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【断罪】光に生きるもの

 サウス区・裏通りにて。


 サウス区の夜はどす黒い闇と、毒々しいネオンの光で構成されている。


 リナはサラの遺体を抱きしめ、路地裏を歩いていた。

 布に包まれた小さな体は氷のように冷たく、そして恐ろしいほど重い。

 後ろを歩くトビが、不安げに姉の袖を掴んでいる。


「お姉ちゃん……どこ行くの?」

「教会。カーバンクルっていう人が教えてくれたの。サラを……眠らせてあげる場所」


 リナの声は枯れ果てていた。

 復讐は終わった。両親は永遠の地獄へ落ちた。


 だが、心に空いた穴は塞がらない。

 サラは戻ってこない。

 その事実だけが、鉛のように胸を押し潰していた。


「ギャハハハ……!」

「っ……」


 路地の奥から何かが割れる音と、下品な笑い声が聞こえてきた。


 治安の最悪なエリア。子供だけで歩くにはあまりに危険すぎる。

 だが、リナには他に頼れる場所がなかった。


「おいおい、見ろよ。可愛い迷子が二匹」


 そのとき、前方から三つの影が現れた。

 安物の合成酒の臭い。薄汚れた革ジャン。

 一人は右腕が武骨な工業用義手に換装され、もう一人は左目が赤く光る安っぽい義眼を埋め込んでいる。

 典型的な、スラムのハイエナたちだ。


 リナは足を止めた。トビを背中に隠す。


「……通してください」


 精一杯の虚勢。だが、声の震えは隠せない。


「通す? ここは俺たちの庭だぜ」


 義手の男が、金属音を軋ませながら近づいてきた。


「通行料が必要だな。……お前らの体で払ってもらおうか」


 二人目の男――義眼の男が、リナの腕の中の包みに目をつけた。


「おい、その大事そうに抱えてるモンは何だ? クスリか? それともカネか?」

「関係ありません……!」


 リナはサラを強く抱きしめた。


「触らないで!」

「生意気なガキだなあ!」

「あっ……!」


 三人目の男が、リナの肩を掴んだ。

 乱暴に引き寄せられ、リナの腕から包みがこぼれ落ちる。

 布がめくれ、青白いサラの顔が露わになる。


「うわっ、なんだコリャ! 死体かよ!?」


 男たちは気味悪そうに後ずさったが、すぐに下卑た笑みを浮かべた。


「マジでヤバいガキだな。……まあいい。死体は置いてけ。生きのいい二匹は、臓器屋に売ればいい値になる」


 義眼の男が、サラの遺体を爪先で小突いた。


「やめて! サラに触らないで!」


 リナが叫んで飛びかかろうとするが、義手の男に首根っこを掴まれた。


「おおっと、大人しくしろ!」


 リナの視界が涙で滲む。

 もう終わりだ。サラも守れない。トビも守れない。

 絶望が喉元まで迫った、その時。


 ヒュッ。


 風を切る音と共に、義眼の男の体が真横に吹き飛んだ。


「ぐべっ!?」


 男はゴミ箱に突っ込み、ピクリとも動かなくなった。


「あぁ!? 誰だテメェ!」


 残りの二人が振り返る。

 暗闇の中から、小さな影が音もなく滑り出てきた。

 水色の髪。白いパーカー。そして、闇夜に輝く血のような赤い瞳。


 カーバンクル。


「ゴミ掃除」

「ああ!?」


 短く言い放つと同時に、カーバンクルは地面を蹴った。

 人間離れした速度。

 義手の男が反応する前に、その鳩尾に小さな拳が深々と突き刺さる。


「がッ……!」


 男が苦悶の声を上げて崩れ落ちる。

 最後の一人がナイフを抜こうとしたが、カーバンクルはその手首を掴み、ありえない角度にねじ上げた。


「ぎゃあああ!」


 ボキリと骨の折れる音が響き、男は泡を吹いて気絶した。

 戦闘時間、わずか五秒。


 リナとトビは呆然と立ち尽くしていた。

 カーバンクルは倒れた男たちを一瞥もしないまま、サラの遺体を拾い上げた。

 土汚れを払い、丁寧に布を巻き直す。


「……汚してごめんね」


 リナに差し出すその手つきは、驚くほど優しかった。


「ありがとう、ございます……」

「行こう。教会はすぐそこ」



 崩れかけた石造りの礼拝堂。それは神のいないこの時代にあっても、どこか寄り付き難い神聖さを醸していた。


 ステンドグラスは割れ、代わりにベニヤ板が打ち付けられている。

 祭壇には数本の蝋燭が灯り、静謐な空気が漂っていた。


 老いた神父が一人、静かに待っていた。

 彼はカーバンクルを見ると何も聞かずに頷いた。


「また、迷える仔羊か」

「うん。今回は……もう、還らぬ子」


 神父はサラの遺体をリナから受け取った。その所作は慈愛に満ちていた。


「安心して任せなさい。裏の墓地に、静かな場所を用意しよう」


 神父が奥へ消えていく。

 リナとトビは長椅子に座り、蝋燭の揺らめきを見つめていた。

 三十分後、神父が戻ってきた。手には土汚れがついていた。


「終わったよ。小さな花の種を一緒に埋めておいた。春には花が咲くだろう」

「……ありがとう、ございます」


 リナは深々と頭を下げた。


「お代は……」

「カーバンクルが置いていったよ。君たちは気にしなくていい」


 リナが振り返ると、カーバンクルは既に入口の扉の前に立っていた。


「寝る場所もないでしょ? ホテルに行こう」

「は、はい……っ」


 リナたちは導かれるままに、カーバンクルの後を追った。



 ホテル・モルグ。再び戻ってきた404号室。

 復讐を依頼した場所であり、全てが終わった場所。


 リナとトビはベッドに並んで座っていた。

 カーバンクルは窓辺に立ち、サウス区の夜景を見下ろしている。


「これから、どうするつもり?」


 カーバンクルの問いに、リナは顔を上げた。


「……わかりません。でも、自分たちで生きていきます」

「二人だけで?」

「はい。もう親はいません。でも、私にはトビがいますから」


 気丈な言葉。

 ――だが、カーバンクルは冷たく言い放った。


「無理だよ」


 ナイフのような言葉に、リナの肩がびくりと震える。


「え……む、無理って……?」

「八歳の子供が六歳の子供を養うなんて、この街では不可能。さっきみたいに襲われて、売り飛ばされて終わり」

「で、でも……!」

「冬が来たら凍え死ぬ。病気になったら野垂れ死ぬ。それが現実だよ」


 リナは唇を噛み締め、俯いた。

 わかっている。痛いほどわかっている。それでも、他にどうしようもないのだ。


「じゃあ、どうすればいいの……! 私たちには、行く場所なんてないのに!」


 涙が溢れ出した。張り詰めていた糸が切れ、リナは声を上げて泣いた。トビも釣られて泣き出す。


「ああ――うわぁぁぁぁ……!」

「ひぐっ、うぇぇぇん……!」


 カーバンクルは無言で待っていた。

 二人の涙が枯れるまで、ただ静かに。


 やがて嗚咽が収まった頃。

 カーバンクルはポケットから一枚のカードを取り出した。


「……これ」

「ぐすっ……なん、ですか……?」


 リナが受け取ると、そこには手書きの文字で住所と名前が記されていた。

 『サウス区第7ブロック シェルター《ホープ・ハウス》 代表:カイ・レノックス』。


「……これは?」

「私の知り合いがやってる施設。身寄りのない子供たちが暮らしてる」


 カーバンクルは少し遠い目をした。


「カイは、昔私に依頼をしてきた人間。……ある宗教施設から子供たちを救い出してほしいって。彼は今、その子たちと一緒に生きてる」


 リナはカードを握りしめた。


「そこに……行ってもいいの?」

「明日、カイに連絡しておく。彼なら断らない」


 リナはトビと顔を見合わせ、そしてカーバンクルに向き直った。


「……ありがとうございます。本当に」


 カーバンクルはそっけなく肩をすくめた。


「仕事の後始末。依頼人が野垂れ死ぬと寝覚めが悪いから」


 そう言って、彼女は部屋を出ようとした。


「あの!」


 リナが呼び止める。


「カーバンクルさんは……どうしてこんなに優しくしてくれるんですか? あなたは死神だって……怪物だって聞いてたのに」


 カーバンクルは少し立ち止まり、背中を向けたまま答えた。


「……優しくなんてない。ただの気まぐれ」


 ドアが閉まる。

 残された二人は、カードをお守りのように握りしめて眠りについた。



 シェルター《ホープ・ハウス》。

 それは廃墟同然のビルをリノベーションした、手作り感あふれる建物。


 壁には子供たちが描いたカラフルな絵があり、ベランダには洗濯物がはためいている。


 カーバンクルに連れられて、リナとトビは玄関の前に立った。

 インターホンを押すとすぐにドアが開く。


「やあ、待ってたよ」


 現れたのは黒髪の青年だった。

 19歳くらいの若さだが、その瞳には年齢以上の深みと穏やかさがある。左腕に古傷の火傷跡が見えた。


「カイ。久しぶり」

「ああ、カーバンクル。元気そうで何よりだ」


 カイは屈み込み、リナとトビに目線を合わせた。


「君たちがリナとトビだね。話は聞いてるよ。よく来たね」


 その笑顔は、冷たいサウス区の風を忘れさせるほど温かかった。

 リナの目から、自然と涙がこぼれた。


「中にお入り。みんなで朝ごはんを食べよう」

「え……っ」


 リビングには十数人の子供たちがいた。みんな、かつては行き場を失った子供たちだ。

 彼らは新入りの二人を、好奇心と優しさで迎え入れた。


「新しい子?」

「どこから来たの? 名前は?」

「こらこら、後にしなさい。まずは食事だ」


 集まってくる子どもたちをやんわりと押しのけながら、カイが二人を案内する。

 奥からは、温度だけではない暖かさが伝わってきた。


「……カーバンクルさんは、入らないの?」


 玄関先でリナが振り返った。

 カーバンクルは首を横に振る。


「私は影の住人だからね。こういうところにあんまり入り浸りたくない」

「でも……」

「あなたはここで生きて。幸せになって、私のことなんて忘れて」


 カーバンクルは踵を返す。

 リナは叫んだ。


「忘れません! 絶対に! ……ありがとうございました!」


 カーバンクルは一度だけ手を振り、路地の影へと消えていった。



 それから、さらに数日後。深夜、子供たちが寝静まったリビング。


 カイは一人、端末の画面を睨んでいた。施設の運営資金は常にギリギリだ。


 コン、コン。

 控えめなノックの音。

 この時間に訪ねてくる人間など限られている。


 カイがドアを開けると、そこには水色の髪の少女が立っていた。


「カーバンクル……やっぱりアンタか」

「なにか、問題があるんじゃないかと思って」

「よく知ってるな……。まぁ、入ってくれ」


 カイはカーバンクルを招き入れた。

 湯気の立つカップを二つ並べる。


「リナとトビはどう?」

「元気だよ。トビはまだ夜泣きするけど、リナがしっかり面倒を見てる。……あの子、強いな」

「うん。あの子は依頼人だからね」


 カーバンクルは紅茶を一口啜った。安物のティーバッグだが、温かい。


 しばしの沈黙。

 カイがカップを置き、真剣な眼差しを向けた。


「カーバンクル。アンタに頼みがあるんだ」


 カーバンクルは顔を上げた。赤い瞳が光る。


「知ってる。『アポカリプティック・サウンド』の件でしょ」


 カイが目を見開く。


「……さすがだな。耳が早い」

「サウス区の噂はだいたい全部私の耳に入るから」


 カーバンクルはカップの中の紅茶を見つめながら言った。


「武装ギャング団『アポカリプティック・サウンド』。最近、この周辺で勢力を拡大してる狂信者集団。……ホープ・ハウスにも脅しをかけてきてるって聞いた」


 カイは苦々しげに頷いた。


「ああ。子供たちを勧誘したり、みかじめ料を要求してきたり……エスカレートしてきてる。俺一人じゃ、あの子たちを守りきれないかもしれない」


 カイは身を乗り出した。


「カーバンクル。力を貸してほしい。この子たちの未来を守るために」

あのイカレ集団に、とうとう殴り込み…!?


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