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【404】殺し屋ハッカー、乱舞

 六階と七階を繋ぐ非常階段。

 ショウは階段の踊り場に背を預け、降りてくる足音の数を義眼のセンサーで解析していた。


 八つの熱源。全員が完全武装。

 降下速度から判断して、先頭は十秒以内にこの踊り場に到達する。


「八対一か。まぁ、悪くねぇハンデだ」


 ショウは首を鳴らし、両腕の高周波ブレードの出力を確認した。

 左右の手首から展開された30センチの刃が、超高速振動で空気を震わせている。

 刃の周囲が陽炎のように揺らめき、甲高い唸りが階段室に反響した。


 高周波ブレード——通称『分子カッター』。


 毎秒数万回の振動で分子結合そのものを断ち切るこの刃の前では、標準的な防弾素材も軽装甲車の外殻も、人間の肉体も、等しく紙切れと変わらない。


 足音が近づく。階段の上から、戦術ライトの光が壁を舐めるように降りてきた。

 先頭の兵士が踊り場の角を曲がった瞬間、ショウは壁を蹴って跳んだ。


「よう。随分とドタバタうるせえ客だな」

「な――」


 声が聞こえた時にはもう遅い。

 ショウの右腕のブレードが、兵士のアサルトライフルを銃身の中央から真っ二つに切り裂いた。


 断面は鏡面のように滑らかだった。

 切断された銃身が床に落ち、カランと軽い音を立てる。

 溶断ではない。金属が融解する暇すらなく、分子レベルで引き裂かれている。


「てっ、敵――」


 兵士が驚愕の声を上げる間もなく、ショウの左腕が翻った。


 ギン!! と激しい破壊音。

 ブレードが兵士の防弾ベストごと胸部を横一文字に薙ぐ。


 防弾繊維が裂け、肋骨も肺も同じ抵抗感で切り開かれる。

 兵士はそれ以外に一言も発せず、前のめりに崩れ落ちた。床に広がる血の量だけが、傷の深さを物語っていた。


「一丁あがりだ」


 ショウはギラリと目を光らせた。


「きっ、貴様! 何者だ!?」


 二人目が階段の上から飛び出してきた。

 先頭の仲間がやられたことに気づき、距離を取りながらサブマシンガンを乱射する。


 弾丸が壁を穿ち、コンクリート片が飛び散る。

 だが、ショウは既にそこにいなかった。脚部のサイバネ強化が生む爆発的な加速で、一瞬で射線の外へ消えている。


「おいおい。どこ撃ってんだよ」


 次の瞬間、ショウは天井近くにいた。

 壁を蹴って三角跳びの要領で兵士の頭上を越えながら、右腕のブレードを振り下ろす。


「は――!?」


 ギン!! ヘルメットが縦に割れ、中身ごと切断された。

 血飛沫が壁に放射状に散り、兵士の体が糸を切られた人形のように崩れ落ちる。


「二丁!」


 三人目と四人目が同時に踊り場へ突入してきた。

 一人は強化ポリマー製の盾を構え、もう一人がその背後からライフルを構えている。プロの連携だ。


「盾だぁ? なかなか笑えるギャグじゃねえか」


 ショウは正面から突進した。

 盾持ちの兵士が「来た!」と叫び、全体重を預けて受け止めようとする。

 背後の射手がショウの頭を狙って引き金を引いた。


 だがショウは突進の途中で急停止し、身を沈めた。弾丸が頭上を通過する。

 そのまま低い姿勢から右腕を振り上げ、ブレードを盾の下端に滑り込ませた。


 高周波の刃が、盾をバターのように対角線に両断した。


 盾の上半分が宙に舞う。兵士の目が信じられないほど見開かれた。

 彼の手にした『鉄壁』が、一瞬で紙切れに変わったのだ。


 その驚愕が命取りだった。

 ショウの左腕のブレードが、盾を失った兵士の喉を水平に薙ぐ。

 首の動脈も気管も頸椎も、一振りで全てが断たれた。


「三丁!」

「うっ……わああああ!!」


 背後の射手が悲鳴を上げながら後退し、フルオートで弾幕を張る。

 ショウは倒れていく盾持ちの体を蹴って横に跳び、壁を駆け上がるようにして射線を回避した。


 天井すれすれから落下しながら、射手の肩口に着地する。

 兵士がバランスを崩して倒れ込み、その背中にショウの両膝が叩きつけられ、脊椎が嫌な音を立てた。


「がぐっ……!?」

「ほらよ。トドメだ」


 動けなくなった兵士の後頭部に、ブレードの先端が静かに突き立てられる。


「四丁。これで半分だ」


 ショウは立ち上がり、階段の上を見上げた。

 残る四人は踊り場の惨状を見て完全に足を止めていた。


 30秒に満たない時間で4人の仲間が——うち3人は即死で——処理されたのだ。


 血の匂いと赤い飛沫の中央に立つ、子供にしか見えない銀髪の少年。

 両腕の黒いブレードが甲高く空気を震わせ、刃から赤い雫が点々と落ちている。


「どうした? 降りて来いよ」


 ショウは不敵に笑い、エメラルドグリーンの義眼を獰猛に光らせた。


「ここから先にイスラがいるんだぜ? 通りたきゃ俺様を倒してから行けよ、クソ共」


 4人の兵士の間に、明らかな動揺が走った。

 防弾ベストも強化ヘルメットも、あのブレードの前では無意味だと悟ったのだ。


「……て、撤退、しますか」

「バカ言え。グラントに殺されるぞ」

「……くそがっ!」


 一人が歯を食いしばり、閃光手榴弾を手に取った。


「閃光弾で目を潰して、四方から同時に撃つ。あのブレードがどんなに鋭くても、弾丸は防げねぇはずだ!」


 4人が頷き合い、閃光弾のピンを抜いた。

 ショウの義眼がそれを補足し、警告を表示する。だが、彼は逃げなかった。


「はン……見え見えなんだよ、三流」


 閃光弾が投げ込まれた瞬間、ショウは目を閉じて身を低くした。


 同時に義手の緊急電磁パルス機能を起動し、デトネーターを電磁波で一瞬だけ遅延させる。

 その0コンマ数秒の間に、ショウは階段を一気に駆け上がった。


「おらァッ――!」

「!!?」


 閃光が炸裂したのは、ショウが既に4人の懐に飛び込んだ後だった。


 兵士たちの網膜が白に染まる。だがショウの義眼は直後に自動再起動し、赤外線モードで4つの熱源を正確に捕捉していた。


 最初の一閃が、一人目の両腕をライフルごと切り落とす。

 絶叫が始まる前に、返す刃で胴を薙ぐ。


「五!」


 2人目が至近距離から拳銃を抜こうとした。だがショウのブレードが手首に到達する方が速かった。

 手首から先が拳銃ごと弾け飛び、兵士が噴水のように血を噴き出しながら壁に叩きつけられる。


「六!」

「ひっ、ヒイィィ!!」


 3人目が背を向けて逃げようとした。

 ショウの脚部サイバネが床を砕くほどの踏み込みを生み、逃走する背中を肩から腰にかけて斜めに切り下ろす。

 背骨が断たれる感触が義手を通じて伝わってきた。


「七! ハッ、逃げられるわけねぇだろ!」


 最後の一人——若い兵士だった。

 彼はもう武器を構えていなかった。床に尻もちをつき、ガタガタと震えている。

 よく見れば、左腕が安物の義体に換装されていた。


「た……頼む。殺さないでくれ……!」


 ショウはブレードを構えたまま、一瞬だけ足を止めた。

 義眼が若い兵士の顔を走査する。年齢推定23歳。左腕の義体は型落ちの民生品。


「……テメェ、なんでこんな仕事してんだ」


 ショウは低い声で聞いた。周囲には7人の仲間の亡骸が転がっている。


「グラントに……逆らえないんだ。契約で縛られてて、逃げたら家族が……」


 若い兵士は涙と恐怖で顔を歪め、義手で頭を抱えて嗚咽を漏らした。

 ショウは数秒間無言でその姿を見下ろすと、ブレードを収納した。高周波の唸りが消え、階段に沈黙が戻る。


「……失せろ。二度と来んな」


 若い兵士は弾かれたように立ち上がり、何度も足をもつれさせながら階段を駆け上がっていった。


 ショウは血に濡れた義手を振り、壁にもたれかかった。


「……ったく。誰かさんのが感染ったかね」


 通信機に手を伸ばす。


「カーバンクル。七階の別動隊、8人中7人を処理した。一人は逃がした」

『そう。怪我は?』

「かすり傷もねぇよ。雑魚ばっかだ」


 実際には閃光弾の残光で右目の義眼に微弱なノイズが走っていたが、報告するほどではない。


『……ありがと』

「礼なんかいらねぇよ。……それより、そっちは?」

『二階の第二波は片付いた。全員気絶してる。こっちも弾薬を回収した』

「そうかよ。じゃあ一旦終わりか?」

『……どうだろうね』


 カーバンクルの声には、珍しく不安の色が混じっていた。


『グラントは合理的な人間だってイスラが言ってた。36人で攻めて失敗したら、次はもっと大きな手を打ってくる』

「もっと大きな手って、何だよ」

『わからない。だから、気を抜かないで』


 通信が切れた。


「……やれやれ」


 ショウは管制室に戻り、ホログラムスクリーンの前に座り直した。

 血のついた義手でエナジーバーの残りを口に放り込む。


 イスラはそれを見て眉をひそめる。

 階段から聞こえてきた悲鳴と、彼の義手に付着している赤黒い液体の意味を理解しているのだ。


「……大丈夫かい、ショウ」

「あん? 大丈夫も何もねぇよ。見ての通りだ」

「そうか……いや、君も殺しをするとは知らなかったものでね」

「あ?」


 ショウは義眼をイスラに向けた。


「俺だって本来は殺し屋ハッカーっつー最高にクールな職業を名乗ってたんだぜ。さんざん殺してるよ」

「そうだったのか。それがなぜ、後方支援を?」

「うるせえな。負けたんだよ、カーバンクルに」


 ショウはスクリーンに視線を戻し、建物周辺の監視カメラの映像を巡回させ始めた。

 そして、手が止まった。


「……おい」


 声のトーンが変わっていた。先ほどまでの軽口が消え、純粋な警戒の色が滲む。


「なんだい?」

「外を見ろ」


 ショウが一枚のスクリーンを拡大表示した。

 研究棟の正面通りを、広角カメラが捉えている。


「……!」


 イスラの息が止まった。

 通りの向こう。セントラル区の整然とした街路に、黒い車列が停車していた。


 装甲輸送車が四台。その後ろに武装トラックが二台。

 さらに奥にもヘッドライトの光が連なっている。


 車両から降り立つ人影。完全武装の兵士たち。

 一人、二人ではない。隊列を組んで次々と降車してくる。


 最新型の戦術装備。暗視ゴーグルではなく、フルフェイスの戦闘用ヘルメット。

 重火器を担いでいる者すらいた。


 ショウの義眼が人数をカウントしていく。


「20……30……40……まだ増えてやがる。50……」


 声が裏返りかけた。


「60……70……おいおい、冗談だろ……」


 カウントが止まった時、スクリーンに表示された数字は——


「72名」


 ショウが呟いた。先ほどまでの全兵力の倍。

 しかも装備の質が明らかに跳ね上がっている。


 イスラが端末を操作し、車両のナンバープレートを拡大した。

 表示された企業ロゴを見て、彼は唇を噛んだ。


「……ブラック・リヴァイアサン社か!」


 隠者たちの一人、アレクサンダー・クロウの軍事企業。

 軍事・警備産業を一手に握る男の、正規の民間軍事部隊だ。


 シャドウ・セキュリティの残党とは比較にならない練度と装備を持つ、ネオ・アルカディア最強の私兵。


「クロウが動いたのか……! グラント一人の判断じゃない。隠者たちが結託してる……!」


 イスラの声に、初めて本物の恐怖が混じった。


 ショウは黙ってスクリーンを見つめていた。72人の兵士たちが、整然とした隊列で研究棟を包囲し始めている。


 正面だけではない。裏手にも、側面にも、黒い人影が展開されていく。

 建物が、圧倒的な暴力の壁で囲まれていく。


「……カーバンクル」


 ショウは通信機を握りしめた。


「聞こえてるか。外に増援が来た。70人以上。しかもブラック・リヴァイアサンの正規兵だ。さっきの三流ドモとはわけが違う」

『…………』


 数秒の沈黙の後、カーバンクルの声が返ってきた。

 静かで、平坦で、いつもと変わらない声だった。


『大丈夫。大した数じゃない』

「お、おい……本気か?」


『……弾薬は、あとどれくらいある?』

ショウの攻撃は防御貫通がエグいのです

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