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【断罪】幼年期は終わっている

 ホームの中央、瓦礫の山に囲まれた開けた場所。

 かつては通勤客が行き交ったその場所に、カーバンクルはリサを無造作に座らせた。


 周囲には、教主と十数人の幹部信徒たちが円陣を組むように立っている。


 誰も近づこうとはしない。

 ただ凍りついたような空気の中で、処刑の儀式を見守っている。


 リサは混濁した意識の中で、カーバンクルを見上げた。


「な、何を……する気……」


 カーバンクルは答えない。

 彼女は白いパーカーのポケットから、無骨な黒い円盤状のデバイスを取り出した。


 直径五センチほど。

 表面には冷却用スリットが刻まれ、青白いLEDが不吉なリズムで点滅している。


 ショウの声が、通信越しに響いた。


『へぇ。それ使うのか?』

「うん」

『……了解。俺の方からも、彼女の埋め込みデバイスの識別コードを送る。ピンポイントで完全に焼き切れるようにな』


 カーバンクルはリサの前に片膝をついた。

 リサは本能的な恐怖で目を見開いた。


「それ、何……?」

「指向性EMPジェネレーターの改造版」


 カーバンクルは事務的に説明した。


「ショウの特製。対象の電子回路を物理的に、かつ不可逆的に破壊する」

「な――」


 リサの顔から血の気が引いた。


「まさか……」

「あなたの右腕、こめかみのニューロ・ジャック、それから……」


 カーバンクルはリサの身体をスキャンするように視線を走らせた。


「脳内にある補助演算プロセッサも、全部壊す」

「や、やめて……! それがなくなったら、私は……!」


 リサは半狂乱で身体をよじった。

 しかし砕かれた顎の激痛と全身の打撲で、芋虫のように這うことしかできない。


 カーバンクルは冷たく、円盤をリサのこめかみに押し当てた。


「これが、あなたへの制裁」


 彼女は宣告した。


「二度と、誰かを操れないように」


 円盤のLEDが赤く変色し、激しく明滅を始める。


 ヴィィィン!


 耳鳴りのような高周波音が響き、スパークするような青白い光がリサの側頭部を包み込んだ。


「あ、ぎゃあああぁぁぁっ!!」


 リサは絶叫し、海老反りになった。

 こめかみの接続ポートから煙が上がり、内部のマイクロチップが融解していく。

 焦げたタンパク質とプラスチックの臭いが広がる。


 カーバンクルは無慈悲に、円盤を右腕へとスライドさせた。

 再び、青白い閃光。


 バチバチッ!


 リサの自慢だった高性能義手が痙攣し、指があらぬ方向へ動き、そして――糸が切れた操り人形のように落下した。


「う、ぐ、あ……腕が……動かない……!」


 リサは自分の右腕を見つめ、過呼吸を起こした。


 感覚がない。

 自分の身体の一部だったはずのそれが、ただの鉄屑になってぶら下がっている。


 カーバンクルは表情一つ変えず、最後に円盤をリサの後頭部へ当てた。


「これで、脳内チップも」

「やめ……! お願い、それだけは……!」


 リサは涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして懇願した。


「それがなくなったら、私は何もできない! ハッキングも、ネットへのダイブも、何も……!」

「それが目的だから」


 カーバンクルは冷徹に言い放った。

 円盤が、トドメの一撃を放った。


 ――ズウゥゥゥン!


 リサの身体が感電したように激しく跳ねた。

 脳内チップが過負荷で焼き切れる瞬間、彼女の視界を埋め尽くしていた情報の海がノイズと共にブラックアウトした。


 常に見えていたデータの流れ、ネットワークとの一体感、全能感――全てが消失する。


「あ……あぁ……」


 リサは虚ろな瞳で、何もない虚空を見つめた。


 世界が突然、恐ろしいほど静かになった。


 情報の奔流が消え、ただの無力な肉体だけが残される。


 カーバンクルは円盤をポケットにしまい、立ち上がった。


「これで、あなたはもうハッカーじゃない」


 彼女は廃人同然となったリサを見下ろす。


「当然、治そうとしても難しいだろうね。体内に残った異物が次の機械との接合を拒む」


 リサは床に突っ伏し、壊れたラジオのように嗚咽を漏らした。


「それに……」


 カーバンクルは追い討ちをかけた。


「ブラッド・ヴァイパーズは、血眼になってあなたを探してる。偽情報を流し、彼らに喧嘩を売ったからね」


 リサの背中が、恐怖で強張った。


「そ、そんな……」

「ヴァイパーズのボスには手土産として全部話した。あなたの顔写真、本名、そしてここにいること」


 カーバンクルは教主の方へ視線を投げた。


「この人をどうするかは、あなたたちの自由。でも、ヴァイパーズが本気で取り立てに来たら……」


 彼女は踵を返した。


「カルトの力で守れるかは、知らない」


 教主は沈黙したままだった。

 信徒たちはかつて自分たちに命令を下していた女の無様な姿を、複雑な目で見つめていた。


 カーバンクルはホームを出ようと歩き出す。

 その時――


「待ちなさい」


 教主の声が地下空間に響いた。

 カーバンクルは足を止めたが、振り返りはしない。


 教主はカツカツと足音を立てて数歩前に出た。

 その顔からは、あの胡散臭い笑顔が消え失せていた。


「……ホープ・ハウスに、我々の精鋭部隊を送りました」


 カーバンクルの背中が、ピクリと反応した。赤い義眼が横目で背後を睨む。


「何?」

「いやはや。もっとスマートに、穏便に済ませたかったんですけどねぇ」


 教主は大袈裟に嘆いてみせた。


「貴女があまりにも予想外で、暴力的な行動ばかりするから。こちらも、不本意ながら『保険』を使わせていただきました」


 彼は義眼をギーギーと回転させ、歪んだ笑みを浮かべる。


「今頃、五人の完全武装した信徒が、あの可愛い子供たちの家を取り囲んでいるでしょう。カイさんも、さぞやお困りのことと思いますよ」


 カーバンクルはゆっくりと振り返った。


 その顔は相変わらず能面のようだった。

 だが義眼の光量は明らかに増し、周囲の闇を赤く染めていた。


 教主は勝利を確信したように両手を広げた。


「子供たちの命が惜しければ我々に従え。ドームを破壊し、人類を外界へ導く。それこそが、貴女に課せられた聖なる使命なんだからなぁ!!」


 周囲の信徒たちが緊張で息を呑み、カーバンクルの決断を待つ。

 重苦しい沈黙が数秒続いた。


 それから――


「ふっ」


 カーバンクルは小さく、鼻で笑った。

 教主は怪訝そうに眉をひそめる。


「何がおかしいんですか?」

「あなたたち」


 カーバンクルは憐れむような目で教主を見つめた。


「カイのことを、あまり甘く見ないほうがいい」



 同時刻、サウス区ホープ・ハウス周辺。


 イースト区との境界に近い、古びた居住区画の一角。

 そこに、周囲の殺伐とした空気から切り離されたように静かに佇む建物があった。


 三階建ての質素なコンクリート造り。

 外壁の塗装は剥げかけているが、窓には色とりどりの手作りカーテンが揺れ、看板には拙い文字で『ホープ・ハウス』とペイントされている。


 ――その建物から百メートル離れた廃ビルの屋上。


 五人のアポカリプティック・サウンド戦闘員が、眼下の獲物を見下ろしていた。


 全員が統一された黒い戦闘服に身を包み、過剰な重武装をしている。


 リーダー格の男――コードネーム「レイヴン」は四十代半ば。

 顔の左半分が金属プレートで覆われ、赤外線センサー内蔵の義眼が建物内部の熱源を執拗にスキャンしていた。


「……ガキが十七匹。大人が二匹。ターゲットのカイ・レノックスと、もう一人は最近拾われた野良犬の兄貴分だな」


 彼の隣には若い男が立っていた。

 両腕を肘から切断し、小型ガトリング砲を直結している。コードネーム「バレット」。


「楽勝な仕事じゃないですかァ。ガキなんて、銃口向けて脅せば失禁して言うこと聞きますよ」


 彼は下卑た笑みを浮かべ、ガトリングの砲身を撫でた。


「泣き叫ぶガキの声ってのは、いい音楽になりますからねェ!」

「遊びじゃないぞ」


 レイヴンは窘めたが、その口調に本気で怒っている様子はない。


「教主様が直々に選んだ標的だ。女神様を籠絡するための最高の『餌』だ。多少手荒に扱っても構わんが、殺すなよ。商品価値が下がる」


 少し離れた場所には、長大なスナイパーライフルを構えた女がいた。

 コードネーム「サイレンス」。彼女は無表情のまま、高倍率スコープ越しにホープ・ハウスを覗いている。


「カーテンの隙間から確認。子供たちが寝ている。かわいいわねぇ」


 残りの二人の戦闘員は、建物の裏手を監視していた。


 レイヴンは腕の通信端末を確認した。時刻は午前七時十二分。


「作戦開始は七時十五分。あと三分だ」


 彼は部下たちを見回し、ニヤリと笑った。


「今回の目的は、ガキ共を人質に取り、カイ・レノックスを無力化することだ。抵抗するなら足を撃ち抜け。子供の一人や二人は見せしめにしてもいい」


 バレットが舌なめずりをした。


「へへッ、了解っす。一番可愛いガキから順番に『躾』てやりますよ」

「ほどほどにな」


 レイヴンは肩をすくめた。彼らにとって、弱者への暴力は日常の娯楽でしかなかった。


 サイレンスが淡々と補足情報を読み上げる。


「ターゲット、カイ・レノックス。十九歳、元エデン・コミューン信徒。少し前にカーバンクルに依頼し、教団を壊滅させた。戦闘経験は……ないでしょうね」

「たかが十九歳のガキだろ」


 バレットが鼻で笑った。


「孤児院の先生ごっこがお似合いの軟弱野郎だ。俺たち五人にとっちゃ屁みてぇなもんよ」


 レイヴンは頷いたが、彼の義眼は建物を慎重に観察し続けていた。


 ――何かが引っかかる。


 静かすぎるのだ。

 十九人もの人間がいる建物にしては、生活音が少ない。まだ寝ているのだろうか?


 レイヴンは通信を開いた。


「全員、配置につけ。七時十五分、同時突入だ。抵抗する者は容赦なく叩き潰せ」

『了解』


 嘲笑混じりの返答。


 レイヴンは屋上から降り、バレットとサイレンスを連れて地上へ向かった。


 廃ビルを出て、ホープ・ハウスへと続く路地を進む。

 早朝のサウス区は、まだ泥のような眠りの中にある。


 レイヴンは正面入口へ、バレットは裏口へ、サイレンスは向かいの建物屋上から狙撃支援。

 残りの二人は側面からの侵入ルートを取った。


 完璧な包囲網だ。逃げ場はない。


 百メートル。

 八十メートル。

 六十メートル。


 レイヴンの義眼が、周囲を絶え間なくスキャンし続ける。

 異常なし。トラップの反応なし。監視カメラすら設置されていない。


 五十メートル。


 レイヴンは一瞬、足を止めた。


 ――あまりにも無防備すぎる。

 子供を二十人近く預かっている施設が、セキュリティの一つもなしに放置されているなんてあり得るか?


(……フン。まぁ、所詮はサウスのネズミか)


 時間だ。獲物は目の前にいる。

 レイヴンは再び歩き始めた。


 四十五メートル。

 四十メートル。


 その時――


 ――ピッ。


 微かな、本当に微かな電子音が鼓膜を叩いた。

 レイヴンの高感度センサーが、即座に音源を特定する。


 足元、三メートル先の瓦礫の影。

 小さなプラスチック製の黒い箱。

 赤いLEDが最期の瞬きをしていた。


「――ッ!?」


 レイヴンが叫ぼうとした瞬間――


 ドォンッ!!


 爆轟。

 裏手に回っていたバレットの場所で、猛烈な火柱が上がった。


 若い戦闘員の身体がボロ雑巾のように宙を舞い、壁に叩きつけられてぐしゃりと潰れる。

 自慢のガトリング砲が飴細工のように捻じ曲がり、地面に転がった。


「バレットォ!」


 レイヴンが振り返った瞬間――


 ピッ。


 また電子音。今度は右側面。


 ――ドォンッ!!


 再度の爆発。

 側面から侵入しようとしていた二人の戦闘員が爆風に飲み込まれた。


 手足が千切れ飛び、鮮血の雨が降り注ぐ。

 悲鳴すら上げる間もなかった。


「くそっ、地雷か!?」


 レイヴンは舌打ちし、後退しようとした。


「違う!」


 サイレンスの切迫した声が通信に割り込む。


「センサーに反応がない! リモコン式だ! 誰かが目視で起爆している!」


 レイヴンは血走った目で周囲を見回した。

 どこだ? どこから操作している!?


 その時、彼の義眼が捉えた。

 ホープ・ハウスの屋上。


 朝日の投影を背に、一人の人影が立っていた。

 エプロン姿の若い男。穏やかで優しげな顔立ち。左腕には古い火傷の痕。


 カイ・レノックス。


 彼の手には古臭い起爆装置が握られていた。


 カイの目が、遥か下のレイヴンと合う。

 その瞳には慈悲も、躊躇も、そして殺意すらもなかった。

 ただ、害虫を駆除する作業員のような、透徹した『義務感』だけがあった。


「あの野郎ぉぉ! 狙撃しろ、サイレンス! 頭を吹き飛ばせ!」


 レイヴンが喚き散らす。

 サイレンスが素早く照準をカイに合わせる。指がトリガーにかかる。


 しかし――


 ピッ。


 彼女が潜んでいた屋上の給水塔の下で、電子音が鳴った。


「――あ」


 ドォンッ!!


 爆発。

 給水塔が倒壊し、サイレンスの身体を押し潰した。

 大量の水と瓦礫が雪崩のように彼女を飲み込み、スナイパーライフルごと屋上から押し流していく。


「サイレンス! くそっ、くそっ……!」


 レイヴンはパニックに陥り、無様に後ずさった。


 爆弾は一つや二つじゃない。至る所にある。


 そしてあの男はその全ての位置を把握し、我々の動きに合わせて的確に起爆している。


 五十メートルだ。

 ホープ・ハウスから約半径五十メートルの円周上に、キルゾーンが設定されていたのだ。


 建物への被害を最小限に抑えつつ、侵入者だけを確実に排除する距離。

 子供たちに気づかれず、静かに、確実に処理するための罠。


 レイヴンは瓦礫の影に逃げ込み、震える手で通信機を掴んだ。


「撤退だ! 作戦中止! 全員撤退――」


 その瞬間、彼の背筋を冷たいものが這い上がった。


 ピッ。


 耳元で、電子音が鳴った。


 レイヴンはゆっくりと振り返った。

 瓦礫の隙間に、粘土爆弾が張り付いている。

 赤いLEDが、別れを告げるように点滅していた。


「……あ、がッ」


 ドォンッ!!


 爆発。

 レイヴンの身体が紅蓮の炎に包まれた。


 義眼が高熱で融解し、強化骨格がひしゃげる。

 断末魔の叫びは爆音にかき消され、誰の耳にも届かなかった。


 黒焦げの死体が地面に転がる。

 もうもうと立ち上る黒煙。

 静寂が再び路地裏に戻ってきた。


 五人の精鋭部隊は、ホープ・ハウスの敷居を跨ぐことすらできずに全滅した。


「……はぁ」


 ホープ・ハウスの屋上で、カイは静かにリモコンを下ろした。

 彼の表情に勝利の喜びはない。あるのは深い疲労と、微かな悲哀だけだった。


 ――また、やってしまった。


 しかし後悔はしていない。

 子供たちの笑顔を守るためなら、彼は何度でも手を汚すだろう。

 たとえそれが、地獄への切符だとしても。


 カイは屋上から降り、建物の中へ戻った。

 一階のリビングからは、子供たちの寝息が聞こえてくる。

 リナとトビも、他の子供たちと身を寄せ合って眠っていた。


 彼らは窓の外で何が起きたか知らない。知る必要もない。


 カイはそっとドアを閉め、キッチンへ向かった。

 エプロンの紐を締め直し、冷蔵庫を開ける。


 朝食の準備をしなければ。

 いつも通りの、平和で穏やかな朝として。

カイくんはすでに「殺せる側」なんです

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