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【断罪】ナナミの結論

当社比やや短めです

 サウス区、ミッドナイト・イン。

 404号室。


 翌日、深夜。鉄の扉がきしむ音と共に開いた。

 カーバンクルは音もなく部屋に滑り込む。


 パイプ椅子に座っていたナナミが、弾かれたように顔を上げた。

 目の下の隈は濃く、6年分の疲労が皮膚にへばりついているようだった。


「……おかえりなさい」


 消え入りそうな声。

 カーバンクルは無言でドアを閉め、対面の椅子に深く腰掛けた。


「…………」


 沈黙。

 換気扇の回る乾いた音だけが響く。


 ナナミは膝の上で固く手を組み、祈るようにカーバンクルの口元を見つめている。


「……対象の戦力が想定を上回った」


 カーバンクルの声は、氷のように無機質だった。


「依頼はキャンセル。失敗として処理する」


 ナナミの肩がびくりと跳ねた。


「……え?」

「つまり、ヴィクター・グレイソンは強すぎて始末できなかった」


 ナナミは息を呑み、そしてゆっくりと瞼を閉じた。


「そう……ですか」


 激情はなかった。

 ただ、深い井戸の底に石を落としたような静かな諦念だけがあった。


 カーバンクルは赤い瞳で彼女を観察する。罵倒も、絶叫もない。

 それは彼女にとっても予想外のリアクションだった。


「……納得した?」

「はい」


 ナナミは目を開け、真っ直ぐにカーバンクルを見つめ返した。

 その瞳には、奇妙なほど澄んだ光が宿っていた。


「あなたが無理なら、いいです。……別の方法を、探します」


 その言葉は本心であり、同時に演技でもあった。

 カーバンクルは立ち上がる。


「ホテルの料金はもらった。契約、終了」

「……ありがとうございました」


 ナナミは椅子から立ち上がり、深々と頭を下げた。


 カーバンクルは振り返ることなくドアを開け、薄暗い廊下の彼方へと消えていった。


 バタン。

 ドアが閉まる音と共に、404号室は再び密室となる。


 ナナミは立ち尽くしたまま、閉ざされた扉を見つめていた。

 やがて、小さく、自嘲するように笑った。


「……やっぱり」


 彼女は窓辺に歩み寄り、汚れたガラス越しにネオ・アルカディアの夜景を見下ろした。

 無数の光が瞬く、鉄と欲望の街。


「あの『処刑人』が……現職の市長を始末した化け物が」


 ナナミは自分の手を見つめた。工場油と復讐で荒れた手。


「たかだか一人の傭兵相手に、『失敗』するはずがないじゃない」


 確信があった。

 6年間、ナナミもまた泥水をすすりながらグレイソンを追ってきたのだ。


 彼の評判はいつだって「堅物」「契約厳守」「誠実」。

 汚い噂一つない、奇妙なほど真っ当な男。


 それでも信じたくなかった。両親を殺した男が、善人であってたまるかと。


 だから最後の賭けに出た。

 404号室の怪物なら、真実を暴いてくれると。


 結果は『失敗』という名の『嘘』だった。


「殺す価値がなかった……殺すべきじゃなかったってこと、ですか」


 ナナミは額を冷たいガラスに押し付けた。

 カーバンクルの嘘は優しさだ。そして、残酷な答え合わせでもあった。

 グレイソンは悪魔ではない。


「でも……」


 爪が掌に食い込み、血が滲む。


「お父さんとお母さんは、帰ってこない」


 真実がどうあれ、二人が冷たい遺体袋に入れられた事実は変わらない。


 あの日、ナナミの時計は止まった。

 学校も、友人も、未来も、すべてを捨てて復讐という一本道だけを歩いてきた。


 その6年間は、間違いだったのか?


「わからない……」


 ナナミは呻くように呟いた。


「何が正しいのか、もうわからないよ……」


 復讐を捨てれば、自分には何も残らない。空っぽの抜け殻だ。

 でも、もう「ただの悪党」としてグレイソンを憎むことはできない。


 カーバンクルは真実を語らなかった。ただ『失敗』という空白を残していった。

 その空白をどう埋めるかは、ナナミ自身に委ねられたのだ。


 ナナミは顔を上げた。

 イースト区の工場地帯から、どす黒い煙が立ち昇っている。かつて両親が命を削って働いていた場所。


「お父さん……お母さん……」


 答えは返らない。ただ、都市のノイズが低く唸っているだけ。


 ナナミは部屋を出た。

 安宿の腐った階段を降り、路地裏へ出る。

 湿った夜風が頬を叩く。酔っ払いの怒号、パトカーのサイレン、遠くで響く銃声。


 彼女は歩き出した。

 どこへ行くあてもない。だが、足は止まらなかった。


 復讐は終わらなかった。けれど、終わらせることもできなかった。

 真実を知る日が来るのか。あるいは、このまま嘘を抱いて生きるのか。


 ネオ・アルカディアの夜は、無慈悲に更けていく。

誰かに言われた真実というものは、大抵役に立たないもの。グレイソンもカーバンクルもそうわかっているわけですね


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