【404】カーバンクルVS軍隊
『……弾薬は、あとどれくらいある?』
ショウは手元の端末で補給ポイントの残量を確認した。
「ライフル弾が120発前後。サブマシンガン用が80発ちょい。閃光手榴弾が4個にスモークが3個。……量だけなら、まだ戦える」
『口径は?』
「5.56ミリ。お前が最初にリストアップしたやつだ」
カーバンクルの返事は数秒の沈黙だった。
ショウは嫌な予感がした。
「……何が問題だ」
『外の連中が着てる装備、見える?』
ショウは義眼のズームを最大にし、通りに展開するブラック・リヴァイアサンの兵士たちを走査した。
先ほどのシャドウ・セキュリティとは、纏っている装甲の厚みが根本的に違う。
胸部と腹部を覆うプレートキャリアは防弾繊維ではなく、軍用グレードのセラミック複合装甲。ヘルメットもフルフェイスの戦術仕様だ。
「……5.56ミリじゃ、抜けねぇな」
ショウが苦い声で呟いた。
5.56ミリ弾は汎用性に優れるが、重装甲に対しては威力が足りない。
当たっても弾かれるか、表面で砕けるだけだ。
『うん。手持ちの弾じゃ、あの装甲は貫通できない。当てても止まらない』
「……ってことは、ライフルもサブマシンガンも豆鉄砲かよ。マジか」
ショウはスクリーンを睨んだ。
72名の重装歩兵が、じわじわと研究棟を締め上げるように展開している。
「どうすんだ、カーバンクル。素手で70人とやるってのか?」
『うーん……。素手じゃ頑張らないと装甲が抜けないんだよね』
(頑張ればいけるのかよ)
言葉の内容に反して、カーバンクルの声には焦りがなかった。
『ショウ。お願いがある』
「なんだ」
『外の兵士の通信チャンネル、割り込める?』
「……は?」
ショウは意表を突かれて眉をひそめた。
「俺様を誰だと思ってる。それくらいならいけるぜ。だが……」
『一人だけでいい。隊列の端にいる兵士の通信にノイズを送り込んで、偽の移動指示を出してほしい。建物の裏手に誘導して、単独で侵入させるように』
「偽の指示……一人だけを引き離すのか」
『うん』
「それで何を……とにかくわかった。三分くれ」
ショウの義手が端末の上で躍り始めた。
ブラック・リヴァイアサンの通信は軍用の暗号化プロトコルで守られているが、ショウにとっては「少し手間のかかる知恵の輪」でしかない。
問題は、個別の兵士にだけ偽の命令を紛れ込ませることだ。
72名の通信波形をスクリーン上に展開し、指揮系統の構造を割り出していく。
「……見えた。左翼最後尾、識別番号LV-47。こいつが一番孤立しやすい」
ショウはLV-47の通信に狙いを定めた。
暗号鍵をクラックし、指揮官の音声パターンをサンプリングして合成音声を生成する。
「音声偽装完了。命令を送信!」
ショウが偽の指令を流し込んだ。
『LV-47、こちら本部。裏手搬入口の偵察に回れ。単独で確認し、報告しろ。他隊員には伝えるな。繰り返す、単独行動だ』
スクリーン上で、左翼最後尾の熱源が動き始めた。
隊列から離れ、建物の裏手へ向かっていく。
大部隊の端で一人が動いたところで、隊形全体には影響がないため誰も気づかない。
「誘導完了。裏手に向かってる。あと一分で搬入口だ」
『ありがとう。あとは私がやる』
通信が切れた。
■
研究棟裏手。地下搬入口付近。
カーバンクルは搬入口の鉄扉の影に身を潜めていた。
ライフルとサブマシンガンは既に降ろしてある。パーカーのポケットには閃光手榴弾が一個だけ。
重い軍靴の音が近づいてくる。
カーバンクルの赤い瞳が暗闇の中で細くなった。
LV-47。
身長180センチ以上の巨漢。フルフェイスヘルメットにセラミック複合装甲。
右手に7.62ミリ口径の重アサルトライフル『クラーケンMk-III』。
腰にはハンドガンと擲弾。背中には対装甲ランチャー。
過剰なほどの重武装だが、これが彼らの標準装備だ。
「ふぅ……」
カーバンクルは息を殺した。
男が搬入口の前を通過しようとした、その瞬間。
閃光手榴弾が足元に転がった。
「——!?」
男が反射的に腕で顔を覆う。
フルフェイスヘルメットの防眩機能が閃光を減衰させ、完全な失明は防いだ。
訓練された反応でライフルを構え直そうとする。
だが、カーバンクルの狙いは目を潰すことではなかった。
閃光で男の視覚が一瞬乱れる——そのコンマ数秒が欲しかっただけだ。
カーバンクルは閃光の残照の中を、音もなく滑るように動いた。
男の背後に回り込み、低い姿勢から飛び上がる。その小さな身体が、巨漢の背中に張り付いた。
「な——っ!?」
男が身をよじる。だがカーバンクルの両脚は既に男の腰に巻きつき、左手がヘルメットの顎紐を掴んでいた。
右手の指が、ヘルメットと首の装甲の隙間——わずか二センチの間隙に正確に差し込まれ、頸動脈を圧迫する。
「ぐ……がっ……!?」
男は暴れたが、少女の身体は蔦のように離れない。
脚の締めつけが腰の自由を奪い、頸動脈への圧迫が脳への血流を断つ。
7秒。巨漢の膝が折れた。
12秒。巨体が前のめりに崩れ落ちた。カーバンクルは激突の直前に飛び退き、着地する。
無音。銃声も悲鳴もなし。
カーバンクルは失神した兵士から、手早く装備を剥ぎ始めた。
クラーケンMk-IIIと予備弾倉。
9ミリ口径のハンドガン。擲弾二発。対装甲ランチャー。
所要時間30秒。
最後にヘルメットから小型のイヤピースを抜き取り、自分の耳に嵌め込む。敵の通信を直接傍受するためだ。
『——全隊、正面から突入開始。A分隊先行、B分隊後続。C分隊左翼、D分隊右翼。E分隊は予備。繰り返す——』
隊形、侵入ルート、タイミング。全てが手に取るようにわかる。
カーバンクルはクラーケンの弾倉を叩き込み、スライドを引いた。
5.56ミリとは比較にならない重い手応えと、金属の匂い。
「ショウ、聞こえる?」
『聞こえてる。どうなった?』
「完了。7.62ミリの重ライフルと予備弾倉、ハンドガン、擲弾、対装甲ランチャー。それと、敵の通信を傍受できるイヤピース」
『……は?』
ショウの声に呆れが混じった。
『おいおい、武装に……イヤピースまで取ったのか! じゃあ敵の作戦が丸聞こえじゃねぇか!?』
「うん。正面から五分隊が同時に入ってくる。A分隊が先行」
『全部わかってんのかよ。もうそれ、防衛戦じゃなくて一方的な狩りだろ』
「狩りはしない。でも——」
カーバンクルは研究棟の正面に回り込みながら、ライフルのスコープを覗いた。
「手加減は、できないかもしれない」
■
正面エントランス。
ブラック・リヴァイアサンのA分隊八名が突入した。
先ほどの連中とは動きが根本的に違う。
前衛が盾を構え、後衛がその隙間からライフルを構える、一糸乱れぬフォーメーション。
ヘルメットの統合センサーが暗視・赤外線・音響の三重走査を行っている。
「A分隊、ロビークリア。先行部隊の残骸を確認。意識不明の兵士多数」
「二階への階段に向かう。B分隊、後続準備」
『了解。十秒後に入る』
A分隊が階段に差し掛かった、その時。
二階の踊り場から、轟音が響いた。
腹の底を震わせる、7.62ミリ弾の発射音。
「!?」
先頭の盾持ちのセラミック装甲に弾丸が直撃した。
一発目で装甲がひび割れ、二発目が同じ箇所を正確に貫通する。
「がっ……!」
盾持ちが崩れ落ちる。後続が即座に遮蔽物に隠れ、応射を開始した。
「上方から射撃! 7.62ミリだ! 敵が重火器を持ってるぞ!?」
「どこから手に入れた!? LV-47の通信途絶……まさか!」
踊り場から三発目が飛び、壁際の兵士の肩口——装甲の継ぎ目——を正確に貫いた。
まるでX線で透視しているかのような精密射撃。
カーバンクルのイヤピースに、混乱した通信が流れ込む。
『A分隊、二名負傷! 二階に重火器持ちの狙撃手!』
『B分隊、突入中止! エントランス待機!』
『C分隊、左翼窓から侵入を試みる!』
カーバンクルはその情報を得た瞬間、階段を駆け下りて一階の左翼廊下へ移動した。
C分隊の四人が窓を破って侵入してきた。
だが足を踏み入れた瞬間、廊下の奥から重アサルトライフルの二点バーストが叩きつけられる。
一組目が先頭の胸部装甲を砕き、二組目が二人目の太腿を撃ち抜いた。
「敵は左翼にもいる!」
「一人だ! 一人がライフルを持って走り回ってやがる!?」
『例のカーバンクルか……!?』
カーバンクルは残りの敵に三組目の弾丸を叩き込みながら、イヤピースの音量を上げた。
『D分隊、右翼から二階へ直接侵入する。窓枠に爆破チャージセット——』
ショウの声が通信機から飛び込む。
「カーバンクル、D分隊が右翼から二階に進入するぞ!」
『知ってる。聞こえてた』
カーバンクルは左翼にスモークグレネードを投げ込み、煙幕に紛れて右翼へ走る。
走りながらクラーケンの弾倉を交換。
右翼の窓が爆発し、D分隊の四人が突入してくる。
粉塵の中から——赤い光が二つ、点灯した。
(な――この、光はまさか――)
先頭の兵士は、報告にあった『化け物の目』だと理解した。だが遅すぎた。
カーバンクルが粉塵を突き破って跳ぶ。
右手のクラーケンが至近距離で火を噴き、盾の装甲ごと背後の兵士の脚を撃ち抜く。
「ぎゃああああ……!!」
同時に左手でハンドガンを抜き、後続のランチャー持ちの手首を撃つ。
「ギッ……!」
最後の一人がライフルを向けたが、引き金を引くより速く、クラーケンの銃床が男の顎をカチ上げた。
「がは……!」
D分隊四名。突入から7秒で全滅。
カーバンクルは倒れた兵士から予備弾倉と擲弾を回収し、イヤピースに耳を澄ませる。
『——A分隊撤退! C分隊も後退しろ! D分隊応答なし! たった一人に四分隊を抑え込まれてるぞ!』
『本部、敵はこちらの通信を傍受している可能性がある! チャンネルを変更——』
「ショウ。チャンネルを変えようとしてる。追えそう?」
『追えるぜ。変更先の周波数をリアルタイムで解析して転送し続ける。……だが、2、3秒のタイムラグは覚悟しろ』
「十分。ありがとう」
カーバンクルはクラーケンを構え直し、廊下の奥を睨んだ。
残り61名。
弾薬は敵の数だけ存在する。『敵の兵站を自分の兵站にしろ』。ゲリラ戦の記憶が囁く通りだ。
どこから入ろうと、カーバンクルが先に待ち構え、彼ら自身の武器で装甲を貫くだけだ。
■
六階、臨時管制室。
ショウは六面のスクリーンを見つめながら、純粋な畏怖を感じていた。
カーバンクルが研究棟を一階から二階へと縦横無尽に走り回っている。
敵の通信を傍受し、先回りし、奪った重火器で装甲を貫き、弾薬を回収して次の迎撃地点へ。
休まない。止まらない。乱れない。
まるでこの建物全体が、彼女という一つの巨大な罠になったかのようだった。
「……おいおい。なんだよこれ」
ショウが信じられないものを見る目で呟いた。
「あいつ、敵が多ければ多いほど強くなってやがる。倒した敵の数だけ弾が増えて、補給ポイントが増えていく。……このまま千人来ても、同じことが起きるぞ」
イスラも黙って画面を見ていた。
その碧い瞳には、畏敬とほんのわずかな恐怖が混じっている。
「……怪物だな。たとえ国中が彼女の敵に回っても……逆に始末されそうだ」
傍受していた敵通信の内容が変わったのは、その直後だった。
『——全隊、撤退! 繰り返す、全隊撤退! これ以上の損害は許容できない……!』
屈辱を押し殺した指揮官の声。
『E分隊は負傷者を回収しろ。残存兵は即座に車両に戻れ。……撤収だ』
スクリーン上で、研究棟を包囲していた兵士たちが後退を始める。
負傷者を引きずり、血の跡を残しながら車両へ急ぐ。
中には武器を捨て、恐怖で顔を歪めて逃げる者もいた。
装甲輸送車が次々と発進し、遠ざかっていく。
最強の民間軍事企業が、たった一人の少女に追い返されたのだ。
「……撤退してやがる。マジかよ……勝ったのか、俺たち」
ショウが椅子の背もたれに全体重を預け、大きく息を吐いた。
『まだだよ』
通信機からカーバンクルの平坦な声が返ってきた。
『撤退したのはブラック・リヴァイアサンであって、グラントやアレクサンダー・クロウじゃない。……彼らはまだ諦めない』
「……ったく。素直に喜ばせろよ」
イスラは窓から遠ざかる車列のテールランプを見送った。
「彼女の言う通りだ。グラントは失敗から学ぶ男だ。同じ手段を二度は使わないだろう」
『でも、問題ない』
「……あ?」
予想外のカーバンクルの発言に、ショウは思わず聞き返した。
『――次はこっちから仕掛けよう』
なかなかにまっすぐな無双描写です




