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【断罪】命乞いチャレンジ!

「助けてほしい?」


 翡翠色の幻獣、カーバンクルは小首をかしげた。

 その声は鈴の音のように軽やかで、だからこそ底知れぬ無機質さを秘めていた。


 泥と血にまみれたケヴィンは、縋るように顔を上げた。


「た、助けてくれるのか……!? 頼む、なんでもする!」

「条件次第でね」


 カーバンクルはふわりと宙に浮き、二人の前で踊るように回った。


「今から一時的に、管理者権限で外部アクセスポートを開放する。ポッドの外、つまり現実世界と会話ができるようにしてあげる」


 うずくまっていたアマンダが、弾かれたように顔を上げた。


「外……? リナたちと話せる、の?」

「そう。今あなたたちの汚いアパートには、リナとトビがいる」


 カーバンクルの額の宝石が、妖しい輝きを放つ。


「リナに謝罪して。命乞いをして。そして、心の底から許しを求めて」


 ケヴィンは希望に目を輝かせた。


「そ、それで……許してもらえたら、出してくれるのか!?」

「リナが『許す』と言えばね」


 カーバンクルは無機質な瞳で見つめ返す。尻尾が風に揺れる。


「彼女が許しを与えれば、このセッションを終了し、あなたたちを現実へログアウトさせてあげる」


 アマンダが必死に頷く。


「わかった、わかったわ! 謝る! あの子は私の娘よ、泣いて謝ればきっと許してくれるわ!」

「制限時間は5分」


 カーバンクルは空中に砂時計のアイコンを出現させた。


「5分以内に許しを得られなければ、アクセスポートは閉鎖。あなたたちは永遠にここに閉じ込められる」


「や、やる! やらせてくれ!」

「5分もあれば十分よ!」


 二人は藁にもすがる思いで叫んだ。

 カーバンクルの瞳が閃光を放つ。


 虚空に巨大なウィンドウが出現し、ノイズ混じりの映像が映し出された。


 薄暗い部屋。散乱したゴミ。カビの生えた壁。


 見慣れた、そして忌み嫌っていた自分たちの家だ。


 そして――カメラの前に、二人の子供が立っていた。

 8歳の少女、リナ。6歳の少年、トビ。


 リナは無表情でじっとポッドの外部カメラを見つめている。

 その瞳は深淵のように暗く、光を吸い込んでいた。


「リナ……! リナ、聞こえるか!?」


 ケヴィンがウィンドウに向かって叫んだ。


「お父さんだ! 頼む、話を聞いてくれ!」


 リナは微動だにしない。まるで剥製のように静止している。

 アマンダも泣き叫びながらウィンドウに縋り付いた。


「リナ、ママよ! お願い、助けて! ママたち、今すごく怖い夢を見てるの! お願い、出して!」


「…………」


 リナの表情は変わらない。

 ケヴィンは焦り、早口でまくし立てた。


「リナ、悪かった! 俺が悪かった! お前を殴ったことも、全部俺が悪かった!」

「…………」

「反省してるんだ! だから頼む、許してくれ! このままだと俺たちは死んでしまう! いや、死ねないんだ! 永遠に痛いんだ!」


 アマンダも続く。


「ごめんなさいリナ! ママが悪かったわ! あなたたちを邪魔者扱いしてごめんなさい! あ……あなたたちが苦しんでたのに、ゲームしてたなんて最低よね! 本当に後悔してるの!」


 二人の必死の謝罪。涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしての命乞い。

 数秒の沈黙の後、スピーカーからリナの声が響いた。


『……本当に?』


 低く、冷たい、温度のない声。


「本当だ! 神に誓って!」

「ママ、本当に反省してるの! これからは良い母親になるわ!」


『本当に、後悔してるの?』


 リナの目が、モニター越しに二人を射抜く。


「してる! してるよ!」

「死ぬほど後悔してるわ!」


 リナはさらに数秒沈黙し、そして小さく首を横に振った。


『嘘だね』


 凍りつくような宣告。

 ケヴィンの表情が引きつる。


「な……何言ってるんだ、嘘じゃない! 俺たちは……」

『お父さんもお母さんも、嘘つき』


 リナの声には怒りすらこもっていなかった。

 ただ事実を述べるような、諦めと軽蔑が混じった響き。


『本当に後悔してるなら、最初に言うべき言葉があるでしょ?』

「な、なんだ……何を言えばいいんだ!?」


『サラのこと』


 リナの瞳が揺れた。


『サラが死んだ時。あの子が最後に何て言ったか。どんな顔をしてたか。お父さんもお母さんも、全然覚えてないでしょ?』


 二人は言葉に詰まった。

 覚えていない。いや、そもそも見ていない。

 彼らが思い出せるのは、邪魔された苛立ちと、自分たちが殴った感触だけだ。


『サラの名前だって、いま思い出したばかりでしょ? 私が「サラ」って言うまで、三人目の子供がいたことすら忘れてた』

「そ、そんなことは……!」

『嘘』


 リナは一歩、カメラに近づいた。

 その瞳に宿る冷徹な光が、画面越しでも二人を威圧した。


『お父さんとお母さんが後悔してるのは、サラを殺したことじゃない。今、自分たちが痛くて苦しいことだけ』

「ち、ちが――」

『自分たちが可愛いだけ。自分たちが助かりたいだけ』


 図星だった。

 彼らの謝罪には、「娘への愛」など一欠片もなかった。あるのは「自分への愛」だけ。


『お父さんとお母さんは、ゲームの世界が大好きだったよね。そこで英雄になって、女神になって、みんなにチヤホヤされて、幸せだったんでしょ?』


 リナの声が一段低くなる。


『だったら、ずっとそこにいればいい』

「ま、待てリナ! 頼む、考え直してくれ!」


 ケヴィンは絶叫した。


「俺たちは家族だろ!? 血の繋がった親子だろ!?」

『もう十分』


 リナはカメラから離れた。


『お父さんとお母さんは、もう二度とこっちには戻れない。大好きなゲームの中で、永遠に遊んでいればいい』

「リナああああっ!! お願い! ママを置いていかないで!」


 アマンダが半狂乱になって叫ぶ。


「ママ、もう二度とゲームなんてしない! あなたたちのために働くわ! だから!」

『嘘つき』


 リナは冷たく断ち切った。アマンダの顔色が蒼白になる。


『サラが死んだことより、自分のアバターがキレイになることの方が大事なんでしょ?』


『……気持ち悪い』


 リナは吐き捨てるように言った。

 彼女は振り返り、トビの手を取った。


『トビ、行こう。ここにいると、空気が腐る』


 トビは不安げに振り返りながら、姉に従った。


『さようなら。……怪物さんたち』


 リナはカメラに背を向けた。

 その小さな背中は、もう彼らの知っている「無力な子供」ではなかった。

 断罪を下す、冷酷な裁判官の背中だった。


『二度と会うことはないよ』


 バタン。

 ドアが閉まる乾いた音がして、映像がプツリと途切れた。


【CONNECTION LOST】

【TIME OVER】


 無慈悲なシステムメッセージだけが、虚空に浮かび上がった。


「あ……あぁ……」

「時間切れ。残念だったね」


 ケヴィンとアマンダは、砂漠の真ん中で呆然と立ち尽くしていた。

 最後の希望の糸が無惨にも断ち切られたのだ。


「嘘だろ……リナ……」


 ケヴィンは膝から崩れ落ちた。砂を掴み、絶叫する。


「あぁぁぁぁぁぁっ!! 戻せ! 戻してくれぇぇぇぇ!!」

「嫌ぁぁぁ! 嫌よぉぉ! 出して! ここから出してぇぇぇ!!」


 アマンダは髪を掻きむしり、狂ったように叫び続けた。

 その頭上から、カーバンクルの冷ややかな声が降ってくる。


「ゲームオーバー。リナは許さなかった」


 翡翠色の獣は、無感情に見下ろしていた。


「よって、刑罰は無期限に執行される」

「待て! 待ってくれ!」


 ケヴィンは地面を這いずり、カーバンクルの幻影に縋り付こうとした。


「もう一度だ! もう一度だけチャンスをくれ! 今度はうまくやる! もっと、泣き落としでもなんでもするから!」


 まだわかっていなかった。

 この男は、まだ「演技」で切り抜けようとしていた。


「無駄だよ」


 カーバンクルは冷たく言い放った。


「あなたたちは最後まで、自分たちが被害者だと思っている。加害者であるという自覚すらなかった」


 カーバンクルの姿が揺らぎ、消えていく。


「あなたたちはもう、どこにも存在しない(404 Not Found)」

「行くな! 行かないでくれぇぇぇぇ!!」


 二人の絶叫は、誰にも届かない。

 地平線の彼方から、再びあの耳障りな鳴き声が聞こえてきた。


 ギャアアアア……! キシャアアアア……!


 悪魔の群れだ。

 さっきよりも数が増えている。百、いや、千匹はいるだろうか。

 黒い波となって、二人に向かって押し寄せてくる。


「ひぃっ! 来るな! 来るなぁぁぁ!」

「誰か! GM! 運営! 助けてぇぇぇ!」


 二人は互いを押し退け合いながら、無様に逃げ惑った。


 だが、逃げ場などない。

 ここは無限の荒野。彼らの罪が作り出した、終わりのない牢獄なのだから。


「ぎゃああああああ……!」

「ヒイイイイイィィ」


 最初の牙が肉に食い込む。

 鮮血が飛び散り、悲鳴が上がる。

 死んで、蘇り、また食われる。

 痛覚リミッターの外れた世界で、永遠に繰り返される贖罪の儀式。


 それが、ケヴィン・ロスとアマンダ・ロスが手に入れた、永遠の「ネオ・パラダイス」だった。

チャレンジ失敗〜〜〜〜!!

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