【断罪】いじめデスゲーム、開幕
「……っ……?」
リュウジが意識を取り戻した時、最初に感じたのは後頭部の鈍い痛みと、鼻をつくコンクリートの粉塵の匂いだった。
「……ってぇ……どこだ、ここは……?」
ゆっくりと身を起こすと、そこは窓一つない殺風景な部屋だった。
見渡す限り、灰色。
唯一の光源は、天井に埋め込まれた無機質なLEDパネルだけだ。
「リュウジ……! よかった、目が覚めたのね!」
声のした方を見ると、アヤが壁際に座り込んでいた。顔は恐怖に青ざめている。
「ううっ……ぐうぅ……ああ……」
その隣には、片腕を失ったケンゾウが荒い息を吐きながら横たわっていた。
応急処置はされ止血は済んでいるようだが、熱でも出したのか意識が朦朧としているようだ。
「アヤ……ケンゾウ……。一体どうなってやがる!?」
リュウジが立ち上がろうとした、その時だった。
『――目が覚めたみたいだね、殺人犯』
部屋の四隅に設置されたスピーカーから、あのボディガード――カーバンクルの感情の乗らない声が響き渡った。
「てめえ、どういうつもりだ! 親父に言いつけてただじゃおかねえぞ!」
リュウジが吼えるが、声は虚しくコンクリートの壁に吸い込まれるだけだ。
『ああ……あなたのお父さんの依頼っていうのは嘘だよ。お父さんは今も、あなたがいなくなったことに気付いてもいない』
「はぁ……!? ふ、ふざけんじゃねえ! 親父がすぐに俺を探すぞ……!」
『静粛に。……これからあなたたちには、ユイ・ナカムラが体験した苦痛を追体験してもらう』
壁の一面が、突如ディスプレイとして起動した。
黒い背景に白い文字が浮かび上がる。
【TARGET_HITS: 0 / 60】
『第一の部屋のテーマは『痛み』。彼女が受けた痛みを、あなたたち自身の手で再現してもらう』
すると部屋の中央、床の一部がスライドし、数本の錆びついた鉄パイプがせり上がってきた。
『ルールは単純。その鉄パイプを使い、この部屋にいるいずれかの"対象"を、60回殴ること。カウントが60に達した時、次の部屋へ続く扉が開く』
「は……? なに? 何言って……」
アヤが呆然と呟く。
『制限時間は30分。達成できなければ、この部屋の酸素供給を停止し、あなたたちは窒息して死ぬ』
ディスプレイの隅に【TIME: 30:00】というタイマーが表示され、無慈悲なカウントダウンを開始した。
「おい、待て待て待て待てよ! 冗談だろ!?」
リュウジが叫ぶ。
部屋の空気がわずかに薄くなっていくような錯覚が、これが現実であることを突きつける。
「だ、誰が誰を殴るって言うのよ……!?」
アヤがパニックに陥る。三人は互いの顔を見合わせた。疑心暗鬼と恐怖が、狭い部屋に充満していく。
「……決まってんだろ」
最初に口を開いたのは、リュウジだった。
彼の視線は、床で呻いているケンゾウに注がれていた。
「な……何だよ……何見てる……リュウジ……?」
ケンゾウが、血の気の失せた顔で彼を見上げる。
「わかんねえのかよ。お前はもう片腕もねえし、役に立ちそうにもねえだろ。その命、俺たちのために使えよ」
「ま……待て……俺たちはダチだろ……? おい、アヤ! アヤ! お前からも何か言えよ!」
ケンゾウはアヤに助けを求めた。だが、彼女は青ざめた顔で視線をそらすだけだった。
「だって……だって私たちだって、死にたくないもん! 殴んなきゃ、30分後に死ぬんだよ!」
「裏切るのか、てめえら……!」
ケンゾウの目が憎悪に染まる。彼は残った左腕で身体を支え、必死に後ずさった。
「やめろ……来るな! 俺を殴ったらただじゃおかねえぞ! 俺がお前らの秘密を全部……!」
「うるせえよ、役立たずがぁ!」
リュウジは吐き捨てると、床の鉄パイプを拾い上げた。
「そもそも日頃から腕っぷし自慢しといてあっさり負けやがって! こうなってんのはてめぇのせいだ!」
彼はそう自分に言い聞かせ、ケンゾウに歩み寄った。
タイマーは既に28分を切っている。
「やめろ……! 頼む! 金ならやる! 俺のクレジット全部やるから!」
「お前より俺のほうが金持ってるってんだよ! 貧乏人が!」
ケンゾウの脅しは、命乞いに変わっていた。だがリュウジの足は止まらない。
「リュウジ……本当にやるの……?」
アヤが震える声で問う。
「やるしかねえだろ! それとも、お前が代わりに殴られるか?」
「……っ!」
鉄パイプを向けられるとアヤは唇を噛みしめ、黙り込んだ。
「つーわけだからさぁ。60発ぶん、耐えてくれや」
リュウジは、何の感情も込ずにそう言うと、鉄パイプを振り上げた。
ゴッ!
鈍い音と共に、ケンゾウの足に一撃が加えられる。
「ぐあああああっ! ああっ、ああ!!」
ケンゾウの絶叫が、部屋に響き渡った。
ディスプレイのカウンターが、【1 / 60】に変わる。
「い、痛え……! やめろ、リュウジ! 頼む……!」
「まだ59回も残ってんだよ……!」
リュウジは再びパイプを振り下ろした。
殴るたびに、ディスプレイの数字が増えていく。
ケンゾウの叫びは、次第にか細い呻き声に変わっていった。喉が潰れたのだろう。
10回目を殴ったところで、リュウジは息を切らして手を止めた。
「はぁ……はぁ……おい、アヤ代われ! 俺一人にやらせる気かよ!」
「わ、私……?」
「てめえも同罪だろうが! やれよ! やらねえと次はてめえ殴るぞ!」
その言葉に、アヤの身体がびくりと震えた。
彼女は震える手でリュウジからパイプを受け取ると、歯を食いしばりパイプを振り下ろす。
「あァッ!」
「ぐっ……!」
しかし、カウントが増えない。
「もっと力入れろ! 本気でやれや!」
「あぁっ……! クソッ、クソクソッ! もおおおお!」
再びありったけの力を込めてパイプを振り下ろすアヤ。ガツン、と骨に当たる音。なにか砕ける感触。
「ぎぃぃああぁぁぁぁ!!」
「ヒィッ! ケ、ケンゾウ大丈夫!?」
「大丈夫なわけねぇだろうが、バカな女だなぁ! いいからもっと殴れってんだよ!」
リュウジの恫喝に屈し、アヤは再び何度もケンゾウの体にパイプを振り下ろす。
かつて、ユイに対して三人で笑いながら行った暴力行為。
悪ふざけの暴力はあんなに面白かったのに。仲間に対して行う行為が、こんなにも気持ちが悪いとは思っていなかった。
「はぁ……はぁっ……」
「ぐ……ぎ……かっ、かはっ……」
カウントが30を超えたあたりで、ケンゾウの呻き声は完全に聞こえなくなった。
だが、二人は止まらない。
生き残るために、友人の、そして共犯者の死体を、ただの肉塊として殴り続けた。
そして――
60回目の打撃音が、静まり返った部屋に響いた。
ディスプレイの数字が【60 / 60】に変わる。
けたたましいブザーが鳴り響き、部屋の奥の電子ロックドアがゆっくりと開いていった。
「はぁ……ふぅ……」
「…………」
リュウジとアヤは、返り血と汗にまみれたまま呆然と開いた扉を見つめていた。
その先には、白い無機質な通路が見えている。
「……終わり……? 帰れる……?」
「……クソ……」
二人は互いに目を合わせることもなく、ケンゾウの無残な死体から逃げるように通路へと足を踏み入れた。




