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【断罪】終わりなき死

 ケヴィンは荒い息を吐きながら荒野を疾走していた。


 心臓が破裂しそうだ。

 普段のゲームなら、スタミナゲージの数値が減るだけだ。

 だが今は、肺が焼けるように熱く、喉の奥から鉄の味がする。


「はぁ、はぁ、はぁ……!」


 足が重い。まるで泥の中を走っているようだ。

 自分の体を見下ろす。


 そこにあるのは英雄の筋肉ではない。鎧を内側から圧迫する、ぶよぶよとした贅肉の塊。

 走るたびに腹の脂肪が波打ち、関節に過大な負荷をかけている。


「なんだよ……なんでこの体なんだよ……!」


 背後で、アマンダの悲鳴が聞こえた。


「嫌……嫌ぁぁぁっ! 見ないで! こんなの私じゃない!!」


 振り返ると、アマンダが転倒していた。

 彼女の姿もまた、無惨に変貌していた。


 骨と皮だけの体。脂ぎった髪。青白い肌にはシミと血管が浮き出ている。

 美しい賢者のローブは薄汚れたボロ布に変わり、彼女の貧相な体を隠しきれていない。


 それは紛れもない、現実のアマンダ・ロスの姿だった。


 ズシン、ズシン。

 巨人の足音がすぐそこまで迫っている。


「アマンダ、立て! 殺されるぞ!」

「無理よ! 足が痛い! 動かないのよお!」


 巨人の影が二人を覆った。

 ケヴィンは反射的に剣を構えようとしたが、手にあるのは錆びたナイフだけだった。


 伝説の聖剣 《エターナル・ブレイド》は、ただの鉄屑に変わっていた。


「くそっ……! 俺は、俺は《蒼き剣聖》だぞ! サーバー最強なんだぞ!」


 巨人は無言で戦斧を振り上げた。

 その一撃は、慈悲も躊躇もなく振り下ろされる。


 ドゴォッ!!


 アマンダの体が、腰から下を粉砕された。


「ぎゃあああああああああああっ!!!」


 アマンダの絶叫が鼓膜を裂く。

 内臓が飛び散り、鮮血が地面を染める。


 痛い。熱い。苦しい。

 彼女は自分の上半身だけで這いずり回り、地面を泥と血で汚した。


「痛い痛い痛い痛い痛い! 助けて! 死ぬ! 死んじゃうぅぅぅ!!」


 ケヴィンは腰が抜け、後ずさった。

 目の前の光景はどんなホラーゲームよりも鮮明で、現実的すぎた。


「ひっ、ひぃっ……!」


 巨人がケヴィンに向き直る。

 兜の奥の赤い光が、嘲笑うように瞬いた。


「やめろ……やめてくれ……俺は金なら持ってる! アイテムもやる! だから……!」


 命乞いは届かない。

 戦斧が横薙ぎに閃いた。


「あ――!」


 ケヴィンの視界が回転した。

 自分の首から上がない胴体が、血を噴き出して倒れるのが見えた。


 そこで、意識はブラックアウトした。



 ガバッ、とケヴィンは飛び起きた。


「うわあああああっ!!」


 首がある。手足もある。

 だが、全身が冷たい汗でびっしょりと濡れ、幻痛が首筋に焼き付いていた。


「はぁ、はぁ……ゆ、夢……?」


 周囲を見渡す。

 そこは、見知らぬ空間だった。


 壁も床も天井も、すべてが無機質な灰色のコンクリート。

 窓はなく、天井の裸電球がチカチカと頼りなく明滅している。

 湿ったカビの臭いと、錆びた鉄の臭いが充満していた。


「ここは……どこだ……」


 隣で、アマンダがうめき声を上げていた。

 彼女もまた、現実の醜い姿のままだった。


「痛い……腰が……足が……」

「アマンダ! 無事か!?」

「ケヴィン……? 私、死んだはずじゃ……」


 二人は身を寄せ合い、震えた。

 ここがどこなのか、なぜ生きているのか、何もわからない。


 その時。

 コツ、コツ、と硬質な足音が響いた。


 二人は弾かれたように顔を上げた。

 薄暗い闇の奥から、二つの影が現れる。


 一つは、先ほどの巨人よりも一回り小さいが、同じような黒い鎧を纏った騎士。

 もう一つは、足元に佇む小さな獣。


 翡翠色の毛並みを持ち、額に赤い宝石を輝かせた猫のような生き物――カーバンクルだった。


「……目覚めたか、罪人どもよ……」


 騎士が低く冷たい声で言った。

 幻獣「カーバンクル」の赤い瞳が、無機質に二人を見据える。


「誰だ、お前らは!? ここから出せ!」


 ケヴィンが叫ぶ。

 カーバンクルが一歩前に進み出た。


「私はカーバンクル。この領域の管理者」

「そして我が名はショウ……。貴様らの処刑人だ」

「処刑人……? ふざけるな! 俺たちは客だぞ! 運営を呼べ!」


 アマンダがヒステリックに叫んだ。


「そうよ! 私のアバターを返して! こんな醜い体、私じゃない!」


 カーバンクルは冷淡に言った。


「それがあなたたちの本来の姿。あなたたちが捨て去った現実だよ」

「それにしてもおめでたい連中だな。ここは『Neo-Paradise』ではない。違法サーバー《煉獄》。お前たちの新しい家だ」


 ショウと名乗った騎士の言葉に、ケヴィンの顔から血の気が引いた。


「違法サーバー……? なんで俺たちがそんなところに……」

「リナ・ロスからの依頼でね」


 カーバンクルが告げた瞬間、二人の動きが止まった。


「リナ……? あの子が……?」

「依頼内容は『両親を地獄に落としてほしい』。……妹を殺された報復として」


 アマンダが目を見開いた。


「妹……サラのこと? あの子、本当に死んだの?」

「お前たちがゲームに夢中になっている間に、孤独に死んでいった。お前たちが助けを無視し、暴力を振るったせいでな……」


 ショウが斧の柄を床に叩きつけた。重い音が響き渡る。


「お前たちは親としての義務を放棄し、快楽のために子供を犠牲にした。その罪は重い」


 ケヴィンは震えながら弁解した。


「ち、違う! 俺たちは……俺たちはただ、ちょっと夢中になってただけで……! 殺すつもりなんてなかった!」

「そうよ! あの子たちが勝手に病気になったんじゃない! 私たちは悪くない!」


 カーバンクルは首を横に振った。


「言い訳はいらない。システムは既に稼働している。ここでのルールは一つだけ」


 カーバンクルが前足で床を叩くと、周囲の景色が一変した。


 コンクリートの壁が消え、果てしない荒野が広がる。

 空は鉛色に淀み、氷のような冷たい風が吹き荒れた。


「――死ぬまで苦しむ。そして、死んだら蘇ってまた苦しむこと」

「貴様らの贖罪のはじまりだ」


 冷気が、二人の肌を刺した。

 薄汚れたシャツ一枚の体には、あまりにも過酷な寒さだった。


「さ、寒い……!」


 アマンダが体を抱いて蹲る。歯の根が合わないほど震えている。

 そして次に襲ってきたのは、暴力的なまでの空腹感だった。


「グッ……!? は、腹が……減った……!?」


 ケヴィンの胃袋が、自らを消化しようとするかのように収縮する。

 喉が渇き、舌が張り付く。


「なっ、何か……食べ物を……!」


 周囲には何もない。乾いた土と石だけだ。


 その時。

 地平線の彼方から、耳障りな鳴き声が聞こえてきた。


 ギャアアア……! キシャアアア……!


 黒い影の群れ。

 痩せこけた犬のような、あるいは悪魔のような姿をした怪物たちが、何十匹と押し寄せてくる。

 それらは皆、飢えた目をしていた。


「ひっ……!」

「に、逃げろ!」


 ケヴィンとアマンダは走り出した。

 だが、疲労と空腹で足がもつれる。


 あっという間に群れに追いつかれた。

 最初の一匹がケヴィンのふくらはぎに噛み付いた。


「ぎゃあああああっ!!」


 肉が食いちぎられる激痛。熱感。

 倒れたケヴィンの上に、次々と怪物が群がる。


「痛い! 痛い痛い! 食うな! 俺を食うなぁァッ!」


 アマンダも捕まった。

 彼女の細い腕が、獣の顎で粉砕される。


「嫌ぁぁぁ! 誰か助けて! 助けてぇぇぇ!」


 彼女は掠れた声で泣き叫んだ。

 だが、誰も来ない。救済などない。


 生きたまま食われる苦痛。肉を裂かれ、骨を砕かれ、内臓を引きずり出される感覚。

 意識が途切れるその瞬間まで、痛みだけが鮮明に続いた――。



「――あああぁっ!!」


 ケヴィンは、コンクリートの部屋で跳ね起きた。


 何度、死んだだろうか。

 五回? 十回? もう数えるのもやめた。


「も、もう……やめて……くれ……」


 彼らは飢えと痛みの中で何度も何度も殺されていた。


 そして死ぬたびに、この場所で目覚める。


 体は再生しているが、死ぬ直前の痛みと恐怖の記憶は鮮明に残っている。

 そして疲労と空腹感だけはリセットされない。


「うぅ……うぅ……」


 隣でアマンダが、壊れた玩具のように痙攣しながら泣いていた。

 彼女の精神は、もう限界を超えていた。


「殺して……もう殺して……消してよぉ……」


 だが、この世界では死ぬことすら許されない。

 遠くから、またあの鳴き声が聞こえてくる。


 永遠の拷問。終わりなき地獄。


「す、すまなかった……俺たちが悪かった……!」


 ケヴィンは地面に額を擦り付けて謝罪した。誰にともなく。


「許してくれ……もう十分だろ……!?」


 その時。

 ふわり、と目の前に誰かが降り立った。


 ケヴィンは顔を上げた。

 そこには、あの翡翠色の獣――カーバンクルが座っていた。


 その赤い瞳が、ゴミを見るような、しかしどこか憐れむような光を帯びて二人を見下ろしている。


「……苦しい?」


 カーバンクルが問いかけた。


「た、助けてくれ……! なんでもする! 俺の命も、全財産もやる!」


 ケヴィンは這いずり、カーバンクルのふわふわした足元に縋り付いた。

 アマンダも虚ろな目でカーバンクルを見上げる。


「ここから、出して……お願い……」


 カーバンクルは少しの間、沈黙した。

 そして小首をかしげ――不気味な声色で囁いた。


「そんなに出たいんだ」


 カーバンクルの額の宝石が、妖しく輝き始めた。


「――なら。助けてあげようか?」

†混沌の使者†(ショウ)もカーバンクル(カーバンクル)もVRエンジョイしすぎじゃないですかね

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