えていた。
やがて、彼は決心したように不敵な笑みを浮かべた。
「決まりだな」
彼の指が、再びキーボードの上で踊り始める。
新しいウィンドウが開き、白紙の作戦計画書が表示された。
「じゃあ、こういうのはどうだ?」
ショウは画面の中央にヴァイスの顔写真を配置し、それを囲むように十二人の特殊部隊員の顔を並べた。まるで、王を守る駒のように。
「まず、この猟犬どもを一人ずつ狩る」
彼は続けた。
「一人狩るたびに、ヴァイスにプレゼントを送ってやる。『あなたの可愛い猟犬が、一匹いなくなりました』ってな」
その声には、残酷な遊びを楽しむ子供のような響きがあった。
「十二人全員が消えた時、ヴァイスも理解するだろ。狩られる側がどっちだったのかを」
ショウは画面を拡大し、ヴァイスの顔を指さす。
「そこで、お前が奴の前に現れる。で、作戦中止と情報の開示を要求すりゃいいんだ」
ショウは両手を広げた。
「もし断れば、次はあんたの番だと。そう脅してやればいい」
カーバンクルは沈黙したまま、画面の十二の顔を一人ずつ見つめていた。
誰もが歴戦の強者。簡単な戦いにはならない。
だが、彼女の瞳には迷いはなかった。
「……わかった。それでいこう」
「よし来た!」
ショウは満足げに笑うと、早速最初の標的を選び始めた。
「一番厄介な奴から潰すか? それとも、崩しやすいところからいくか?」
「……一番、孤立している駒から」
カーバンクルの即答に、ショウは「賢いな」と呟き一人の男の顔写真を拡大した。
三十代、筋肉質、左腕が武骨な義手になっている。
元軍警察のスナイパー、コードネーム「グリフィン」。
「こいつは単独行動を好む。今夜はサウス区の廃ビル屋上に陣取り、監視カメラと連動してお前の捜索にあたるはずだ」
ショウはグリフィンの行動予測データを表示した。
「夜十時から朝六時まで。交代要員が来るまでの八時間、奴は完全に一人きりだ」
「なら……決行は今夜だね」
ショウは時計を確認した。午後七時過ぎ。
「ああ。三時間もあれば準備は整う」
「わかった。任せる」
カーバンクルの短い返事を聞くと、ショウは猛烈な勢いでキーを叩き始めた。
ビルの構造図、侵入ルート、監視カメラの配置図が次々とモニターに表示されていく。
「俺が今から、もうちょい詳しくナビゲートする。それまでくつろいでいてくれ」
画面に引かれたいくつも赤い侵入経路を、カーバンクルはじっと見つめる。
「グリフィンを片付けたら即時撤退。ヴァイスへのメッセージは俺が送る」
「……うん。いい感じの挑発をお願い」
「任せとけ」
カーバンクルは静かに立ち上がると、袋から栄養バーを取り出した。
包装を破り、無味乾燥なそれを一口齧る。
「なんだその安っぽい……。うまいのか?」
「別に。食べてみる?」
「あ!?」
カーバンクルは気にした様子もなく、食べかけの栄養バーをショウに向ける。
ショウは一瞬だけ頬を赤くし、誤魔化すようにモニターに向き直った。
「……そんな不味そうなのはいらねー!」
「? そう……」
カーバンクルは残ったバーをもそもそと食べた。
お前…好きなのか…? カーバンクルのことが…(昔ボコられたのに…)




