【依頼人】飛んで火に入る女神様
ウエスト区地下、ハッカーズカフェ。
紫煙と冷却ファンの駆動音が混ざり合う店内は、午前三時という時刻もあって閑散としていた。
店の最奥、防音壁に囲まれた個室ブース。
そこでショウは空中に展開した四枚のホログラムウィンドウを睨みつけながら、神経質に指を走らせていた。
対面のソファには、カーバンクルがちょこんと座っている。
フードを目深に被った少女の赤い義眼が、ショウの荒々しいタイピングを無機質に追っていた。
「……それで、なにかわかった?」
感情の読めない声で彼女が問う。
ショウは弾かれたように顔を上げ、エメラルドグリーンの義眼用レンズを絞った。
「掴めたよ。バッチリな。だがな、その前に一言言わせろ」
ダンッ、と両手の義手をテーブルに叩きつける。硬質な金属音がブース内に反響した。
「アンタ、昨日の夜『拷問用VR空間を一晩で作って』って抜かしたよな? 一晩でだぞ? 通常ならチームで三日は回す工数だ。それを俺は12時間ぶっ通しで組んだんだよ! 合成カフェイン錠剤とジャンクなエナジーバーで胃袋を焼きながらな!」
「ふーん……」
ショウは自身の目の下に刻まれた濃い隈を指さした。
「おかげで俺の生体リズムはボロボロだ。今、脳内の神経伝達物質がスパークしてる。寿命が3年は縮んだね」
カーバンクルは表情筋一つ動かさず、数秒の沈黙の後、小首をかしげた。
「……その割には、楽しそうだったけど」
「深夜テンションだよ! つーか、猫のアバターになって遊び回ってた奴には言われたくねぇ!」
「アレはネコじゃなくてカーバンクル。なかなか面白かった。……まぁ、それはともかく報告して」
「ひでえ扱いだ……」
ショウは深々と溜息をつき、頭を振って切り替えた。
指先一つでホログラムの一つを拡大し、カーバンクルの前へとスライドさせる。
「まあいい、仕事の話だ。ターゲットは『アポカリプティック・サウンド』――ヴァイス市長の終末論を妄信する、イカれた武装カルト教団だ。本拠地はサウス区最深部、廃棄された地下鉄駅」
空中に浮かぶ画面には、ノイズ混じりの監視カメラ映像が映し出された。
赤色のスプレーで冒涜的な文言が書き殴られた壁、瓦礫を積み上げた祭壇、そしてそれに跪く信徒たち。
「構成員は推定30から50。全員が違法な身体改造済みで、武装レベルは民間としては最悪の部類だ。イーストの闇工場から横流しされた、軍事グレードの火器が出回ってる」
ショウが手首を返すと画面が切り替わる。
今度は信徒たちの個人データが滝のように流れた。
「中身は元・企業の使い捨て労働者、戦闘用義体の実験素体、あとは政治犯崩れの逃亡者……。社会のド底辺で絶望した連中が、ヴァイスの『外界へ出る』って思想に縋りついた成れの果てだ」
「……彼らの目的は?」
「お題目は『ドームを破壊して人類を外界へ導く』。だが、実態はもっと単純だ」
ショウは顔をしかめ、吐き捨てるように言った。
「ただの集団自殺志願者だよ。こいつらは典型的な終末論者だ。ドームの中で起きることなんざ知ったこっちゃないし、自分たちが死ぬことすら『救済』だと思ってやがる」
カーバンクルは黙って画面を見つめる。
ショウはさらにデータを展開した。
「で、こいつらの掲げる『教義』ってのが、輪をかけて狂っててな」
新しいウィンドウがポップアップし、文字列が走り出した。
『第一の教え:箱庭は偽りの楽園である』
『第二の教え:安寧は緩やかなる死である』
『第三の教え:真の生は過酷な外界にのみ在る』
『第四の教え:神の器が我らを導く』
「その『神の器』ってのが……」
ショウが顎をしゃくると、次の画像が表示された。
祭壇の中央、蝋燭の火に照らされた二枚の肖像。
一枚は処刑されたヴァイス市長。
そしてもう一枚は――
「……アンタだ」
カーバンクルの静止画だった。
水色の髪、赤い瞳、白いパーカー。
ノイズ補正されたその姿は、まるで宗教画の聖女のように神々しく加工されていた。
カーバンクルは数秒間、瞬きもせずに自分の画像を凝視した。
やがて、眉間に深い皺を寄せる。
「……キモっ」
「だろ?」
ショウは同意とばかりに肩をすくめた。
「アンタは彼らにとって『新人類のイヴ』であり『ドームを砕く金槌』、そして『滅びゆく人類を救う唯一の希望』らしい。ヴァイスが遺した最高傑作として、神棚に上げられてるわけだ」
カーバンクルは不快感を隠そうともせず、呟く。
「……私は、誰かを導くようなガラじゃない」
「俺は分かってる。だが、あいつらの脳味噌じゃ理解不能らしいな」
ショウは別の映像を再生した。
祭壇の前、狂ったように踊り狂いながら絶叫する男の姿。
「こいつが教主だ。本名不詳、年齢不詳。顔の半分を機械化してて、全身に経典のタトゥーを彫り込んでる。頭のネジは全部飛んでるが、カリスマ性だけは本物だ」
映像の中で、教主が泡を飛ばして叫んでいた。ショウが音声を切る。
「……アンタのことを『人間ごっこに興じている』って嘆いてたよ。復讐代行なんてチンケな仕事じゃなく、ドームをぶっ壊す『金槌』としての役割を果たせ、だそうだ」
カーバンクルは冷めた息を吐いた。
「勝手なこと言うね」
「全くだ」
ショウは映像を閉じ、最後のファイルを開いた。空気の色が変わる。
「で、そんな連中が今、『ホープ・ハウス』に接触してる理由だが……俺の読みだと、最悪のパターンが二つある」
彼は金属の指を二本立てた。
「一つ目。孤児院のガキ共を人質にして、アンタを引きずり出す。『協力しなければ子供を殺す』って脅迫する手だ」
「……もう一つは?」
「子供そのものが目的の場合だ。ヴァイスの『プロジェクト・カーバンクル』は、子供の脳へデータを移植する実験だったろ? 教主もそれを知ってる。つまり……」
ショウの声が低くなる。
「あいつら、『第二世代』を作るつもりかもしれない。アンタの劣化コピーを量産して、ドームを出るための特攻兵器にする気だ」
カーバンクルの赤い義眼が、一瞬、鋭い光を放った。
ブース内の温度が数度下がったような錯覚を覚える。
「……彼らに、ヴァイスの技術が扱えるとは思えない」
「ああ。やるとしたら十中八九、適当に脳をいじり回して廃人にするだけだろうな」
「……許せない」
その声は静かだったが、触れれば切れそうなほどの殺気が孕まれていた。
ショウは満足げに頷く。
「で、どうする? 直接カチ込むか?」
カーバンクルは立ち上がり、パーカーのフードを深く被り直した。
「うん……」
彼女は振り返り、ショウを見下ろす。
「アポカリプティック・サウンドを潰す」
その言葉には、いつもの淡々とした響きとは違う明確な熱が混じっていた。
ショウは指を鳴らし、展開していたホログラムを一斉に閉じる。
「了解。じゃあ、俺は裏から本部のセキュリティを破っておく。監視カメラも通信も、アンタのために道を開けとくよ」
「……ありがと」
カーバンクルが消え入りそうな声で言った。
ショウは一瞬目を丸くしたが、すぐにニヤリと不敵に笑ってみせた。
「礼なんて珍しいな。ま、いいさ。アンタが本気になると、いつも派手な花火が上がるからな。楽しませてもらうよ」
カーバンクルはそれ以上何も言わず、音もなく個室を出て行った。
一人残されたショウは、再びホログラムを展開し高速でコードを打ち込み始める。
エメラルドグリーンの光が、データの奔流に同期して明滅した。
「……『神の器』、ね」
独り言が漏れる。
「見る目がなさすぎるよな。アイツはそんなんじゃない」
カチャカチャと黒いキーボードを叩く硬質な音だけが、深夜のカフェに響き続けていた。
■
サウス区、最深部。
都市の底へ向かうほど空気は重く、湿り気を帯びていく。
カーバンクルは廃棄された配管トンネルを抜け、さらに下層へと続く非常階段を降りていた。
コンクリートの壁には、塗装の禿げた案内標識が辛うじて張り付いている。
『旧第七地下鉄線・始発駅』
かつて都市の動脈だったその場所は、今や完全に壊死していた。
正規の照明はすべて落ち、天井の亀裂から垂れ下がるケーブルのスパークと、非常灯の頼りない明滅だけが闇を裂いている。
カーバンクルの視界にノイズが走り、即座に暗視モードへと切り替わる。
緑色のグリッドが空間構造をスキャンし、崩落しかけた足場や障害物をクリアに映し出した。
――その時、腹に響く重低音が空気を揺らした。
乾いた銃声。
爆発音。
金属が砕け散る悲鳴。
そして、人間の怒号。
「……何事?」
戦闘が行われている。それも、小競り合いレベルではない。
「内輪揉め……とかではなさそうかな」
彼女は身を屈め、音源――地下鉄ホームの方角へと音もなく駆け出した。
「――ウォアアアアアア!!!」
地下鉄始発駅のホーム。
そこは硝煙と血の匂いが充満する、閉鎖空間の戦場と化していた。
「オラッ行け! 行けぇぇ!」
「近付かせるな! 撃ちまくれェ!」
錆びついた電車や太い柱を遮蔽物に使い、二つの集団が激しい銃撃戦を繰り広げている。
一方はボロ布を纏った『アポカリプティック・サウンド』の狂信者たち。
対するは、黒と赤のジャケットで統一した重武装集団――サウス区を牛耳る武闘派ギャング、『ブラッド・ヴァイパーズ』だ。
双方合わせて50人以上。
マズルフラッシュが暗闇をストロボのように照らし出し、コンクリート片が散弾のように飛び散る。
「くたばれ、ハイエナどもがァ!」
瓦礫の陰から飛び出した男が、改造ガトリング砲を咆哮させた。
強烈な弾幕がヴァイパーズの防衛線を舐めるように走り、構成員三人が肉塊となって弾け飛ぶ。
「舐めてんじゃねぇぞ、ゴミ共ォォ!!」
だが、ヴァイパーズ側も引く様子はない。
全身を戦闘用義体へと換装した巨漢が前へ踏み出し、肩に担いだロケットランチャーのトリガーを引いた。
「うわっ、ロケットだ!」
「避けろ! 退けーッ!」
轟音と爆炎。
カルト側のバリケードが吹き飛び、爆風に煽られた二人の信徒がボロ雑巾のように壁へ叩きつけられた。
ヴァイパーズのリーダーらしき男が、外部スピーカーの音量を最大にして怒鳴り散らす。
「降伏しやがれカルト野郎! ここは俺たちのシマだ! テメェらみたいなラリった狂人共に、デカい面させてたまるかよ!」
一方、カルト側の防衛線後方。
積み上げられた瓦礫の祭壇にしがみつき、教主が狂ったように笑っていた。
爆発の破片で顔半分から血を流しているが、その痛みすら恍惚に変えているようだ。
「ヒャハハハ! 来たか来たか、ハイエナどもが! いいぜぇ、貴様らの断末魔も終末の音楽隊に加えてやるよォ!」
彼は血塗れの手で、祭壇に飾られたカーバンクルの肖像画へと縋り付いた。
「ああ、女神様……! 愚かな旧人類に鉄槌を! 今こそ、我らに奇跡の導きを……!」
その瞬間――
ホームへの侵入口である階段上に、小さな影が現れた。
「…………」
硝煙の煙を背負い、白いパーカーが揺れる。
水色の髪、そして暗闇の中で鮮血のように輝く、二つの赤い瞳。
カーバンクルだ。
彼女は眼下に広がる地獄絵図――飛び交う銃弾、飛び散る臓物、爆発の閃光――を冷ややかな目で見下ろした。
――最初に彼女に気づいたのは、カルト側の信徒だった。
「あ……あれは……ッ!」
男は限界まで目を見開き、震える指先を頭上へ向けた。
「神の器だ! 『神の器』が降臨されたぞ!!」
裂帛の叫びに、殺し合いに夢中だった信徒たちが一斉に振り返る。
次の瞬間、戦場に奇妙な空白が生まれた。
カルト側の構成員たちが、まるで回路を断たれたロボットのように動きを止めたのだ。
彼らの目に宿っていた殺意が消え、熱病のような信仰の光が灯る。
ガトリング砲の男が、重い武器を地面に投げ捨て、その場に額を擦り付けた。
「おぉ……来てくださったのか……! 我らが女神、新世界のイヴよ……!」
それは連鎖した。
他の信徒たちも次々と武器を下ろし、涙を流しながらその場に跪き始める。
銃声が止み、代わりに嗚咽と祈りの言葉が地下空間を満たしていく。
「救いが来た!!」
「箱庭を砕く金槌だ!」
「これで勝てる! ついに終末のラッパが高らかに吹き鳴らされるのだ!!」
「……はぁ?」
階段の上のカーバンクルは、心底わけがわからないという顔で眉をひそめた。
だが対抗するギャングたちは、この異様な空気など知ったことではない。
「あァ? なんだあのチビは。増援か!?」
「関係あるかよ! まとめてミンチにしてやれ!!」
「……なんなの、これ」
カーバンクルは深く深く溜息をつき、その義眼の出力を臨界まで引き上げた――。
潰しにきた組織から拝まれるの、困りますよね




