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【断罪】全員殴るのが一番だ

 二時間後。

 カーバンクルは再び、地下鉄始発駅へ続く長い階段を降りていた。


 イヤーカフ越しの通信は繋がったままだ。


『……まさか本当に、あのブラッド・ヴァイパーズと停戦協定を結ぶとはな』

「話は通じる相手だったよ」


 カーバンクルは淡々と答えた。


『アレは話と呼ぶのか……?』

「それで、今度は改めてアポカリプティック・サウンドを黙らせに行く」


 カーバンクルは階段を降りきり、カビ臭い地下トンネルへ踏み入った。


『でも、相手はプロのハッカーだぞ。ヴァイパーズの本部に侵入した時点で、あんたがここへ来ることは既に予測済みかもしれない』

「構わないよ」


 カーバンクルの赤い義眼が、暗闇の中で獣のように光った。


「逃げるなら逃げればいい。その時は、ショウがネットの果てまで追い詰めるから」

『……了解。責任重大だな』


 ショウの声に、微かな笑みが混じった。


『カーバンクル。今回はやけに強気だな』

「そう? いつも通りだと思うけど……」


 カーバンクルは口元に手を当てて何かを考える。


「……いや、そうかもね。少し思うところがあって」


 カーバンクルはホームへ続く通路に入った。

 遠くから信徒たちのざわめきが聞こえてくる。

 彼らはまだ、昨夜の戦闘の痕跡を片付けているようだ。


 カーバンクルが姿を現すと、作業をしていた信徒たちが一斉に手を止め振り返った。


「女神様……!」

「お戻りになられたのか!」


 彼らは条件反射のようにその場に跪き、額を床につけた。

 カーバンクルは狂信の群れを無視し、瓦礫の祭壇の方へ一直線に歩を進める。


 教主が祭壇の前で待ち構えていた。

 まるで、彼女が戻ってくることを知っていたかのように。


「おや、女神様。またのお越しを、心よりお待ちしておりました」


 教主は両手を広げ大袈裟な歓迎の仕草をした。

 カーバンクルは数メートル手前で足を止める。


「どうです? やはりブラッド・ヴァイパーズは危険です。一時的にでも我々と手を組んで」

「もうブラッド・ヴァイパーズのボスとは和解した」

「……はっ?」


 教主の表情が固まった。


「いま、なんて……」

「そして、ハッカーを引き渡して」


 教主の貼り付けたような笑みが、みるみるうちに剥がれ落ちていく。


「……ハッカー? 何のことでしょう?」

「とぼけないで」


 カーバンクルは温度のない声で告げた。


「昨日の襲撃を誘導した人間。ブラッド・ヴァイパーズに偽情報を流し、私を抗争に巻き込んだ『黒幕』のこと」


 教主は数秒沈黙した。それから、呆れたように肩をすくめた。


「……そのことですか。確かに、我々には優秀な技術顧問がおります。しかし……」


 彼はわざとらしく小首を傾げた。


「引き渡す理由がありませんねぇ」

「理由はある」


 カーバンクルの赤い視線が、教主の思考を射抜く。


「その人は私を利用しようとした。ホープ・ハウスを脅しの材料にして、ついでに私の協力者を睡眠不足にした」

「ほう」


 教主は興味深そうに頷いた。


「それは確かに、女神様にとっては許しがたいことでしょう。しかし……」


 彼は薄く、嘲るように笑った。


「実質的な被害は、まだ何も起きていませんよね?」


 カーバンクルは無表情のまま教主を見つめた。

 教主は言葉を継ぐ。


「ホープ・ハウスは無傷です。可愛い子供たちもカイさんも、誰一人傷ついていません。貴女の協力者も、今現在コーヒー片手にキーボードを叩いているだけだ。つまり……」


 彼は人差し指を立てた。


「『まだ罪を犯していない』んですよ、そのハッカーは」


 教主の義眼が、ギーギーと不快な音を立てて回転した。


「女神様。貴女は『404号室の始末屋』でしょう? 貴女のルールは、『罪を犯した者を裁く』ことのはず。まだ何もしていない無実の人間を裁くのは……」


 彼は演説するように両手を広げた。


「貴女自身のルールに違反するのでは?」


 周囲の信徒たちが、固唾を呑んで成り行きを見守っている。

 カーバンクルは数秒、教主の詭弁を聞き流し――


 一言だけ言った。


「で、どこ?」

「……は?」

「そのハッカーは、どこにいるかと聞いてるの」


 教主は顔を引きつらせた。


「……女神様、私の論理的な質問に答えていただいて――」

「答える必要はない」


 カーバンクルは冷たく切り捨てた。


「……確かに、以前は私は贖罪のためだけにルールを定めてた。けど、今はもう違う」

「な……」

「これからは……私がどう動くかは、私が決める」


 彼女は教主の横を素通りし、祭壇の奥へ向かった。


「おい待て、待て! そこは聖域だ! 立ち入りは許さん!」


 教主が慌てて叫んだ。

 呼応して、数人の屈強な信徒たちが立ち上がりカーバンクルの前に立ちはだかる。


「お下がりください、女神様!」

「痛い目を見てもらうことになるぞ……!」


 しかし――


 カーバンクルの赤い義眼の模様が、幾何学的な戦闘パターンへ変化した。


「がっ!」

「ギャッ!?」


 0.5秒後。

 三人の信徒が、何が起きたかも理解できずに床に沈んでいた。


 カーバンクルは彼らの体を無造作に踏み越え、祭壇の奥にある通路へ消えていく。


「止めろ! 女神様、貴女は何を……!」


 教主の悲鳴めいた声が背後から響く。しかしカーバンクルは振り返らなかった。


 通路の先にはいくつかの部屋が並んでいる。

 カーバンクルはショウとの通信を開いた。


「ショウ。この先の、どの部屋?」

『……待て。今、内部の監視カメラに侵入したぜ』


 数秒のラグの後、ショウが答えた。


『突き当たり、一番奥の部屋だ。ホログラムディスプレイの光漏れが確認できる。間違いない、そこにいる』

「分かった」


 カーバンクルは迷わず一番奥の部屋へ向かった。


 扉の前に立つ。防音仕様だが、中からは微かにキーボードを叩く硬質な音が漏れ聞こえる。

 カーバンクルはノックの代わりに、扉を蹴り破った。


 ガシャンッ!


「!?」


 蝶番が弾け飛び、鉄扉が吹き飛ぶ。

 薄暗い部屋の中には、予想通り無数のホログラムディスプレイが幽霊のように浮遊していた。


 そして、その情報の渦の中央に――黒髪の女性が座っていた。

 リサだ。


 彼女は驚愕に目を見開き侵入者を見た。

 右手から伸びたケーブルは、まだ空中のインターフェースに接続されたままだ。


「……あなたがハッカー?」


 カーバンクルは静かに言った。

 リサは一瞬、フリーズした。


 それからゆっくりとケーブルを引き抜き、立ち上がった。

 彼女の隈取られた瞳には、煮えたぎるような憎悪と殺意が宿っていた。


「……ようやく会えたわね」


 リサの声は低く、怨嗟に震えていた。


「ヴァイス市長の仇……!」


 カーバンクルの眉が、僅かに動いた。


「……ヴァイスの?」


 リサは義手の拳をギリギリと握りしめた。


「私は『幻獣狩り』部隊の生き残りよ!」


 彼女はカーバンクルを睨み殺すように見つめた。


「あんたのせいですべてを失った! 市長の後ろ盾も、社会的地位も!」


 カーバンクルは何も言わない。

 ただ感情の読めない瞳でリサを見つめ返していた。

 その徹底的な無関心が、リサの激情に油を注いだ。


「何か言いなさいよ! あんたは何の権利があって市長を!」


 リサの声が、金切り声へと変わっていく。


「ただの道具のくせに……実験台のくせにッ……!」


 彼女の右腕の駆動系が、過負荷で唸りを上げる。

 カーバンクルは一歩前に出た。


「その前に」


 その声は静かだったが、部屋の空気を重く押し潰した。


「……あなた、誰だっけ?」

「――は?」


 リサは唇を噛み切りそうなほど強く結んだ。

 直後、激情のままに吠え立てる。


「貴っ……様ぁぁぁぁ!!」


 リサの手が腰のホルスターへ走った。

 隠し持っていた小型の軍用パルスガン。


 指がグリップに食い込む。

 引き抜く。

 銃口がカーバンクルの眉間を捉える。


「死ねぇぇぇっ!!」


 リサは咆哮と共に引き金を引いた。


 パシュッ!


 青白いパルス光が放たれた。

 神経系を焼き切る高出力の電磁波が、音速を超えてカーバンクルへ殺到する。


 しかし――カーバンクルの姿が、陽炎のように揺らぎ消えた。


 パルス光は彼女がいたはずの空間を虚しく通過し、反対側の壁を黒く焦がしただけだった。


「なっ……!?」


 リサの視界から、標的が消失していた。

 次の瞬間――


 左側から、トラックに撥ねられたような衝撃が顎を襲った。


「がっ……!?」


 視界が明滅する。

 カーバンクルの拳が、リサの顎を正確に捉えていた。


 リサの身体が木の葉のように宙を舞い、壁のホログラム投影機に激突する。

 火花が散り、部屋に一瞬の暗闇が広がった。


「ぐ、ああ……ッ」


 リサは床に崩れ落ちた。

 パルスガンが手から滑り落ち、カランと乾いた音を立てて転がる。


 脳が揺れ、平衡感覚が消失する。

 砕けた顎の激痛が、遅れて脳髄を焼き焦がした。


「あ、が……ぐぅ……!」


 カーバンクルは静かに倒れたリサの前に立った。

 その赤い義眼が、無慈悲に敗者を見下ろしている。


「……ショウ」


 カーバンクルが通信を開いた。


『ああ。バッチリ見てたよ』


 ショウの声は冷静だった。


『この部屋のサーバーは既に制圧した。データは根こそぎ回収できる。ソイツがやったこと、これからやろうとしていたこと、全部動かぬ証拠として保存済みだ』

「分かった」


 カーバンクルは通信を切り、しゃがみ込んだ。

 リサは朦朧とした意識の中で、見下ろしてくる白いパーカーの少女を見ていた。


「こ、ろ……せ……」


 リサの口から、血の混じった呻きが漏れた。


「殺せ……化け、物……」


 カーバンクルは答えなかった。

 ただ、静かにリサの義手ではないほうの腕――生身の左腕を掴んだ。


「何を……する、つもり……」

「何って……」


 リサの声に、初めて純粋な恐怖が混じった。


「教主が言っていたとおり、あなたはまだ誰も殺してない。だから殺しはしない」


 彼女の赤い義眼が一際強く輝いた。

 その光の中には、慈悲など微塵もない冷徹な執行者の意志があった。


「だけど、無事に帰しもしない。幻獣狩りの連中はこれで全員、再起不能になってもらう」


 ――制裁。


 リサは直感した。

 これから自分に何が起こるのか。


 この怪物は、自分を殺して楽になどさせてくれない。

 もっと恐ろしく、屈辱的な『何か』をするつもりだ。


「いや……やめろ、いやぁぁぁぁ……ッ!」

Q.ギャングの抗争に巻き込まれてしまいました。どうしたらいいですか?

A.どっちの組織も黙らせて黒幕は顎を殴りましょう

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