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【断罪】五つの車輪

「ア……アァアア……ッ!」


 ゴールドスタインは白目を剥き、口から泡と涎を垂らしながら、無様に痙攣していた。


 完全に180度逆にへし折られた右足から、大量の血がホコリまみれの床に滴り落ちている。


 激痛に耐えきれず失神しようとする彼の意識を、椅子の背もたれに仕込まれた微弱な電流が強制的に引き戻した。


「ほら、スピンのボタンが泣いてるよ。せっかく百万クレジットも『融資』してあげたのに」


 カーバンクルはドラム缶に再び腰掛け、足をぶらぶらと揺らしながら無感情に言った。


 ゴールドスタインは恐怖と激痛で顔をぐしゃぐしゃに歪め、震える左手でスピンパネルを叩いた。


 リールが回る。

 外れ。

 外れ。


 時折、小刻みなチャイムと共に小さな当たりが払い出される。


『チェリー・チェリー・チェリー』


 そのたびに、ゴールドスタインの血走った目に一瞬だけ「助かるかもしれない」という錯覚が宿る。

 だが彼が興奮して心拍数を上げると、システムは無慈悲に外れを連発し、クレジットをゴリゴリと削り取っていく。


 勝ったり負けたりを繰り返す、カジノの真綿で首を絞めるような常套手段。

 しかし長期的な収支のグラフは、決して上を向くことはない。


 三十分後。

 百万クレジットの残高は、再び『0』になった。


「あーあ。また尽きちゃったね」


 カーバンクルが芝居がかったため息をつく。

 同時にスロット台の画面が明滅し、軽快な電子音声が廃墟に響き渡った。


『追加クレジットのご案内です。ご融資を受けますか?』

「や……やめ……! たのむ……たの、む……ッ!」

「じゃあ、左足ね」


 ウィィィィン……!

 モーター音が唸りを上げ、ゴールドスタインの左足を固定していた鋼鉄の拘束具が内側へ向かって回転を始めた。


「ヒィイイイッ!? イヤアアアアッ! ア、ギィイイイイイッ!!」


 メキメキッ、ゴキィッ!

 太腿の骨がねじ切れ、大腿骨が皮膚を突き破って露出する。

 ゴールドスタインは声帯が引き裂かれんばかりの絶叫を上げ、激痛のあまり自らの舌を噛み切りそうになった。


『融資完了:1,000,000クレジット』

「ほら、百万追加。まだ回せるよ」


 カーバンクルの赤色の瞳には、一片の同情もなかった。


 かつて、凌華の母が借金に追い詰められて肝不全で死んだとき。

 凌華が一年半、笑顔の仮面を被って絶望の淵に立たされたとき。

 凱がドームの外で致死性のガスに肺を焼かれたとき。


 この男は、安全な特等席でグラスを傾け、彼らの絶望を『利益』として啜っていたのだから。


「……まわ……す……」


 ゴールドスタインは血と涎に塗れた顔を上げ、焦点の定まらない目で画面を睨んだ。

 もはや人間としての尊厳は欠片もなく、ただスロットを回すためだけの肉塊と化している。


 震える右手でパネルを叩き、無機質な電子音に縋り付く。

 しかし、生体センサーは容赦がない。


 極限の激痛と恐怖で心拍数が跳ね上がり、大量の冷や汗を流している彼のデータは、システムにとって『最も搾取すべき獲物』でしかなかった。


 15分後。

 二度目の百万クレジットが、泡と消えた。


『追加クレジットのご案内です』


「……あ……アァ……」

「次は、スロットを回してない方の手。左手だね」


 ガキンッ。

 拘束具が作動し、ゴールドスタインの左腕が、肘から先を万力で固定されたまま、ドリルに巻き込まれたようにねじ切られた。


「ガァアアアアアッ!! オ、ォオオオオオッ!!」

『融資完了:1,000,000クレジット』


 両足と左手をあらぬ方向にへし折られ、全身を血に染めたゴールドスタインは、もはや悲鳴すらまともに上げられなくなっていた。

 ヒューヒューと喉の奥から空気が漏れる音だけが響く。


「さあ、最後の軍資金だよ。……右手だけでどこまでやれるかな?」


 カーバンクルはドラム缶から降り、ゆっくりと彼の傍に歩み寄った。


 ゴールドスタインは、残された最後の右手で、縋るようにスピンパネルを叩き続けた。


 外れ。

 外れ。

 小さな当たり。

 外れ。外れ。外れ。


 彼が作り上げた『顧客損失最適化指数』。

 客を食い物にする地獄のアルゴリズムが今、彼自身の肉体と精神を最後の一滴まで搾り取っていく。


 やがて、運命の時が来た。

 クレジット残高が、完全に『0』を表示した。


「……お……わ、り……」


 ゴールドスタインが、焦点の合わない目でうわ言のように呟く。


「そうだね。終わりだよ。あなたの『右手』も、もう使えない」


 ウィィィィン……!

 モーター音が鳴り、スロットを叩き続けていた右腕の拘束具が回転を始めた。


「ア……! ヒィッ……!」


 ゴキッ、という鈍い音と共に、右腕がねじ折られる。


「〜〜〜〜……ッ!!!」


 四肢をすべて破壊されたゴールドスタインは、血の池と化した床の上で、虫のようにピクピクと痙攣することしかできなかった。


『追加クレジットのご案内です。ご融資を受けますか?』

「……ア……ア……?」


 ゴールドスタインの口から、もはや意味をなさない掠れ声が漏れる。


「手足はもうない。……でも、まだ一つだけ担保が残ってるよね?」


 カーバンクルは、首を傾げて目を見開いた。

 その瞬間、椅子の背もたれの最上部から冷たい鋼鉄のリングが飛び出し、ゴールドスタインの首元にガッチリと食い込んだ。


「ヒッ……!?」

「あなたがウエスト区の底に沈めた、数え切れない人間たちの命。……その担保、きっちり回収させてもらう」


 カーバンクルが手元のリモコンのボタンを押す。


『融資完了:1,000,000クレジット』


 ファンファーレの音と共に。

 ウィィィィン……!

 首を固定したリングが、凄まじいトルクで『180度』回転を始めた。


「ガ、ギィィイイイイイイイイイイイイイッッッ!!!」


 メキリ、メキメキメキッ!!!

 太い木の枝をへし折るような、おぞましい破砕音が廃墟に鳴り響いた。


 頸椎が完全に砕け散り、神経の束がねじ切れ、ゴールドスタインの首はあり得ない方向へと回転し——真後ろを向いて、静止した。


 目を見開き、舌をだらりと垂らした彼の死に顔。

 最後に見たのはスロットの画面ではなく、暗く冷たい廃墟の天井だけ。


 血の匂いと、尿と便の混じった異臭が漂う中。

 スロット台だけが、持ち主を失ったまま虚しくチカチカと輝き続けている。


「……あなたはもう、|どこにも存在しない《404 Not Found》」


 カーバンクルはゴールドスタインの死体を冷たく見下ろし、ぽつりと呟いた。

 そして、台座の上に置かれたままになっていた『4億4800万クレジット』のペイチップを拾い上げ、パーカーのポケットに放り込む。


 廃墟の出口へと歩き出すカーバンクルの背中で、スロット台はいつまでも、誰も座ることのない椅子の前で軽快な電子音を鳴らし続けていた。



 再び、暗号化された虚数空間。

 ネオ・アルカディアを支配する『隠者たち』の円卓に、重苦しい沈黙が満ちていた。


 かつて十の影が浮かんでいた空間は今や八つにまで減り、その輪郭には明らかな動揺と恐怖が滲み出ている。


「……マルコム・ゴールドスタインが、死んだ」


 議長であるアーサー・ハミルトンが、ひどく苦いものを噛み潰したような声で告げた。

 残る七つのホログラムが一斉に小さく揺らぐ。


「4億4800万クレジットもの流動資産が、完全に消えた。……さらに、彼自身の死体はサウス区の廃墟から発見された。彼自身のスロット台に縛り付けられた状態でな」


 空中に、無惨な姿で事切れたゴールドスタインの画像が投影される。

 その光景に、太った男——ロバート・クレイグが悲鳴のような声を上げた。


「バ、バカなッ! あいつは裏の経済を握っていたんだぞ! それが、あんな子供一匹に……!」

「レックス・ドレイクの私設軍隊も全滅したばかりだというのに……! 次は誰だ!? 我々は、順番に狩られているんじゃないのか!?」


 エネルギー企業のデヴィッド・サザーランドが、頭を抱えて呻く。


 無敵を誇った武力も、莫大な経済力も、あの水色の髪の少女——カーバンクルには一切通じなかった。

 もはや彼らの中に、かつての絶対的な余裕は欠片も残っていなかった。


「静まれ」


 アーサーが冷たく言い放つ。


「狼狽えるなと言っている。我々は支配者だ。……だが、事態が『戦争』の域に達していることは認めざるを得ない」


 アーサーは氷のような視線で、円卓の末席に浮かぶ一つのホログラムを睨みつけた。


 ビクッ! と。

 睨まれたホログラムが、情けないほど大きく跳ね上がった。


 エドワード・フィンチ。

 五十代前半。神経質そうに痩せこけた体躯に、サイズの合わない高級スーツを着崩した男だ。


 ネオ・アルカディアの『教育』を牛耳る教育委員会のトップでありながら、その態度は常にオドオドとしており、隠者たちの中でも最も格下として軽蔑されている存在だった。


 エドワードは涙目で他の隠者たちを見回したが、誰もが彼から目を逸らし、あるいは嘲笑を浮かべていた。


(クソッ、どうして私ばかりこんな目に……! マルコムがヘマをしたせいだ! レックスが筋肉馬鹿だったせいだ! 私は悪くないのに……! ムリヤリこんな、怪しい集団に取り込まれただけなのにッ!)


 エドワードは内心で死んだ同胞たちを口汚く罵りながら、震える手で眼鏡を押し上げた。


「ともかく、各々十分に用心しておくことだ。次に誰が死ぬか、わかったものではないからな」


 恐怖と怒りの中で、次々と闇に溶けていくホログラムたち。


 最後に残ったエドワードは、誰もいなくなった虚数空間で、爪を噛みながらブツブツと呟き始めた。


「クソッ、クソッ、クソッ……! どいつもこいつも私を見下しおって……! なんでこんなことに……私は悪くないのに……!」


「ああ、クソ。そうだ、そうだな……落ち着かねば……また、子どもたちに癒やしてもらわねば……」


 ――通信が途絶え、完全な闇が訪れる。


なんだかんだ4億持ち逃げしてるので大金持ちです


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