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【依頼人】もう一人の始末屋?

 サウス区、ゴースト・ストリート。

 かつては区画整理計画の対象だったが、巨大企業のプロジェクト頓挫と共に放棄され、その名が付けられた通りだ。


 半分以上の建物が、鉄筋を剥き出しにしたまま廃墟と化している。

 残ったビルも、いつ崩れてもおかしくない。

 壁面には無数の違法な光ファイバーケーブルが、血管のように張り巡らされていた。


 大半の街灯は破壊され、残った数本が不規則に明滅を繰り返す。

 アスファルトに溜まった酸性雨の水たまりに、ノイズの混じった光を落としていた。


 その中でも特に薄汚れた建物――「デッドエンド・イン」なる安宿の前に、トウマは立っていた。


(ユイ……ユイ)


 ユイの葬儀から三日。

 学校は休み、両親には友人の家に泊まると嘘をついた。

 ポケットにはバイト代を全て引き出した3万クレジット。これが彼の全財産だった。


「本当に……ここでいいのか?」


 建物を見上げる。

 窓の半分は金属板で塞がれ、残りの防弾ガラスも煤と汚れで向こう側が見えない。

 外壁に絡みつく違法な電力供給ケーブルが、時折バチバチと青い火花を散らしている。


 だが、他に頼れる場所はなかった。

 ホテルの部屋さえ取ればいいという復讐代行屋の噂。このホテルで、実際に遭遇した人がいるという。


 自動ドアはとうに機能を失っており、手でこじ開けるようにして中に入る。

 軋む音と共に、カビと劣化した機械油の匂いが鼻腔を焼いた。


「いらっしゃい……」


 薄暗いフロントには、古びた義眼を光らせた老人が座っていた。

 顔の半分は低品質なクロームで覆われ、呼吸のたびに胸に埋め込まれた旧式の人工肺が、シュー、シュー、と空圧音を漏らしている。


「部屋か?」


 老人の声は劣化した人工声帯のせいで、壊れたラジオのようにノイズが混じっていた。


「404号室を……お願いします」


 トウマの声は、自分でも情けないほど震えていた。

 老人の赤い義眼が、不自然なサーボ音を立ててトウマの全身をスキャンする。


「存在しない部屋だ」

「いえ、あるはずです。ネットの古い情報掲示板に……404号室に泊まれば、復讐を代行してくれる人が現れると!」

「都市伝説を信じてここまで来たのか、坊主」


 老人は鼻で笑った。人工声帯が「ガガッ」と不快な電子音を発する。


「帰りな。ここは、お前みたいな綺麗なガキが来る場所じゃない」


 トウマは震える手でクレジットチップを取り出し、カウンターに置いた。全財産だ。


「これで足りなければ、必ず払います。俺の身体を売ってでも。だからお願いします」


 老人はチップを一瞥し、深く息を吸った。人工肺が、ひときわ大きな音を立てる。


「……虚しいぜ」


 彼はカウンターの下から古びたカードキーを取り出す。

 プラスチックは黄ばみ、「404」の数字がほとんど消えかかっていた。


「4階だ。エレベーターは勝手に使え」


 トウマがカードキーに手を伸ばした、その瞬間――


「おっと、そいつは俺が貰う」

「……!?」


 横から伸びてきた手に、カードキーをひったくられた。

 そこにいたのは、トウマよりも年下に見える少年だった。15歳――いや、もっと幼いかもしれない。


 銀髪を無造作に切り揃え、瞳は不自然なほど鮮やかなエメラルドグリーンに輝いていた。明らかに最新世代の高解像度義眼だ。


 黒いパーカーに、同じく黒いカーゴパンツ。

 その全身には、正規のルートでは手に入らないであろう改造ツールやデバイスが無数に装着されている。

 そして両腕は、肩から先が完全に機械化されていた。

 鈍い光を放つ黒いチタン合金の義手はまるで兵器のようだ。


「よっ」


 少年はカードキーを指先で弄びながら、軽く手を上げた。まるで旧友に会ったかのような気軽さだ。


「だ、誰だお前……!? それを返せ!」

「俺様はショウ。天才ハッカーにして腕利きの殺し屋だ」


 少年――ショウは肩をすくめた。


「あんたがこの宿のネットワークに『404』ってキーワードでアクセスしたのを検知してね。面白そうだから、先回りさせてもらった」

「アクセス……ハッキングしたのか!?」

「んな大袈裟なもんじゃない。ここのセキュリティシステムなんて、10年前の教科書に載ってるレベルだぜ?」


 ショウが義手を軽く振ると、金属が空気を裂く音が静かに響く。


「で、提案がある」

「提案……?」

「時代遅れの都市伝説を待つより、俺に依頼しろ。早くて確実だ」


 振り返ったショウの顔に、初めて表情が浮かんだ。

 それは獲物を見つけた捕食者のような、薄ら寒い笑みだった。


「ターゲットが誰だか知らないが、どうせ学生の喧嘩だろ? 俺なら30秒で全員片付けられるぜ」

「は……?」

「料金は404の奴より2割引きでいい。最近独立したばっかでさ、実績が欲しいんだよ」

「実績って……ふざけるな! 俺は遊びでやってるんじゃない! ユイの……幼馴染の仇を討つために……っ!」


 感情の昂ぶりに言葉が詰まる。それに対し、ショウは機械の左腕を上げる。

 すると手首の部分が回転し、内部からブレードが飛び出した!


「うわっ!?」

「まぁとにかく落ち着けって。まずは依頼を聞かせてみろよ。ターゲットは誰なんだ?」

「……わかったよ……話す」


 トウマは突如現れたショウに流されるままに、彼と、そしてユイについて話すしかなかった。


「……三ヶ月前。俺はリュウジ・クロスって生徒の不正を告発した。試験データを改竄して満点を取っていたのを、教師に報告したんだ。それが……始まりだった」

「ふぅん」


 ショウは興味なさそうに、自身の機械の指先が滑らかに動くかを確かめている。


「最初は俺が標的だった。電子ロッカーのロックを勝手に解除されたり、教科書データを破損されたり、購買部の決済システムをいじられて昼飯が買えなくされたり……まあ、よくある嫌がらせだ」


 トウマの拳が、ズボンの上で固く握りしめられる。


「でも、ユイが……俺の幼馴染が、庇ってくれたんだ。『そんなのハッキングと同じだ、最低だよ』って、リュウジたちの前ではっきりと」

「ほう。正義感の強い女だったんだな」


 ショウは左腕のメンテナンスハッチを開け、内部の配線をいじりながら言った。


「次の日から、ターゲットはユイに変わった。リュウジと、その恋人のアヤ、それにケンゾウ……あの三人組が、ユイを狙い始めたんだ」


 トウマは歯を食いしばる。


「俺は何度も止めようとした。でもユイは『大丈夫、私は平気だから』って……いつだって、あいつはそうやって強がって……」

「で?」

「……最初はSNSでの誹謗中傷とか、持ち物のデータを消去するくらいだった。でも、日に日に……物理的になっていった」


 トウマの声が、憎しみと後悔でかすれる。


「ある日、ユイが保健室から出てきたんだ。顔が腫れて、制服が引きちぎられてた。『階段で転んだ』って……でも、嘘だってすぐに分かった。分かったのに……」


 その時、ショウの指先から小さなホログラムディスプレイが投影された。

 学校の監視カメラログやSNSの通信データが、凄まじい速度でスクロールしていく。


「ああ、これか。二ヶ月前から匿名アカウントでの投稿が始まってるな。『ユイ・ナカムラの個人情報』、『隠し撮りレイプ画像、100クレジット』……取引ログまである」

「おい……見るなッ!」


 トウマが獣のように叫ぶ。ショウは肩をすくめ、無感情にディスプレイを消した。


「……一週間前、ユイが学校を早退してそれきり来なくなった。メッセージを送っても、『大丈夫』っていう定型文しか返ってこなくて……」


 トウマの目から、こらえきれなかった涙が溢れた。


「三日前、ユイから最後のメッセージが来たんだ。『もう、大丈夫だから』って。嫌な予感がして、GPSを頼りに探し回った」


 震える指を握る。あの雑居ビルのシルエットが脳裏に見えた。


「そしたら、ビルの下に……人だかりができてて……」


 言葉が詰まる。あの光景が、網膜にも焼き付いている。


「ユイは……飛び降りてた。野次馬が撮った映像を見た。リュウジたちが、非常階段で笑ってた。ユイが落ちる瞬間まで、ずっとカメラを向けてた……!」

「なるほどねぇ。状況は理解した」


 ショウの声には、何の感情も乗っていない。ただ事実を確認した、というだけだ。


「警察はどうした?」

「動くもんか。事故として処理されたよ。……リュウジの父親が厄介なギャングで、警察にも顔が利くんだ」


 トウマは椅子に崩れ落ちた。


「葬式の後……」


 怒りと屈辱で目の前が真っ赤になりそうだった。トウマは深呼吸してなんとか話す。


「リュウジたちがSNSに動画を上げてた。『ウザい女が勝手に死んだ』って……ユイの遺影のコラージュ画像と一緒に……」

「それで復讐を決意した、と」

「ああ。奴らに……ユイが味わった以上の絶望を味わわせてやりたい……!」

「『以上の絶望』ね〜。定義が曖昧なんだよな」


 ショウが首を傾げる。


「……でも、ただ殺すだけじゃ足りないんだよ! 奴らは何も分かってない。ユイの痛みも、命の重さも……!」

「あのさぁ、俺って理系なんだよね。具体的じゃないこと言われても」


 ショウは立ち上がると左腕を振った。

 ホログラムに、この地区の立体地図が浮かび上がる。

 赤いマーカーが三つ、点滅していた。


「ターゲットの現在位置は捕捉済みだ。個人の生体認証データとSNSの位置情報を紐付けたから間違いないな。セキュリティ意識が低い連中で助かる」

「そ、そんなことまでわかるのか……!?」

「当たり前だろ? あとは殺すだけだ」


 ショウは窓に向かって歩き始めた。


「おい、どこへ行く気だ!」

「決まってる。仕事だよ」


 窓を開け、外の空気を吸う。


「待て! ただ殺すだけなんて……」

「30分でケリをつけてくる。ここで待ってろ」


 ショウはためらいなく窓枠に足をかけた。


「待て! 勝手に話を進めるな!」

「ああ、そうだ」


 ショウが振り返る。

 そのエメラルドグリーンの義眼が、初めてトウマを真っ直ぐに捉えた。


「もし本当に404号室の殺し屋が来たら、こう伝えとけ。『時代遅れはお呼びじゃない』ってな」


 次の瞬間、彼は窓から出ていく。足音があっという間に遠ざかる。


「おいッ!」


 トウマが窓に駆け寄るが、もう遅い。

 ショウは一瞬でゴースト・ストリートの闇に溶け込んでいった。


 フロントに残されたトウマは、呆然と立ち尽くす。

 静観していた受付の男の呼吸音がガリガリと響く。


「ふざけるな……30分で、何が分かるって言うんだ……」


 怒りが、腹の底からこみ上げてくる。


「ユイは……あんなに長い間、少しずつ殺されていったんだぞ……! それが、たった30分だって……?」


 許せない。あの少年も、何も分かっていない。

 だが、彼を追いかける脚も、止める術も、今のトウマにはなかった。


(俺は……ユイの仇を討つことさえ、うまくできないのか……?)


 ――そのとき。


「……あなたが依頼人?」

「え――」


 トウマの背後から、子供のような声がかけられた。

この激かわVOICEは……!?

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